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隠し姫とは

 誰が行っても同じとは知りつつも、腹を満たしたライリーはザックの妻の実家に足を向けた。

 聞いていたのと同じ言葉を繰り返された。

「エベラルドはひとりだったんですか。どんな様子でしたか」

 ザックの妻、ミアの父親は警邏隊の一員だ。ライリーもよく知っている。

 娘の想い人が軽薄男代表のザックだと知ったときの彼の怒りは凄まじく、半笑いのエベラルドと共に宥め役をやらされたこともある。

「騎士団を辞める前と変わりなかった。相変わらずの男前だったよ。騎士団が出陣した翌日だ。夕飯時にひとりでふらっと現れて、これから面倒事が起こる、ザックのために協力してくれ、って連れてったんだ。俺達はもちろん反対したが、あいつに頭まで下げられたら信じるしかないだろ。娘もザックがエベラルドに心酔してるのを知ってるからな。一も二もなく頷いたよ」

「面倒事」

 やはりエベラルドは何か情報を掴んで行動していたのだ。

「俺達もどうすればいいか分からないんだ。王宮で起きてることと関係があるのか? なあ、団長。ついででいいから、ミアの行方も探ってくれないか」

「もちろんです」

「警邏隊にできることがあったら、いつでも言ってくれよ。ああなってから、分からんなりに警邏体制を強化してはいるんだ。今のところ分かったことは何もないが、とりあえず怪しい人間がうろついてる様子はない。街中をそんな格好で歩く必要もないと思うぞ」

 その言葉に、ライリーは粗末な外套の頭巾を下ろした。

「今日夕刻前には騎士団が帰ってきます。街に入れても大丈夫だと思いますか?」

 怖いのは、王宮にいる敵を刺激して、人質となっているのであろう内の人々に手をかけられることだ。

「街中を監視する目はないと思う。城門と通用門を見張ってはいるが、この十二日間誰も出て来ていない」

 王宮から見えないところまでなら、武装した騎士が入っても問題ないということだ。

「ありがとうございます。こちらでも何か分かったら連絡します。警邏隊の皆さんも、無理はなさらないよう」

「ああ。頼んだぞ」

 馬と甲冑を置いてきた場所に一度戻って、今やるべきことをやらなくては。

 まずは王都をぐるりと廻って、城の森の裏手の山を監視する必要がある。人の出入りが確認できなければ、地下通路の入り口を探すのだ。

 それをしてしまえば、王宮の敵に増援は現れない。もしかしたら、内部でデイビス達が闘っているのかもしれないのだ。敵を増やさせるわけにはいかない。

 王都の外れに位置する民家に家を提供してもらうよう頼んで、行軍と寒さに疲れ切っている騎士を順番に休ませてやる必要がある。長引けば凍死者が出てもおかしくない気候だ。

 いくら屈強な騎士といえども人間だ。冬の野営が長引けば身体を壊す。

 エベラルドの行方は追いようがない。一応、事が動く前に、彼の故郷に使いを出してみようか。マルコス村で彼に会えたなら、きっとすべてが解決する。

 ザックの妻は危険な王都を離れて、平和なマルコスで子を産んでいるのだ。エベラルドの妹がその世話をしているかもしれない。

 エベラルドは華々しい戦歴を誇る騎士だが、単騎でできることは多くない。彼は騎士団が王都に帰ってくるのを待っているのだ。マルコスまで仲間の妻を送り届けてから、王都に戻ってきている最中なのではないだろうか。

 一時的にでもエベラルドが騎士団に復帰するなら、キャストリカの勝利は決まったようなものだ。

(そうですよね? エベラルド)

 ライリーは兄分の顔を思い浮かべて、その心強さに縋りついた。



 騎士団の本隊は、午過ぎには王都の外まで到着した。この大軍を率いて、全速力といっても過言ではない速さだ。

 彼らは途中でヒューズに会い、ライリーと同じ話を聞いてきたそうだ。

 ライリーはヒューズ以外から得た情報を、大隊長にすべて開示した。

 大隊単位で王都に入り、提供してもらった民家で半日交代で食事と屋根の下での睡眠を摂って、体力を回復させる。これだけで今後の体調不良者はかなり減らせるはずだ。

 残りは森中で野営地を張るしかない。

 すでに状況を知らされていた騎士達は、不平を漏らすことなく迅速に動いた。

「どうしたらいいと思いますか?」

 ライリーが六人の顔を見渡すと、マーロンが問い返してくる。

「団長はどうすべきだと思う」

 年嵩の騎士の目が十二個、ライリーを見ている。そんな目で見られても、彼にも次に取るべき行動が分からないのだ。

「……選択肢はふたつ。ひとつは、王宮にいる敵を追い出して国を取り返す。もうひとつは、降伏の旗を揚げて敵に下り、新しい国の騎士として働く」

 何もせずこの場で騎士団を解散して、それぞれの人生を歩む、というのも思いついたが、それは家族が安全な場所にいるライリーが言うべきではない。

「どっちにするんだ」

 六対の目が、おまえの決定に従うと言っている。

「…………すみません。勘弁してください」

 ライリーは騎士団を束ねる者としての責任を放棄した。

 情けないと叱責されるだろうが、今の段階でライリーに決められることは何もない。

 ライリーは顔を押さえて俯いた。

「まあそうだろうな」

「簡単に決めていいことじゃねえ」

「ちゃんと冷静だな。及第点をやろう」

 あっさりと引き下がった五人に、ライリーは指の隙間から恨みがましい視線を向けた。

「…………そうやってちょくちょく俺を試すのやめてくれませんか」

 ピートが騎士団長の頭を撫でる。

「はいはい。じゃあとりあえずエベラルドか? あの野郎、辞めてからも人のことおちょくりやがって」

「ザックに行かせてやりたいが、我慢しろよ。嫁さんの顔を知ってる奴を西に走らせろ」

「ああ。……まああいつが一緒なら大丈夫だろ」

 ザックは無理をしているのだろうが、平時の軽薄顔で肩をすくめた。

「何が大丈夫だよ。嫁さんがあの色男と一緒にいるんだぞ。今頃心変わりしてるんじゃないか」

「それを言うな」

 エベラルドは仲間の妻に手を出すような男ではなかったが、女のほうが勝手に熱を上げるというのは過去にもあった。

 彼は色々な意味で、騎士団を去ってしまった今でも仲間の内に強い印象を残しているのだ。

「とりあえずは様子見の現状維持、ですね? 継続して裏山の見張りと入り口の探索はするとして、他は交代で街で休ませてもらいながら、ここで陣を張る、と。街に家がある者は帰してやりましょう」

王宮なかの様子が分からないんじゃあ、どうしようもないからな。なんとかして連絡を取る方法を考えないとな」

「エルベリーを締め上げるってのは?」

「どうやってだよ。ここを放棄して城攻めに行くのか?」

「……! 傭兵隊長!」

 ライリーは自分の思いつきに顔を上げた。

 エルベリーの敗戦の申し入れには、大隊長全員が立ち会っていた。

「そうか。訳知り顔だったな」

「でも今どこにいるんだよ、傭兵ってのは流れ者だろう。どっかで戦争でもしてないと所在なんか分からんだろう」

 最後に国境で彼らを見たのは七日前だ。傭兵に終戦処理をする義理はないとばかりに、どこかへ去ってしまった。当てのない人探しに人手は割けない。

「……駄目か」

 そのとき、ウォーレンがひどく言いにくそうに挙手をした。

「ひとつ、言っておかなくてはいけないことがある。……ライリー、おまえ今冷静だな?」

「えっと。あんまり」

「よし、大丈夫そうだな。さっきヒューズから言付かったんだ。ライリーが冷静なときに教えてやれ、と」

「前置きが長えよ。なんだ」

 マーロンのいつもの短気を無視して、ウォーレンはライリーに告げた。

「キャストリカの隠し姫といえば、ハリエット様のことだそうだ」

 ライリーは副官の顔を見てぽかんとした。

「ハリエット? が隠し姫?」

 情報の波が一気に押し寄せてきたため、傭兵隊長の言葉を思い出すのに時間がかかった。

 あっちの大公は、隠し姫を御所望らしいぞ。

 彼はそう言ったのだ。

「十年以上前の話だ。当時は王家に近しい年頃の姫君がおられなかっただろう。国内の未婚の姫君のなかで最も高貴な血を持つハリエット様が、必要が生じたときには王女待遇で他国に輿入れするという噂があったらしい」

 王女待遇で他国に輿入れ、つまりハリエットは異国の王妃になる予定だったということだ。

「つまり? エルベリーはハリエットを大公妃にすると? 今は俺の妻ですよ!」

「落ち着けよ。ハリエット様は今ホークラムで、サイラスも一緒なんだろう。迎えを寄越せばいい。どこか別の場所で匿ってもらえ」

 ウォーレンは事前に考えておいた台詞を使うが、ライリーは混乱した顔のままだ。

「エルベリーの大公妃はご健在でしたよね」

「あの、ライリー様。エルベリーは最近国教を変えています。大公宮には後宮ハレムができたらしいです」

 アルが恐る恐る進言する。

 このところライリーは実務に忙しく、ハリエットに勉強を教わり、たまに実家の旅籠に顔を出しているアルのほうが世界情勢に明るいのだ。

「ハリエットを後宮に?」

 ライリーは目を見開いて呟いた。この世の終わりを見たような暗さだ。

 若い上官の様子に、大隊長達は軽口を封印して必死で宥めにかかった。

「ない! それはない。いくら夫人が美しいといっても、もう三十路過ぎだろう」

「王の女は生娘じゃないと駄目なんだろう。子持ちの女はない」

「ハリエットは今も若くて美人です!」

「分かってる! 心配するなって話だよ。あの熊が一緒なら、誰にも手出しできないから大丈夫だ」

 ライリーは今度は両手で顔を覆って深く頭を下げた。

「エルベリー……。全滅させてやればよかった……」

 普段温厚な若者である騎士団長の低い呟きに、副団長と大隊長はそっと視線を逸らした。みな同じことを考えていた。

 奥方が絡めば、こいつならそのくらいやってのけそうだ。

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