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情報収集

「ただでさえ今の時期は王宮の備蓄庫の中身が一番多いだろう。籠城されたら長引くぞ」

 そもそもキャストリカの王宮は、そこだけで生活できるだけの造りになっている。騎士の仕事のひとつである王宮の畑仕事は、平時の彼らの食糧になるのはもちろんだが、籠城戦に備えるためのものでもあるのだ。

 それが裏目に出た。敵の手中に王が堕ち、城を取られてしまったら、外からできることは皆無と言っていいほどない。

「声明とかは」

「何もない。本当に何も分からないんだ。ただ突然バランマスの旗が揚がり、王宮への出入りが制限された。内にはまだ、デイビス達がいるはずだ。内の住人とも連絡は取れてない。俺に分かるのはそれだけだ」

「王宮は無理でも、王都までは入れるんですね」

「ああ。まあな。武装した奴らは城から出てこないから、逃げずにそのまま生活してる者も多い。あとな、サイラスがまだ戻ってない。ホークラムに同行したんだろう? おそらく今もおまえの家族と一緒だ」

「朗報だ。ありがとうございます。それだけ分かれば充分です」

 旅装の夫妻に頭を下げると、ライリーは踵を返した。

「おい、単独行動は」

「分かってますよ。俺が一番に着いたってだけで、そろそろ小隊がひとつ到着してるはずです。合流してから動きますよ」

「……気をつけろよ」

「ヒューズも。どうぞお元気で。また会いましょう」

「ああ。また」

 果たされる保証のない約束を交わして、彼らはそれぞれの道を行った。

 ライリーがアルを待たせている場所に戻ると、遅れて到着した小隊十三人の他に、遺体運搬係を任せたうちの三人が集まっていた。

「団長!」

 王都に偵察に行っていた三人のうち、最年長の騎士が代表して報告を始めた。

「ああ。あなた達も大変だっただろう」

「いえ。三人で王都の様子を見てきました。城下では何も起こっていません。初日以降は、軍隊の姿を見た者もいないそうです。ただ十二日前、突然キャストリカの旗が降ろされて、見たことのない旗が揚げられたと」

 バランマスは半世紀以上前に滅んだ国だ。その国旗を覚えている市民はもうほとんど残っていないだろう。過去の資料を見る機会のあったヒューズだから分かったことなのだ。

 ほとんどヒューズからすでに聞いていた通りの内容だ。

 十二日前から王宮の出入りが制限されるようになった。王族をはじめ、内に住む人々の安否は確認のしようがない。

 静かに現れた敵は、静かに王宮を占拠し、未だ沈黙を保ったままなのだ。内では騒ぎが起こっているはずだ。だがその声は、城下までは届かない。

「あの。あと、俺はザック大隊長と少し付き合いがあるので、気になって奴の嫁さんの様子を見に行ったんです」

「もう生まれてたか」

 ザックと同年代の彼は、自分が聞いてきたことの意味を図りかねて言い淀んだ。

「それが、嫁さん本人には会えなくて」

 ザックの妻は出産に備えて、不在がちな夫と暮らす長屋を離れ、警邏隊の父のいる実家にいるはずだ。

 その彼女に会えなかった?

「何故だ」

「両親が言うには、俺達が王都を離れて間もなく、エベラルドが連れて行ったと」

「は?」

 思いもよらない名前が出て、ライリーは間の抜けた声を出した。

「それと、デイビス様の奥さまと孫も行方知れずになっていて、それにもエベラルドが噛んでいるという噂が」

「なんでエベラルドが」

「分かりません。ザックのためだ、俺を信じてついて来てくれと言われて、嫁さんは自分からついて行ったそうです」

 エベラルドの仕事振りに対する信頼は篤かった。彼女の警邏隊の父にとっては、娘の夫のザックより、エベラルドのほうがよっぽど信用できるくらいだったのだ。意味が分からないなりに彼に従ったのだという。

「……エベラルドは、今回の情報をどこかで掴んでたってことか?」

 情報を掴んでも遠い故郷からできることは少なく、時間が迫っていたために、友の身重の妻の安全だけでも確保しに走った。

 そうなのか?

 王宮に残ったデイビスに知らせることもなく、他の王都の住人に逃げるよう促すこともせず、ただ仲間の妻だけが助かればいいと行動した? エベラルドが?

「分かりません。どこに連れて行ったかも不明だそうです」

 分からない。

 この言葉を昨夜から何度聞いただろうか。

「埒が開かないな。城下が平和だというなら俺が行ったっていいだろう。アルと、もうふたり来てくれ」

「団長、念のためこれを」

 王都に偵察に行っていた三人が、粗末な外套マントルを肩から外して差し出した。

 いくら甲冑を脱いでも、群青色の外套を纏ったままでは騎士団員だとひと目で分かってしまう。市民に紛れているかもしれない敵の目を気にして、王都に入ってすぐに調達したのだ。

 ライリーの赤毛は特別珍しい色ではないが、それでも万一騎士団長を探す者がいれば目印になってしまう。

 王都ではよく見る旅行者を装って外套の頭巾を被ってしまえば、雑踏に紛れることができるだろう。


 事前に得た情報通り、王の都は一見したところは平和なままだった。

 早朝の街は少しずつ人々が起き始めるところで、パン屋からは生地が焼ける匂いが漂っていた。

 何が起こっているのか分からない不安を抱えながらも、身に迫った危険がない状態のまま十日が経ったのだ。逃げ先の当てがある者はとうに逃げ出しているが、そうでない者も多い。自分の店を守るしか生きる術のない者は、その場に留まって、日常を繰り返している。

 そもそも彼ら市民にとって、王など誰がなっても大差ないのだ。

 悪い王よりは善い王のほうがいいだろうが、そんなものはそのときにならなければ分からない。

 キャストリカの王は悪政を敷きはしなかったが、特別民から慕われるような王でもない。王都の民は王のお膝下に暮らしてはいるが、遠い存在の為政者に冷めた目を向け、己の生活を守っているに過ぎないのだ。

 ただ、今起きている出来事は、自分達と無関係とは言い切れない。

 家族が、友人が、恋人が、王宮内に囚われているかもしれないのだ。不気味な沈黙を保つ王宮に近づくこともできず、ただ不安な日々を過ごしていた。

 小隊のふたりには少し離れて歩くよう言い含めて、ライリーは真っ直ぐに王宮を目指した。わざとのんびり左右を見ながら歩く姿は、王都に辿り着いたばかりの旅人に見えるだろう。

 傍らを歩く小柄なアルは、案内に雇われた少年といったところか。

「確かにバランマスの国旗だな」

 王城の一部である最も高い塔にたなびいているのは、見慣れた群青色ではなかった。

 咆哮する紅い竜が描かれた旗の絵は、ティンバートンの実家で見たことがある。ライリーの母方の祖父母は、バランマスの貴族だった。当時の資料はまだたくさん書庫に残っている。

 王宮に続く門は、朝の鐘が鳴っても閉じられたままだ。

 旗と閉じられた城門を除けば、王宮の佇まいは出陣前と何も変わらなかった。

 あの鐘は、今誰が鳴らしているのだろう。素朴な疑問がライリーの頭をかすめる。

 王宮の新しい主となった者が、元の鐘撞き係にそのまま仕事をやらせているのだろうか。きっとそうだ。わざわざ彼らを殺して、連れて来た部下に代わりをさせるような無駄はするまい。少なくとも鐘撞き係は無事なのだ。

 あまり立ち止まって目立ってはまずいと、ライリーは元来た道を引き返した。

「ライリー様、次は」

「どうするかな。おまえの実家に寄ってみるか」

 旅籠には国内外の旅人が泊まっている。情報が集まりやすい場所なのだ。

 ついでに両親に無事な姿を見せてやればいいという言外の気遣いに感謝して、アルは黙って従った。

 旅籠では、何も知らずにキャストリカを訪れた旅人を、主人夫婦が慌ただしく送り出しているところだった。

「アル! ライリー様、よくご無事で」

 ふたりに気づいた夫人が、息子に駆け寄ってきた。

「母さん。父さん、何が起きてるか聞いてる?」

 ブラウンは真剣な表情でふたりを奥に招き入れると、早口で喋り始めた。

「あいつらは裏から来たんだ。王宮の森の裏山から現れた」

 それを聞いて、ライリーは眉をひそめた。

「森にも見張りはいる。そんなに首尾よくいくわけが」

「見たという客がいます。せいぜい百程度の人数だが、まとまってでなくばらばらに山に向かう男達がいたと言っていました。武装はしていなかったが、大荷物だったと」

 そこに、未発見の地下通路の入り口があったということか。荷物は武具一式か。

「百人」

 たったそれだけの人数で、王宮を制圧したというのか。

 理論上は可能だ。

 誰もその存在を知らない通路から、前触れなく城の中心部に現れ、呆気に取られている王とその家族を拘束する。それだけで玉座の簒奪は完成するのだ。間を空けず、混乱する王宮に今度は表から軍勢が押し寄せる。

 だが、そんなに上手くいくものだろうか。

 王城は広い。狙ったように王の居場所に辿り着けるものではない。近衛騎士も必ず側に控えている。彼らの剣技の巧みさは、大隊長達も認めたところだ。近衛が襲撃者と戦っている間に、異変に気づいたデイビスがすぐに駆けつけたはずだ。

 彼らを最低限の人数で排除し、無駄なく王宮占拠をやってのけた。

 よっぽど内部の事情に通じて、手引きする者でもいなくては無理だ。

「内通者ですか」

「だろうな。王宮に裏切り者がいる」

 アルの問いに、ライリーは顔を左手で覆って溜め息をついた。頭がついていかない。

 アルが主人の様子を心配そうに見上げる。

「ライリー様」

「悪いアル。おまえもエイミーが心配だよな」

 わざとらしい軽口に、アルもいつも通りの反応を返した。

「エイミーは関係ないです」

「俺には関係あるぞ。ウォーレンの可愛い娘だ。ブラウン殿、中途半端な時間で悪いが、何か食べさせていただけるか。俺達が終わったら、外のふたりにも食べさせてやって欲しい。とりあえず腹が減っては戦はできん」

 アルの父は、血の繋がらない息子と同じく、目端が効く。当然のように頷いてライリーを席に案内した。

「もう用意してあります。いつでも食べられるようにしておきますので、他の騎士様方にもお伝えください」

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