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あっけない幕引き

 翌日の戦闘は、ライリーの作戦通りに進んだ。

 夜明けから続く睨み合いに焦れたマーロンが突撃の合図を出し、正面の四個大隊が一斉に前進した。陣の右手で時機を図ったライリーの指揮する二個中隊が、敵の左腹を抉る。敵が左側に気を取られた瞬間を逃さず、ザック隊が反対側の陣を崩しにかかった。

 敵の陣に突っ込む遊撃隊の役目は危険が大きいが、本陣が確実に押してくることが分かっているから、負担感は少ない。特段不利な戦況でもない限り、無謀な策は打たないのが常識だ。

 騎士団の全員が、これが確実な作戦である、それぞれが己の役割を果たせば、騎士団長が勝利を導いてくれると信じて戦った。

 そしてその通りになった。


 開戦から三日後、白旗を上げたエルベリーの将が、側近と傭兵部隊の隊長のみを連れてキャストリカ陣に現れた。

 そのエルベリーの貴族に、ライリーは見覚えがあった。夜会に出席した折りに、遠目に見たことがある。ハリエットが隣国の騎士だとこっそり教えてくれたのだ。

 四十がらみの美丈夫である。エルベリー大公の親戚筋に当たる、高位の貴族だ。その後ろに控える側近は無表情だが、傭兵隊長である老戦士は実にやる気のない顔でだらりと立っている。

 彼らは事前に用意していたかのように手回し良く、敗戦国としての申し入れをしてきた。

 曰く、要求に応じる心積もりはあるが、差し出せる食糧はない。金で解決するか、必要であれば、決戦の場となった平原の国境線の位置をずらすくらいで勘弁して欲しい。

 この場で捕虜となった兵の交換を、とも言い出し、捕われていたキャストリカの騎士が数名連れて来られた。その数倍もの捕虜を返して欲しいと、見返りに金の粒を詰め込んだ麻袋を差し出してくる。

 正直なところ、ライリーには訳が分からない。キャストリカ側の人間は全員がそうであるから、隣のウォーレンと視線を交わしても無駄だ。

 彼らは負けるために戦争を吹っかけてきたのか?

 こちら側も数が少ないとはいえ、犠牲者が出ているのだ。こんな曖昧な幕引きには納得ができない。

「貴公らは何をしに来られた」

 歳若い騎士団長の噂は隣国にも届いているはずだ。ライリーが発言しても、相手は驚かなかった。

 若輩の将よと侮っての戦だったのだろうか。

「…………そちらと同じだ。上から命じられて来た」

 溜め息をついての返答に、今度はライリーはウォーレンと視線で感情を共有した。

 なんだそりゃ。

「指揮官が理由も知らされずに、ただ侵撃せよと命じられたというのか?」

「その通りだ」

 敗軍の将からの申し入れを文書にして署名をさせ、終戦の運びとなった。

「正式な要求は後日送る。今後は我が国を侮ること無きように願いたい」

 三人を自陣の端まで見送ると、それまで黙っていた傭兵隊長が最後にライリーを見て、何かを思い出すような顔をした。

「あんた、キャストリカの新しい騎士団長。名前は」

「ライリー・ホークラムと申します」

 ライリーは、デイビスよりも更に年嵩の歴戦の戦士に敬意を表する言葉遣いを選んだ。

「……身内に、赤毛の騎士はいるか」

「この髪ですか? 思い当たりませんが。似たひとでもいましたか?」

「……いや。んなわけないか。それよりあんた、若いのになかなかやるじゃねえか」

「そちらにやる気がなかったようなので」

 笑いを深めた老戦士の顔は、ライリーのなかの怖い顔上位三位まで一気に躍り出た。

 彼が囁いた言葉は、ライリーに疑問しか残さなかった。

「あっちの大公は、隠し姫を御所望らしいぞ」


 結局この戦はなんだったのか。疑問を残したまま、ライリー率いる騎士団は王都に馬首を向けた。

 戦の規模の割には戦死者の数が少なかったため、冬を目前にした気候もあって遺体は丁寧に包んで連れて帰ってやれる。彼らを先に王都に帰らせてやった。

 ライリーは大軍を率いてきた割にたったの四日で終わった戦の基地を片付けると、残りの全軍を率いて帰都についた。

 戦後である。もちろん疲労感はあるが、今回は呆気ない幕引きに戸惑いながらの凱旋だ。

 横に並んだウォーレンが、老戦士の言葉の意味を訊ねてきた。

「向こうの隊長が言ってた赤毛の騎士ってなんのことだ。心当たりはないのか?」

「さあ? 赤毛は母くらいだし、昔騎士だった大叔父はもう総白髪だし」

 ライリーは質問に対する答えは返すが、どこか心ここにあらずだ。

「どうした。ハリエット様達が心配なら、アルだけ先に帰してもいいぞ」

 ライリーの後ろを黙って歩く従者に視線をやりながら、ウォーレンは代替案を出した。

 総指揮官に勝手な真似をさせるわけにはいかないが、アルには騎士団の指揮系統とは別の身分がある。ライリー個人の従者なのだから、彼の私用のために動かしても問題はない。

「それもなんですが、彼が最後に言ってた言葉が気になって」

「何を言っていたんだ」

「エルベリー大公は隠し姫を御所望だと」

「なんだそれは。何かの比喩か隠語か?」

 現在のキャストリカで王女の身分を持つ姫は三人存在する。王太子の娘と、第二王子の娘ふたりだ。

 一番上の王太子の姫ですらまだ五歳だ。婚姻を望むにしても、十年以上待つ必要がある。そもそも隠してなどいない、正統な血筋を持つ王女である。

 隠し姫とはなんだ。

 国王に隠し子でもいるのだろうか。それとも姫というのは、稀少な宝石か花でもを指す隠語なのか。

「何かは分からないけど、それが今回の戦の理由なのだとしたら、帰って報告しないと」

「言ったのは傭兵だろう。正しい情報なのか」

「そこです。あの傭兵隊長、いかにもやる気のない態度だったでしょう。あのときすでに、対価が支払われて契約終了後だったんじゃないですかね。ついでに付き合えと言われてあの場にいただけなら、エルベリーに対する義理立てをする必要がない。契約と関係ないところで知り得た情報なら、彼らがどこで喋ろうが、信用問題にはならないでしょう」

 金で雇われる傭兵は心強い戦力となるが、契約満了と同時に敵対してもおかしくない存在だ。彼らが交渉に現れた時点で契約が終了していたのだとしたら、エルベリーの情報をキャストリカに流したとしても不思議ではない。

 もし仮にそうだとすれば、情報を流す理由はこれまた不明ではあるが。

「事実だと思っているのか」

「分かりません。でも本当のことを言っていた気がします。王都に戻れば、意味が分かる人がいるかもしれない」

 とにかく王都に帰るのだ。

 帰還して戦の結果を報告し、隠し姫とは何か、調べるよう依頼する。

 曖昧な話だ。まずは気心の知れた宰相補佐のウィルフレッドに相談しよう。

 そこまでやったら、ライリーの仕事はおしまいだ。

 急いでホークラムに向かって、家族の無事をこの目で確認しなくては。

 王都は小さなキャストリカのちょうど中心に位置している。

 今回戦端が開かれた東の国境から、大軍での移動は片道六日はかかる。往復十二日に、戦場に留まった六日を足して合計十八日。途中雨が降ったが、構わず行軍を続けて王都を目指した。

 個人的な事情のあるライリーやザックはもちろん、冷たい雨が雪に変わる前に帰りたい気持ちはみな同じだった。




 戦いの後、休むことなく行軍を続けた王立騎士団を王都で待っていたのは、王宮襲撃の報だった。





 すべてが順調に進んでいた。

 彼が計画したとおり、キャストリカの王宮は簡単に堕ちた。

 最低限の兵力で近衛騎士を倒し、国王の寝所に踏み込んだ。

 想定していたよりも近衛騎士が粘ったために少しばかり焦ってしまったが、兵を分けて王子家族の居住区に先行させることで、問題はなくなった。

 騒ぎに目を覚ましていたオズウェル王とその妃は、扉を抑えられているため逃げることもできず、立ちすくんでいた。

 彼はその様子を鼻で嗤い、壮年の王のこめかみを剣の柄尻で殴りつけた。

 あっさりと意識を手放した王を拘束し、震える王妃は別室に監禁するよう配下に言い付けた。



「あっけないものだな」

 彼は椅子に座る形に縛り付けられたオズウェルを眺めて呟いた。

 敵の想定外の動きにより、計画を完遂することはできなかった。

 だがまあいい。国王とその妃は彼らの手中に落ちた。

 これでキャストリカは終わった。

 この国は彼らのものだ。

 彼はうっすらと目を開ける王の向かいに据えた椅子の背にもたれかかり、わざとだらしなく座り直した。

 この王の前で畏まる必要はない。彼はもう二度と、オズウェルの前で膝を折る気はなかった。

「…………そなたは……」

 掠れた声を出すオズウェルに、彼は無表情のまま腰を上げた。

 座っていた椅子をずるずると引き摺って王のすぐ前で座り直すと、首を斜めにしてしばらく目の前の虜囚を眺めていた。

 そして腰の短剣を抜くと、なんの躊躇いもなくそれを振り下ろした。

 刃は、オズウェルの左大腿部に深々と突き刺さった。

「が……っ」

 王は焼けるような痛みに目を見開いた。

 彼は自らが与えた痛みに苦しみ叫ぶ仇の様子を、特にこれといった感慨を見せることなく見続けた。

「これは、おまえが俺達に与えてきた痛みの、ほんの一部だ」

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