家族の到着
昼はアルの実家に寄った。
ライリーがコールに美味い物を食べさせてやろう、と提案したのだ。
旅籠を営むアルの両親は、三人を歓待してくれた。最近宿泊客以外にも食事の提供だけをする食堂が作られて、ライリーが気に入ってよく顔を出すようになったのだ。
彼らは息子の主人を下にも置かない扱いをするが、ライリーは一般客同様食事を注文してそれらを楽しみ、毎回律儀に代金を支払っていく。最初は固辞していた両親も、ライリーの望むように振る舞うようになった。
午後から隊務に就くライリーの都合で、早い昼食となった。
まだ客足もまばらで、多少コールが騒いでも気にせず食事をしているところに、エイミーが現れた。
「あれ。ライリー様?」
「エイミー。どうした、ひとりで食事か?」
「まさか!」
女性がひとりで外食する姿は、王都では見られない。
ライリーがアルの隣を空けろ、とコールに目で合図する。腰を上げるコールの腕をアルが引き留める。
「……なんで君がここに」
「仕事よ。おばさま、こんにちは。宿の受付でこちらだと聞いたので。ご注文の制服、お届けに参りました」
お針子の仕事のほうだ。彼女はロージーが領地に帰ったら、伯父の店で働いているのだ。
「あらエイミー。わざわざありがとう。あなたも何か食べて行ったら?」
エイミーはライリー達の席をちらっと見たが、かぶりを振って辞退した。
「せっかくだけど、店に戻らなきゃ」
「そうお?」
ブラウン夫人は、息子の様子をちらちら気にしている。
アルは気づかない振りで食事に集中した。
親子の態度にはお構いなしに、エイミーは旧知の主従に話しかけた。
「見ない顔。ライリー様、新しい従者ですか?」
会のための情報収集だ。ライリーは苦笑しながらも教えてやった。
「いや、ホークラムからの使いだ。コールだよ。明日ハリエット達が到着するんだ」
うずうずしているコールをアルは必死で黙らせようとするが、それは徒労に終わった。
「あんたがエイミー?」
「そうよ。何。アルから悪口でも聞かされてるの?」
「アルの、もが」
アルはコールの口の中に、彼の皿に残っていたパンを無理矢理突っ込んだ。
ふたりの様子を呆れ顔で見て、エイミーはライリーにだけ挨拶して去ってしまった。
「ライリー様! こいつにまで出鱈目なこと言わないでくださいよ!」
「なんの話だ。俺は嘘はついてない」
「あれがエイミーかあ。背ぇ高いんだな。アルのほうがちっちゃくないか?」
「僕のほうが高い!」
指一本の太さ分だけだが、それが事実だ。
「その歳で比べっこなんかしたの? かーわいー」
痛いところを突かれて、アルは口ごもった。確かに二十を過ぎてから、その場の流れで背中を合わせて測ったのだ。そうでもしないと分からないほどの差しかなかった。
「アルは昔から小柄だったからねぇ。エイミーより大きくなって本当によかったわ」
ブラウン夫人まで同調してくる。
「母さん、余計なこと言わないでよ。エイミーと僕の身長は関係ない」
ライリーは先に自分の皿を空にしてしまい、三人分の勘定を済ませると、ふたりの頭に手を乗せてから王宮に向かった。
その後ろ姿を見送って、ブラウン夫人はほうっと息を吐いた。
「アルは本当にいい方に拾われたわねぇ」
捨て子のアルを拾った母の言葉に、アルは憮然と呟いた。
「分かってるよ」
分かっている。
彼の恩に報いるためにも、アルは騎士にならなければいけない。騎士になって戦功を挙げるのが一番いいことなのだ。そしてゆくゆくはライリーの副官となり、また彼の手足となって働く。
その未来は、アルにとって現実味のない絵空事でしかなかった。
コールが先触れに現れた二日後、予定通りハリエット達は王都に到着した。
前日の午前中に家の安全確認を、午後からは騎士団長室でひたすら書類と格闘し、休みをもぎ取ったライリーは馬を走らせて途中まで迎えに行った。
ライリーはハリエットの前で大人しく馬に揺られていたソフィアを引き取って、そのまま馬脚を合わせた。
小馬にひとりで乗るブラントが競争しよう! と言うのに合わせて、ライリーは娘を抱えたまま馬を走らせた。
ソフィアが怖がらない速度を心掛けたライリーよりも、ブラントのほうが早く王都の入り口に着いた。
「巧くなったな、ブラント」
「毎日練習してるんだよ!」
「えらいぞ」
街中ではまだ未熟な馬術が危ないからと、子どもふたりを大きな軍馬に乗せて、ライリーが手綱を持って歩いた。最初は不満気だったブラントも、父親の大きい馬の背からの眺めに喜んで、兄らしく妹を支えてやっていた。
「道中は問題ありませんでしたか」
ライリーが問うと、ハリエットは馬上で微笑んでうなずいた。
「ええ。私財を投げ打って街道を整備した甲斐がありました」
ロブフォードを初めて訪れたライリーが、馬車で王都まで往復できることに感動して言い出したのである。
あれうちにも欲しい。造りましょう!
最初はハリエットが気軽に王都を行き来できたら頻繁に会うことができる、という私欲のみが理由だったため、領地の金には手を付けなかった。騎士団からの俸給の昇給分を当てこんで、子爵邸の最寄りの村から街までに石畳を敷いてみた。王都の職人を呼んで教えを乞い、領主自ら作業に当たった。
家族に清貧を強いることを恐れたライリーは少しずつ進めようとしたが、ハリエットがやるなら一気にやりましょう! と結局必要なくなった甲冑代用の貯蓄を差し出した。
想像以上の大金にライリーは目を剥いたが、腹を括って一大事業に取り組んだ。
話を聞いた父伯爵からの援助もあり、一年かけて領地内に一本の道が完成したのだ。
これがなかなかに領民からの評判がいい。村から街への移動が容易になったため、人と物とがよく行き交うようになった。馬車が使えるようになると、子どもや老人でも移動が可能となる。隣街まで野菜や商品を運ぶ人手も少なくて済むようになった。
隣接する領地にまで道が繋がったら便利であると、領民が仕事の合間に手伝いに駆けつけるようになった。王都へ行くまでに通行する必要のある土地の領主に許可を取りに行くと、費用の分担を申し出てくれた。
そうしてライリーの思い付きから七年の歳月をかけて、王都まであと少しのところまで街道の整備が進んだのである。
おかげで道程の大半は馬車での移動が可能となり、小さなソフィアを抱えて馬に乗るのは、せいぜい半日程度で済むようになった。
物流の円滑化が進んだのと、石畳を敷く技術を身に付けた領民が他領で外貨を稼ぐようになったことで、領地の経済が活性化した。ライリーにとっては思わぬ副産物であったが、ハリエットはこれを見込んで私財を放出したという。
小さな領地である。何事も結果が出るのが早く、税収も潤って、子爵一家が節約に追われることもなかった。
賢い歳上の妻を見上げて、ライリーは己の幸せを再度噛み締めた。
「呼び出してしまってすみません。手紙に書いたとおりなんですが、今後のことも相談したくて」
「ええ。まずは叙爵おめでとうございます、と申し上げておきましょうか」
「そうですね。あなたに相応しい身分を差し上げられると思えば、喜べます」
未だにライリーは、妻を見上げてこんな言葉を真面目に告げるのだ。
それは決して卑屈になっているわけではなく、ただ妻のためにとその一心から出る言葉だから、ハリエットは微笑んでいられる。
「ライリーの働きが認められたのです。わたしも嬉しいです」
ライリーは子ども達を乗せた馬の手綱を持ったまま、反対の手を伸ばして妻の手に触れた。まだ移動中だったために、手を握り合ったのは一瞬だったが、後ろをついて歩く護衛役は小声で呟いた。
「早速いちゃついてる」
「安定のライリー様」
「万年新婚夫婦」
アルが小突いても彼らの口を閉じさせることはできなかった。
「こら、そういうことは思っても口にしない」
「団長も思ってるんじゃん」
「ここで団長はやめろ」
アルはコールに言ったのと同じ話を繰り返した。
「おまえら聞こえてるぞー。明日からしごいてやるから覚えておけよ」
「はーい」
騎士ライリーに憧れ、その従者のアルを慕うホークラム騎士団の若者達は、逆に喜んで元気な返事を返した。