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領地からの先触れ

 自称ホークラム騎士団の少年コールが一行に先駆けて、ライリーに家族の到着を知らせに来た。

 王城で暮らすライリーは言付けを預かってきた騎士に礼を言うと、今日は早く帰るとその場で宣言した。これにはウォーレンも反対することなく、書類の選別に協力して、夕刻の鐘が鳴って夜番が立つ刻限になると早々に上官を送り出した。

 ライリーはアルと共に久しぶりの自宅に向かった。

 王都見物をして時間を潰していたコールを帰宅途中に見つけ、三人で食堂タヴァンに入って腹を満たした。

 前回ハリエット達を迎えに来る役からは外れてしまったコールにとって、王都は初めて訪れる場所だった。無事辿り着いて、見覚えのある制服姿の騎士に団長の居場所を訊ねた。

 ライリーの領地からの使いだと名乗ると、親切な騎士が団長は仕事中だから伝言を預かる、おまえは見物でもしてお帰りを待てばいいと言ってくれた。

 彼は田舎者丸出しのコールに食事ができる場所を教えて、財布を離すなよ、と忠告を残して巡回業務に戻った。

 ライリー達は十六歳の少年の初めての冒険談を肴に少しばかり酒も飲んで、自宅に戻った。

 施錠しておいた扉に異常は無く、中も隅々まで検めたが、問題は無さそうだった。

「よし。今日は疲れただろう。コールは念のためアルと同じ部屋で寝るといい。明日の朝明るいところで見廻りをしよう」

「見張りが必要なら、今夜は起きてましょうか」

「そこまでする必要はないだろう。ハリエット達の到着は明後日だったな。また手伝いにふたりほど通ってもらうよう頼んでおいてくれ。それから明日はコールに王都を案内してやれよ」

「承知しました」

 コールはアルの部屋に案内されると、床に直接敷布を敷いて横になった。

 彼は寝台のアルを見上げて話しかけた。

「なあなあ団長」

「ここで団長はやめろ。王都で団長と言えばライリー様のことだ」

「あ、そっか。じゃあアル。ライリー様すっげえうきうきしてたけど、いっつもあんな感じなの?」

 ライリー様、子どもにまで丸分かりです。アルは心の中の主人に呟いてから肯定した。

「ご家族にお会いできるのが楽しみなんだよ」

「国の騎士団長ってあんな感じで大丈夫なの?」

「滅多なこと言うなよ。仕事中は格好いいんだぞ」

「へええ。見てみたいな! 王宮ってオレみたいなのは行っちゃダメなのかな?」

「やめとけ。問題が起きたらライリー様が責を問われる。まあこっちにいる間に一回くらいは見られるんじゃないかな」

「ふーん。じゃあさ、明日アルの恋人に会わせてよ」

 コールの言葉に、アルはげんなりした。どいつもこいつも、あちこちで勝手なことばかり言ってくれる。

「そんなのいないよ。従者の身でそんなものつくれるわけないだろう」

「えー? ライリー様言ってたよ。エイミーだっけ?」

「彼女はただの昔馴染みだ。そんなんじゃない」

「ええー。つまんねー」

「うるさい。早く寝ろ。明日はライリー様より早く起きるんだぞ」

 コールは初めての都会に興奮していたが、旅の疲れもあってすぐに夢の中に入っていった。

 アルはその寝息を聞きながら、明後日からの一家の安全確保について考えた。

 建国以来最強の騎士と名高かったサイラスが来てくれることになっている。本当にあるのかも怪しい暗殺計画のことは、あまり気にする必要はないだろう。

 ベスから話を聞いて、もう半年以上が経つ。彼女の兄を捜してはみたが、その行方を掴むことはできなかった。

 その間にあったのは、ライリーが何度か感じた視線、子ども達を見る不審者、家に何者かが侵入したような痕跡。

 どれも気味の悪さはあるものの、決め手に欠けるものばかりだ。

 そろそろ警戒を解いてもいい頃のような気はするが、普通にしていても目立ってしまう妻を守りたい主人の気持ちに沿うのも従者の仕事だ。


 翌朝アルは久しぶりに厨房に立った。

 ホークラム夫妻に子どもが生まれる頃には、使用人が増えて家事は手伝い程度にしかしなくなった。その代わりにライリーの仕事に同行するようになったのだ。

 通いの家政婦には、明日から来てもらうよう頼んでおかなくてはならない。

 昨日のうちに買っておいたパンは出すだけ、野菜と干し肉を切ってスープにし、加工肉は焼いて、簡単な朝食の完成だ。

 水汲みを命じておいたコールがちょうど厨房に顔を出したため、食堂に朝食を並べる役目を交代した。

 ライリーは仕えやすい主人である。

 少年の頃から騎士団で過ごしている彼は、貴族の生まれとは思えないほど働き者だ。人手が足りないときには当たり前のように自ら動くが、必要ないときまで使用人の仕事を奪うような真似はしない。

 今朝は洗顔用の水をライリーの寝室まで運べそうだ。

 コールがオレが行く! と主張したが、アルはこれは従者の仕事だと一蹴してやった。

 寝室まで行くと、ライリーはすでに身支度を整えていた。彼はアルが持参した水盥に礼を言って顔を洗うと、すぐに食堂に向かった。

「アルの料理は久しぶりだな。楽しみだ」

「簡単なものしかしてませんよ」

「その簡単なものが、俺達には作れないからな」

 アルがホークラム家に迎えられる前の話だ。夫妻と侍女の三人は、上流階級出身とは思えない貧しい食生活を送っていたらしい。

 金銭的というより、生活力の無さからきていた苦労だ。

 騎士団の職務は危険が伴う。そのため、新米騎士の頃から大人三人が暮らすには充分な俸給を受け取っていたはずだ。それでも実家と同じように、とまではいかず、彼らはアルが来るまで苦労していたらしい。

 適材適所という言葉がある。

 アルは家事が苦にならない。いっそこのまま騎士にはならずに、ホークラム家の従僕にしてもらえたら、という気持ちは未だになくならない。騎士になれと言う主人の気持ちを裏切ってしまうのが怖くて、言い出せないまま歳月が過ぎていった。

 三人で朝食を済ませたら、再度家中を見て回る。侵入者の痕跡はないか、夫人と幼い子どもを迎えても問題ないか、ついでに目についた箇所も磨いて、簡単な掃除もしてしまう。

 家の周りも点検してしまうと、稽古の時間だ。

 わくわくしているコールには木剣を与えて、ライリーとアルは長剣を構えて相対した。

 こうして毎日のように鍛えてもらっているアルは、騎士団の従者はもちろん、同年代の騎士をも上回る剣技を持つ。彼は騎士団には所属していないものの、ライリーの会議中などには鍛錬場に行って来いと命じられるのだ。

 従者の身ながら、正規の騎士の鍛錬について行くアルに、なんで叙任式を受けないのだと直接問うてくる者も増えてきた。居心地は悪くなる一方だ。

 迷いがなくならないアルに、ライリーは溜め息をつきながらも無理強いはしない。当たり前の従者のように扱いながらも、その実力が増すのに合わせて、稽古の内容は厳しくなっていく。

 何度目かの立ち合いで、アルは剣を取り落とした。肩で息をする従者を見ながら、ライリーは額の汗を軽くぬぐった。

「コールはアルに見てもらえよ。アル、できるな?」

 平然としている主人を見上げて、アルは必死で息を整えて返事を返した。

「……承知、しました」

「ライリー様かっけえ」

 昨夜あんな感じで、とくさしていたライリーに、コールは尊敬の目を向けた。

 少し歳上の少年達が始めたホークラム騎士団に、遊びの一環で幼い頃から参加していた彼が間近でライリーが剣を振るう姿を見たのはだいぶ幼い頃になる。なんだか強い領主さまらしい、くらいにしか認識しておらず、むしろアル団長最強説を信じていたのだ。

 ふたりの立ち合いは、少年の目にもライリーの強さを感じさせた。

 家の中に消えるライリーを見送って、コールは興奮気味に喋り出した。

「なあなあ。アルっていつ騎士になるの? 早くしてよ。オレがライリー様の次の従者になるからさ!」

「……とうが立ち過ぎだ。普通は十三からなるものだぞ」

「いいじゃん。二十一の従者がいるんだから、十六の従者なんて可愛いもんだろ」

 それを言われてしまったら、アルはぐうの音も出ない。

「…………ほら、相手してやるから構えろよ」

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