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彼なりの考え

 騎士団の幹部八人による喧嘩を経て、ようやく合同訓練の話がまとまった。

 これから定期的に、二十代以下の若手騎士を中心に近衛騎士団の鍛錬に参加させることとした。

 人数と頻度は近衛と相談しながらになるが、試しに通っていた十人の印象によると、恐らく拒否されることはないだろうということだった。

 近衛も真剣に武技を磨いており、真面目に己の欠点と向き合う若手を見下すことはなく、親切に指導してくれたという。

 幹部の前では言えないが、ついでに恐ろしい上官の愚痴を言い合って、意気投合してきた相手もいる。相手は貴族だと構えていたが、案外普通の若者達だった。


「じゃあ近衛と話を詰めたらまた報告しますね。お疲れさまでしたあ!」

 会議の終了を宣言したライリーは有無を言わさず立ち上がり、ウォーレンが咄嗟に伸ばした手を擦り抜けて部屋から出て行った。

「ザック追え!」

「……へーい」

 大隊長のなかでは新参のザックがマーロンに命じられて、げんなりした顔をしながらも素早く走り出す。若い騎士団長の足に追いつける人物が他にいないのだから仕方がない。

「おいおまえら、そいつを捕まえろ!」

 ザックが会議終了前に退室した若手に指示を出すが、彼らはそいつ、が騎士団長であったことに戸惑って、従えずにいた。

「残念でした! 大隊長より団長のほうが上なんです!」

「このやろ……っ!」

 急停止したライリーに驚いて、ザックも慌てて足を止めた。

 行く先から、身なりの良い年配の貴族五人ばかりがこちらに向かって歩いていたのだ。

 騎士団長室は、騎士団の官舎とは別に王城の一角にある。そのため、たまにこんな場面にも遭遇してしまうのだ。

 城を我が物顔で歩く者といえば、王族でなければ高位の貴族か政府高官か、どちらにせよ偉い人物と見て間違いない。

 ライリーは貴族的な姿勢を取り繕い、ザックは武人らしい堅い表情でその後ろに控えた。

「おお、これは騎士団長殿」

「は」

「この度はおめでとうございます。いや、活躍目覚ましい騎士に相応しいと、ちょうどみなで話していたところですよ」

「いえ、わたくしのような者には勿体無いお話です」

「謙虚な姿勢がまた素晴らしい」

 ライリーは終始控えめな笑顔で応対していた。

 ザックは後ろで黙って立ち、上官の素早い変わり身に感心していた。


 頭を下げて偉い人を見送ると、ライリーはぼそりと呟いた。

「あれ誰だっけ」

「感心して損したぜ」 

 ザックに肘を取られたライリーは今更逃げることもできず、観念して団長室に戻る方向に向かった。

「昔のよしみで見逃してくれませんか」

「悪いな。マーロンとのほうが付き合いが長いんだ」

 がっくり肩を落として、ライリーはそのまま大人しく連行されていった。

「はあ……」

 逃走劇の終了を見届けに現れたマーロンが、ライリーの巨大な溜め息に眉を上げる。

「どうした。今回はいつにも増してこだわるな。何かあったか」

「ありますよ。ありましたよ!」

「なんだよ」

 喚くライリーから距離を取ってザックが訊ねる。

「俺、今度伯爵になるらしいです」

 思わぬ話に、ザックとマーロンの表情が変わった。

「ロバート様に何かあったのか」

「ティンバートンじゃなくて。アッシュデール領が国の預かりになってるから、活躍目覚ましい騎士団長を叙爵しようって話があるそうです」

 活躍ってなんだ。言ったライリーもよく分かっていなかった。

 彼が騎士団長になってから戦場に出たのは、地方領主同士の紛争を鎮圧したときだけだ。

 もちろん、大事な役目だった。仕事の大小は論じるべきではない。

 だが、あまりにもあからさま過ぎて、ありがたがる気にもなれないのだ。

 新しい騎士団長は元より上流貴族の出身。その妻は言うに及ばない。下賤の出身である騎士にやる爵位はないが、彼らに伯爵位をくれてやるのは惜しくない。

 そういう話なのだ。

「なんだ。そんな話か」

「くれるって言うなら貰っとけよ」

 ふたりの反応に、ライリーは驚いた。

「え、だっておかしくないですか?」

 活躍目覚ましかったのは、前騎士団長だ。幹部から侮られ、押さえつけられている今のライリーを評価する言葉にはなり得ない。

 子どものように不安気な表情の上官に、マーロンは声を和らげた。

「あのなあ。今日デイビスの奴がなんか口走っちまったけどな、あいつだってあんなの本心じゃない。さっきも再確認したとこだろう。今おまえ以外に頭張れる奴はいないんだよ。叙爵されたって、ライリーがうちの団長だってことに変わりはない」

 マーロンはライリーが従騎士になりたての頃、所属の中隊長として少し離れた立ち位置で彼のことを見ていたのだ。

「子爵が伯爵になったって大して違わないだろ。別にいいじゃねえか」

 いや、それは結構違う、と思いながら、ライリーは兄貴分というより少し歳上の悪友的存在のザックを見た。

 彼らは十二年前のライリーを見ている。

 住む世界が違う人間として弾かれ、本来人懐っこい自身の性質を忘れてしまった無感動な目で、前だけを見ていたライリーを知っているのだ。

 彼らは当時の自分の態度を謝るようなことはしないが、上官として、身近な大人として、もっとやりようはあったのではないかと、密かに反省したことはある。

 ライリーが叙爵の話を聞いて、喜びよりも不安や不快感を強く覚えているのであれば、それは当時彼の周りにいた大人の責任だ。

「それで奥方にお伺いを立てに行きたかったのか」

「……だって。どうすればいいのか俺には分からないから」

「どうするも何も、陛下の思し召しなら受け取る以外の選択肢はないだろ」

 複雑な顔で先達の意見を聴いたライリーは、渋々といったふうに頷いて、とりあえず納得することにした。

「それはそれとして、休みが欲しいことに変わりはないんですが」

「暴れたばかりで長期休暇はまずいだろ」

 マーロンはライリーの訴えをあっさりと却下した。

「聴いてください。就任したばっかりの団長がいないと困る業務なんてないんですよ」

「そういう問題じゃねえ」

 そんな理屈が通るのであれば、新米などは休暇取り放題になってしまう。

「でも規定通り休み返上して働いて、六日分の休暇を貯めたんですよ!」

「その規定は団長には適用されない」

 重々しく首を振るマーロンに、ライリーは食い下がった。

「俺が人より勝っているのなんて、剣技だけです。他にも同じだけの技量を持つ者がいれば、ほら、俺ひとりの不在なんて問題なくなるじゃないですか!」

 ライリーの理屈には、さすがのザックも呆れ顔になる。

 自己評価が高いのか低いのか分からない言い草だ。

「……まさかライリー、そのために今回頭使って身体張って、あのデイビスにまで喧嘩売ったのか」

「そうですよ! あんな怖い思いしたのに休暇取れないんだったら、ビビり損じゃないですか!」

「そんなこと知るか。おまえが勝手にひとり肝試しやったんだろ」

「おまえそんなに寂しいんなら、昔上がり損なった店にでも連れてってやろうか」

 ザックが軽い気持ちで提案すると、マーロンがじっとりした目で批判した。

「ザック。おまえまさか行ってるんじゃないだろうな」

「バレたらお終いですよ。奥さま、もう産み月に入ったんでしょう」

 思いがけず子持ちのふたりに詰められたザックは、慌てて首を振った。

「行ってない行ってない。ちょっと言ってみただけだろ。冗談だよ」

「本当だろうな。産前産後の恨みは一生引きずるぞ。気をつけろよ」

「いくらベタ惚れされてるからって、胡座かいてたらすぐ立場逆転しますからね。母親は強いですよ」

「お、おう」

 国の守り手である彼らは、国家規模の話をするし、その舌の根の乾かぬうちに家庭単位、人単位の話もする。

 彼らは甲冑を着た顔のない生き物ではない。騎士団は、それぞれが感情を持ち、それぞれの生活を持った人間の集まりなのだ。

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