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幹部の喧嘩もしくは試合

 再び定例会議の日がやってきた。

 六人の大隊長は、全員揃って騎士団長を吊るし上げるために集まった。

「おい団長」

 おい、ときた。ライリーは団長とはもっと恐れられるべき存在だと思っていた。

「はい」

「どう落とし前つける気だ」

 凄むのはやめて欲しい。デイビスの顔の怖さは、国で五本の指に入るのだ。

「落とし前とは」

「分かってんだろうが。おまえが弱らせた小僧共の話だよ」

 予想はしていたが、全責任をおっ被せにかかってきた。合同訓練はライリーの発案だが、他の大隊長も乗っかってきた話だ。

「弱らせた? 誰が弱っているんですか」

「とぼけてんじゃねえぞ、小僧が」

 とうとうデイビスは、口先だけでもライリーを上官扱いするのをやめてしまった。

 彼はライリーが入団したときにはすでに重鎮扱いされていた、悪人面の大隊長だ。

 ちくしょう、怖い。ライリーは内心の怯えを表には出さず、はったりをかました。

 これでもう後には引けない。

「とうとうボケましたか」

 他の面々がぎょっとした顔になった。

「おいライリー、そのくらいに」

「……てめえ、死にてえのか」

「そこは年齢順に行きましょう。どうぞお先に」

「ライリー!」

 短気なはずのマーロンまでが慌てている。

「デイビス。ガキの安い挑発に乗るな」

「ああ? あんな小僧に舐めた口利かせて黙ってろってのか」

「お忘れのようですが、俺が団長です。上官命令に従え、とは入団して最初に叩きこまれた言葉です」

 マーロンの手を払い除けたデイビスの腕が唸る。

 そんな重い拳をいちいち受け止めていたら掌が痛む、とライリーは避けることを選んだ。避けたついでに拳を返すが、これは片手で止められた。咄嗟の頭突きを囮に拳を取り返す。五十を超えたとは思えない握力で、危うく右手が潰されるところだった。

「家の力で手に入れた地位がそんなに自慢か」

「! デイビス!」

 マーロンが声を上げるのと、ライリーの前蹴りがデイビスの腹に吸い込まれるのは同時だった。

 鎖帷子のおかげで大した打撃にはならないが、勢いで倒れかけたデイビスはザックに支えられた。

「いつまで言うんだよ、それ。あんた達はいつになったら俺を認める」

「認められるようなことしてから言えよ」

 ライリーは拘束するスミスの手を押し退けた。

「よし分かった試合だ。俺が勝ったら認めろよ」

「おお。言ったな。上等だ」

 デイビスはメンチを切る、の見本のような視線をライリーに向けた。

「年寄りが怪我しないよう気をつけろよ」

「調子に乗った小僧をちょっと捻ってやるくらいなら問題ねえよ」

 熱くなっているふたりの他は、げんなりした表情である。

「戦争上等だごるぁ!」

「試合だって言ってるだろ!」

 これが、最年少のライリーも二十七歳、五十二歳のデイビスまで、騎士団の幹部八人が集まる会議の全容である。


 試合は、戦争だと息巻くデイビスに合わせて、団体戦(トゥルネイ)の形を取ることになった。

 スミスは無の境地に至った顔で、迷うことなくライリーに付いた。

 大隊長は全員デイビス側に付くかと思いきや、マーロンがライリーに味方すると言う。騎士団一短気なマーロンだが、デイビスに「あれは言ったら駄目だろう」とひと言だけ理由を告げて彼の敵側に回った。

 ザックはライリーが腹を見せないのが気に食わねえ、とデイビス陣に立つ。ニコラスは、なら人数合わせの必要があるか、とマーロンの隣に立った。ピートとロルフは溜め息をついて、当初の立ち位置のままデイビス陣だ。

 一ヵ月の間、度々近衛騎士団の鍛錬場に通っていた若者十人がライリー陣に加わり、デイビス陣にも同じように若手騎士を十人参加させた。十四対十四の本格的な模擬戦である。

 大将ふたりが鼻息荒く甲冑を纏うのに合わせて、そこまでやるのか、と言いながらも全員が隙のない戦装束になった。

 さすがにこの規模の騎馬戦になると鍛錬場では手狭であると、全員で王城の裏に移動した。そこに広がる森の中に、ちょうどよい広場があるのだ。

 重装備の二十八人の他は、試合を見届けようとやって来る徒歩の騎士である。中には、騒ぎを聞きつけて現れた非番の者までいた。

「俺が真ん中の一番前に行きます」

「大将が最前線か。勝つ気あんのか」

「当たり前です! 勝つ気しかないですよ」

「そうかよ」

「おまえ達、自分のやるべきことは分かってるな」

「はい!」

 ライリーの言葉に、十人の若者は力強く頷く。

 敵も作戦は同じである。頭に血が上った大将同士が真っ向から睨み合う形で、団体戦は始まった。

 槍の先端には緩衝材を被せてある。それぞれの副将が従者に命じて急いで用意させたのだ。御前試合ならともかくこんな馬鹿馬鹿しい喧嘩で、騎士団長はもちろん大隊長のひとりも死なせるわけにはいかないのだ。巻き込まれた若者は言うに及ばない。

 審判は用意しなかった。

 これは戦争だ。両陣営の大将の大音声を合図に、二十八人は一斉に馬を駆った。

 真ん中のライリーが一番前だ。両脇のスミスとマーロンがその斜め後ろに続く。

「どけえっ!」

 言われなくても、誰も文字通り横槍を入れるつもりはなかった。デイビスが吼える前から、スミスとマーロンはライリーから距離を取っていた。

 これは大掛かりな鍛錬であると自分に言い聞かせて、彼らは眼前の敵に集中した。最初から大将同士がぶつかるなら個人戦(ジョスト)で充分ではないか、などと思っても、今更遅い。

 熟練の騎士であるデイビスは巧みに馬を駆り、槍を繰り出すが、ライリーには若さという強い武器がある。盾で受け止めた一撃を力尽くでやり過ごし、すぐさま反撃の槍を返す。いなされるのは予想済みだ。手数を増やせば、受ける老騎士は疲れを見せる。

 スミスは最初から、大将同士の一騎打ちに邪魔が入らないよう近づく敵を散らす姿勢だ。騎馬戦に慣れない若者を、加減しながらも次々と落馬させていく。彼は三人目を落とすと、視界の端にライリーに向かうザックの姿を捉え、咄嗟に槍をぶん投げた。

 デイビスが飛んできた槍を避けるために手綱を引き絞り、その隙にライリーの槍の穂先がザックの肩を捉える。

 その時点でまだ馬上にあるのは、ライリー、スミス、マーロンの三人と、デイビス、ロルフ、若者ふたりの四人だ。

 スミスは仲間が拾って寄越した槍を再び構えていた。

 マーロンと相対するロルフが、若者ふたりに指示を飛ばす。

「こいつは俺が片付ける! おまえらは大将首を挙げろ!」

 デイビスに向かうライリーに、左右から騎馬が迫る。

「邪魔をするな!」

 ライリーの力任せの一振りで、一騎が脱落。彼の残る敵は、息切れするデイビスと、次の動作に迷う新米騎士。

 マーロン対ロルフの他は、大将戦を邪魔しに向かう歩兵を蹴散らすスミスを残して、全員が騎馬戦から脱落した。

 最後に続けて若手ふたりを叩き落としたライリーも、肩で息をしている。デイビスと相討ちになって身体の平衡を失い、勢いのまま地面に足を着けたのだ。彼は槍を手放した手で木剣を構えた。

 木剣も槍の緩衝材と同じく、スミスが有無を言わさず用意したものだ。

「練習用にしといてよかった。死なす心配をせずに遠慮なく叩けるってもんだ」

「こっちの台詞だ。小僧が粋がってんじゃねえぞ」

 場慣れしているデイビスは、落馬の動作すら素晴らしくこなれていた。結構な勢いで落ちたにも関わらず、その身体に損傷はない。

 見学の騎士がこっそりと、馬と落伍者を退がらせていく。

 ライリーはずいぶんとすっきりしてきた戦場を素早く見回した。

「よし」

 自分にだけ聞こえる大きさの声で呟くと、ライリーは走った。

 デイビスに肉薄すると、躊躇なく脳天に向けて剣を振り下ろす。どうせ初手を喰らってくれるような可愛げのある相手ではないのだ。

 弾かれた剣先で右に迫る敵を打つと、間合いを図りながらザックの剣を弾く。

「あんたは味方してくれると思ってた」

「甘いな。付き合いの長さだけで馴れ合うと思うなよ」

「そうかよ」

 ザックはデイビスが息を整えるまでの繋ぎだ。体力の衰えを見せるデイビスだが、彼が生き残ってさえいれば、戦況は必ず好転する。彼はどの戦場でも、仲間の希望であり続けた。

 デイビスは、ザックが生まれる前から戦場に立っていたのだ。

 ライリーはザックの甲冑の隙間から、したたかに脇を打ち据えた。

 残る敵はデイビスだけだ。

 ライリーは真正面から剣を合わせて競り勝つと、もんどり打ったデイビスの鼻先に剣先を突き付けた。

 観念したデイビスが、剣を手放して目を瞑る。

「……やれよ」

「アホか。仲間を殺ってどうする」

 ライリーは木剣を腰に戻すと、デイビスを引っ張り起こした。

「……小僧。何をしやがった」

「俺は何も」

 デイビス陣は全滅していた。

 最後の希望を残すためにとザックがデイビスに猶予を与えたが、それも大した時間稼ぎにならなかった。

「嘘をつけ。なんでそっちの若いのは六人も生きてんだ」

「話を戻しましょうか。誰が弱ってるんですか?」

 ライリー陣のスミス、ニコラスの他に近衛騎士団の鍛錬場に通っていた若者が六人、大将同士の勝敗が決するのを、周りを囲んで待っていた。

 若い騎士団長の挑発に、デイビスが凶悪な顔で口を開く。

 開いたが、同時に響き渡った歓声のせいで、彼の声は誰にも届かなかった。

 見学者のなかに、女性が混ざっていたことには気づいていた。デイビスもいつもの不可思議な会の面々だろうと気にも止めていなかった。

 しかし、ライリー目当てだろうと思っていた彼女達は、一直線にデイビスに向かって来たのだ。

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