支援者の会
そもそも支援者の会が大きくなったことの発端は、その情報収集力にある。
見守る会の会員だった子爵令嬢が、騎士団の見学に通ううちに、一騎士に恋をした。相手は騎士、準貴族とはいえ、出身はしがない商家である。
諦めるしかない恋であると、令嬢は分かった上で騎士を見つめていた。
その様子に胸を痛めたロージー達は、動き出した。
騎士の素性を調べあげたところ、彼の遠縁に跡取りのない男爵家があった。大した所領でもないが、爵位は爵位である。老いた男爵は、自分の死後は国に所領を返還すればよいと思っていた。
そこまでの情報を掴んだ彼女達のその後の動きは素早く、そして的確だった。
男爵に商家から騎士となるような立派な若者を養子に迎えることを了承させると、使いを出して騎士に囁かせたのだ。
子爵家のご令嬢が、いつもあなたのことを見つめておられます。
若い騎士は驚き、そして同時に納得もした。
よく目が合うと思っていたのは、気のせいではなかったのか。だが、自分のような身分の者には畏れ多い話だ。
彼は折良く舞い込んだ養子縁組の話に飛びつき、話が正式に決まるとすぐさま令嬢の元に走った。
叶わないはずだった恋が実を結んだ。
その話は身分の上下を問わず、若い娘の間にすぐさま広まった。
噂曰く、あの会に入ると恋が叶い、幸せな結婚ができる。
入会志望者が増えると、そのうち胸を痛めるような情報も飛び込んでくる。
会員の姉が、夫の暴力に怯えながら暮らしていると聞いた彼女達は、また動いた。痣だらけの女性とその子どもを夫から引き離し、貴族の屋敷の一室に匿ったのだ。
市井に暮らす夫には、手も足も出せなかった。
貴族の権威とはこうやって使うのだと、ロージー達はふんぞり返っていたという。娘に甘いブライス伯爵は、母子の傷が癒えると、そのまま伯爵家で雇うことにした。
ロバートは当時婚約者だったロージーの話を、頭を抱えながら聴いていた。
そして彼は閃いた。否、開き直った。
婚約者の元々の活動は認めるわけにはいかないものだったが、実際に彼女達がしていることは、一種の慈善活動ともいえる。幸せになった人物もいるのだ。
慈善活動を行うのは、貴族当主の妻の義務である。
ロージーは、ティンバートン伯爵夫人となる予行演習をしているのだ。健気だ。いじらしいものではないか。
と、ロバートは自分に言い聞かせた。そして将来妻となる予定の女性と交渉した。
君達の活動は立派だが、会の名目がよろしくない。個人を見守るのではなく、もっと広い視野を持っていることが誰にでも分かる名前に変えたらどうだ。どこに出しても恥ずかしくない建前があるのであれば、僕は顧問に就任して、資金援助することもやぶさかじゃない。
かくして出来上がったのが、キャストリカ王国王立騎士団支援者の会である。
彼女達は、国を守る騎士を見守り、必要な支援をするのだと、分かるような分からないような活動を標榜するようになったのだ。
まだ微妙だとは思ったが、完璧を求めてはいけない。ロバートは妥協した。
よし、素晴らしい。これから、会の名に恥じない活動をするといい。何か大きな行事でもあったら、顧問の僕にも事前に声を掛けてくれ。いいかい、事前にだよ。
よく分からない盛り上がりを見せている会に手綱をつけることに成功したロバートは、未来の義父に涙ながらに褒め称えられた。
「ライリー様も小狡いことを考えられるようになったのですねぇ」
ロージーはひとつ歳上の幼馴染を感心したように眺めた。
「どなたからの入れ知恵ですか?」
エイミーが鋭い質問を投げかける。
「ウィルフレッドだよ。話の進め方から、やる気にさせる方法まで全部」
「……だと思いました」
アルがぼそりと呟く。
「だからロージーは出向三日目の朝に、ちょっと声をかけてやるだけでいいんだ」
「そうですねえ。その選ばれた十人のお名前をお聞きしても?」
ロージーの言葉に、ライリーはあっさりと名前を書いた紙を提示した。どうせ彼女達は、ライリーが言わなくてもそのくらいすぐに調べてくるのだ。
「あ、ロージー様。この方」
「そうね。ではこちらの人選は……」
ロージーとエイミーは真剣な顔で、ライリーにはよく分からない方面から作戦を考えている。
私生活まではまだ分かるのだが、何故彼女達は、一騎士の想い人の名まで把握しているのだろうか。
もし可能であれば、と前置きしてアルもそこに新たな情報を付け加える。
作戦があらかた固まったところで、ロバートの帰宅が告げられた。
アルとエイミーは元のように少し後ろに立って控え、ティンバートン伯爵家当主に黙礼する。
「兄上おかえりなさい。お邪魔してます」
「ああ。珍しいな。ふたりして悪巧みか?」
「うん、そう。ちょっと会長にご助力を乞いに」
「……一応顧問の僕も聴いておこうかな」
弟と妻から話を聴いたロバートの感想は、ふうん、だった。想像よりも穏やかな内容で安心したのだ。
「エイミー達が手巾に縫い取りもしてくれることになったので、その費用はこちらで持ちます」
侍女としてだけでなく、お針子としての腕も磨いているエイミーが、そのくらいならお任せを、と胸を叩いてくれたのだ。
「いや、そのくらいは出すよ。何しろこっちは支援者だから」
ついでに夕食も食べて行け、と弟を誘う夫の台詞に、ロージーとエイミーは厨房に指示を出すために退がった。
すっかり奥方振りが板についている、とライリーは幼馴染の背中を感心して見送った。
「しかし、兄上とロージーが結婚するなんて、子どもの頃は想像もしていなかったな」
「……僕もだよ」
この話題になると、ロバートはいつも苦虫を噛み潰したような顔になる。
「…………結婚する? でしたっけ」
ライリーはにやにやしながら、ロバートの真似をするロージーの真似を披露する。
その場には居合わせてはいなかったが、詳細に再現できるくらいに話は聞いているのだ。
婚約前、見守る会の顧問就任をロバートに迫っていたロージーは、頻繁にティンバートン家を訪れていた。
自然と外で会う機会も多くなり、無意識にロージーの世話を焼いてしまうロバートの姿は、周りから恋人の気を引こうとしているように見られていた。
ロバートがそのことに気づいたときには、両家ともすっかりそのつもりになっていて、今更そんな関係ではない、などと言い出せなくなっていた。
ロバートにとってロージーは厄介な存在だが、それと同時に可愛い妹分でもあるのだ。
婚約間近で破局したなどと噂されれば、彼女は幸せな結婚を望めなくなる。
そこでロバートは苦渋の決断をした。正式に彼女に求婚したのだ。
そのときの台詞が、「…………結婚する?」であったらしい。
いつもの応接室で向かい合って、しかめっ面の下半分と溜め息を片手で隠しながら、だったのだと、ロージーは大騒ぎした。ひどすぎる! と。
「おまえにだけは言われたくない。ハリエット様と子ども達の周りは、あれから変わりはないのか?」
「はい。侯爵家に滞在していたときに、不審者が近くをうろつくこともあったようなんですが、関係は分かりません。俺の周りも何もないし、まあ殺人計画はただの愚痴の延長だったんじゃないかな、って。一応領地のほうでも警備を強化してあります」
「ならいいんだが」
「俺の甥姪は? まだ王都まで来るのは難しいか。そのうちティンバートンまで会いに行こうかな」
ティンバートンの継嗣はまだ一歳。一番上の娘は五歳になったところだ。
間を空けず四人の子を産んだロージーは、男子を挙げたことで、自分の役目は果たしたとばかりに、会の活動に勤しんでいる。と言ったら誤解を招きそうだが、彼女はたまに王都の夫のところに顔を出す以外は、領地で良き母をしているのだ。
「団長はそんなに暇じゃないだろう。ちゃんとやれよ」
「大丈夫。今回の作戦が成功したら、もっと時間を作れるようになるはずです」
「そう上手くいくかね」