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道先

道先3-3

作者: 卯月猫

花之屋 結城(はなのやゆうき)の微笑み③  —招待状—


 招待制の喫茶店に特別に入れてもらってから早2か月が経過した某日。

 この日は残業が長引き、お局様からのネチネチも粘度マシマシでいつも以上にへろへろになりながら帰宅した。郵便受けから配達された物を一緒くたに掴んで部屋に入りテーブルに乱雑に投げると、広告チラシとスマートフォン料金の支払い書の間から少し厚めの封筒が覗いているのに気が付き手に取った。普段ならば確実に衣服を脱ぎ棄ててソファに腰を下ろすのが先であるのに、何故か手に取らなければならない気がしたのだ。

 表書きには花之屋 結城様とそれだけ。裏を返すと、赤いシーリングスタンプで封を閉じられており珍しいなと目を引いた。自分の住所も書かれておらず、差出人の名前も住所も一切の表記がない。

「怪しいけど……あ、」

 スンと良い香りがした。珈琲の香り、嗅ぎなれない、では無く【忘れられなかった香り】がした事に目を見開く。

「開けなきゃ」

 ハサミを入れるのも何か嫌で、丁寧に丁寧に剥がしていく。


【招待状:花之屋 結城様 今週土曜日のお昼12時、お時間が合えば喫茶店までお越しください】


「…………っ!!」

 え、何かの間違いか。そんな、こんな事ある?

 見間違いかと何度も見返した。何なら穴が開く程見た。何度見ても自分の名前が書いてあって、何故か目頭に涙が浮かぶ。

 もう、二度と行けないと思っていた。それがどうして。何故。

わからない、がぐるぐると回り、飛び上がりたい程の嬉しい気持ちとが脳内を追いかけっこである。

「今週の土曜日、何にも予定ない!! 行ける、あれ、でもいくら持って行けばいいんだろう……この一文だけで他には何も書いてない。どうしよう1万以上のフルコースとかだったら。多めに3万くらい持って行こう」

 物事は慎重にである。備えあれば憂いなしとどこぞの誰かが言ったのだ。

大丈夫、社会人としてそのくらい出しても何ら問題ないくらいの蓄えはある。

買いたい良いブランドのワイヤレスイヤホンなど二の次でいいのである、その為に避けておいたのだけども。

 いつでも手に入るものと、この機会を逃せば本当に二度と巡らないであろう奇跡。天秤にかけるまでも無い。ほんの少しだけ後ろ髪を引かれただけの事。

 招待状を眺めていると、ニマっと頬が緩んでしまう。いかんいかん、明日も仕事なのだ、こんなままでは……ニマ、お局様からのお小言が……ニマ~~~~。

「お局様からの小言がなんだ! 頑張る理由が、生きる理由が出来てしまった!! 生きよう」

 頑張るって思ったら急に腹が鳴る。

「お。お腹空いたなそう言えば」

 もう遅くてそんなに手の込んだ物を作れないが、と手紙を大切に避けて置いて台所へ向かう。

 

 冷蔵庫の野菜室には、豆腐、ほうれん草と卵がある。

「んー、炒めるか焼くか……スープでも良いな」

 体調を崩す訳にはいかない、体を思ってスープにしよう。と言う事で、まな板と包丁を準備してほうれん草を袋から全て取り出し水で軽く洗う。

片手鍋に水を入れてコンロにセットし、水から湯がいていく。

 軽くしんなりしたらサッと火から上げまな板の上へ、砂入り茹で汁をザッと捨てて小鍋をゆすぐ。

「あちち」

 少し押さえつつほうれん草の尻尾部分を切り落とし、後は適当な大きさに切って小鍋に入れ、火をかける。一人だと一袋分は結構多いので、スープに使うのは半分。残りは汁気を絞ってお浸しと胡麻和えにして冷凍庫へ保存だ。小さいタッパーが一人暮らしにとても役立つ、教えてくれた母に感謝。

 これで明日以降のちょっとしたおかずが増えた。

 さて、冷凍庫から絹のミニ豆腐を出して手に取り適当に包丁でカット。続いて卵を取り出し、お椀に割り入れ軽くかき混ぜる。

 丁度、ポコポコと沸き立った小鍋の中に豆腐を入れ少し煮て、卵を静かに回し入れる。

 ふわっと卵が広がり黄色い花が咲いたみたいだ。火を止め、調味料棚から完璧魔法の粉を取り出す。所謂、中華スープの素的なアレである。適量入れればもうスープの完成。

 ふんわりと良い香りがする。

 お椀によそい、スプーンを取って手を合わせる。

「いただきます」

 熱いながらスープを一口。

「あ~、ほっとする味。優しい」

 胃の中へ温かい物が入っていく感覚に身を任せつつ、豆腐をとぅるっと食べる。

殆ど噛まずに飲み込んで、卵と絡み合ったほうれん草を一口。

「やっぱ合うなぁこの組み合わせ」

 寒い日なんかはもっぱらこんな簡単スープが嬉しい。疲れている時には特に。

 食べている間に、テーブルの隅に寄せて置いた喫茶店からの招待状をチロリと見てはまた顔がにやける。

「あ、ご飯があったな」と思い出してお椀にひとすくいして入れる。簡単雑炊に早変わり。

 ここで、黒コショウを少々。

 穏やかな味から一変、スパイシーな香りがする。スープなのに味変?と思うかもしれないがこれは革命的な味変である、と思う。

 そこから一気にかき込む。

 スープに浸ったご飯て何でこんなに美味しいんだろう。そんな事を思いながらあっという間に完食し心も体も満たされた。

「はー美味しかったぁ、ごちそうさまでした」

 手を合わせて完了。

 明日もあるし、早めに寝たいけど、食べたばかりだし洗い物を済ませてしまおうとシンクへ持って行って洗い物一式を片づける。

 風呂は面倒なので今日はシャワーにしようとソファには座らずに、着替えを持って風呂場へと移動。


 酷く疲れている筈なのに、あの手紙と喫茶店の事を思うといつの間にか上機嫌で鼻歌が風呂場に響いていた。温かいシャワーと良い香りのシャンプーが何とも癒しのひと時となり、お局様からの小言で負ったダメージなど泡と一緒に流れていってしまったのだった。





 









道先シリーズ3-3、もう少し続きそうです。

漢数字と英数字がなかなか統一できません、区別が苦手かもしれない。

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