プロローグ(前編)
お婆様の祖国に遊びに行っていたわたくしは、政治的抗争に巻き込まれて暗殺者を向けられたけれど、それを先に察知したお婆様がその刃からわたくしを庇ってくださり、わたくしはお婆様の血を全身に浴びて、大きな悲鳴を上げて助けを求め、その瞬間この世界が前世で手掛けていた乙女ゲームの世界に酷似している事、そしてわたくしがその乙女ゲームに登場するお助けキャラであることを思い出した。
『デュオスカーラ・アンダーワールド』、それは『死』をテーマにした乙女ゲームで、有名どころの声優陣、そして有名な絵師を採用したことにより、一定の人気を誇りながらも、五年の運営を終え、静かに幕を閉じた乙女ゲームアプリだ。
わたくしはそのアプリのシナリオを手掛けた一人で、各攻略対象のメインストーリー及びサブストーリーの原案及び最終シナリオの監修を務めていた。
だから、攻略対象達の性格や思考、攻略方法はもちろん、乙女ゲーム内では語られない裏設定も、ゲームの配信が終了したことでお蔵入りしたシナリオの内容も知っている。
ヒロインのお助けキャラとなる予定のわたくしは、この事件がきっかけで隣国の攻略対象と仲を深め、彼らがゲームの舞台となる学園に通い始める際に、色々と融通を利かせることが出来るようになる。
自国でも、公爵令嬢という立場、いや、お母様が元王女という立場から自国の攻略対象にも融通が利く。
だからこそのお助けキャラであり、ヒロインの為に攻略対象との出会いを演出したり、催し物に招待したりと活躍する存在だが、その行動の根底にはお婆様がわたくしの事を庇ってくれたように、人の役に立ちたいという考えがあっての事だ。
お婆様が亡くなった後、裏設定の通りにわたくしは隣国から留学してくる王子達と知り合い、それなりに仲を深めることになった。
そして自国に帰り、傷ついたわたくしを慰めるためにと開かれたお茶会で自国の攻略対象とも友好関係を築き上げる事になった。
それぞれの身に起きる悲劇、思想を変えようと努力したけれども、世界の修正力が働いているのか、わたくしの力では乙女ゲームの物語が始まるまでの裏設定を変えることは殆ど出来なかった。
仕方がない事だけれども、それでもほんの僅かでも彼らの意識を変えることは出来たと思っている。
それが始まってしまう乙女ゲームの舞台にどう影響を及ぼすかはわたくしにもわからないけれども、少なくともわたくしは学園に通うことになるヒロインに関わりを持つつもりはない。
ヒロインが男爵家に引き取られる時期に注意していれば、該当の少女の事はすぐに分かった。
動向を調べさせれば、『まるで貴族であることが当たり前』のような行動をとっているらしい。
乙女ゲームの中のヒロインは自分の母親の『死』を気にしていて、貴族の生活に馴染めていないはずなのに、引き取られてすぐに貴族として馴染んでいるかのような行動をとっていることから、その少女も転生者なのだという事がわかった。
それであるのなら、余計にわたくしはヒロインに関わりたくない。
少なくともお婆様の『死』に影響を受けて、人の為に献身的に自分を犠牲にしてでも動こうという気持ちは、今のわたくしには無い。
わたくしが動かないことで、乙女ゲームのシナリオには大きな影響を与えることになるだろう。
攻略対象の心に巣食う『死』に対するトラウマや意志は、ヒロインでなければ解決できないのかもしれないけれども、正直なところを言ってしまえば、わたくしは攻略対象やヒロインがどうなろうと興味はない。
わたくしにとって大切なのはたった一人だけ。
あの方が無事にこの世界で生きていてくれて、その傍にわたくしが居ることが出来るのなら、それだけで構わない。
ミッシェル様、わたくしの大切な婚約者。
乙女ゲームの中では、ヒロインを優先するあまり蔑ろにされていたけれども、今のわたくしにはそのつもりは一切ない。
正直、乙女ゲームの中でわたくしがミッシェル様に見捨てられなかったのが不思議なほどだったし、あのままゲームの運営が続いていれば、隠しキャラとして攻略対象になる予定の人。
流石にヒロインの少女がその設定を知っているとは思わない、思いたくない。
設定上、ミッシェル様がわたくしを簡単に見捨てることはないけれども、わたくしはあの方が血に染まる姿を見たいとも思っていない。
ミッシェル様は愛するものには献身的に接するけれども、その愛するものが他に愛を向ければ、その対象を憎み、命を奪う事を選択するという設定が組まれている。
だからこそ、隠しキャラとして最後まで実際の乙女ゲームの攻略対象として出ることが無かったのだ。
実際に攻略対象として出せば、婚約者であるわたくしが関心を強く向けているヒロインに対してマイナスの感情が強く、選択肢を一つ間違えただけでバッドエンドに向かってしまうからだ。
既定の攻略ルートは途中までは共通ルートになっているが、夏季休暇の所から個別ルートに変わっていく。
それまでのヒロインの行動がどの攻略対象のルートに入るのかを決めることになっている。
乙女ゲームが隠しキャラを出す前に運営が終了してしまったのは、乙女ゲームアプリの中でも各キャラの攻略が難しかった事と、サブイベントの為に毎月出るガチャの排出率が渋かったことが原因と思われているが、そもそも運営側もそんなに長く続くとは思っておらず、初期投資とその後の運営資金を回収出来たところで配信を終了した。
シナリオを担当していた者としては、各キャラクターの魅力を引き出すことのできるサブシナリオをもっと楽しんで欲しかったとは思うが、配信終了が運営の判断というのであればそれに従うしかない。
むしろ五年持ったのは乙女ゲームアプリとしては長寿だった方なのかもしれない。
乙女ゲームだろうと男性向けゲームだろうと、新しいものが出ればユーザーの興味はそちらに移ってしまうものだ。
アプリの中には収益を回収できずに赤字で終わるものも多くあるのだから、初期投資とその後の運営費を回収出来ただけ十分な成果だったのかもしれない。
とにかく、わたくしは多くの事は望まない。
ヒロインや乙女ゲームとなるべく関わらずに、婚約者のミッシェル様と平穏に暮らすことが出来ればそれでいいのだ。
そうして今日、いよいよ乙女ゲームの舞台となる学園に入寮することになる。