お兄ちゃんになるための修行
ある日、僕の友達のレイちゃんに弟が出来た。
レイちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねながら、どれだけ弟が可愛いのかを話して来る。
僕の周りの友達の殆どが、弟か妹がいる。
もちろん、お姉ちゃんやお兄ちゃんがいる子もいる。
いいなぁ。僕も欲しいなぁ。
お母さんに「ぼくね、誕生日にお姉ちゃんが欲しいの!」と言ったら、お母さんの眉尻がへにゃりと下がってた。
「ごめんねーアッキー。お母さんはお姉ちゃんをアッキーにプレゼントはできないよ。それは誘拐になっちゃうからね」
「ゆうかいって、悪いことなんだよね?」
「そうだよ。」
しゅんとした僕を抱きしめてたお母さんはでもね、と言葉を続けた。
「お姉ちゃんは、無理だけど。アッキーがお兄ちゃんになることはできるんだよ」
お兄ちゃん?
お兄ちゃんと言う言葉だけが、僕の頭の中に木霊する。
目をパチクリさせた僕は、どうやったらお兄ちゃんになれるのかを考え始めた。
作戦!お兄ちゃんになる。
次の日、幼稚園の園庭で、真剣な表情で砂場の山を見つめている僕に、「なに?どうしたの?」とゆーくんがやって来た。
僕は悩んでるんだ。でも秘密だよ。とっても重大な任務なんだとゆーくんを見てアニメの刑事さんがやるように、出来るだけ眉を顰めて砂だらけの人差し指を眉間につけた。
「アッキー、砂だらけの指で眉を触ったら、目に砂が入っちゃうよ」
「これは悩んでいるポーズなんだよ」
「何悩んでるの?」
目をキラキラさせたゆーくんが、しきりに僕の悩みを聞きたいと言い出したので、秘密だからねと特別に教えたんだ。
『僕ね、お兄ちゃんになりたいんだよ。でもどうやってなったら良いのかわからないんだ』
ゆーくんはテレビの中の偉い人みたく、太い眉を寄せて腕を組んでウンウンと頷く。
「それは本当に難しい問題だ。僕にもわからないよ。誰かに聞かないと永遠に分からないよ」
そこで、ゆーくんと仲のいいゆずちゃんに聞いてみた。
このゆずちゃんはママに言わせるととってもオシャマな女の子なんだそうだ。
僕らよりも、いろんなことを知っている気がする。
「あのね」
僕とゆーくんの顔を見たゆずちゃんは、にっこり笑いながら簡単だよと教えてくれた。
「パパに言えばいいんだよ。」
「「お父さんに?」」
「うん、だって、私も妹が欲しかったときにお父さんに言ったら、妹が生まれたんだよ」
エヘンと偉そうに胸を張ってるゆずちゃんの言葉は本当だろうか?
だったら…じゃあさ、妹か弟とか出来たらすぐに遊べるのかな?
一緒にライダーごっこやったり、怪獣ごっこやったり、アニメ見たりできるんだね。
楽しみだ。
ゆーくんたちが何か言ってたけど、僕の耳には何も入ってこない。僕の頭の中には既に大きな計画が浮かんでいた。
夜、お父さんが帰って来てすぐに真剣な顔で聞いて見たよ。
「あのね、僕ね、お兄ちゃんになりたいんだけど、どうすればなれるの?」
「そうかお兄ちゃんになりたいのか。そうだなーそれはね、お父さんができる事じゃないんだよ。神様にお願いすること、赤ちゃんがお母さんのお腹に来てくれるんだよ」
お父さんは笑わずに優しい声で僕の頭を撫でながら、赤ちゃんは神様からの贈り物だと教えてくれた。
じゃあ、僕がお兄ちゃんになるためにすることって、なんだろう?
朝になって。
夜になって。
朝になって。
また夜になって。
たった二日間だったけど、僕は一生懸命に考えた。
考えたんだけど、分からなかった。
幼稚園の円先生はよく「わからない事があったら、周りの人に聞いて見ましょう」と言ってた。
だったら、先生に聞いてみよう。
でも今日も先生は他のお友達のことで手がいっぱいだった。
一人で夜寝ることかな?
歯磨きも、お着替えも、一人でできるようになることかな?
お母さんにも聞いて見た。
この日の夜、いつも夜遅くに帰ってくるお父さんが珍しく早く帰ってきた。
夕ご飯には僕と父さんが好きな秋刀魚の塩焼きとお味噌汁にご飯が並んでる。
僕は父さんに今日幼稚園で友達に相談した事を話してみたんだ。
柚ちゃんが言うには、『先ずはパパとママにお話しした方が良いんだよ』と耳にイカが出てくるくらいに言ってきたからね。
はははは
父さんは豪快に笑うと、そうかお前もお兄ちゃんになりたくなったのかと楽しそうに僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
「晃は難しい事をえらく考えてんだな。父さんが晃くらいの歳の頃って言ったら、○イダーのテレビを見て友達とはしゃいでたくらいだな。そう考えると晃は偉いな」ポツリと呟いてた。
目を瞬いた。(え?僕偉いの?)
父さんが言うには、空の星の数ほどの親たちの中から父さんと母さんを選んで生まれたのは、僕らしい。
そうなんだ。そんなにいっぱいの人達の中から、僕は二人を選んだんだね。
そうか!だったら…僕は分かっちゃった。
どうやったらお兄ちゃんになれるのかって。
父さんにそう言ったら、正解だと言って笑ってた。
なあんだ。そうか。
次の日から僕はたくさん遊んでたくさん食べて、たくさん寝るようになった。
たまに眠くない時もあるけど。
これもお兄ちゃんになるための修行なんだから。
だってね、だってね、そうしたら僕の妹か弟になる子達もきっと一緒に遊びたくなって、僕の母さんのお腹に来てくれるんだ。
僕はね、そう思う。
だって、僕が父さんと母さんを選んだんだよ。
そう胸を張って柚ちゃんやゆーくんに話したら、二人ともテレビの中の偉い人みたいに腕を組んでなるほどなるどと頷いていた。
さあ、今日も一日思いっきり遊ぶぞ!
あの日から、僕のお兄ちゃんになるための修行はいまも続いている。
そんな時だった、僕は一度も会ったことがないけれど夢の中で不思議なお婆さんに会ったんだ。
どんな感じに不思議かって?
全身真っ白と言うより、半分向こう側が見えてる。これって絶対人じゃないよね。
頭は怪人みたいに大きい。不思議と顔は見えないんだよ。でもね、でもね、全然怖くないんだ。だってさ、絵本に出てくる天使様みたいな白い長いドレスを着て、僕にさっきから優しく話しかけてくるんだもん。
しきりに僕に安心しなさい。お兄ちゃんになるための修行の成果がでましたよ。可愛い○の子達があなたのお母さんのお腹に来てくれましたよ。ひいばあばの代わりに大事にしてね。
天使様みたいな白いドレスの人は、そんな事を言って消えて言った。
気がついたら、朝だった。
布団から飛び起きた僕は、叫ぶよう父さんと母さんを呼んだ。
「父さん!母さん!!」
二人は僕が悪夢に魘されたんだと心配していたけど、僕はニコニコ笑顔だったからホッと胸をなで下ろしてた。
二人に夢の話をすると母さんは目を大きく見開くと、父さんの顔を見上げて目を潤ませてた。
「お祖母様が来てくれたのね。」
その後日、母さんのお腹の中に赤ちゃんが来た事を知った。
父さんと母さんは僕がお兄さんになる修行を成功させたから、赤ちゃんが母さんのお腹に来てくれたんだと教えてくれた。
毎月、毎月母さんはお腹の赤ちゃんの様子を見るために病院へ行く。
この時ばかりは忙しい父さんも一緒だ。
「父さん。赤ちゃんって今どれくらいなの?」
「うーんそうだなー。マカロニくらいかな。」
「マカロニ?」
「そうだぞ〜しかも、まだ茹でてないヤツな。それくらい赤ちゃんは小さいんだよ」
次の検査の時はどのくらいまで大きくなるんだろう。
「父さん。赤ちゃん今どのくらい?」
「ペンネだな」
「茹でたの?それとも茹でてないヤツ?」
「茹でてないヤツ」
毎月毎月、母さんのお腹の赤ちゃんは大きくなって来てるらしい。
マカロニからペンネ、みかん、グレープフルーツ、メロン、スイカの順にどんどん父さんが言う、赤ちゃんの大きさも変わって来た。
「ねえ、先生。赤ちゃんはどっち?妹?弟?」
じっくりと画面を見ている先生は、「もうしっかりした、お兄ちゃんだね。妹ちゃんよ」と言って笑ってた。
僕に妹ができるんだ。妹、僕の可愛い妹、大丈夫だよ。僕がちゃんと守って見せるよ。
母さんがトイレとお友達になっていても、布団と一緒になっていても、僕は我慢できるもん。
だって、お兄ちゃんだからね。
僕が、赤ちゃんと母さんを守るんだ。それがお兄ちゃんの役目だから。
だから、安心して出ておいで、僕の妹。
でも、たまには母さんの膝の上で座らせて。お兄ちゃん成分補給したら、また頑張れるから。
これからも僕のお兄ちゃんになるための修行は続く。