第67話
リティア、と私を呼ぶあなたの声が聞こえる。
愛しい面影がもうどこにも存在しないことは知っているけど、それでも構わない。
抱えた記憶がどんなに色褪せ、遠ざかろうとも、それが私にとって宝物のような思い出であることに変わりはないから。
そんな思い出があったという事実、輝きの一片さえ残っていたら、それで充分だったから。
***
私たちの名前は、リスティアーナ。
リスティアーナという名のハーフエルフの型から生まれた、複製されたサンプルの一つ。だから名前の後ろには数字が振られていたはずだけど、もうそれが何番だったかは覚えていない。
私の姉も、妹もリスティアーナ。同じサンプル同士、皆似たような姿形をしているけれど、髪や目の色にはそれなりに個体差があった。恐らく複製段階で、色々調整されていたのだろう。
母たるオリジナルの姿は一度だけ見たことがあるけれど、小さな水槽に浮かんだ彼女にはもう表皮がなかったので、オリジナルの姿がどんなものなのかは分からなかった。もしかしたら私と同じ色を持っていたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。
実験の過程で死んでいく他の姉妹たちと同じように、私もあの研究所で一生を終えるものだと思っていた。
けれど、その予想は大きく外れた。
あの人の存在によって。
最近所内が妙に騒がしい、と思ったのも束の間、研究所の最期はほどなくしてやってきた。
姉妹たちと共用の室内からは鉄格子を挟んで廊下が見えるようになっていたけれど、これまで煌々と灯っていた電灯がある時突然非常灯に切り替わり、低い警報が響き渡った。
私たちは見慣れない兵士によって、研究所の外に連れ出された。
初めて見る外の世界は恐ろしく、私は他の姉妹と身を寄せ合って、事の成り行きを見守ることしか出来なかった。
そこに、アストリアの王が現れた。
緋色の瞳が私たちを捉え、その瞬間彼の顔が痛ましげに歪んだことを、今でも不思議なほどはっきりと覚えている。
アストリアは私たちを彼の故郷――彼と同じ名前の王国に連れ帰った。彼の手によって滅んだ古き国、リバリティから私たちを保護したのだ。
アストリアから私たち姉妹に与えられたのは王城を囲む塔群から少し離れた場所に佇む、人の目から隠された一塔だった。彼は何も言わなかったけれど、恐らく元々は私たちのために作られたものではなかったのだろう。王城から離れた立地、その秘匿性を考えれば、恐らく彼自身か彼に近しい身内に与える予定の場所だったのかもしれない。
けれどとにかく、そこが私たちの居場所になった。
姉妹からの反発は……なかったと思う。私たちは他人に抗う感情を忘れた生き物だったから。それに戸惑いは勿論あったけれど、皆心のどこかで期待していたはずだ。新しい環境。見慣れない景色。そこで始まる今までとは違う生活を。
けれど、実際そううまくはいかなかった。
アストリアに保護された姉妹は十人。
私を除いた九人が死ぬまでは、半年もかからなかった。
私たちは皆、自分たちが特別な存在であることを自覚していた。けれど、自らが脆弱な生き物であるということをあらかじめ理解出来ていた者は、恐らくいなかったはずだ。それでも、血を吐き、苦しみながら死んでいく姉妹が一人、また一人と増える度、私たちはそれを理解せざるを得なかった。
そして、最後に私が残った。
実のところ、何故私だけ生き残ったのか、その理由は分からない。魔力が薄いところでは具合が悪くなってしまう共通項はあったけれど、アストリアに塔の魔力濃度を上げてもらっても他の姉妹は結局死んだ。でも、私はその環境でなら生きていける。その違い、姉妹たちと私の間の差違は何なのか。今でも少し考える時はあるけれど、結局分からないままだった。
姉妹たちの死に、彼は――陛下は苦しんでいた。後悔もしていた。「私が君たちを外に連れ出さなければ、死なせてしまうこともなかった」、そう言って私に頭を下げもした。
でも、私は怒りを感じてなどいなかった。悲しみもなかった。
私たちが死ぬのは研究所では当たり前のことだったから。
それに、あの時救出されなければ、私たちはもっと早くに死んでいただろう。
だから、陛下が罪の意識を感じる必要などどこにもない。
そう何度も伝えたけれど、陛下はいつも悲しそうなまま首を振るばかりだった。そして最後に残った私に罪悪感があるのだろう。彼は頻繁に塔を訪れるようになった。
アストリアは私に歌を教えてくれた。たくさんの本を用意して、物語や知識に触れる楽しさを伝えてくれた。私が寂しくないようにと、大きな水槽と美しい魚たちを贈ってくれた。
すべては彼の罪滅ぼしだったけれど、私はそれらのすべてが嬉しかった。
陛下が、それを告白したのはいつだっただろう。
場所なら今でも思い出せる。彼が屋上に築いてくれた庭園だ。彼が選んで取り寄せたいくつもの花々に囲まれながら、私たちは並んでベンチに座っていた。
「私はすっかり残酷な統治者だ」
夕暮れの空を眺めながら、不意に陛下はそう言った。
私は彼の横顔を見上げていた。
その顔、その姿が眩しいと感じるようになったのは――眩しいと感じる自分に気付いたのは、少し前だった。陛下が私に見せる表情はいつもどこか悲しげだったけれど、それでも彼は眩しかった。この時も。
「私は人々がこの狭い大陸で争い合うのが嫌だった。私が生まれる前から幾度も繰り返される、無益な戦にうんざりしていた。だから、私はリバリティを滅ぼした。この大陸にあるのが一つの国であれば、もう国家間の争いが起きることもないだろう。そう思ったからだ」
「それは成功したんでしょう?」
私は尋ねた。陛下の言葉の真意がいまいち読めなかった。彼は自らの国を率いてリバリティと戦い、結果、今この大陸にはアストリアという王国しか存在しない。彼の願いは、すべて遂げられたと言ってもいいだろう。
……なのに何故そんなに悲しそうな顔をするの?
「苦しいんだ」
子供のように眉を下げ、彼はそう囁いた。
「私は理想を遂げた。私の望む未来がやってくるように、私の考えた正しさを強行した。……だけど時折、自分のしたことの大きさに潰されそうになるんだ。自分の行いが招く未来が怖くなる。私が勝手に作り上げたこの平和が、またいつ誰かの理想に押し流されるのではないかと不安にもなる」
礫のように降ってくる言葉を少しずつ受け止めながら、私は初めて彼をいびつな人間だと思った。
彼は争いを疎む優しさ故に、傲慢な略奪者であることを選択した。理想を押し通す強さを持ち、その祈りを遂げながら、しかし今、彼は手にした未来を抱えきれないでいる。
なんて優しくて強欲なのだろう。
その矛盾故に、自らの望みを叶えても、ちっとも幸せでいられないアストリア。
私は彼を哀れんだ。哀れみ、愛おしいと思った。
可哀想な彼の愛するものを、彼ごと守りたいと願った。
生まれて初めて抱いた願望は、私の内側に鮮烈に焼き付いた。
私は彼のために生きる。
それは他の姉妹や誰とも異なる、私だけの祈りだった。
だから私は陛下に言った。
「私がいるわ。私がこの国の剣となり、盾となる」
かつてそうあるように望まれた存在にはなれそうにもないけれど、幸いこの身には彼を助けるだけの魔力と、普通の人間よりはいくらか長い時間があった。
私は神には届かない。美しい物語の中で幸福を得るお姫様にもなれないだろう。
だけど、あるいは魔女になら。
彼が与えてくれた絵本で知った存在。冷ややかで孤独な、けれど自分の望みを自分の力で遂げる、そんな魔女になら。
きっとなれると私は思った。
やがて彼の生が終わっても、私の望みは変わらなかった。
彼の愛したこの国は、彼によく似ていびつだった。彼の作った平和は、彼と同じように不安定だった。けれど、この大地は彼が生きた証そのもの。
アストリアを維持するため、この国の魔女として私は生きる。
それが私の願いのすべてだった。
私の名前はリスティアーナ。
たった一人残された、無数に生まれた命の一つ。
傲慢な祈りに身を投げた、取るに足らない命の一つ。
***
伸ばした手は、宙を掻いた。視界に映るのは揺れる地面、自分の体。少しずつ、頭が働きだす。
「……っ」
「アルス様! 気付かれましたか?」
「ここは……」
鉛のような体を起こし、アルスは周囲を見回した。広い空と荒れた地面が視界に入る。強い風に砂埃が舞っていた。
傍らの魔術師が、案じるような表情で口を開いた。
「その、突然倒れられて……」
「倒れた……?」
「先ほどです。大した時間ではありませんが……大丈夫ですか?」
その問いに答えるより早く、激しい胸騒ぎがした。徐々に覚醒する頭が記憶を取り戻し、意識を手放す前、最後に目にした光景――彼女の顔を思い出す。
直後、傍らからまた声がした。
「実は先ほど騎士団が襲われたらしく……。リスティアーナ様がどうしてもお一人で行くと……」
「……っ」
作戦は失敗した。
そう悟ると同時に立ち上がった。多少ふらつくが問題はない。足元に置いてあった刀を取る。
「僕も向かう」
「あの、ですが……」
「いいから」
アルスは伸びてきた手を振り払った。精一杯自制していないと、怒鳴ってしまいそうだった。
どうして彼女に一人で行かせた。どうして誰も止めなかった。
たとえそれが、彼女自身の選択だと知っていても、怒りをぶつけかねなかった。
温い風が頬を叩く。
眼下で爆発音がした。
理性も冷静な判断もかなぐり捨てて、アルスは一人、走りだした。
***
蛇のように踊る黒い奔流が展開していた障壁を破壊し、そのままリスティアーナに直撃した。
割れ砕ける魔力の欠片たちは地面に落ちる前に霧散する。冷たい大地に投げ出されたのは、リスティアーナだけだった。
「……っ」
「あーあ」
伸びてきた手が髪を絡げる。無理やり頭を上げさせられて、緑色に透き通った、いやに明るい瞳と目が合った。
「随分もったいぶって出てきたわりに、こんなものか。期待して損したよ」
「……先輩に対する口の利き方がなってないわね」
「これは失礼。じゃあ先輩、死を運ぶ後輩を前にした気分はどうだい?」
「別に驚きはないわ」
リスティアーナは微笑んだ。
「自分の辿る運命くらい、私にだってとっくに分かっていたもの。あなたの力よりは、いくらか漠然としたものでしょうけど」
それは半分嘘だった。自分の辿る運命を見たのは――丘の上で作戦を開始した直後だ。あらかじめ覚悟が出来ていたわけではなかったが、頭に焼き付いたその結末をリスティアーナは自分の運命だと受け入れた。だから、自分の足でここに来たのだ。
しかし、目前の男は訝るように眉をひそめていた。
「俺の力?」
意味が分からない、と言うような呟きに一瞬こちらの思考も止まる。しかし、すぐに理解した。
自分の感情をコントロールする前に、リスティアーナは声を上げて笑った。
「ああ、あなたにそんな力はないのね」
意外だった。この男はもっと優れて、完全に近しい存在だと思っていた。過去も未来も掌握してすべてを破壊するような、そんな存在だと思っていた。
それなのに、結局彼も――。
「……ッ」
強く髪を引かれ、思わず呻き声が出る。
「だったら君にはこの景色も見えていたのか? 君たちのくだらない作戦が失敗し、惨めに痛めつけられるこの未来も?」
怒りの滲んだ低い声に、リスティアーナは微笑みを浮かべて返答した。
「ええ、もちろん」
本音を言うと、悔しかったし受け入れがたかった。
作戦はそれなりに成功するはずだった。まさか兵をすべて捨て駒にするような形でいきなりこの男自ら襲撃してくるとは思わなかったし、この二ヶ月間その姿がまったく見えなかったことで油断したというのもある。結局この男に踊らされたのだ。
「君は恐ろしく愚かだ。自分の辿る運命を知りながら回避しようとしなかったのかい? せめて仲間を連れてくれば、一人で無様に死ぬことはなかっただろうに」
しかし、やはりこの男には見えていないのだ。何も。何も見えていないし、分かっていない。
そう思うと、悔しさが薄れ、むしろ愉快な気持ちになった。
リスティアーナの嘲弄に気付いて、男の顔が歪む。髪から離された腕が苛立ったように振り抜かれたが、避けることは叶わなかった。
「ッ……! く……」
頭が床に叩きつけられて、目の奥で火花が弾ける。過った顔、呼びたい名前。苦痛と共に溢れる胸が騒ぐような感情を押し返して、リスティアーナは顔を上げた。視界は幾分暗くなり、右目は頭から流れる血によって塞がれていたが、それでもまだライックの姿は捉えられていた。
「残念だけど、運命に縛られているのはお前の方よ」
右手で素早く式を紡ぐ。意図に気付いたライックの手が伸びてくる直前、体が引っ張られる感覚と共に、そのまま後方に転移した。しかし距離は大して稼げていない。素早く立ち上がると、鼻と口から血が滴った。心臓が異常な速さで鼓動するのを感じながら、腕を振る。
空間に無数の魔法陣が浮かび上がり、水流の鞭が躍り出る。
「今更何をしたって悪あがきだよ」
嘲弄するようなライックの声。彼の目の前に黒い障壁が展開され、進路を阻まれた水流が暴れ狂って地面を穿った。攻撃は、ライックには届かない。
でも、まだだ。第二陣、第三陣と次々に水流を放つ。繊細な制御をしている余裕はなく、弾けた滴がリスティアーナ自身を掠めて頬と腕がざっくり裂けた。術式を操る指先が負荷に耐えきれず、まだらに茶色く腐敗していく。
それでも攻撃の手を緩めずにいると、黒い障壁の表面が一瞬薄くなり、その向こうで顔を歪めるライックが見えた。
今ならいける。残りの力を一気に放とうとした、その時。
「お母さん」
「っ」
わずかに意識が逸れた瞬間、衝撃が体を突き抜け、足が、全身が崩れた。ごしゃり、と鈍く濁った音がする。足だ、と悟った瞬間、痛みが頭を支配する前に魔力を回して神経を焼き切る。が、それでもすぐに苦痛が爆発した。
「う……っ、く……」
崩れ落ちた体勢のまま、上半身を捻る。
正確には、攻撃されたのは足ではなかった。腰から下が原形を保っていない。腕だけで体を起こそうとしても、とっくに感覚のなかった指はばらばらの方向に折れ曲がり、うまく力が入らない。
「他人の子供の声に惑わされるなんて、魔女が聞いて呆れるね。それとも本当に母親になったつもりなのかい?」
ライックが微笑と共に一歩ずつこちらに近付いてくる。
起き上がれないまま、リスティアーナは口を開いた。
「……お前は、可哀想な、男ね」
「可哀想なのは君だよ。自分がどれだけみっともない姿をしてるか分かってるかい? これで同郷なのが……」
「お前も本当は気付いているでしょう? 自分が、どんな存在なのか」
「は?」
こちらに向かう足がぴたりと止まった。
「お前は私と一緒よ」
リスティアーナは宣言した
「愚かな人々に弄ばれた贋作。女神に届かなかった失敗作の一つ。お前も私も、私たちが見てきた幾多の哀れな死骸と変わらない。違いはただ……死ななかったということだけよ」
私は――私たちは、成功したから、神に近付いたから、生き残ったわけじゃない。
成功しなかったのに、神なんかじゃないのに、死ななかっただけだ。
それをリスティアーナは知っている。
「……黙れ」
絶望に震える顔を見て、確信した。
この男も内心では気付いているのだ。
それなら私は、この男の心を傷付けることが出来る。この男がどんな言葉に苦しみ、傷付くかを知っているから。
私は、その痛みを知っているから。
「私やお前が今この世界で生きていることに価値なんかない。誰も私たちの存在など評価してくれないし、神だと認めてもらえることもない。……だって、私たちはただの狂った過去の残骸なのだから。その事実にお前はまだ向き合えないの?」
「うるさい、うるさい……!」
ライックが再び近付いてくる。焦燥と苦痛を露わにしながら、リスティアーナの目の前に立つ。
「私たちは、無意味な存在として生きるしかないのよ」
「無意味なのはお前だけだ!」
振り上げられた右腕。頭を狙って迫る拳。
狙い通り、その手首を捕まえる。
――逃がさない。
ライックの手を掴んだまま、リスティアーナはめちゃくちゃな式で構成されためちゃくちゃな魔法を、残るすべての力を注いで解き放った。
視界が、青く染まる。
衝撃はあったが痛みは感じなかった。ライックの怨嗟に満ちた叫びが遠くで聞こえたが、その姿を確かめることは叶わない。
世界が千切れ、ゆっくりと闇が落ちてくる。
(ここで、私の運命は終わり)
アストリアを守ることはもう叶わない。かつて抱いた祈りはここで潰える。けれど、その後悔や心残りよりも強く浮かび上がるのは。
(桃……。アルス……)
抱くべきではない情と、抱える理由のない執着だとは知っていたのに。
やっぱり私はどこまでも身勝手で不完全な魔女だった。
***
一帯は混乱と喧噪に包まれていた。
荒れ果てた大地では、騎士たちが傷付いた仲間を抱えて錯綜している。
彼らの合間を縫うように先へ進むと、やがて魔法と破壊の痕跡に覆われた一角に辿り着いた。
周囲の兵士が怯えたような顔で遠巻きにしているその先に、リスティアーナは倒れていた。
「……リティア」
アルスは血溜まりに膝をつき、朱色に染まった彼女を抱える。恐ろしく軽い体と冷たい肌に思考が止まりそうになり、ほとんど無意識の内にもう一度名を呼びかけていた。ややあって、白く乾いた唇が動き、リスティアーナが瞳を開いた。
細い息を吐き出して、焦点の合わない双眸で彼女は言った。
「……残念……あなたが来る前に、死んでおくつもり、だったのに……」
「何を……」
馬鹿なことを、という言葉は声にならなかった。
「……なさい……こんな、みっともない姿……私、一応……の師匠なのに……」
「……君を師匠なんて思ったことは一度もないよ。君はそんな単純な言葉で収まる存在じゃない」
切れ切れの言葉に応えながら、頭の中でどうすべきかを必死で考える。
けれど何も浮かばない。
腕の中、抱く体は冷えていく。
「それなら、お願い……」
青ざめた顔で震えながら、リスティアーナは懇願した。
「わ……を連れて帰らないで……こんな姿で、……場所に……帰りたく、ない……」
世界中の絶望を集めたような苦痛と後悔に心を貫かれながら、それでもアルスは微笑んだ。
「分かった。後は心配しなくていいよ」
「……ありがとう、アルス」
言葉と共に呼吸を吐き出した胸が、静かに止まる。
微笑みを浮かべた顔は幼い少女のようだった。
「…………間に合わなくて、ごめん」
彼女は怒らないと知っていた。悲しんでもいなかっただろう。これは彼女の選択だから。アルスの後悔はきっと彼女には届かない。
そういう生き方をする人だった。
そういう生き方しか出来ない女だった。
いつかこんな別れが来ることも、多分お互い分かっていた。
閉じた瞼に唇を落とす。
躊躇いと抵抗が心を握り潰す前に、アルスは一つの魔法を放った。
腕の中、青く揺らめく魔力の炎に包まれて、リスティアーナの体が静かに燃えていく。
世界で一番美しい光を放ちながら、消えてゆく。




