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refrain  作者: 水幸
第十四章 想い、鼓動
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第60話

 日々は穏やかに続いた。

 このままずっと、何も変わらないように。

 同じところに留まっていられるように。

けれど、時は流れ過ぎ、やがて夜が訪れた。

 祝祭の夜が。

 

 ***


 水色のシフォン地にきらきら光る紫色の糸で星が散ったような刺繍を入れたドレスは、事前にミナベルに何枚も試着させられてようやく決まった一着だった。

 自分では何が自分に似合うのかよく分からないし、従ってこのドレスも他人から見ておかしくないか自信はなかった。髪もミナベルに頼んでいつもと違った感じにしてもらったけれど、これも非常に落ち着かない。


 ククは鏡の中の自分と視線を合わせる。


 気恥ずかしさもあったが、なんとなく腹立たしいような感情もあった。王を祝う祝典で着飾らなければいけない自分がひどく間抜けなような気がしたからだ。

 かといって、今すぐこれを脱いでしまうわけにもいかない。

 落ち着かない気持ちを抱えたまま、ククは鏡に背を向けた。


 


 自室を出て居間に向かうと、ディオンとミナベルが顔を揃えていた。兄の姿はない。昨日から王城に泊まりこみで、今日は朝から城の警備にあたるという話だった。

 ミナベルは乳白色のイブニングドレスに身を包んでいるが、ディオンは普段着のままだった。その変わらぬ姿に少しほっとしていると、


「あら、クク様。ネックレスを忘れてますわ」


 そういえば、そんなものもあった気がする。

 ミナベルは嘆かわしそうに頭を抱えた。


「そんなことではいけませんわ! 折角ジュエリーも含めてトータルコーディネートしましたのに……。今取ってきますから少しお待ちくださいませ!」


 言うなり、慌てて部屋を飛び出していってしまう。

 ソファに寝そべっていたディオンが顔をしかめてククを見た。


「あいつは今何語を喋ってたんだ?」


「さあ……」


 ミナベルのこだわりはいつもよく分からない。


――それはとにかく。


 ククは視線を泳がせた。足元を見ると、淡色のミュールが目に入る。これもミナベルに選んでもらったものだ。

 そのつま先を眺めながら、訊いた。


「……ディオ、えっと、どうかな。変じゃない?」


「は? ……ああ、普通じゃないか」


「普通かあ…………」


 微妙な評価にがっかりしかけて、ククは気が付いた。

 顔を上げてディオンを見る。訝しそうにしていたディオンが、うぐ、と喉の奥で変な声を出した。


「お前、まさか」


「……わざとじゃないよ」


「本心じゃない。忘れろ」


「うん」


「おい、ニヤニヤしてんじゃねえよ! まあまあ似合う程度に思っただけだろ!」


 それでも嬉しいものは嬉しいし、ニヤニヤしてしまうものはニヤニヤしてしまう。

 ディオンがまた何か言いかけた時、再び扉が開いてミナベルが現れた。


「はい、クク様。お持ちしました……って、あら」


 瞬きしたミナベルは、妙な心得顔になって白いハンカチに乗せたネックレスをディオンに差し向けた。


「ディオン様、こちらを着けて差し上げてくださいます?」


「なんで俺が」


「わたくし、この爪ですし。クク様も不器用ですから」


 ミナベルは綺麗に伸ばされ、パールのマニキュアを塗った爪をディオンに見せつけた。


「ったく、つけりゃいいんだろつけりゃ」


 ディオンが億劫そうにネックレスを受け取る。ドレスの刺繍に合わせた紫色の石が、室内灯を反射してきらめいた。


「今更だが、お前式典に出て大丈夫なのか? 人が多いんだろ?」


 頭の後ろから聞こえる声に、ククは正直に言った。


「今もあんまり気は進まないかな」


 最大限頑張ろうとは思うものの、耐えきれる自信はあまりなかった。途中で抜けて静かな場所で休憩が取れればいいが、それも難しいかもと思うと不安を通り越して恐怖を感じる。

 だが、祝典があることは前々から分かっていたし、逃げ切れないことも分かっていた。今日一晩とにかくなんとかやり過ごせば、王城の騒がしさも少し落ち着くだろう。


「仕方ないから頑張るよ」


「まあ、適当にな」


 うん、とククは微笑んだ。着けてもらったネックレスが胸元で揺れる。

 ふと思い出して、背後を振り返った。


「桃ちゃんはミナベルが後で連れてくるんだっけ?」


「ええ、この後お連れします」


 魔女も今日は五勇として王城に行くので、桃はこの家で預かることになっていた。


「ただ、わたくしも後で一度お城に顔を出しますので、その間はディオン様にお願いすることになるかと」


「ディオ、大丈夫?」


 そもそもディオンは桃と面識がない。その彼にいきなり彼女の面倒を見てもらうのは申し訳ないが、これも兄の決定だった。


「たかが子供だろ? 仕方ないから頑張ってやるよ」


 ディオンは再びソファに寝そべって言う。


「それに祝典とやらに関わるよりはマシだ」


 心を探らずとも、それは本気の一言だろう。

 それでもまだ罪悪感はあったものの――。


「ほら、そろそろ行くんだろ?」


 暗い窓の外を指されて、ククは頷いた。


「うん。……じゃあ、行ってきます」


「おう」


 ディオンはいつも通り、あくまで軽く手を振った。


 ***


 どん、と空気が震える音がして、夜空が明るくなった。幾色もの鮮やかな光が降り注ぎ、尖塔や王城を染めていく。

 医療塔へ続く長い階段の中腹で、エリダは頭上に咲く花々を仰いでいた。

 非日常的な光景は、確かに綺麗ではある。


「サボり発見。後でつげ口しようかな」


 生意気な声に振り返り、「どっちがよ」とエリダは反論した。


「術士様たちはアレの制御でしょ? あんたの方こそサボりじゃん。ってかあたしは見張りだし!」


 花火を指差し、音に掻き消されないよう大声を出すと、エリオットはわざわざ階段を上ってきて普通の声量で答えた。


「後学のために休憩取って見物に回れってさ。別にこんなお遊び魔法の知識なんて必要ないのに」


 魔術師のローブに身を包んだエリオットはいかにも不服げだ。

 先輩術士たちの言い分は恐らく建前で、彼らは単にこの少年に花火を見せてやりたかっただけだろうと思ったが、説明するのが面倒だし、説明したところでますます怒りそうなのでエリダはそのまま黙っていた。


 こうしている間にも、花火は次々咲いては消える。

 どこかから歓声が聞こえてくる。見上げれば、医療塔の窓から身を乗り出しているいくつもの人影が目に入った。病人たちか、職員か。いずれにしても楽しそうな声だ。


 彼らと同じように空を仰いで、エリダは言った。


「なんかやだなー」

「え?」


 同じように花火を見ていたエリオットが、きょとんとしてこちらを見る。説明を求める視線にエリダは肩を竦めた。


「確かに綺麗は綺麗なんだけどさあ。なんかお祝いっていうよりか、お別れとかおしまいの合図みたいじゃない? これ。なんか不吉っていうか」


「それはバカエリの勝手な感覚だろ」


「まーね」


「まさかあんたにそういう変な感性があるとは思わなかったよ」


 なんだかバカにされているような気もするが、まあいいか。


「っていうかさ、お祭りとかどうでもよくて、あたしは普通の……いつも通りで当たり前の毎日が好きなんだよね。なんだかんだで普通が好きなのさ」


 城の兵士なんていうおおよそ普通ではない生き方をしている自覚はあるが、それでも他人が死んだり、傷付いたり、そういう普通じゃないのは好きじゃないし、特別なお祝い事にも興味はなかった。平凡で、退屈で、それでたまにちょっと楽しいことがあるくらいの毎日がちょうどいい。

 エリダは心からそう思っている。


「それ、他の人の前で絶対言わない方がいいと思うよ」


 エリオットが呆れたように言う。


「そんなの分かってるよ、エリ坊」


 エリダは溜め息を吐いた。


「ここは普通じゃない人たちがいっぱいだもんね」


 不吉な花火は、まだ夜空に咲き続けていた。


 ***


 人が魚みたいに泳いでる、とリスティアーナは思った。


 欄干から見下ろす城内の大ホールの光景――祝典に伴う催しの中でもひときわ華やかな舞踏会の景色は、いつか絵本で見た海の世界のようだった。色とりどりのドレスがゆらめき、楽しげな声が波のように寄せては返す。

 桃に見せてやりたいと思ったけれど、今彼女はアルスの家だ。

 心配する感情が起きる前に、そっと気持ちを閉じる。


「……今のところトラブルはなさそうですね」


 鮮やかな世界から視線を外し、振り返る。背後で同じように眼下の光景を眺めていた男が、口の端で微笑んだ。


「ああ、君がいるから心強いよ」


 そう言うアストリアの顔色はあまり良くなかった。

 このところ多忙だったせいもあるだろうが、この男はそもそも自己顕示に向いていないのだ。自らの気質を無視してこの祝典の開催にこだわっていたのだから、いい加減心労も凄まじいものだろう。


「私には似合わない舞台だな」


 心を読んだように言われて、リスティアーナは目を伏せた。


「そんなことはないかと」


 否定しつつ、頭を過る。

 ホールで踊る美しい魚たち。彼らの何人がこのアストリアを心から称えているのだろう。それに、ここにいる者たちだけではない。日中に行われた城外でのアストリアの演説、それに心底聞き入っていた者はどれだけいた? 町でのお祭り騒ぎは、本当にこの男のためのものなのだろうか。


「私は、祖父や父にはなれない」


 王が囁くような声で言う。

 リスティアーナは眉をひそめて周囲を見回した。ホールは賑やかだったが、二階は関係者以外の立ち入りを禁止しているので、辺りには他に誰もいない。

 いるのは王と魔女だけだった。ならば、多少の弱音には目を瞑るべきだろう。


「この国の人間が求めるのは祖父や父のような存在だ。だが、私には亡霊を背負うことは出来ない。……改めて痛感したよ」


 アストリアの微笑に宿るのは諦めだった。

 大陸を統治した先々代のアストリア。そして、父がなした大業を引き継ぎ、国の安定に貢献した先代のアストリア。彼らと同じようにこの国と同音の名を背負う男の苦しみは、リスティアーナには理解出来ない。けれど、


「貴方は先々代とも先代とも異なる人間です」


 ごく当たり前のことを、リスティアーナは口にした。


「それに、彼らと同じ力を持つ必要もありません。それでも貴方の国は維持出来ます」


「出来なくなったら?」


「私が維持します。他の何を犠牲にしても」


 これもまた当たり前のことだった。

 この国を護る。この国の王を護る。それがリスティアーナの最たる存在理由だ。

 たとえ、その護るべき対象が絶望していようとも。


「君は、私以上に哀れだな」


 アストリアが微笑み、言う。

 哀れみと侮蔑の滲んだ言葉に体の芯が冷えていくが、それはむしろ歓迎すべきものだった。魔女に温かい言葉は必要ない。

 だから――。


「陛下」


 不意に、背後から軽薄な声がアストリアを呼んだ。周囲に気を配ることを忘れていた自分に気付いてリスティアーナは内心ぞっとしたが、やってきたアルスはそんなことなど気にした様子もなく、


「桜花の使者が見えてます。今はミソラが対応していますが」


 ホールを指さし、報告した。


「分かった、挨拶してこよう」


 アストリアが緋色の外套を揺らして歩き出す。


「僕も同行しますか?」


「いや、ミソラがいるんだろ? 問題ないよ」


 そのまま王が去っても、アルスはその場に残っていた。

 滅多に着ない正装用のローブを纏っているからか、普段より多少良識的な人間に見える気がする。


「何かご用かしら」


「別に。ただ、君の顔色が悪かったから」


「そんなこと……」


 思わず頬に手を当てると、


「嘘だよ」


 リスティアーナは顔を上げた。


「ただ、あまり楽しそうじゃなかったからね」


 リスティアーナは溜め息を吐いた。


「……あなた、もしかして私のことが大好きなんじゃない?」


「案外そうかもしれないね」


「……つまらない反応ね」


「動揺されたって困るだろ? ……で、実際体調は?」


「もちろん悪いわよ。この辺りにいる分にはまだいいけど」


 この付近は機材を用いて人工的に魔力の濃度を高めていた。それでも普段暮らすあの塔の何分の一にもならないが、臨時の休憩所として使う分には有益だ。とは言え、流石にいつまでも留まっているわけにはいかないが。


「外は結構な澱みようだからね。有象無象玉石混合って感じだよ。まあ、君の分も僕が頑張ってくるからさ」


 そんなことを言って、アルスはあっさり去っていく。下のロビーに知っている顔でも見つけたのかもしれない。

 結局、何をしにきたのやら。

 その背が視界から消えるのを待って、リスティアーナは目を伏せた。

 ただ一人、魔女になりきれない病弱な女が取り残されたようで、妙に気持ちが落ち着かなかった。


 ***


 まばゆい夜はいつまでも終わる気配がなかった。


 人が集まるホールから中庭に出たククは、人気のないベンチを見つけて一時避難と決め込んでいた。

 自宅を出たのは日が暮れてからだが、来客対応だの王の使いだので散々あちこちを回った今も、夜が更けたという感じはほとんどしなかった。相変わらず城の周囲には人が溢れているし、普段より多く点された明かりで一帯は昼間のように明るかった。


(早く帰りたいなあ)


 このまま人混みに紛れて帰ってしまってもいいのではという気もするのだが、兄がまだ王の傍にいる手前、勝手に自分だけ姿を消すのも気が引けた。


 だけど、出来れば帰りたい。


(ディオに会いたいな)


 毎日顔を見ているはずなのに、そう思う。普段とは違う環境にいるからだろうか。

 城内には笑い合う人々がたくさんいるけれど、彼らから感じる感情はけして楽しいものばかりではなかった。刺々しい声や、冷たい声も無数に聞こえてくる。

 それが恐ろしかった。


 ディオンから伝わってくる真っ直ぐな声が聞きたくて、ククは自宅の方向に意識を向けた。

 もっとも、その行為に深い意味があったわけではない。いくらこの力でも、特別強い感情でない限り、ディオンの声がここまで届かないことは分かっていた。


――だが、不意にある感覚がククの肌を撫でていった。


 それは、シンプルに言えば嫌な予感。

 何か大きな悪意を感じた。


「…………」


 兄に連絡した方がいいだろうか。だが、まだ決定的なことは何もない。と、思った瞬間、肌が粟立った。

 どうしようもなく不安になる。

 これはきっと、気のせいじゃない。

 慌てて庭から城内に戻ったが、賑わうホールに兄の姿は見付からなかった。ミナベルや王の姿もない。


 見回すと、たった一人、奥の壁際に見知った顔を発見した。


(どうしよう……)


 未だ嫌な予感は消え去らない。

 ……この際仕方ないだろう。


「あの」


「何の用かしら?」


 話しかけると、魔女は案の定もの凄く嫌そうな顔をした。これまでも何度か浴びせられた覚えのある、恐ろしく冷ややかな敵意が伝わってくる。しかし、こちらとて別に話しかけたくて話しかけたわけではない。


「桃ちゃんの様子を見に行くって、兄さんを見つけたら伝えておいてください」


 詳しく状況を伝えられるほどの心の余裕はなかったので、ククは要件を簡潔に伝え、さっさとその場を離れようとした。


「待って」


 呼び止められるとは思っていなかったので、一瞬反応が遅れた。

 視線を向ければ、魔女が眉をひそめていた。


「何ですか」


「もしかして、何か感じるの?」


「……はい。少し」


「私には何も感じられないけれど」


 訝しげに言われて急に腹が立ってきた。疑うなら勝手に疑えばいい。

 無言で踵を返し、ククはそのまま駆け出した。




 住宅街は静かだった。

 と言っても、そこここに番兵は立っているし、普段と比べて特別人の姿が少ないわけでもない。それでも何故か、妙に静かで薄暗い気がした。明るすぎる城内から帰ってきたせいで、感覚がおかしくなっているのかもしれない。


 曲がり角を越えると、邸の方で何か閃光が走るのが見えた。

 障壁が破られたのかもしれない。

 人の気配を追って、ククは自宅の庭へと向かった。


「…………っ」


 風がぶわりと吹き抜けて、伸びた草木を揺らす。

 暗い庭先にはディオンと桃、先に城内から戻ってきたのかミナベルの姿もあった。襲撃に気付いて、外に出てきたのだろう。

 彼らとククの正面には、男が一人立っていた。

 獣の耳と尻尾を持った影のような後ろ姿が、こちらに向けられている。


「みんな、久しぶりだね」


 影が柔らかな声と共に振り返る。

 一見優しげな表情は昔とほとんど変わらなかったが、顔の左半分に昔はなかった大きな傷跡が走っていた。


「ライック……」


 動揺を抑えて一歩踏み出す。ちり、と頭の奥底に焼け付くような痛みが走り、一瞬目の前のライックの姿が歪んだ。


(今のは?)


 その感覚には覚えがあった。何か得体の知れないものが遠くから訴えかけてくるような――いや、今はそんなことに構っている場合ではない。

 ククは頭を振り、右手を振った。光が拡散し、一本の剣が手中に収まる。

 そのまま刃を構えると、不意に背後から困惑した声が上がった。


「この人は……?」


 桃の声は答えを求めながらも、それが与えられることに怯えているように聞こえた。目の前に現れた、自分と同じ耳と尾を持つ男。彼に対して、桃が怯え、戸惑うのも無理はなかった。


「君はそんなことも想像が出来ないほど馬鹿なのかい?」


 ライックが呆れたように言う。彼は桃の動揺などまるで意に介さず、むしろ面白がるように微笑んだ。


「いや、それも仕方ないか」


「どういうこと……?」


 桃の代わりにククが問う。


「さあ? でもその内分かるかもね」


 ライックが右手を掲げた直後――光が放たれた。


 咄嗟にククは駆け出した。

 彼の狙いは恐らく一つ。桃だ。


 光の筋が宙を裂く。上空で爆発音がして、周囲が粉塵に包まれた。

 桃の悲鳴が上がる。

 ククは彼女のいる方へ飛び込んだ。


「ミナベル! こっち!」


 徐々に晴れていく視界の中、白い影が翻る。巨大な狼の姿に転じたミナベルが、桃をくわえて大きく飛び退いた。

 背後に迫る殺気を感じて、ククは振り向きざまに剣を振る。


 冷たい金属音。

 剣を握ったライックの顔が間近にあった。


「君は相変わらず他人の問題に首を突っ込んでいるんだね」


 緑色の瞳が、ククを覗き込んでいた。


「……いや、でもなんだか昔に比べて空っぽになったみたいに見えるな」


 囁くように言われて、ざわりと肌が波立つ。

 強い恐怖が、胸の中から顔を出す。


(これは、何?)


 ライックもまたククの躊躇いを感じたようだった。


「君は一体何を隠してるんだい?」


 刃が迫る。瞳が近付く。緑色の闇の中には、ククの姿が映っていた。

 突然、その姿が大きく歪む。


 代わりに、ククではない少女の姿が現れた。


「……っ!」


「君は……」


 刃が離れる。

 ククの手から剣が滑り落ち、ライックもまた武器を下ろした。


「カノン……?」


 その一言で、ククの世界が崩壊した。

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