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refrain  作者: 水幸
第十三章 夜明けの声
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第56話

 暗闇にオレンジ色の炎が灯った。それはとても小さくて、息を吹きかければ消えてしまいそうなほど頼りない――そう思った途端、こちらの疑念が伝わったかのように炎がふっと薄らいだ。

 このままでは消えてしまう。


――集中して、信じるの。


 先ほど言われた言葉を思い出す。弱々しいけれど、炎は、光は、確かにここにある。その事実を再び見つめた直後。

 輝く灯火が闇を払った。



 目を開けた桃は、自身の前に浮かぶオレンジ色の発光体をしばらく呆然と見つめていた。


「成功ね。やっぱり熱を持ったものの方が相性が良いのかしら」


「リティアさん、これ……」


 隣のリスティアーナを仰いだ途端、光の球がぱちんと音を立てて弾けた。慌てて視線を戻しても、もうそこには何もない。


「制御はもう少し練習が必要ね。でも、まずは形に出来ただけで十分だわ」


 そう言って、何故かリスティアーナはそのまま桃の顔を見つめて黙る。


「? あの……」


「……よく出来ました。あなたは優秀よ」


 突然褒められて、桃はくすぐったくなった。


「その、ありがとうございます」


「どういたしまして」


 そよ風が、桃の頬と足元の庭園を撫でていく。

 空を見上げると、ちょうど真上を飛んでいたカモメの白いお腹がよく見えた。触ってみたいけれど、生き物はここまで降りてこられない。ちょっとだけ残念だった。



 数日前から、桃はリスティアーナに魔法を教わるようになっていた。教えてもらう場所は塔の中だったり、ここ、屋上庭園であったりと色々だ。

 塔は少し前、突然やってきた男にあちこち壊されてしまったはずだが、桃が一晩寝て起きた後には、すっかり元通りになっていた。リスティアーナは「とりあえず見かけだけ直したの」と言っていたけれど、少なくとも桃の目には元の塔と何ら変わりないように見えた。


 その塔でいきなり始まった魔法の勉強は、とにかく難しかった。

 一日目はリスティアーナの話を聞くだけだったけれど、教えてもらう内容の半分の半分も桃には理解することが出来なかった。二日目からは「じつぎ」というのに移ったけれど、やはり難しいのは同じ。魔法は全然使えなかった。


 でも、それが今日、やっと少し成功したのだ。成功した理由は、実のところよく分からない。だけど先ほどのオレンジ色の光は、間違いなく桃が自分で魔力を集めて作ったものだった。



 一旦休憩にしましょうというリスティアーナに従って、桃は塔の中に戻った。そのままキッチンに向かうリスティアーナについていこうとすると「休んでなさい」と言われてしまったので、リビングの椅子に腰掛ける。

 体がなんとなくだるいのは魔法の影響だろうか。リスティアーナは「だいしょう」という言葉を使っていたような気がしたけれど、具体的な意味は分からない。でも、とにかく魔法を使おうとすると体がいつもより疲れる気がする。今日も夜はあっという間に眠ってしまいそうだ。


「……」


 桃は自分の手のひらを見つめる。

 リスティアーナは、魔法はこの世界に触ることだと言っていた。空気の中にある見えない魔力に見えない手で触ることが、魔法を使うということだと。


「わたし、世界に触れたのかな……?」


 まだ不思議だった。暗闇で炎が現れたあの瞬間、まるで自分じゃない違う誰かになったみたいだった。気持ちが透き通って、大人になったみたいでもあった。

 あれが世界に触るということなんだろうか。もっと勉強したり練習すれば、不思議なことも分かるようになるんだろうか。それに、もっと色んな魔法を使えるようにも――。


「!」


 桃は椅子から飛び降りた。扉を隔てた隣のキッチンに駆け込むと、リスティアーナが長い髪を揺らして振り返る。その顔を見上げて言った。


「あの、教えてください!」


「……何を?」


「魔法が上手になったら、病気とか怪我とか……治せますか? 治せますよね?」


 リスティアーナはゆっくり瞬きして、急にキッチンへ顔を戻した。ポットを温めていた火を消して、再び桃に向き直る。


「治せる場合もあるわね」


「本当で……」


「でも、何でもというわけではないわ」


 桃の言葉を遮って、リスティアーナは膝を折った。桃と同じ高さになった青い瞳は深い海のようだった。


「それに他人の肉体に干渉することはとても難しいの。ましてそれが命に関わることなら尚更。一つ間違えば相手を徹底的に壊してしまうことだってあるわ。……それにね、桃。これだけは覚えておいて」


 静かな声が桃に告げた。


「失った命は戻らない」


「……」


「それは、あなたには残酷なことかもしれないけれど」


「わたしは……」


 お母さん。


 ずっと忘れていた、本当のこと。

 もう記憶の蓋は開いてしまった。開いて閉じないまま、桃はここにいる。永遠にお母さんの来ない、この塔に。


「……」


 目の前がぼやけた瞬間、頭に温かいものが触れた。桃の髪を撫でながら、リスティアーナが言葉を紡ぐ。


「あなたにはきっと才能がある。その力で、この世界をあなたの味方に出来るほどの可能性がある。だから私はあなたに魔法を教えているの。けして、あなたが届かないものを追いかけたり、苦しむためじゃない」


「……でも、わたしは……っ」


 世界なんて味方にならなくていい。わたしは、ただお母さんにいてほしいだけなのに。


「……それ、ペンダント?」

「え?」


 視線を下げると、胸の前で握りしめた自分の手から細い紐がはみ出していた。お母さんからもらった、壊れたままのペンダントだ。いつの間にか取り出していたらしい。

 不思議そうなリスティアーナに手のひらを開いて橙色の石を見せると、


「あら、制御装置になっているのね。随分よく出来ているわ」


「制御装置?」


「これはあなたの力を抑えるためのものよ」


「これ、お母さんがくれたんです」


 リスティアーナは目を伏せた。


「……きっとお母さんはあなたのことが心配だったのね」


 桃、と優しい響きで名を呼ばれる。リスティアーナは目を上げ、再び桃と正面から視線を合わせた。


「もし力を使うのなら、あなたの正しさに従いなさい」


「正しさ?」


「そう、あなた自身が正しいと思ったことに使うのよ。自分や他人から目を逸らさずに、現実を受け止めて考えるの。自分の選ぶべき正しさが何かを」


「お母さんを助けたいと思うのは、正しくないことなんですか」


「あなたはどう思うの?」


「それは……」


 正しいことだと思った。思いたかった。けれど、さっき聞いたばかりのリスティアーナの言葉が頭を過る。「失った命は戻らない」。それが現実だと言うのなら――。


「……分からないです」


 桃は俯いた。自分でもなく他の誰かでもなく、ただ足元の白い床ばかり見つめていた。


 正しさなんて分からない。

 今はまだ、何もかもが難しかった。


 ***


 ククが王に呼び出されたのは、謹慎明けから数日後のことだった。


 謹慎明けとは言うものの、実際のところ謹慎などしていなかったし、別段何が変わるわけでもない。それは周囲にとっても同じで、ククが久しぶりに城内を歩いていても、いつも通り遠巻きにされるばかりで声をかけてくる者などいなかった。


 しかし、廊下を曲がって王の待つ議場が見えてくると、閉ざされた扉の前に衛兵とは別の姿があった。


「……兄さん」


 兄の顔を見るのは数日ぶりだった。と言っても、彼がなかなか邸に帰ってこないのは別に今に始まったことではなかったが。


「ああ、君も呼び出されたのか」


「兄さんも?」


 そんなことは聞いていなかったが。


「まあね。君も来るとは知らされてなかったけど」


 お互いの表情の内に同じ考えが浮かんでいるのを確かめつつ、ククとアルスは目前の扉を開いた。


「やあクク、久しぶりだね」


 部屋の奥、窓を背にした円卓には、王の他に二人が着座していた。一人は厳しい顔をした山のような大男、もう一人は妖精のように小柄な白髪の老婆。どちらも五勇――アルスと同じ地位にある存在だ。

 これで塔の魔女、リスティアーナも同席していれば、シトラスの死没以降一角を欠いた現五勇にして実質四勇の全員が揃うことになる。実際リスティアーナの姿はないものの、それでもただの業務連絡にしては随分物々しい顔ぶれだ。


「彼らにも用事があったし、ついでに一緒に話してしまおうと思ってね」


 王の言葉が建前であるのは疑いようもない。よほど思うところがなければ、腹心をまとめて呼び出すことなどしないだろう。

 これから何が始まるのかは大体想像がついたが、拒否出来るわけもなかった。



 ククとアルスが席に着くと、ククの復帰について触れるのもそこそこに、アストリアが切り出した。


「君も謹慎中だったとは言え、リスティアーナの塔が襲われたことは聞いているね?」


 ククがはあ、と曖昧に頷くと、アストリアは緋色の瞳をわずかに細める。


「あれから犯人を調べてるんだけど、まあ口を割らない……というか、まともに喋らないらしいんだ。多少手荒なことをしても効果はなかったみたいだし……ねえ、アルス?」


「そうですね」


 次に振られたアルスもまた、感情薄く頷いた。

 アストリアは椅子に深く座り直して、演技がかった溜め息を吐いた。


「この地が賊の侵入を許したことについて、私は非常に重く受け止めている。犯人への尋問はもちろん続けるが、それ以前に知っておくべき情報もあるかと思ってね。……君たちはあの塔に子供を預けていたそうじゃないか」


 声音は穏やかだったが、非難の色は明らかだった。未だ沈黙を守る五勇の二人も、険しい表情をククとアルスに向けている。


「二人も知っての通り、襲撃を受けたあの塔は先々代の王……私の祖父がリスティアーナに与えたものだ。よって彼女にも状況の説明を求めたんだが、どうにも曖昧に濁すばかりで預かっているという子供を出そうともしないんだ。それについてクク、君は何か知っているかな?」


「……彼女とわたしの関係についてはご存じかと」


 主たるアストリアにさえ教えないものを魔女がククに伝えるわけがない。そもそも、彼女とはまともに顔を合わせる機会もなかった。

 アストリアも収穫を期待していたわけではなかったのだろう。すぐに矛先を変更した。


「アルス、君はどうかい?」


「まあ、その子供は僕が預けましたからね」


 アルスは呆気ないほどあっさりと頷いた。アストリアは表情を変えず、「そう説明したね」と応じる。


「知人の娘だって話は聞いたよ。だが、それではいくらなんでも情報が少なすぎるとは思わないかい?」


 どうやらアルスは既に王に桃のことを話していたようだ。しかしその説明に納得出来なかったから、再度ククや他の者も同席する形で呼びつけた、ということか。 


「彼女のことは僕もそこまで詳しく把握しているわけではありません。リスティアーナに任せているのは少々特殊な事情があるからですが……、それがどこまで特別なものかは正直はかりかねています」


「どういうことだ?」


 重々しい声を上げたのはこれまで沈黙していた五勇の一角、巌の如きザングだ。アルスは彼にちらりと視線を遣ってから、再びアストリアに向き直った。


「当該の少女には非常に優れた魔法の資質があることが分かっています。しかし、その力を自在に扱うには彼女はまだ幼すぎる。完全に開花する前の才能を除けば親とはぐれたただの子供と言った方が正しいかもしれません」


「だが、先の襲撃は彼女を狙ったものなのだろう?」


「……恐らくは」


「その理由はなんだ? どれだけ才能豊かな子供であっても、わざわざ刺客がこの地に突っ込んでくるにはそれなりの事情があるはずだろう」


「それは彼女の父親が、七年前に僕たちが倒した男だからです」


 これもまた、アルスはさらりと口にした。七年前、と呟いたアストリアの表情が曇る。


「報告にあったリバリティの実験施設の生き残りか? 確か名前は……」


「ライックです。と言っても本名なのかどうかは不明ですが」


「あれに子供がいたと?」


「いたと言うより、当時……七年前に出来た子です。僕もククも母親と面識がありますが、娘の証言によると彼女は最近亡くなったようです」


 ククから見えるアルスの横顔には声音同様に感情らしい感情は浮かんでいなかったが、そうした振る舞いがあえてのものであることは明らかだった。

 一方で、王は未だ納得しかねているような顔だった。


「七年前に死んだ男の子供が狙われている、か。ということは、その男がまだ生きていると?」


「それは不明です。少なくとも今収監している男は他人ですし、娘も父親と会ったことはないようです。彼女にとって父親は生まれた時には既にいなかった顔も知らない存在ですが、同じ獣人ですし、万が一父親から接触があればすぐにそれと気付くでしょう」


「しかしその様子はない?」


「はい」


 アストリアが考え込むように沈黙する。

 しかし、室内の静寂は長くは続かなかった。


「陛下、その少女とやらをすぐに排除すべきでしょう」


 不穏な提案者は、老女――ミソラだ。アルスと同じ術師だが、魔術師たちの塔には属していない。常は城の深部で王政の補佐をしている彼女は、五勇の中でもリスティアーナに次ぐ古参だった。


「その意見には賛成できません」

 アルスが再び口を開いた。

「少女を放逐することでかえって厄介なことになる可能性がありますから」


「何故だ」


「そもそも何故彼女が狙われているのか……彼女の父親の意思が働いているのか、それとも別の事情があるのか――現状まったく見えていません。少女を手に入れて、相手が何をしようとしているのかすら」


「それが不明瞭な内に少女を野放しにするべきではない、と言いたいのかい?」


 アストリアの問いかけにアルスは首肯した。


「はい。もし敵の目的がこの地の平和に関わるもので、そのために彼女を利用しようとしているのなら……むしろ少女は保護すべき対象になるでしょう」


「だからとりあえずここに置いておけと?」


「その通りです」


「そんな勝手が通ると思っているのか!」


 激しく机を叩きつける音が響き渡った。

 腰を浮かせたザングが、刃のようなまなざしでアルスを睨みつける。


「我々五勇には陛下とこの国を守る義務がある。だが、今のお前は私情で動いているようにしか見えん。口先でこの場を収めようとするなら到底許せるものではないぞ」


「私情もありますよ。けれどそれを優先しているつもりはない。この国を危険に晒すことは本意ではありませんし、そのような事態を防ぐための最適解だと思ってお話しています」


「ここまで報告を怠っておいてよく言うな」


 そう言うミソラはザングほど怒りを表面化させてはいなかったが、やはり批判的な表情だった。

 ククは発言を控えたまま、ただ兄の横顔を見ていた。加勢したい気持ちはあったが、身内が口を挟んでも事態は悪化するばかりだろう。それ以前に、五勇でも何でもないククにザングやミソラへ意見する資格はなかった。


 しばし軋んだ沈黙が続いた後。


「……君たちの考えは分かった。少女の件は一旦保留にしよう」


 頬杖をついたアストリアがどこか投げやりに宣言した。


「陛下……!」


「ただし、以後少女に関しての情報は随時私たちと共有するように。分かったね、アルス?」


「分かりました」


「クク、君もこれまで以上に兄を助けるように」


「……はい」


「では解散だ」

 この場の主催者は、やっと終わったと言いたげな表情だった。

「ミソラ、ザングも忙しいところ悪かったね」




 五勇の二人が王になだめられつつ渋々退室した後で、ククとアルスも部屋を出た。

 人気のない廊下で自然、顔を見合わせる。


「……この国の王様は大丈夫なのかな」


「大丈夫じゃないから、あの二人がピリピリするんだよ」


「だよね」


 王は明らかにこの状況を面倒がっていた。きっと深く首を突っ込んで祝典に影響が出ることを案じてもいるのだろう。身内のことは身内で解決してくれ。そう言いたげだった。

 追求を逃れたのは好都合な反面不安もあったが、しかし今それをどうこう言っても仕方ない。アルスもそう思ったのか、帰り道を歩きながら話題を変えた。


「陛下は君を五勇にすることを諦めていないようだね」


 兄を助けるように、というアストリアの言葉を指して言っているのだろう。確かにその言葉を告げた時の王の表情には含みがあったし、その心の内が読めないククでもない。

 それにしても、彼の諦めの悪さにはつくづくうんざりだった。


「五勇になんかならないよ」


「どうして?」


 どうしてもこうしても。


「兄さんの妹だというだけで城にやってきたわたしが必要以上に取り立てられれば、色々余計な諍いが起きるに決まってるよ。どうして陛下はそれが分からないの?」


 ずっと抱えてきた疑問と苛立ちが口を衝く。


「……それは、君に相応しい資質があるからじゃないかな」


「資質? わたしの力は……」


 束の間、頭の中が白くぼやける。その白紙の上にすぐ、過去の記憶が蘇った。

 かつてこの城のどこかにあった実験場。そこにアルスの妹だからという理由だけで連れてこられたククは、研究者たちによって無理やりこの力を開花させられた。

 望みもしなかった力を資質などと呼ばれたくはなかったが、それをアルスに伝えたところで大して意味はないだろう。得られるものもないのに、過去の話を取り出して気まずくなることもない。


「それより兄さんはどうするの? 例の捕まえた襲撃者のこと」


 話を変えると、アルスの表情が少し陰った。


「一応尋問は続けるつもりだけど、情報が得られる望みは薄いかな」


「……わたしが手伝おうか?」


「いや、あの男の今の状態だと君の力でも多分収穫はないだろう」

 アルスは更に苦々しい顔になった。

「リティアが確保した時はもう少しまともだったらしいけど、どうも投獄してから精神状態が不安定でね……。錯乱状態の人間と接するのは君も避けたいだろう? もう少し落ち着いたら、お願いするかもしれないけれど」


「うん、分かった」


 そうこう話をしている内に城の外へ出たが、アルスは自邸に向かうククの傍らを歩き続けている。どうやら今日はこのまま一緒に家に帰るつもりらしい。兄の不在に慣れているククは、嬉しいような落ち着かないような微妙な気持ちになった。

 しかし、そんな感情は長くは続かなかった。


 瀟洒な住宅の合間を縫って広い通りに出た途端、ククは信じがたい光景を目にして思わず立ち止まった。


「……あれ、花火だよね?」


「……花火だね」


 そう言葉を交わす間も軽やかな破裂音と共に夕空に七色の色彩が花開き、散っていく。美しい景色ではあるのだが、問題はその打ち上げ元がどう見ても我が家の方向であるということだ。

 道行く人々がぎょっとしたように振り返る中、ククとアルスは無言かつ足早に自宅へ戻ると、そのまま庭に回り込んだ。

 真っ先に視界に入ったものは、芝生に並べられた大筒だった。次いでその傍らに立つミナベルと、彼女からつかず離れずの距離で呆れたように立ち尽くしているディオンの姿を確認する。


「おかえりなさいませ。アルス様、クク様」


 ミナベルが言い終わるや否や、ぱん、と魔術式が弾ける音がして、地面に並ぶ筒の中からまた一つ花火が打ち上げられた。どうやらちょっとした玩具の類らしいが、元々家にあったものではない。ミナベルがわざわざどこかから調達してきたのだろう。


「えーと……何してるの?」


「お茶会の準備ですわ」


 意味が分からなかった……が、確かに芝生には丸いテーブルと三脚の椅子が用意されている。テーブルの上にはクロスが敷かれ、ティーセットと焼き菓子まで並べられていた。

 ミナベルがえへんと胸を張った。


「折角ディオン様もいらっしゃいましたし、一度くらいこのような機会があっても良いかと思いまして。ちなみに花火はその余興で……あ! アルス様も戻られたのでもう一つお席を用意しなくてはいけませんわね!」


「えーと……」

 どこかへ駆けていくミナベルの背中を見送って、ククはディオンを仰いだ。

「……どういうことなの?」


「俺が知るか」

 ディオンは唸った。

「っつーか、こちとらお前らがいない間ずっとあいつに振り回されてたんだぞ。やれテーブルを出せだの椅子を並べろだの……」


 またどこかからミナベルが重そうな椅子を抱えて駆け戻ってきた。


「ええ、ディオン様のご尽力で素敵なガーデンパーティーが開けそうですわ」


「陰鬱な屋外飲食の間違いだろ」」


「まあ、そういうことなら僕も参加しようかな」


 戸惑うククとは違い、早々にこの状況の理解を諦めたのか、アルスが椅子に腰を下ろした。


「ところでクッキーと一緒に並んでるこの肉は?」


「こちらはこの間のお土産です」


「そう。……で、何の肉かな?」


「うふふ」


「いやうふふじゃなくて」


「つーか肉があるなら酒もあった方がいいだろ。勝手に漁るぞ」


 ディオンも色々文句を言いつつ、なんだかんだこの場に順応しているようだ。

 ……となると、クク一人だけ参加しないとも言いづらい。

 とりあえず、大人しくお茶会とやらに加わることにした。




 ミナベルは「素敵なガーデンパーティー」などと言っていたものの、現状を踏まえれば当然と言うべきか、四人の間にそう楽しい話題があるわけでもなく、話は必然、今の状況に関する方へ向かっていった。


「……で、その桃っていうのはすぐ近くにいるんだよな?」


 夕風に吹かれながら先ほどの王城での一連のやりとりを話すと、ディオンは開口一番そう訊いた。


「うん、そうだよ」


 そういえばディオンにはその辺りのことは簡単にしか説明していなかった。それに、そもそも彼は桃にまだ会ったこともない。


「ディオ、桃ちゃんに会ってみたい?」


「いや、別に」

 ディオンは即答した。

「子供は苦手だしな。一応状況を把握しておきたかっただけだ」


「ここだと色々不便が多いからね。桃のことは当面リティアがそのまま面倒を見てくれるって」


 アルスの言葉に、ディオンが補足を求めるようにククを見る。これも説明不足だった。なので、嫌々ながら解説した。


「城にいる魔女のことだよ。リスティアーナ」


「魔女?」


「そう、魔女」


「いや、説明になってねえよ」


「彼女については一旦置いておこう」

 アルスが咳払いして言った。

「桃に関してもその内今後のことを考えないといけないけど……とりあえず僕は杏里のことについてもう少し調べを進めてみるよ」


「……本当に病死なんだよな?」


「桃ちゃんの話を信じると、そうなるね」


 ククはアルスの視線を感じて目を伏せた。悪意のある言い方をした自覚はあるが、実際そうとしか言いようがなかった。杏里の死の裏付けはまだ取れていない。


「……で、ライックは……」

 ディオンが苦々しげに声を落とした。

「あいつの死体も未だに確認出来てねえんだよな?」


「うん」


 問題はそれだ。

 ディオンはククたちと合流する前、あの男の彫像を囲む奇妙な人々を見たらしい。しかも、それには黒塚が関わっていたという。

 桃が狙われたことや、黒塚が杏里を探していたこと。それらも併せて考えると、どうしても一つの可能性が浮かぶ。

 だが、未だその確証がないのも事実だった。


「……あいつが仮に生きていたとしてロクなこと考えてなさそうだな。この辺で他に何か妙な動きはないのか?」


 これにはアルスが答えた。


「王都の外でいくつか妙な動きは確認されてるよ。ただ、それがライックに関わるものかどうかは分からない。祝典絡みの動きかもしれないしね」


「祝典? ……ああ、そういやなんか祭りがあるのか」


 いかにも投げやりなディオンにアルスが苦笑した。


「陛下にとっては最重要事項だよ。この国と自分の権威を示すためのものだし、万が一にも失敗は許されない」


「要は立派な王様アピールってわけだろ? 馬鹿馬鹿しい」


「否定はしないけど。とにかく陛下もしばらくはそちらにかかりっきりだろうし、僕はこの通り不在にしてることが多い。ということで、家のことはよろしく頼むよ」


「なんでそうなるんだよ」


「あの!」

 突然、白い影が立ち上がった。

「これ、わたくしが思っていたお茶会と大分雰囲気が違うのですが……」


 ミナベルの抗議にディオンとアルスが顔を見合わせる。


「いや、お茶会するつもりだったのはお前だけだろ」


「まず肉が出てる時点でね……」


「クク様ぁ、どう思います?」


 泣き疲れたククは素直な思いを口にした。


「わたしに言われても」





 日が落ちるとアルスは結局またどこかへ出かけてしまい、加えてミナベルも今日は城下の自宅へ戻ると言って出ていった。

 夕食を終えたククは再び庭に出てみたが、すっかり片づけられた景色に夕刻の賑やかさは残っていなかった。


 暗い庭を特にあてもなく歩いてみる。


 一人になる度頭に浮かぶのは、やはり杏里のことだった。

 勿論、桃のことも心配ではある。だが、ククは彼女に会いたいとはどうしても思えなかった。

 理由は、怖かったからだ。桃と接することで、彼女が語る「真実」に触れることで、杏里がいないという現実に向き合わされることが怖かった。


「お前、ますますぼーっとしてるよな」


「……えっと」


 掛けられた声に振り返ったものの、どう答えるべきか分からず、ククは口ごもった。


「……ごめんね」


「何がだよ」


 ディオンは眉を寄せて、怪訝そうな表情でククを見た。


「えーっと……色々、かな?」


「なんだそりゃ。こっちはただ寝る前の散歩をしてただけだ。お前に謝られる筋合いはねえよ」


「そっか」


「おう」


 会話が不自然に途絶えて沈黙が落ちる。

 傍らのディオンから怒りや苛立ちの感情は伝わってこなかったが、微妙な困惑は感じられた。それも当たり前だろう。ディオンにしてみれば、わけも分からないままこんなところに連れてこられて、なんとなく巻き込まれているような状態なのだ。

 それは、一体誰のせいなのか。


「……あのね、わたし、ディオとまた会えて嬉しいよ。本当に嬉しいと思ってるの」


 ごめん、という言葉は呑み込んで、ククは言った。

 ディオンと会えて嬉しいのは本当に、本当だった。また会えたらいいなとずっと思っていた。その願いが叶って喜びを感じないはずがない。

 けれど――。


「分かってるよ」


 夜に響いたディオンの声は優しかった。影の落ちたまなざしも、穏やかにククを見下ろしている。


「杏里のことで落ち込んでるんだろ? いくら馬鹿でも、それくらいの想像は出来る」


 ふと、その顔に寂しそうな笑みが浮かんだ。


「……ただ、俺はお前とは違う。だからお前と同じように悲しんだり落ち込んだり、そういうのを求めてるんなら、付き合ってやることは出来ないが」


「そうじゃないよ」


 反射的にそう答えると、そうか、とディオンは短く頷いた。


「ディオが今ここにいてくれるだけで救われてるよ。わたしだけじゃなくて、兄さんやミナベルも、きっと」


「そうか」


 再び沈黙が落ちたが、今度のそれは先ほどのものとは少し温度が異なっていた。

 ディオンはククから視線を外して、庭の奥、暗い木立を眺めている。それでいて、まだこちらに向けられている温かさがククの胸にも伝わってきた。

 心配してくれてるんだ。

 そう理解した瞬間、


「……後悔が消えないの」


 胸の底に沈んでいた思いが泡粒のように浮かんで、言葉に変わった。


「後悔?」

 ディオンが繰り返した。

「杏里のことか?」


「……そう」


 ククは瞼を閉じた。


――あなたと同じ道は、歩めない。


 丁寧な筆跡で綴られた言葉。それがククを傷付け、否定する目的で書かれたものでないことは分かっていた。

 分かっていたのに。


「……わたしが間違ってたって、言えなかった」


 ***


 杏里との手紙のやりとりは、七年前、ククが旅を終え、城に戻ってからすぐ始まった。


 杏里はこまめに手紙をくれた。桃が生まれたばかりの頃には直接会いに行ったこともあるが、なかなか王都を離れられないククにとって、杏里との交流はいつしか手紙のみに頼るものになってしまっていた。

 杏里はあちこちを旅していたが、まめな便りのおかげで所在は大体把握出来ていたし、お互い忙しい時でもそれなりに連絡は取れていた。縁は確かに繋がっていたのだ。あの時までは。



 そのきっかけを作ったのはククだった。


 自身がアストリアの城に戻ってから手紙のやりとりを続ける中で、ククは杏里に王都に来たらいいと何度も誘いかけていた。

 七年前も断られたことではあったが、諦めきれなかったのだ。


 それに何も色々と窮屈な城内で暮らせというのではない。ただ、国の中枢である城下に来てくれれば、杏里にもっと不自由のない生活をしてもらえるだろう。ククはそう考えていたし、自身のその思考を善意だと信じて疑わなかった。

 様々な土地を渡る杏里の生き方を否定するつもりはなかったが、小さな子供を連れて旅をすればどうしたって危険がつきまとう。王都には立派な教育施設があり、子供も多い。アストリア王の膝元で生きることが幸せであると断言することは出来なかったが、少なくと旅の中で遭遇するような危険はなくなるはずだ。


 それら一連の主張と共に、ククは杏里に王都へ来るよう誘い続けた。その度やんわりとかわされていることに気付きながら、それでも諦めきれずに。何度も。


 そして二年前、ついに杏里から明確な返事が返ってきた。


「あなたと同じ道は、歩めない」


 綴られた丁寧な文字。その後すぐに続いた「ごめんなさい」という言葉。そこにどれほどの葛藤があったのか――手紙を受け取った直後は想像することが出来なかった。

 ククはただ、受け入れられなかった。「自分の思いが受け入れられなかった」という事実を、受け入れることが出来なかった。


 返事が書けずにいる内に、一月が経ち、二月が過ぎた。

 時が過ぎゆく中で、ククはようやく自分が掲げていた「杏里のため」という言葉に向き合い、それが誰よりククにとって都合のいい言葉だったと気が付いた。

 ククは王城を離れられない。この地を素晴らしいものだと思っているわけではないが、ここでの暮らしにそれなりの折り合いは付けている。


 だけど、杏里ちゃんが傍にいてくれたら。


 気付けばそう願うようになっていた。かつて一緒に旅をして、自分を分かってくれる大事な友達に、傍にいてほしかった。

 だから、その選択が杏里のためにもなる、という言い訳を見つけた瞬間、それがククの武器になった。杏里の自由を脅かす善意という名の愚かな武器に。


 身勝手な押しつけが受け入れられないのは、当たり前のことだった。

 けれど、そうしてククが自身のエゴに気付いた時にはもう、杏里の居場所は分からなくなっていた。同時期に彼女からアルスへの手紙も途絶えたが、それも恐らくククのことがあるからだろう。


 それでも彼女の居所を探そうと思えば探せたのかもしれない。しかし途絶えた縁を前に、ククは迷い、踏み出せなかった。踏み出せないでいる内に時間ばかりが過ぎて、そして今――こんなことになってしまった。どれだけ悔やんだところで、もう取り返しがつかない。取り戻せない。


 ククはただ、その事実に向き合うことが怖かったのだ。


 ***


 懺悔は夜に溶けることもなく、ククの傍らでじっと息をひそめていた。


「杏里ちゃんのこと、結局何一つ守れなかった」


 落とした言葉も、足元に留まったままククを見上げている。


「わたしが自分勝手だったから、意地を張り続けたから、大事な時に気付けなかった」


 声が掠れて喉が痛い。けれど、涙は零れない。いっそ溢れて零れてしまえば、少しは楽になれるだろうと思った。そんな愚かな思いこそ罰せられるべきものだと知りながら、後悔の苦しみから逃れようと願う気持ちを手放せない。


(だから、わたしはディオに断罪されたいのかもしれない)


 それもまた勝手な願望の押しつけだ。罪を裁かれることで裁かれている自分を許したいだけの、甘ったれた逃避でしかない。

 つくづく、醜い自分が嫌になる。


「仕方ねえんじゃないか」


 ククの頭の上から、そんな声が降ってきた。

 振り仰ぐと、呆れた顔と視線がぶつかる。


「前々から気になってたんだが……お前、意外と友達少ないタイプだろ」


 あまりにあっけらかんと言われたので、


「……そうかも」


 思わず頷くと、やっぱりな、とディオンは溜め息を吐いた。


「お前にとって杏里が特別だったのは分かる。杏里にとっても、お前は特別だったんだろうよ。……だけど、そもそも他人同士なんて分かり合えないのが当たり前だろ」


「でも、わたしがもっと杏里ちゃんのことを考えてたら……」


「結果は違ったかもって? 確かにそうかもな。でも、それは可能性の話でしかない」


 ククが間違えたから行き着いたこの結果。ククが取り零したから失われた未来。それを仕方ない、という言葉で諦めることなど許されない。そう思っていた。今も、思っている。

 けれど、ディオンは言う。


「他人同士考えが合わなくて破綻するのはよくあることだし、お互いが好きでいても価値観が違えば関係を続けるのが難しいことだってある。嫌い合って別れるだけが別れじゃないし、どんなに大事でも距離を置かなきゃならねえ時もあるだろ。お前と杏里も、単にそうだっただけなんじゃないか?」


 ディオンの言葉はどこか乾いた響きを伴っていた。これまで通り過ぎてきた数多のものを諦念と共に手放すような――でもそこには確かに優しさと痛みも含まれていた。


「確かに残念なことになったと思うし、お前が後悔するのも理解は出来る。でも、なんつーか……それでもお前が自分を責めまくるのは多分違う、と俺は思うけどな。まあ、これは俺の考え方だし、お前が納得出来ねえならそれでいいが」


 最後は突き放すように言って、ディオンは頭を掻いた。

 慣れないことをした、という気まずさを孕んだ感情がククの心に伝わってくる。そのまま話が終わりそうな気配を察して、ククは思わず問いかけた。 


「ディオだったらどうしてた?」


 ディオンは何がと尋ねることもなく、


「どうもしない。どうもしないで、どうもしないなりのその結果を受け入れる」


 ただそう答えた。


「……ディオらしいね」


 それは諦めであり、覚悟なのだろう。だけど。


「……わたしは受け入れられないや」


 痛む胸から言葉を落とせば、ディオンは軽く苦笑した。


「だろうな。面倒くさい人間だもんな、お前」


「面倒かな……?」


「言っとくがお前は自分で思ってる五百倍は面倒だぞ。ついでに言うと、こんなろくな人間がいない反省専用屋敷みてえなところでうじうじめそめそしてないで、もっとまっとうな人間関係を築いた方がいい」


「う……」


 そうはっきり言われると返す言葉もないが、ディオンから悪意や蔑みのようなものはまったく感じられなかった。彼の言葉には裏というものがまるでない。


 ククは足元に視線を落とした。そこには依然無数の悔恨や罪が積もったままだったが、それを言い訳に立ち止まったままでいられないことも分かっていた。


「……ありがとう」


「いや、何もしてないが」


「ううん。そんなことない」


 そう言っても、ディオンは納得していないようだった。

 雲が流れて、星明かりが束の間息をひそめる。


「あの、ディオ」


「ん?」


「……ディオは、まだここにいてくれる?」


 ディオンに、ここにいてほしい。

 それは心からの願いだった。けれど、その願いがまた一方的で迷惑な押しつけでしかなかったら――そう思うと、胸の辺りが苦しくなる。

 そもそもディオンは半ば巻き込まれる形でこの地にやってきた。今もいてくれるのがただの気まぐれなのか、そうでないのかは分からない。でも、少なくともディオンにここにいる義務はない。


「そういう話だったろ」


 不意にディオンはそう言った。

 ククはしばらく言葉を失い、


「……約束、覚えててくれたの?」


 かすれた声で問いかけた。


 いつか困ったことがあったら――。


 そうディオンが口にして七年前に交わした約束。

 それを、ククはずっと覚えていた。忘れるはずなどなかった。

 それでも言葉にしてディオンに確かめなかったのは、忘れられていたらと思うと怖かったからだ。わざわざ忘却を確かめてがっかりするくらいなら、いっそ最初から存在しなかったものにしてしまった方がいい。そう、思っていた。

 ……なのに。


「あー……覚えてたっつうか、十秒くらい前に思い出した」


 苦々しげな返答が嘘だというのはすぐに分かった。ディオンもククが察したことに気付いたのだろう。ますます気まずそうな顔で妙に深い溜め息を吐いた。


「言っとくが、忘れてたのは本当だからな。約束を後生大事に抱え込んで、お前の元に現れたわけじゃない。……だけどそれでもいいんなら、しばらくお前の言うことを聞いてやるよ」


「……ほんとに?」


「嘘吐いてどうすんだよ」


「だって、迷惑じゃないの?」


「ほんとお前はめんどくせえな!」


 大きな手のひらが落ちてきて、ククの頭を掴んだ。そのまま前後に軽く揺すぶられる。


「だから、そうやって変にうじうじするなっつの。めんどくせえから」


「ご、ごめん」


 また溜め息が聞こえて、手のひらが外された。


「他には?」


「あ、ありがとう? あと、これからよろしく?」


「それでいい。ま、どうせ特に行き場も目的もないからな」


 さらりと告げられた言葉にククはディオンが不死であることを思い出す。彼の抱える諦めや寂しさが、恐らくそこに繋がれたものだということも。


「ほら、そろそろ戻るぞ」


 ククが何か言う前に、ディオンはさっさと邸へ戻ろうとしていた。

 その背を見送りながら、ククは掻き混ぜられた頭に手をやった。そこに特別体温は残っていなかったけれど、それでも何故か「温かい」と感じた。

 不死であるディオンの痛みは、きっとわたしには理解出来ないものなのだろう。だけど、その優しさは分かる。十分すぎるほど伝わってくる。


「ありがとう、ディオ」


 それなりに声を張ったから遠ざかる背中にも届いたはずだが、返事は戻ってこなかった。

 ディオンの後ろ姿を追いかけて、灯りが滲む我が家の方へ、ククもまた歩きだした。

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