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refrain  作者: 水幸
第十二章 落花
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第50話

 村の規模にしては随分立派な外壁があるな、というのが最初に受けた印象だった。王都からもさほど遠くない村としてその名は知っていたが、現地を実際に訪れるのは初めてだった。

 馬車の中から見る村は、石を積んだ外壁で囲まれていて内部の様子が分からない。道の先には木造の門が待っているが、日中にも関わらずぴたりと閉ざされ、そちらから中を窺うことも出来なかった。



「一旦ここで降りよう」


 アルスはそう宣言した。


「分かりました」


 隣に座っていた金髪の少年が頷いて、御者台に声をかけるため窓から体を乗り出す。


「やっぱなんかまずいっすか、アルス様」


 正面に座る若い女が、唇を尖らせながら問うてきた。


「いや、まずいかどうかはまだ分からないな」


 止まった馬車から降りながら、アルスは首を振った。


「ただ、念のためね。馬車には隣町で待機しててもらおう」


「ってことは任務終わったら隣町まで歩きっすか? やだなあ」


「うるさいな、バカエリ」


 嘆く女に、最後に馬車を降りた少年が顔をしかめる。


「あんたがいると緊張感がなくなるから嫌なんだよ。ちょっと黙ってられないの?」


「そんな怖い顔しなくてもいいじゃん、エリ坊。反抗期ってやつなわけ? ねえアルス様、こいつの態度どう思います?」


 アルスは苦笑するに留めた。

 剣士のエリダと魔術師のエリオットは、どちらも優秀な部下ではあるが性格に少々癖がある。他の部下たちに彼らだけこちらの馬車に同乗させると伝えた時も、皆「どっちのエリもいない方がラク」と諸手を挙げて賛成したくらいだ。


 今も盛んに言い争っている二人は放っておくことにして、アルスは後続を見遣った。


 アルスたちが乗ってきたものと同じ形の馬車が二台、三人の前で停車すると中から人がぞろぞろ降りてきた。魔術師が三人、兵士が三人。それぞれ所属は王城と魔術師塔とで異なるが、アルスの部下という点では変わらない。

 ここからは徒歩だと伝えると、エリダと違って不平を漏らすこともなく、皆村に向かって歩きだす。

 アルスはその先頭に立って、久方ぶりの城外の空気を肌に受けていた。





 この村を視察に訪れた調査員が行方不明になっている。


 昨夜、アストリアはそう話を切り出した。その場に同席していたのは五勇の四人――と呼ぶといささか妙に聞こえるが――で、他の人間は不在であった。


 行方が分からない調査員を探すと共に、現地に異変がないか確認すること。

 アストリアからの勅命は非常にシンプルなものだった。


 王の懐刀たる五勇に与えられる命題としては少々単純すぎるようにも思えるが、王がその役割を五勇に与えることを選んだのは、行方不明者たる調査員がさる権力者の血縁だからだ。加えて、ついでに祝祭前の不穏の芽を潰しておくために、今一度五勇の存在を誇示したいと思ったのかもしれない。

 とにかく、五勇の誰かが受けるべきその命は、アルスに回ってくることになった。と言っても自分から立候補したわけではない。

 お互いがお互いの顔色を窺う中、アルスが適任では、と言い放ったのは他ならぬリスティアーナだった。

 その意図はすぐに察せられた。近くの町で何か事件が起きている以上、そこに杏里が関わっている可能性はゼロではない。これは彼女なりの親切なのだろう、と。

 王や他の五勇も彼女の提案に特に反対することもなく、そのまま担当者はすぐに決定した。




「アルス様は捜索人についてどう考えてるんです?」


 不意に隣からそんな言葉を投げられた。

 顔を向ければ、部下の中では一番年かさの魔術師が不満げに唇を尖らせている。


「どうって、特に何も」


「随分きな臭い奴のようですがねえ。どうも闇ギルドに出入りしてるって噂があったみたいじゃないですか。しかもよりによって魔蔵体製造の疑いがあるようなとこですよ?」


「なんすか、まぞーたいって」


 割り込んできたのはエリダだ。ごく気安い口調だが、男も慣れているので気にした様子はなく、


「大量の魔力を結晶化した保管庫兼動力装置だよ。魔力の貯蔵庫となる物体、ってやつだ。お前も魔術師塔の警備でわりと奥まで入ったことあるだろ。あそこにあるやつだ」


「もしかして、あのでっかい緑色のやつすか? あんまり近付くなってすげー怒られたけど」


「ああ。それだ」


「あれが魔術師塔以外にあるとまずいんすか?」


 男がちらりとアルスを見る。この飲み込みの悪い人間にどう説明したらいいですか、的な顔だ。

 アルスが知らぬ顔で視線を逸らすと、男は溜め息を吐きつつエリダに向き直った。


「魔術師塔にある蔵だって何重にも保護された上、常時監視している代物なんだ。膨大なエネルギーを持ってる分、暴走したら洒落にならないからな。そんなもんをろくな設備も持たない人間が扱おうとしてるとしたら?」


「危険すねえ」


「その通り」


 男がやれやれと首を振る。

 アルスが思わず苦笑していると、恨みがましい視線が向けられた。


「それで、アルス様。捜索人ですが……」


「まあ、そういう噂はあるね」


 各地に点在する闇ギルドもそこに出入りする道を外れた者たちもアストリアの頭痛の種ではあるが、いずれにしても捜索人の噂はあくまで噂止まりだ。決定的な証拠はない。


「必要があれば本人を保護した後に聞きだそう。それよりも、今はあれをどうにかしないとね」


 アルスは足を止めた。

 男とエリダ、近くにいたエリオットもそれに続く。


 門まではまだ少し距離があるが、相変わらず入り口は閉ざされたままだ。人の出入りもない。


「あの門どーします? 開かないならぶち破っちゃっていいっすかね」


「うわ、流石バカエリ。ほんと頭空っぽだよね」


「はあ? うっさいチビ」


 再び喧嘩を始めるエリダとエリオットを宥めつつ、アルスは門を確認した。


「……エリ坊、見えるかい?」


「その坊呼びやめてもらえます? って、ああ……なるほど」


 アルスが示すものに気付いて、エリオットが目を細めた。

 両腕を組み、いかにも気難しげな顔で、


「自衛目的にしてはどう見てもやり過ぎですね。触っただけで爆発する扉なんて」


「ああ、日常生活の傍らに置いておくには危ないね」


「ていうか随分新しい式ですね。まるで僕らへの罠みたいだ」


「実際そうだと思うよ。みんなもそこで止まってくれるかい? いや、一旦下がって、こっちに戻ってきてくれ」


 アルスは扉に向かう仲間たちに声を張った。

 顔を見合わせつつ戻ってくる彼らに向けて、


「今からエリ坊が突破口を開くから」


 そう宣言すれば「はあ?」と隣で素っ頓狂な声が上がった。


「何で僕が……」


「任せたよ、次代の天才君」


「そうやって乗せようとしても駄目です。……まあ、今回は特別にやりますけど」


 なんだかんだ素直なのがエリオットのいいところだ。

 アルスは呪文を唱え始める少年の邪魔にならないよう距離を取ったが、魔術師塔の連中は年若い後輩を囲んで「おっエリ坊の活躍か」「失敗しろ失敗しろ」などと囃し立てている。なんだかんだで可愛いのだろうと思うが、こういう構い方をするからすぐにへそを曲げてしまうのだ。


 案の定、エリオットが顔を上げて叫んだ。


「ああもううるさいな! 全員くたばれ!」


 物騒な言葉と同時に、少年が明後日の方向に振り上げた腕が閃光を放つ。その手のひらから射出された光が行く手にあった門扉に直撃し、爆発音と共に門が周囲の外壁ごと吹き飛んだ。


「……っ、これでどうです? 巻き込まれた人は多分いないと思いますけど」


「うん、それは大丈夫そうだね。よく出来ました」


「いいですから、そういうのは!」


 ぜいぜいと息を切らすエリオットの頭を撫でようとすると、思いっきり振り払われた。

 どうやら僕も他の連中のことを言えないらしい。

 苦笑して、アルスは改めて村を見遣った。


 巻き上がった粉塵でしばらくは何も見えなかったが、やがてそれらが風に散らされると――。


「助けてください!」


 ぽっかり開いた村の入り口から、こちらに駆けてくる人影が一つ。十代後半くらいの、少々不健康に痩せた少女だ。


(みなみ)


 アルスは魔術師の一人に呼びかけた。

 小柄だが筋肉質な見目の男は、その外見に相応しい低い声音で「分かってますよ」と応じて一同の前に立った。


 こちらに駆けてきた少女は南の前で立ち止まり、やや逡巡した後、その視線をアルスに移した。


「あの……助けにきてくださったんですよね? 王城の方でしょう?」


「ええ、そうです」


 アルスが微笑んで頷くと、少女の顔がぱっと綻んだ。


「ああ、やっぱり! よかった……あの人がきっとお城の方が助けに来てくれるって言ってたんです!」


「あの人? もしかしてこちらに訪れたという……」


「ええ、ええ、そうです! お願いです、村のみんなを助けてください! 中に捕らえられているんです」


 先導する少女に従って、アルスたち一行は連れだって村の中へ進んだ。


 半ば予想していたものの、村の内部は恐ろしく静かだった。門付近はおろか、村の主要な通行路と思しき通りを進んでも、人っ子一人見当たらず、民家から声がするということもない。

 ことごとく閉まった商店を横目に進むと、建物の途切れた先に広場と呼ぶにはいささか殺風景な空き地が見えてきた。


「あれは……」


 何やら敷地の中央に人が集まっている。立っているのは二十人ほどだが、その後ろに更に十人ほどが座り込んでいる。後者はどうやら拘束されているらしかった。


「あちらです、早く……!」


 少女が振り返り、手振りで急かす。

 彼女に続いてゆっくりと歩きながら、南が鷹揚に片手を上げた。


「はいはい。……じゃ、とりあえず、まずはここらであんたを拘束させてもらおうか」


 肩を掴まれた少女の顔から、急速に感情が消えていく。


「……気付いていたんですか」


「あったり前だ。元はあの村の入り口で襲いかかってくるつもりだったんだろ? 俺様を見てビビったのは賢明だが、まさかそのままバレてねえとでも思ったのか? エリート舐めんなよコラ」


「いや、っていうか、あんな演技なら流石のバカエリでも気付きますよ」


 エリオットが冷ややかに吐き捨てる隣で、エリダが目を丸くした。


「え、何が? もしかしてこの子敵なの?」


「うわあバカだなあ」


 状況などお構いなしに騒ぎだす二人のエリーに、南が少女の肩を掴んだまま「うるせえぞ!」と怒鳴り声を上げた。両名が口を噤むのを待って、再び少女の顔を覗き込む。


「ほら、武器出せ。変な動きしたらタダじゃおかねえぞ」


 顔は笑っているものの、椿の声は恐ろしく低い。ダダ漏れの殺気と相まって、普通の人間なら大概肝を潰すところだろう。

 実際、少女の顔色もわずかに青ざめた。それ以上露骨に怯えた様子は見せなかったものの、彼女は南の言葉に素直に従い、汚れた服の袖口から紙片のようなものを取り出した。

 受け取った南が、うへえと変な声を出す。


「魔符か。ひっどい素人仕事だな。こりゃ下手すれば自分の体が吹っ飛ぶぞ」


 少女は反応を返さない。このままだんまりを決め込むつもりか、と思った瞬間、ガラス玉のような瞳がアルスを見上げて、ほとんど色のない唇がかすかに動いた。


「わたしは、この村の、人間です」


 人形が無理矢理喋っているような単調な声。唇はまだ動いていたが、続く言葉は何もなかった。少女の喉からはただ、ひゅうひゅうと細い息が漏れている。

 まるで何かに抗うように。


「南、彼女を『保護』してくれ」


「へ? ……あー、そういうことですかい」


 南はアルスの言葉をすぐに理解したようだった。素早く少女の背後に回って、拘束魔法で両手を封じる。

 少女はまったく逆らわなかった。


「完全に無力化した方がいいですかね」


 南の問いにアルスは首を振った。


「いや、とりあえず大丈夫だろう。だけど妙な動きを感じたら、すぐに対応してくれるかな」


「はいはい。で、問題はあっちか」


「ああ」


 アルスは広場を振り返った。

 捕縛され、座り込んでいる者たちに変化はなかったが、先ほどまで立ち尽くしていた連中が、今は各々手にした農具や武器を、縛した人間に向かって構えていた。彼らは遠目から一瞥した限りでは悪党と捕虜のように見えるが、そこにはどうしても拭えない違和感があった。


 あのー、とエリダが片手を上げた。


「さっきから何なんです? いまいち話が見えないんすけど」


「ああ、つまり……」


 またエリオットが反応して口論になってはいけないと、アルスが素早く答えようとした途端。

 一帯に、第三者の笑い声が響き渡った。


「まだ気付きませんか? あれはどちらもこの村の人たちなんですよ。いやあ、鈍いなあ」


 エリダをはじめ兵士たちが揃って武器を構えるが、彼らの顔には一様に困惑が浮かんでいた。

 それも無理はない。笑い声の主が見当たらないのだ。

 上空から聞こえてきたため広場の誰かではなさそうだが、それ以前に広場の者たちは捕縛されている方もしている方も、皆ひどく虚ろな顔をしている。これがアルスの違和感の原因であり、今し方の声によって疑念は確信へと変化していた。


 広場にいる者たちは全員村人である。と、同時にその全員が洗脳状態にあるのだろう。捕虜役は囚われ、そうでない者は捕虜役に刃を向ける。そこに自らの意思はない。つまり。


「あの全員が人質、か」


 また笑い声が響いた。


「正解です。寒村の善良な農民たちを、哀れな死体や殺人者にしたくないでしょう? ということで、はい。一切の武装を解いて、手持ちの武器も捨ててください」


 どうします、と目で訴えてくる部下たちに、アルスは浅く頷いた。


「とりあえずここは要求に従っておこう」


 兵士たちが足元に各々の武器を置く。対して術士に物理的な動きはなかったが、一瞬の後に変質した空気から彼らが魔力的武装を解除したのは明白だった。

 アルス自身もその例に漏れず、密かに展開させていたいくつかの魔法を停止した。

 これでどうだと問いかけるつもりで顔を上げると、


「まだ武器が残っているようですが」


 やはりバレたか。

 姿なき声の指摘に皆が顔を見合わせる。

 アルスは肩を竦めて言った。


「僕のこれなら、ただのアクセサリーだよ」


「……そんな冗談が通じるとでも?」


 実際それは嘘でもなんでもなかったが、下手に抵抗して相手を刺激するのもまずいだろう。アルスは仕方なく、腰帯に差した刀を取った。鞘を地面に横たえる瞬間、胸がざわついたが気付かないふりをした。


 アルスは再び上空へ呼びかけた。


「……で、君――いや、もしかしたら君たちかな? そろそろ目的を聞かせてもらおうか。まさか僕たちを手に掛けて国家の敵になるつもりではないよね?」


 声は答えない。

 アルス様、と隣の南が囁いた。


「どうします? あそこの村人たち。どうにかして吹っ飛ばしちまいますか?」


 言葉選びは物騒だが、無論肉体に危害を加えるつもりではないだろう。

 しかし、アルスは首を振った。


「いや、この距離であの人数相手だと流石に分が悪い。僕たちから仕掛けるのはやめておこう」


「さいですか。しかしどうも気持ち悪いな……。おい、どこのどいつか知らねえけど、言う通りにしたぞ! さっさと次の指示を与えやがれ!」


 空気を震わせる南の大音声にも、やはり相手は答えない。だが、恐らく何か意図があって答えないわけではないのだろう。答えあぐねているのだ。

 アルスは周囲を見回す。

 相手の反応が途絶えた今、声の発信源を探るのはますます難しくなっていたが、どのみちこちらの視界に入る場所にはいないだろう。もし近くにいるのであれば、村人たちに対してもう少し強力な洗脳魔法を施せるだろうし、ここまで一同を導いたあの少女のこととて、もっと器用に操れただろう。


(あるいは、元から三流も三流の魔術師か)


 近距離からこの程度の影響力しか与えられないのであれば随分不出来な術士である。

 いずれにせよ、相手は大した敵ではない。


 現状は一見アルスたちに不利であるが、実際のところはそうではなかった。この状況を作り出した人間が単独であれ複数であれ、実にお粗末な恫喝である。

 あるいは魔術師相手でなければ、つまりこの地を訪れたのがアルスたち以外であれば、もう少し向こうに有利な状況になり得たかもしれないが、それもあくまで可能性の話に過ぎなかった。

 そしてそんな現状、自分の分の悪さについて、相手も察しているのだろう。だから答えない。下手に動くことで自分の身を危険に晒すことを案じているからだ。

 しかし、その選択もけして賢明とは言えなかった。


 そろそろか――そう思った矢先、広場の村人たちが握っていた武器を手放し、その場にバタバタと倒れだした。

 拘束された人々もぐったりと顔を伏せ、姿勢を崩す。


「おーい」


 先ほどまでの声とは違う、呑気な呼びかけが響き渡った。

 正面、広場の向こうにある建物の屋根の上に、ローブ姿の男が二人、鎧姿の男が一人、三人並んで立っているのが見て取れる。


「術の解除、完了しましたよお。あっちで犯人も確保出来たそうでーす」


 ローブ姿の男がこちらに叫ぶ。

 アルスの隣で、南が「けっ」としらけた声を出した。


「あっけねえな。久しぶりにきな臭い事件に関われると思ったのによお……。まったくつまらん」


 不謹慎だが気持ちは分からないでもない。だが、どんな事件であれ呆気ないほど容易く制圧出来るくらいでなければ、アストリアの精鋭は務まらない。

 王がアルスたちに期待するのは、華やかな戦果ではなく迅速確実な「仕事」とその結果なのだ。


「さあ、行くよ」


 地面に置いた武器を取り戻し、アルスたちは広場に向かった。屋根の上にいた者たちも一旦姿を消した後、建物の影から出てきてこちらへ近付いてくる。

 一同が合流してしばらく後、村の入り口の方から今度は五人ほどの兵士と術士がやってきた。先ほど合流した三人同様、村に着く前に別れた別働隊の面々だが、その中に一人、見慣れない顔があった。

 薄汚れた格好のその男は手に拘束具を嵌められ、兵士に半ば引きずられるようにして歩いている。どうやら彼が半端な恫喝の主らしい。


 最後に現れた一行もアルスたちの元に加わると、ひょろりとした中年の兵士が一人、頭を掻きながら進み出た。


「村の近くの雑木林に潜伏してましたよ。よく分かんないけど不審なんでとりあえず確保しといたんですわ」


 屋根の上にいた若い術士が、拘束された男の顔を覗き込む。


「まさかこの程度の手回しもないと思ったのかい? いやいや舐められたもんだなあ。エリートを舐めてもらっちゃ困るよ」


「おい、俺と台詞が被ってるぞ」


「げ、最悪ぅ」


 南たちのやりとりを前にしても、男の反応は薄かった。


「さて……」


 アルスは自らも拘束された男の前に立った。顔色が悪く表情も乏しいが、面立ちの特徴は聞いていた通りだ。


「……君の行いを父上が知ったら、さぞがっかりされるんじゃないかな。それともこの所業は君の父上も知るところなのかい?」


「さあ……どうでしょう」


 行方不明の調査員――とされていた男は、曖昧に首を傾げた。その姿から感情や思考を読み取ることは難しい。

 肩を怒らせる南を制して、アルスは一同を振り返った。


「とりあえず連れて帰ろう。城の誰かに念のため父親も確保するよう伝えるよ」


「だったら俺が直接そいつのところに向かいますよ。逃げられちゃたまらねえもんな」


「頼んだよ、南。何人か一緒についていってくれるかい?」


 すぐに数人の兵士が名乗り出た。行動の早い彼らは南と共にすぐに出発した。


「村の人たちは……」


「俺が面倒見ますよー」

 若い術士が手を上げる。

「エリーの坊と嬢も手伝ってくれるよね?」


「一緒くたに呼ばないでもらえます?」


 彼らもまたわいわいと広場の村人たちへ向かっていく。


 少しずつ緩み始める空気の中で、アルスは一人、顔を伏せた。

 これで事件への対応は完了した。まだ不明な点や事後処理は残っているが、とりあえず犯人を確保し、村人も無事であるということは疑いようもない。


 しかし――何かが引っかかる。


 アルスは視線を横にやる。屈強な兵士に囲まれ、探し人にして犯人たる男が悄然と俯いていた。先ほどから変わらず、表情が薄く、感情らしい感情が見当たらない。

 まるで、ここまで先導したあの少女に――


 彼女は、どこだ?


「……っ」


 ほとんど無意識に振った腕。

 その表面に展開した障壁に、舞い上がった紙片が触れた。


(まずい)


 光を放って膨張するそれに、アルスは再び腕を振る。

 生まれた風が光体を吹き飛ばし、直後、上空で爆発音が炸裂した。爆風が吹き抜けて、全員その場になぎ倒される。

 アルスはいち早く立ち上がり、目の前の少女の腕を掴んだ。耳がやられて音が戻らない。だが、少女の唇の動きは読めた。「失敗しました」。いや、それだけではない。


「折角同じ死に方をさせてあげようと思ったのに」


「……!」


 思考が停止したのは一瞬だったが、相手はその隙を逃さなかった。

 腕を掴んだ手が振りほどかれる。飛び退った少女の足下に、発光する魔法陣が浮かび上がった。アルスが踏み込むより早く、目の前の姿が光に包まれる。


 伸ばした指先は間に合わず、宙を掻いた。


「アルス様!」


 巻き上がる土埃の中、エリオットたちが駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか?」


「……ああ」


 回復した耳が、正気を取り戻した村人たちのざわめきを拾う。先ほどの爆発による怪我人はいなそうだったが、それで安堵する気には到底なれなかった。


「ごめん、逃がした」


 言い訳のしようがない失態を詫びるために頭を下げると、エリオットが慌てた声を出した。


「いや、それはいいですけど……いや、よくないのかもしれないですけど……」


「何なんすか、あいつ。もしかして……」


「ああ、皆を操ってたのは彼女だ」


「ってことは、こいつは本当の犯人じゃ……ない?」


 拘束された男を指さすエリダに、アルスは頷いた。


「彼も恐らく操られてたんだ。あの女にね」


 実際、犯人であるとされていた男は、少女が消えた今、ぐったりと目を閉じていた。

 恐らくすべてはあの少女の思惑通り。最初に下手な芝居で自らを疑わせ、半端な出来の魔符と不審な態度を見せることで今度はその疑惑を揺るがせ、自分を「誰かに操られた可哀想な被害者」であると思わせる。村人たちにかけられた半端な洗脳も、村の外でこの男が捕らえられることも、すべて計算内だったのだろう。

 アルスたちは少女に誘導されたのだ。


「それにしても……」


 エリオットが首を傾げた。


「あの女が犯人だったとして、目的が見えませんが……」


 確かに彼の言う通りだ。

 彼女の目的はなんだったのか。村を襲うこと? 村人全員の無事を確かめなければ断言出来ないとは言え、それらしい被害は今のところ見付からない。少なくとも人質となっていた者たちは、命に別状なさそうだ。

 ならば何故、あの少女はこの村を占拠したのだろう。何の目的があってアルスたちを欺いたのか。アルスたちを……王城の人間を襲うため? だとして、それは何故?


(すべては彼女の狙い通り進んだはずだ)


 一点、最後のアルスへの攻撃だけは失敗したかもしれないが、それにも大して動じた様子はなかった。それならそれでいい、というような雰囲気さえあったように思う。


 どういうことだと考えて、一つの可能性に思い至った。


「……狙いは彼女か」

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