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refrain  作者: 水幸
第十一章 緩やかな目覚め
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第47話

 ベッドの上でククはのろのろと体を起こした。

 レースのカーテン越しに朝日が差し込んだ室内を、いつも通り見回してみる。

 何一つこだわったところのない部屋には生活感もあまりなく、自分の場所だと確信を持って呼ぶには空虚に過ぎた。

 まるで温度のない景色を通して自分の空っぽさまで映し出されているようだ。

 息苦しさを感じたククは、いつも通りそこから逃れるように目を閉じて、自分のすべきことを考えた。


 答えは一つだった。


 朝食の時間を待って食卓に入ると、先に席に着いていたアルスがこちらを向いて、「おはよう」と微笑した。


「おはよう、兄さん。それにミナベルも」


「おはようございます。ご気分はどうですか? 普通の朝食で大丈夫でしょうか?」


 テーブルのアルス側、一席置いて横に座るミナベルが心配そうな顔で言う。

 彼女は城下に自宅があるものの、邸には彼女専用の個室もあるので泊まっていくことは珍しくない。今日もそのパターンだろう。ちょうどいいと言えば、ちょうどよかった。


「うん、大丈夫」


 ついでにククは宣言した。


「わたし、やっぱり杏里ちゃんを探しにいくよ」


 アルスは最近とんと見せなくなった、昔のような硬い表情でククを見つめた。


「……君は謹慎処分中だ」


「だからこそ、都合がいいでしょ」


「駄目だ」


 想定内の反応だったが、ククにも譲れない理由があった。


「この間の爆発騒ぎ。わたしが止められなかった犯人は獣人の女の子を襲おうとしてた。……それは兄さんも聞いてるよね?」


 沈黙は肯定と変わらないので、構わずククは先を続けた。


「爆弾を抱えた物騒な人間が、自分たちとは何の関係もなさそうな獣人の女の子を襲おうとしてた。それってただの偶然なのかな?」


 勿論偶然の出来事なのかもしれない。金目当てや怨恨による襲撃ではなかった場合――もっと下卑た目的だった場合、単に少女が好みであったり、そもそも誰でもよかった可能性もあるだろう。けれど。


「襲われてた女の子が、人違いをされてたとしたら? ……彼らの本当の狙いは桃ちゃんだったんじゃないのかな」


 沈黙が落ちる。

 これもまた同意の意思だとククは認識したが、ややあって口を開いたアルスの返答は予想とは異なるものだった。


「何の根拠もないことだよ。犯人が死んだ以上調べようもない」


「なら何も気付かなかったふりをするの? 確かな根拠がなくたって、桃ちゃんに……杏里ちゃんに関係する可能性がゼロとは限らないよね?」


 何も関係がないならそれでいい。

 でも、そうでなかったら?

 もし誰かが桃を狙っているとするのなら?

 そいつらの手が杏里にまで伸びないとはどうして言える?


「一刻も早く杏里ちゃんを探さなきゃ」


 アルスは黙ったままだ。先ほどのように頭からククの意見を退けるわけではないが、かといって分かったと頷いてくれるわけでもない。


「兄さん」


 うんともすんとも言わない兄に焦れ、ククが今一度説得を重ねようとした時、


「クク様の仰る通りだと思いますわ」


 穏やかだが潔くもある声が二人の間に割って入った。

 それはこれまで二人の傍らでひっそりと着座していたミナベルから発せられたものだった。


「クク様が仰る先の事件の真相はさておき、今後王都の祝典が近付けば近付くほど我々も身動きが取りづらくなるかと。今の内に杏里様の捜索を急いだ方が良いのではないでしょうか? 何より、桃様もきっとご不安でしょうし」


 この場の空気とも、話している内容の深刻さともそぐわない和やかな表情と声だったが、それでもミナベルの言葉には妙な説得力があった。

 彼女は更に続けた。


「それに、クク様の謹慎についても心配ございません」


 言い切った直後、突然室内に白い煙が立ちこめた。

 煙幕はすぐに霧散したが、そこにミナベルの姿はなく――代わりに現れたのは「二人目のクク」だった。


「ミナベル……こんなすごいこと、いつの間に出来るようになったの?」


 目の前に鏡写しの如く佇む自分と同じ姿に、ククは複雑な感情で問いかけた。


「あら、元々我が一族の特技は動物変化ですわ」


 ククの顔をしたミナベルはにっこりした。

 言われてみればそうではあるが、彼女が人間以外の動物ではなく、ヒトの――他人の姿を模すのを見るのは初めてだった。

 ミナベルは元々ククよりかなり背が高いが、その体型も今は本物のククとまったく変わらない。声までそっくりだ。


「クク様ご不在の間、わたくしがここで影武者を務めます。十日の謹慎期間など余裕で誤魔化せますわ」


 元々アルスに付き従っているミナベルがここまで協力的な理由は不明だったが、彼女の厚意を無視する理由はククにない。


「兄さん」


 ククは再びアルスに訴えた。

 こちらを見返す兄の視線は何かを推し量るように慎重だった。やはりまだ反対なんだろうか。そうククが不安を感じた直後、そのアルスが長い、実に長い溜め息を吐いた。


「……いいよ、ミナベル」


 ミナベルがきょとんと首を傾げる。

 アルスは何故か、妙にすっきりした表情を二人に向けた。


「ククの留守は僕が誤魔化す。だからその代わり、ミナベルもククについていってくれるかい?」


「それはつまり、お目付役、という解釈で合っておりますか?」


 まあ、とアルスは頷いた。


「僕が同行するわけにもいかないからね。……クク」


 分かってるね、と言いたげだった。


「期限は九日後だ。謹慎が終われば、きっとすぐまた城に呼ばれることになるだろう。成果がどうであれ、それまでには必ずここに戻ってくること。いいね?」


「……はい、兄さん」


「僕も別ルートから杏の捜索は続ける。だから君は君の出来る範囲で無理せず探すんだ。これも理解出来るね? クク」


 この兄は自分をどこまでも子供扱いするつもりらしい。

 多少むっとしたものの、クク自身、自らの現状を鑑みると、「立派な大人である」「自立出来ている」とは到底言い難いのも確かである。なので、


「分かりました、気を付けます」


 反抗心を捨てて頷くと、アルスもこれ以上あれこれ言うのは藪蛇だと思ったのだろう。


「じゃあ、とりあえず城の外では気を付けて」


 柔らかなまなざしで、最後の忠告を付け足した。




 方針が決まれば、ぐずぐずしている時間はなかった。


 朝食を済ませたククは自室に戻り、すぐに最低限の荷物をまとめた。

 最後にちょっとした用事を終えて出立の準備を整えると、タイミングよくノックの音が鳴った。どうぞ、と声を上げると、すぐに扉が開いてミナベルの顔が覗き込む。

 その黒い目が、ククを捉えるなり丸くなった。


「……クク様、その髪」


 うん、とククは顔の横で揺れる毛束を掴む。


「邪魔だし、城を出る時に目立っちゃうかもって思って」


 先刻まで肩を流れ、背中を覆っていた髪は、今は毛先が肩に触れる程度の長さを残すのみ。切り方が悪かったのか首筋が少しちくちくするが、頭が軽いのは快適だった。


「伸ばされていたのではないですか?」


「え? ううん、別に。切るのが面倒だっただけ。長くても短くてもどうでもよかったんだけど、こんなにすっきりするんならもっと早く切っておくべきだったかも」


「よくお似合いですよ。ただ、後ろの方に少し長い毛が残っていますわ。すぐ終わりますので手直しさせていただいてもいいでしょうか?」


「あ、うん。お願い」


 ククはチェストボードの上に置いておいたはさみをミナベルに手渡した。

 てっきり立ったまま切り揃えてくれるのかと思ったが、鏡台の前に座るよう促されたので、大人しく小さな丸椅子に腰を下ろす。


「それにしても、随分久しぶりに短い髪のクク様を拝見しましたわ。……皆さんで旅をしていた頃以来でしょうか?」


「そうだね」


「ああ、そうですわ。こちらを付けてもいいでしょうか?」


 ミナベルが鏡の前に置いたままだった髪飾りを取る。

 青い蝶は長らく放置していたのにも関わらず、澄んだ綺麗な色のままだった。


「……うん、いいよ」


 ククはしばらく迷って頷いた。

 整えてもらった髪に蝶を下げると、ミナベルは満足そうににっこりした。


「これで本当にあの頃のようですね」


「うん」


 鏡の中のミナベルから視線を外し、正面を見る。

 そこに映ったククは、昔に戻ったというよりは、昔のままの姿に見えた。実際体も顔の輪郭も、もう何年もほとんど変わらない。


(わたしは、まるで……)


 どこかで何かが壊れて、うまく動かなくなっている機械みたいだ。何かがおかしい。でも、その原因が分からない。


「クク様? どうかしましたか?」


 顔を上げて、ククは微笑んだ。


「ううん、なんでもない」


 浮かび上がった思いは薄れていく。

 消えて、見えなくなって、もうどうでもよくなっていく。


 それよりも、早く杏里を探さなくては。


 それだけが今すべきことだった。

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