第32話
食事の後でまた少し眠っていたようだ。
寝起きの意識で首を巡らせた杏里は、傍らの少年の姿に気が付いた。すぐに体を起こそうとしたが、「いいよ、そのままで」と冷静な声に止められた。
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて」
言って、再び枕に頭を預ける。眠気はないが体が重かった。今に始まったことではない。あのリバリティの城で意識を失って、この地に運び込まれてから、ずっと。ずっとだ。
医者には少し休めば問題ないと言われたけれど、夜になる度、このままこのどこまでも沈み込むような重い体で生き続けていくことになるのではないかと、ひどく不安な気持ちに襲われる。
それが、あたしに与えられた罰なのではないかと。
(ああ、もう)
強く瞼を閉じて、淀んだ気持ちを押し潰す。
ここで弱気でいたって始まらない。これから向き合わなければならないことは、他にもたくさんあるのだ。その一つ一つに心折れていたら、きりがなかった。
纏わりつく気鬱を振り払って、杏里は改めて傍らの少年に目を向けた。
「それにしても、あんたもあんたで親切よね」
何が、とでも言いたげに、アルスが軽く眉をひそめた。
「そんなに頻繁に来なくていいわよ。おかげ様で困ってることも特にないし」
この臨時診療所の意外なほど整った設備も、そこで働く親切で丁寧なスタッフも、全てはアルスが手配してくれたものだった。のみならず、三日に一回は顔を見せに現れるのだから、この少年も意外と面倒見がいいのかもしれない。
唯一気になることがあるとすれば、必ずククとタイミングをずらしてやってくるような気がするのだが……。
「困っているのは僕の方かもしれない」
思考中、唐突に告げられた言葉に杏里は目を丸くした。
「あら、どうして」
この少年がそんなことを言い出すのは、いよいよ意外だった。他人に悩みを打ち明けるようなタイプでもないだろうに。
(ちょっとは頼られてるってことかしら?)
だとしたら、それ以上に嬉しいこともなかなかない。
「悩みがあるなら聞くわよ。お姉さんに話してごらんなさい」
「年長者ぶってるとこ悪いけど、年、大して変わらないから」
「いいのよ、そんな細かいことは」
アルスは迷うような表情を浮かべた後で、結局首を振った。
「やっぱり何でもない」
「何よ、あたしには言えないってわけ?」
「違う。……違うけど、今ここで僕がどうこう言っても仕方のない問題だから。……いつか自分でどうにかする」
そう言われてしまったら、食い下がることは出来なかった。
「なら無理には聞かないけど……。でも本当に困ったら、いつでも相談しなさいね。あたしはあんたのお姉さんじゃないかもしれないけど……友達、ではあるんだから、っていうか、そう思ってるんだからね。勝手に」
言いながら、不意に取り損ねた手のひらが頭を過ぎった。
(あの男は、あたしの何だったんだろう)
胸が軋む音に目を伏せる。
まだ、それには向き合えない。
「分かった。そうする」
そう応じたアルスの表情には、杏里が恐れているものを察し、気遣うような色があった。
結局、慰められてるのはあたしの方か。苦笑しかけた杏里は、ふと思い出した。
「あたし、あんたに渡さなきゃならないものがあるんだった」
枕元に置いた布地の鞄に手を伸ばす。荷物の多くはククたちのいる宿に預けてあるが、必要なものと大切なもののいくつかは、こうして別にしておいたのだ。
杏里は慎重に取り出した数枚の細長い紙片を、リネンの上、自らの膝元に一枚ずつ並べた。
アルスは案の定怪訝な顔をしている。無理もないだろう、彼にこれを見せるのは初めてだったから。
「これ、あの薬師……シトラスから貰ったの。って言っても、薬師も人からの貰い物だって言ってたけど。それで、その、とにかくこれはあんたに渡しておいた方がいいんじゃないかと思ったの。えーっと、なんていうか……」
形見みたいなものだろうから、などとは言えるわけもなく、杏里は言葉に詰まって俯いた。
アルスは黙って魔符を見つめていたが、静かに顔を上げて杏里を見た。
「これは、僕には必要ない」
「だけど、きっとあんたの方が……」
「あの人が杏に渡したものなら、杏が持ってなきゃ意味がない。それにいつか、杏が自分や、自分以外の誰かを守るのに役立つ時が来るかもしれないし」
「……知ってるのね」
彼の耳に入っていてもおかしくはないとは思っていたけれど。
「杏がこれからどんな選択をしても、僕は何も言わない」
アルスは言った。
「杏の望む通りにしたらいいよ」
杏里は瞬いた。
言葉が出てくる前に視界がぼやける。泣いてる場合じゃない。そう分かってはいたけれど、問わずにはいられなかった。
「本当に、どんな道を選んでも何も言わないでいてくれる?」
アルスは小さく頷いた。
「どうやら僕は君の友達らしいから」
***
サラノの町の港から海岸沿いに、ディオンはひたすら歩き続けていた。
風が冷たくて、頬や首がひりひりする。吐き出す息さえ凍えそうだが、どうせ凍死したところで目はすぐ覚める。
構わず進んでいく内に、足下の道が険しくなってきた。木々に阻まれ、海ももう見えない。
巌々とした山道に息が上がる。裸の木々に引っ掻かれて手足が切れる。全身が痛む。それでも歩き続けた。自棄のように――いや、実際自棄で、加えて、逃げだった。自分でもそれくらいは分かる。分かっている。
鋭い枝が頬に新たな傷を重ねた。けれど、同時に視界が開けた。
そこは断崖の上だった。
強い潮の匂いと吹き荒れる風にさらされた地面は、灰の色。花はおろか雑草すらも見当たらない。そこに唯一、崖上から眼下の海を望むように、黒く拗くれた巨大な角らしきものが大地を割って存在していた。
それはある女の墓標であり、恐らくは彼女の体の一部だった。
ディオンは、その傍らに腰を下ろした。
ここに持ってきたのは体一つ。他には何もない。
孤島で得た緋の剣はライックに破壊され、結局あの城に置いてきた。自分で決断したことながらその事実は今もまだ信じ難く、受け入れることさえままならなかったが、しかし嘆いたところで失ったものが帰るわけでもない。あの剣は、役目を果たして死んだのだ。そう思う他なかった。
空を仰ぐ。
この地に来ようと思ったのはただの気まぐれだった。ただ、近くまで来ていることを思い出して、気まぐれに寄っただけ。この場所が自分に何も与えないことも、この行動に意味がないことも、ディオンは知っている。分かっている。
(……ああ、でも違うな)
ここにいると、一つだけはっきりと思い出せることがあった。
(俺は、人間じゃない)
その当たり前の、とっくに分かりきっている事実を、俺はわざわざ俺自身に突きつけにここまでやって来たのかもしれない。
己が罪の眠るこの地まで。
ディオンは自嘲した。そんな簡単なことを忘れていた、いや、忘れようとしていた自分が、愚かで浅ましくて、可笑しかった。
それもこれも、あいつらのせいだ。他人と旅をしたのは、何年、いや、何十年ぶりだっただろう。元々共に行動する気などなかった。適当なところで離れるつもりだった。こんな思いをすることが、はなから分かっていたからだ。
――俺たちは人間なんかじゃない。
黒塚の声が蘇る。
その通りだ。俺は人間ではない。かと言ってライックのような存在でもない。俺は、ただの化け物だ。化け物が人間と歩んだとて人間になれるはずもないことなどよく分かっている。こうして空しい思いをすることだって分かっていた。
目の前には凍てつく冬の空がどこまでも広がっている。
じっとしていると、体の底が冷たく凍りついていく。臆病な理性がこんなことはやめろと悲鳴を上げる声がかすかに聞こえるが、どの道この体に本物の死が与えられることはない。たとえ、それをどんなに望んでも。
いつしか雪が降り始めていた。
静かだが激しい降り方だ。じきに厚く積もり、ただでさえ険しいここに至るまでの道もこれで完全に閉ざされるだろう。
それでなくても、行き先は誰にも告げていない。もう喧しい人間たちの声が届くことはない。
被虐の趣味など欠片もないが、ここで一人死と生を繰り返していれば、嫌でも自分が人でないことを思い知ることが出来る。これまでだって、そうやって何度もこの地でやり直してきた。自らが犯した取り返しのつかない過ちをこの何度でも繰り返される命でもって確めてきた。今回も、同じことをするだけだ。
そして、ディオンがそうやって時を消費していく内に、きっと「あいつら」もすぐにディオンという存在など忘れるだろう。
それでいい。元々交わるべきではなかったものがわずかな時間重なって、再び元の形に戻るだけだ。互いに忘れて別々の時を生きていく。それが正しい在り方だ。だから――。
(これでもう、あいつらとの旅は終わりだ)
白く塗り潰されていく景色の中で、ディオンは瞼を閉ざした。
***
ディオンが戻ってこない。
窓の外に目を向けて、ククは小さく溜息を吐いた。
昨日唐突に降り始めた初雪は今も止む気配がなく、外の景色は一様に白く染まっていた。この分ではこれから更に積もっていきそうだ。
ディオンが出て行ったのは一昨日の夜だ。今どこにいるのかは分からないが、まだこの近辺にいるのなら彼の元にも雪は届いているだろう。
(ディオ、ちゃんと暖かいとこにいるかな……)
彼も大人なのだから無用な心配だろうとは思う。思うのだけど、ディオンが去り際に見せた張り詰めた横顔を思い出すと、妙に胸が騒いだ。
あの時のディオンは苦しそうだった。いや、思えばもっと前、リバリティの城に向かう前後から、ディオンの様子は少しおかしかった気がする。あの城下町でも何かあったんだろうか?
(……やっぱり止めるべきだったな)
そうは思うものの、もはや手遅れだ。それに、今から彼を探して町を出ていくわけにもいかなかった。
「クク、お待たせ」
呼ぶ声に顔を上げると、杏里が廊下の角を曲がってこちらへ歩いてくるところだった。
「大丈夫?」
近付いて手を取れば「大丈夫大丈夫」と杏里は笑う。診療所のロビーの片隅、窓際のソファに二人並んで腰掛けた。
「ずっと横になってると余計に具合が悪くなりそうだしね。少しずつ動いとかなきゃ、体も鈍っちゃう」
「それならいいけど、無理はしないでね」
「ん。ありがと」
微笑んだ杏里は窓の外を見上げた。
「……にしても、随分降ってるわね」
ロビーには二人以外の姿はない。診療所は外来も受け付けているので連日誰かしら他にいるのが当たり前だったのだが、今日はこの天気も影響しているのかもしれなかった。
「桜花の里にも雪は降ってたけど、場所が変わるとこうも印象が違って見えるとは思わなかったわ」
「どう違って見えるの?」
「うーん、そう言われると難しいけど……」
杏里は少し考えるように黙ってから、苦笑した。
「っていうか、場所じゃなくてあたし自身が変わったから、そういう風に感じるだけかもね」
杏里の横顔に辛苦の色はなかったが、それでもククは尋ねずにはいられなかった。
「杏里ちゃんは……変わったこと、後悔してない?」
杏里は驚いた顔でククを見返した。
「やだ、してないわよ。それは全然! ただ……」
ふっと目を伏せて続ける。
「後悔はしてないけど、少しだけ、諦めきれないことはあるわ」
彼女の言葉に踏み込んでいいか分からず、ククは黙っていた。
二人で無言で並んでいると、静けさが一層強く感じられた。患者がいないとて建物の中には少なくない職員がいるはずなのに、その気配も今は薄い。まるで雪の中、二人で閉じ込められているようだ。
そうして、少しの時間が過ぎた後。
「……あいつのことを、信じたい気持ちが消えないの」
杏里が囁くような声で話し始めた。
「もちろん、頭では分かっているわ。あいつの優しさや一緒に過ごした時間は全部偽物だったって。……だけど、ほんの少しは本当もあったんじゃないかって、それがあたしたちの知らない、見ていないところだったとしても、あいつがちゃんと心から笑ったり悲しんだり、誰かを心から気遣ったりしてた瞬間もきっとあったって、そう思ってるの。思いたいの」
「杏里ちゃん……」
「あたし、馬鹿ね。あたしのせいで、みんなにまで迷惑かけたのに……ひどい怪我も、させたのに」
「そんなことないよ」
ククは強く首を振って、杏里の手のひらを取った。乾いた肌は冷たく、弱った小鳥のようにかすかに震えている。胸の内に広がる不安がクク自身のものなのか、杏里から伝播するものなのかは分からない。分かったのは、一つだけ。
(杏里ちゃんは、あの人のことが好きなんだ)
恐らく、今も。だから苦しんでいる。悲しんでいる。けれど、その感情を捨てた方がいいとも、忘れるべきだとも、ククは言えなかった。言えるわけがなかった。杏里の思いや心は、彼女だけのものだから。
杏里はククに手を握られるまま、ただ黙っていた。
ククはいくらでも彼女のそばにいるつもりだった。何時間でも何日間でも、ずっと。それしか出来ることがなかったから。
しかし、長い沈黙を破って杏里から発せられたのは、意外な言葉だった。
「ねえクク、あんた……何か心配事があるんじゃないの?」
「え……?」
仰ぎ見た杏里は微笑んでいた。
「なんで分かったのって顔ね。……分かるわよ。だってあんた、多分自分で考えてるよりずっと困った顔してるから」
ククは目を逸らした。
誤魔化さなくちゃ。そう思ったのに、口を衝いて出たのは言い訳でもなんでもなかった。
「……ディオが突然出ていっちゃったの。もう、わたしたちのところには戻ってこないかもしれない」
言葉にすると、それがいかにも確かなことのように感じられて、抱えた不安が大きく膨らむのが分かった。
「大変じゃない。追いかけられないの?」
「でも、もう追いかけても戻ってきてくれないかもしれない。それに、わたしも……」
帰らなきゃ、とは言えなかった。
杏里はククを案じるような瞳で黙していたが、やがて穏やかな声で問いかけた。
「あいつが戻ってこないなら、このままお別れでいいわけ?」
「それは……」
杏里はククが掴んでいた手のひらを自分の方から握り直して、勇気づけるように力を込めた。
「迷ってるなら追いかけた方がいいわ。その結果がどうなっても、何もしないで後悔するよりはいい。そう思わない?」
ククが顔を上げると、夏の太陽のような微笑みが待っていた。
「あたしは大丈夫だから行ってきなさい。っていうか、仲間にさよならも言わずにどこかへ行くような薄情男には、一発ビンタでもかましてやりなさいよ。あたしの分もよろしくね」
うん、とククは頷いた。
でも、ビンタはやめておこうかな。
宿に戻ると、姿を探すまでもなくアルスは自分の部屋にいた。
一人、軽食を傍らに本を読んでいる背中に、ククは前置きせず言った。
「わたし、ディオの様子を見てくるよ」
返事が返ってくる前に言葉を重ねる。
「アッ君が止めても行くから」
「別に、僕は止めないけど」
アルスは軽く振り返って本を閉じた。
「……ただ、追いかけたところで何になるのかは疑問だね。余計なお世話だって言われるのが精々だと思うけど」
そうかもしれない、とは思う。
(だけど)
出ていく直前の、ディオンの頑なな声と強張った顔を思い出す。確かに、あの時の彼から伝わってきたのは強い拒絶の意思だった。けれど、それだけだとも思えなかった。
(……ううん、違う)
たとえ、彼の内にあるのが本当に拒絶だけだったとしても。
「わたしがディオを追いかけたいから。追いつけなくなる前に、後悔する前にディオとちゃんと話がしたいから、だから追いかけるよ。無理に連れ戻すつもりはないけど、お別れならお別れらしく、最後にお礼も伝えたいし」
最後、という言葉が自分の口から出た瞬間、実感が体を駆け抜けた。ディオンに対してだけではない、目の前に迫るそれは、間違いなく「旅の終わり」だった。
(わたしはわたしの旅を締めくくるために、ディオにお礼が言いたいのかもしれない)
なんにせよ身勝手な思いには変わらないけれど、それでも。
「クク」
突然立ち上がったアルスが、サイドテーブルの上から何かを拾い上げ、ククに向かって差し出した。
「これ……地図?」
この辺りの地方のもののようだ。よく見ると町の外、北の海沿いに小さな赤い丸印が書き込まれている。
「そこから、さほど移動してないと思う。保証はしないけど」
「アッ君、これって」
アルスは表情を変えずに答えた。
「単純にトラブル防止のため。あれの素性も結局よく分からないし、しばらく警戒しておいて損はないと思ったから」
それがすべてではない――とアルスは認めないだろうから、確かめるのはやめにした。
ともあれ、この地図を頼ればディオンに追いつくことも難しくないだろう。
ほっとしかけたのも束の間、ククはアルスに伝えるべきもう一つの用件を思い出した。
(……気が重いな)
それは出来れば思い出したくなかったことでもある。だが、いつまでも先延ばしにしておくわけにはいかないし、伝えないという道を選ぶつもりもなかった。
仕方ない。そう自分に言い聞かせて、ククは髪から外した青い蝶をアルスに向かって差し出した。
「これ、返すね」
アルスは髪飾りに視線を向けたものの、受け取ろうとはしなかった。
気詰まりな沈黙が落ちる前に、ククは言葉を重ねた。
「別に今更責めるつもりはないよ。それがアッ君の任務だったんだろうから。……だけど、蝶はもう要らない。ずっと返そうと思ってたの」
ずっと。記憶を取り戻してからのことをそう呼んでいいのかどうかは、実のところあまり自信がないけれど。
手のひらの上で光る、美しい青い蝶。それはククが記憶を失う前――アストリアの王都でアルスと共に暮らしていた時に、彼から貰ったものだった。当時はただ嬉しくて、受け取るのに躊躇いなどあるはずもなかった。
蝶に施された魔法に気付いたのは、記憶を失う直前のことだ。
それは単なる贈り物などではなく、ククの位置を特定するための道具だった。そのことを理解したから、ククはそれを壊して捨てた。他でもない、自らの記憶と共に。
だというのに、記憶を失った後、ククはそれを再び自分の手に取り戻してしまった。
壊れた蝶は内包していた魔力によって修復され、その直後、アルスがククの前に現れた。まるで何かに導かれるようにして。
思えば、ククの前に現れたアルスは最初からクレストを探すつもりだとは一言も言っていなかった。それも当然だろう。彼が探していたのは、クレストではなかったのだから。
「アッ君……ううん、お兄ちゃん」
親しみと、同じくらいのよそよそしさを乗せてそう呼べば、
「分かった」
アルスがククの手から蝶を拾い上げた。
「捨てておく」
「うん……」
これでいい。これでもう伝えるべきことは伝えきった。この胸にかかる薄靄も、きっとその内消えるだろう。
ククは今度こそ出発することにした。
「それじゃ、行ってくるね」
返事はなかったが、もう慣れっこだ。ぶ厚い防寒着を手に外に出る。
降雪は少し弱まっているようだったが、足元に積もる白色は先ほどよりも厚みを増しているようだった。上着の袖口や裾から入り込む冷えきった風が体温を容赦なく奪っていく。この寒さで皆屋内に引っ込んでいるのだろう、周辺に人の姿は皆無だった。
少し、不安な気持ちはあるけれど。
(ディオに、もう一度会いに行こう)
自分の心でそう決めて、白く、他人を拒むように冷えていく景色にククは一歩を踏み出した。




