第28話
上空に巨大な結界が展開されたかと思えば、魔物によって破壊され――かと思えば今度は金色の光の波が吹き抜けて、魔物たちの悉くが消滅した。
一体、何が何やらの状況だった。
「おーい、勘弁しろよなあ」
一連の光景を呆然と見守っていたディオンは、黒塚の嘆く声に我に返った。地に這いつくばりながら何とか首を巡らせると、額に手を当てた黒塚が顔を軽く歪めている。魔獣たちを一気に消失させられて、さすがに反動を受けているらしい。
「やれやれ……。随分反応が薄かったし、当分無力化してると思ったんだけどな……。俺の計算違いか」
既に先ほど広がった光は失せていたが、辺りには魔術に疎いディオンですらそれと分かるほどの強い魔力が漂っていた。
新手の登場でない限り、こんな芸当が出来る人間の心当たりは一人しかいないが、今はそれを確かめる術も余裕もありはしない。
なおも残る疑問は無視して、ディオンは悲鳴を上げる体を起こした。ずたずたに裂かれた足では立ち上がることは叶わず、その場にしゃがみ込むのが精一杯、同じくボロ雑巾と化した手では地に刺さる剣の柄を何とか握っていることくらいしか出来なかったが、獣が引き黒塚の動きが鈍っているこのタイミングであれば、その状況から脱することが――「やりなおす」ことが可能だった。
だから早く、黒塚に悟られる前に実行しなくては。
ディオンが震える息を吐き出すと同時に、背後で声がした。
「ディオ!」
「ディオン!」
近付いてくるのはククと杏里だ。この場ではあまり歓迎する気持ちにもならない、と言うより、むしろ――
「……おっと、お嬢さんたちのお戻りか」
のろのろと顔を上げた黒塚にディオンの焦燥感が高まった。
もはや一刻の猶予もない。再び剣を握りしめた、直後。
「よーし。降参だ、降参」
黒塚が両手を振り上げた。
「……は?」
「だから降参だっての。俺の負けでお前の勝ちってことだよ。俺はここをすっぱり諦める。どうだ、ハッピーエンドだろ?」
上げた手を振りながら、黒塚はへらへらと笑っている。
「……どういうつもりだ?」
黒塚に疑問を投げるのはこれで何度目だろう。
しかし魔獣の群れは一掃されたとは言え、まだ黒塚に決定的なダメージはない。本人にその気さえあれば、先ほどと同じような獣の軍を再び生み出すことは容易いはずだった。
黒塚が諦めて降参する理由など、どこにもない。
「お前と一緒でダルいのは嫌いなんだよ、俺」
そう言って軽く肩を竦めた黒塚は、突然全く別の話を始めた。
「そんなわけで、負けた俺様から耳寄りな情報をくれてやろう。テーマは君たちの大好きなクレスト少年の正体についてだ。どうだ、興味あるだろ?」
唐突すぎる話題に返す言葉が浮かばなかったが、黒塚はそんなこちらに構うことなく、何でもない様子で先を続けた。
「あいつは哀れな亡国の元主君。リバリティの王様だよ」
今度こそ、思考が停止した。
「……王、だと……?」
かろうじて繰り返すと、黒塚は楽しそうに頷いた。
「そう、あいつはとっくの昔に滅びた国の主にして元死人だ。疑うんなら調べてみればいい、今までどうして知らずにいたのか不思議になるくらい簡単に分かるだろうよ。あるいは本人に直接確かめたきゃ、然るべき場所で謁見をお願いするんだな」
この男は何を言っている? 分からない。理解不能だ。
ディオンは呻いた。馬鹿な。そう口にしてから、はっきりと思い直した。黒塚の話は馬鹿げている。理由は簡単だ。
「死者が蘇るわけがない……」
「いいや、蘇るさ! 蘇るとも!」
狂気じみた笑いに乗せて、黒塚は断言した。
「死は覆るのさ、ディオン! 分かっただろ、この俺にこれ以上の動機がどこにある! ようやく神様が現れたんだ!」
「黒塚……!」
疑念と困惑の間から噴出したのは、明確な方向を持たない怒りだった。
黒塚に掴みかかろうと立ち上がりかけて、ディオンはその場に崩れ落ちた。新たに焼けるような痛みが全身を駆け抜けたが、憤怒に衝き動かされるまま腕の力だけで無理やり起き上がり、目の前の愚かな男を睨めつけた。
「お前はそんな馬鹿げた妄想のために人を傷付け、災いであることを良しとするのか? 死人が蘇るわけがない……! お前は踊らされているだけだ!」
「この望みが叶うなら災いで構わないさ」
黒塚は羽のように軽やかに、歌うように優しく笑った。
「お前にだって俺の気持ちが分かるだろ? だからこそ、はなから否定するんだ。人の世に仇なすことを良しとしないお前は確かに高潔だ。立派だよ。だけど、それはどこに立って吐く台詞だ? 人間の味方のつもりか? あるいは人間のつもりなのか? 違うだろ? 思い出せよ。思い出してるだろ。俺たちは人間なんかじゃない!」
「俺は……」
「俺たちは化け物だ! 認めろよ、ディオン!」
「やめて!」
ディオンは軋む首を巡らせた。
背後で激しい声を上げたククは、自分自身の勢いに振り回されているかのように蒸気した顔で荒い息を吐きながら、それでも黒塚を真っ直ぐに見据えていた。
「……あなたがディオの何なのかは知らないけど、降参したんだったらこれ以上ディオにひどいこと言わないで。苦しめないで。じゃないと、あなたが誰でもわたしが承知しないから」
庇われているらしいと、ディオンは遅れて察した。
「……ふーん」
黒塚は目を細めてククを見ていたが、不意にまた笑みを浮かべた。薄く開いた唇の間から、血のように赤い舌が覗く。
「キャンキャンうるさい子犬……いや、豆ダヌキか? 焼いて食ったら美味そうだな」
言って、大股でククに歩み寄る。
「やめろ、黒塚」
ディオンの声にも黒塚は立ち止まらない。対するククもまったく引こうとはしなかった。間に割り込もうとした杏里を上げた腕で制止して、黒塚を待ち構えている。
やがて、あと一歩の距離を残して二人は対峙した。
黒塚が腰に手を当て、ククに鼻先が触れそうなほど顔を近付ける。しかし、先に言葉を発したのはククだった。
「……引っかかってくれてありがとう」
ぶわり、と。ククと黒塚の足下に青い魔法陣が現れる。一瞬にして陣から伸びた無数の半透明の手が、黒塚の両足に絡みつき、その自由を完全に封じた――ように見えた。
「甘すぎるな、タヌキちゃん」
「……っ!」
黒塚のまわりに生じた激しい風圧が、ククと、その後ろにいた杏里の体を弾き飛ばした。地面の魔法陣も砕けて消える。
拘束を脱した黒塚は地面に転がるククに再び接近し、小さな頭を見下ろした。
「一応今日は降参したからな。これくらいで勘弁してやるよ」
黒塚が大きく振り上げた右足をそのままククの頭に叩きつけた。地面に顔を埋めたククからくぐもった呻きが上がる。
「貴様ぁ!」
激昂した杏里が立ち上がるより早く、黒塚は地面を蹴って後退すると、天に向かって片手を上げた。
途端、いつかのようにどこからか飛来した巨大な怪鳥が、地面に黒々とした影を落とした。
地表すれすれを飛ぶ鳥の足を掴んで、黒塚の体が浮き上がる。
黒塚は高みからディオンを見下ろし、嗤って告げた。
「お前が人間だって言うんなら、その痛みも抱えて生きろよ。ま、出来るもんならな」
鳥は飛び去り、黒塚の姿もまた見えなくなった。
周囲にはもう魔物の姿もなかったが、町中には未だ怒号や悲鳴が飛び交っている。
だが、被害状況を確かめようにも、今のディオンには自分の剣を持ち上げるどころか、立ち上がるだけの余力さえ残されてはいなかった。
(……きついな)
失血のせいだろう。ぼやけた視界に映る景色が揺れている。息を吸う度に引き裂くような痛みが踊るが、それが外傷によるものなのか、どこか内臓がやられているのかは分からなかった。
「……ディオ、大丈夫?」
呼ぶ声に、ディオンは顔を上げた。
片手に剣を下げたククが、杏里に支えられながらこちらに歩いてくる。空いている方の手で顔を押さえているため、その表情はほとんど見えなかった。
「……お前の方が大丈夫じゃないっぽいんだが」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと鼻血が止まらないだけで」
手を外してみせたククに、ディオンはぎょっとした。
顔の下半分が血で真っ赤に染まっている。しかも、その顔で呑気な笑みを浮かべているものだから、怖い。
「……鼻、折れてねえだろうな」
「うーん、平気じゃないかなあ。たぶん」
能天気な声に呆れるが、本人がそう言うのだからそれ以上心配するのはやめにした。第一、今は自分の痛苦で手一杯だ。
(……どのみち、やるしかねえか)
ディオンは息を吐き、再び決意した。ククに視線を戻す。
「剣を貸せ」
「えっと……何に使うの?」
多分お前の考えてる通りのことだ。そう告げるとククの顔が露骨に曇ったが、ここで彼女と問答するつもりはなかった。
「このままだと、しんどいんだよ。一回終わらせる」
「終わらせるって……」
「別に俺には当たり前のことだ」
――お前が人間だって言うんなら、その痛みも抱えて生きろよ。
耳元で蘇った黒塚の声に気分が塞ぐ。だが、奴の挑発に乗ってこのまま苦痛を長引かせたところで、人間の証明になどならないことは分かっていた。
だから、終わらせる。その選択は変わらない。
変わらないが――。
(……くそっ)
他人の手で強制的に「終わらせられる」のと、自分で自分を「終わらせる」のは別のものだ。どちらもまったく望ましい事態でないという点は共通するが、前者であれば少なくとも自分で自分に止めを刺す恐怖に怯えることはない。そう、今この瞬間のように。
(……グズグズしてると余計恐ろしくなるだけだ)
黙ったままのククは放置して、ディオンは杏里に目を向けた。
「お前でもいい。とにかく武器を寄越せ」
「え」
杏里はクク以上に狼狽して大きく後ずさった。無理よ、と引き攣った顔で首を振る。ディオンがこれ以上食い下がれば、ここから逃げ出しかねない顔色だった。
やはり他人を当てにするのが間違いだったか。
自分の重い剣を持ち上げる労苦を思い、ディオンが溜息を吐きかけた時、ククが目の前にしゃがみ込んできた。
「ねえディオ」
「……んだよ」
「ディオが今しようとしていることは、ディオが楽になる方法なんだよね?」
「そうだ」
「本当に死んじゃったりしないよね?」
ディオンは思わず鼻先で笑った。
「それで死ねるんだったら大歓迎だ」
そうではないから、うんざりしているのだ。
ククはまた少し黙った後、おもむろに頷いた。
「……分かった」
ようやく武器を貸す気になったかと、ディオンはほっとする。
が、何故かククは立ち上がり、自らの剣を上段に構えた。
「ディオ、下向いて!」
「!」
一息で命じられ、反射的に頭が地を向いた。
びゅっと風切り音が耳元を掠める。
嘘だろ、と思うも時遅く――目の前が暗くなった。
流れ着いたのは、いつも通り音も光もない世界だった。
そもそもこの場所が元いた世界と地続きのものなのかどうかさえ、ディオンには分からない。
空白の空間。どこまでも続く静寂。自分の輪郭さえ見失い、果てしなく漂い続ける孤独。
一秒にも百年にも感じられる彷徨は、始まりもそうであれば終わりもまた唐突だった。
「……」
ディオンは目を開き、いつものように最果てから帰還した。
周囲の景色は、暗闇に投げ込まれる前と何も変わらない。
変わったのは、ディオン自身の状態だけだ。
膝に力を込めて立ち上がる。体が少し軋んだが、抱えていた激痛は完全に消え去っていた。着衣こそぼろぼろになっているものの、腕も足も、皮膚には傷跡一つ残っていない。
いつものことだ。それはどうでもいい。
ディオンは自分のすぐ傍らを見下ろした。そこには剣を振り下ろした体勢のまま、青白い顔で佇むククがいる。
「……俺は武器を貸せと言ったはずだが」
ククは強張った表情のまま返答した。
「だって、ディオ、話すのも苦しそうだったから」
「苦しそうなら躊躇なく他人の首を落とすのか、お前は……」
それを親切心と呼ぶのなら止めないが、どう考えても殺人鬼の理屈である。
「っつか、頭飛ばしただろお前! んなことして元に戻らなかったらどうするつもりだったんだよ」
「そうだよね……」
「おい!」
ククは剣を持ったまま、おろおろと片手を振った。
「で、でもっ、ディオの言い方だったら大丈夫そうだと思ったから……! その……えーっと、ごめんね?」
「…………」
ごめんねで済むような話ではない気がしたが、実際ディオンの体に問題らしい問題はないし、恐らく一度切断されたであろうはずの頭部も、今は胴体に綺麗にくっついている。
完全復活までの光景はディオンには知るよしもなかったが、ククの顔色を見ればそれなりに恐ろしいものだったのだろう。
(まあ、差し引きゼロにしてやるか)
ディオンは再び溜息を吐き、目の前で俯く頭を掻き混ぜた。
「まあ、正直助かった。これからもお前は俺の断頭台だ」
「え? うん……でも、無闇にはやらないよ?」
「やられてたまるか! 冗談に決まってるだろうが!」
「そう? あ、そういえば鼻血止まったかも。よかったー」
「人の話を聞けよ。そんなんだからその場の勢いで他人の首を落とすんだよお前は」
「ねえ、あんたたち……」
ククと揃って振り返れば、杏里が得体の知れないものを見る目を二人に向けていた。
「楽しそうなとこ悪いんだけど、その恐ろしいご歓談はいつまで続くのかしら……?」
「あー」
杏里の表情や言葉は、この状況に際してはごく正常なものだ。多少顔色は悪いものの割合に平然としているククこそ異常で、更にそれと同じくらい、いや、それ以上にディオン自身の存在もまた異常なのだろう。
だからこそ、と言うわけでもなかったが。
ディオンはこの場において最も常識的であろう判断を下した。
「とりあえず、町の連中を助けるぞ」
とは言ったものの。
町には既に兵士たちが忙しなく行き交い、ディオンたちに出来ることはそれほど多くはなかった。
むしろ、ただでさえ怯えきった人々に対して顔面が血まみれのククと全身が血まみれのディオンは更なる恐怖の対象にしかならず、いくつもの無為な悲鳴を上げさせる結果を生んだ上、ついでに途中で合流したライックも卒倒しかける事態になった。
それでも細々と瓦礫を片付けたりしている内に日も暮れ始め、ディオンたちは一旦宿に戻ることにした。
しかし、幸い宿の建物はそのまま残っていたものの、その周囲は避難してきた住民でごった返していた。
人垣から少し離れて、一同は顔を見合わせた。
「ど、どうしようか……」
姿が見えない間にどこで何と戦ってきたのやら、泥団子の如く汚れたライックがおろおろと三人を見回した。
「どうって、無理にでも戻らなきゃでしょ。荷物だって置いたままだし、アルスだって……」
「僕が何?」
「だから、アルスだって中にいるかも……って」
杏里をはじめ振り返った四人の視線を受けても、少年の涼しい顔は変わらなかった。
「アッ君、無事だったんだね!」
「いや、無事っつーか、無事なのか……?」
そうこう言っている内に、背を向けたアルスは宿とは逆方向へ歩いていく。
「ちょっと、どこ行くのよ!」
杏里の声に、アルスは足を止めずに答えた。
「ここはもうすぐ王兵で溢れる。だから、行く」
「だからはこっちの台詞よ! どこへ行くのか訊いてるの!」
アルスはたった一言、
「あばら家」
とだけ答えた。
事実、アルスの後を追って辿り着いたのは、町外れのいつから放置されているとも知れないあばら家もとい空き家だった。
それは、まあいい。宿に置いたままだった全員の荷物がきちんと移動されていたことに関しては、何なら少年に感謝してやってもいいくらいだ。
だが、互いに簡単な経緯報告だけ済ませた今、唯一にして最大の問題点があるとすれば、
「あら、ディオン様、わたくしの顔に何かついてまして?」
「……いや」
「そうですか? それならいいのですが」
この期に及んで、わけの分からない人間が新たに増えていることだった。
壁も床も歪んで今にも崩れそうな室内の中央で、一同は車座になっていた。その輪には今し方声を上げた人物――この場の誰にも勝る凄まじい量の返り血を浴びた、やたらと背が高い女も含まれている。
強烈な存在感を発揮している女は、しかし何を説明するでもなく、にこにこと微笑むばかりである。これ以上不気味なこともそうあるまい。
ディオンは嫌々アルスに顔を向けた。
「おい、いい加減説明しろ。っつーか……」
胡乱な視線を向けるアルスに、負けじと胡乱な視線を返す。
「お前、顔にラクガキされてるぞ」
「……は?」
怪訝そうに眉を寄せるアルスの左頬には、筆で描いたような黒い模様が入っていた。入れ墨のようにも見えるが、何にせよこれまでなかったものには違いない。
「アルス様、こちらを」
「……ああ」
謎の女がどこからか差し出した手鏡を受け取って、アルスは納得したような表情を浮かべた。次いで、何故か両腕の袖を捲り上げている。その左腕はディオンもこれまで何度か目にしたことがある通り、文様のような黒い痣が皮膚を覆っていたが、何故か右腕にはそれらが一切見当たらなかった。
(……? 前からあんなだったか?)
「で、これからのことだけど」
顔を上げたアルスは、一連の行動など一切無かったかのように切り出した。
「いや、普通に話を進めるなよ。説明をしろ説明を」
「説明? ……ああ、ラクガキされてようがされてまいが、アンタの顔よりはずっとマシだと思うけど」
「何だとコラ! っつーかそれは説明じゃなくて暴言だろ!」
「やめなさい、バカ! 今はしょうもない喧嘩してる場合じゃないでしょうが!」
怒られるのは癪だが、杏里の言う通りでもある。しかし、ひとまずアルスの顔やら腕やらについては放っておくとしても、もう一つの問題は見過ごせなかった。
「……で、お前は誰だ?」
謎の女は、ディオンの問いに微笑んだ。
「わたくしはミナベル・クロロス・クロムツェル。ミィ、あるいはミーナとでもお呼びくださいませ」
「……何者だ?」
「ご覧の通り、美人です」
「…………敵ではないんだな?」
「ええ、勿論。美しくて有能な皆様の味方ですわ」
「…………そうか」
ディオンはすべてを諦めて頷いた。
「それより、クレストのことだよね」
ここまで言葉少なだったククが神妙に切り出した。
「あの人……黒塚さんは、クレストがリバリティの王様だって言ってたよね。本当なのかな……?」
「あり得ねえだろ」
ディオンは即答した。
「リバリティが滅びたのは八十年以上前だぞ? 当時の王が生きてるわけもないし、死人が生き返るとは思えない」
「……」
ククは妙な顔で黙っている。
「何だよ」
「えっと……ディオがそれ、言うのかなって」
「…………俺は別だ、別。とにかく黒塚の言葉は信用出来ない。クレストにどこまで関わってるのかも分からないし、俺らを混乱させるためだけに適当なことを言ってる可能性もある」
「でも、嘘だって確証もないよね? それなら一回本当のことだって仮定してみない? あの人はクレスト本人に確かめたいなら謁見すればいいって言ってた。それって、リバリティの城に来いってことなんじゃないかな?」
「罠に決まってるだろ」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれないよ」
ディオンは唸った。黙ったままの他の面々がどう考えているかは知らないが、少なくともククに反対している空気ではない。
「ディオは、リバリティのお城には行きたくないの?」
ククの問いにその通りだと答えるのは、流石に大人げなくて踏み止まった。だが、気持ちとしては断固行きたくない。黒塚が信用ならないというのは勿論あるが、それ以上にアレの吐き散らす悪意に関わり合いたくないというのが本音だ。
しかし、他に今後の指針がないのもまた現実である。
「ディオ……?」
「聞こえてる」
ディオンは深く、深く溜息を吐いた。
「……まあ、どうせここから城まで大した距離もねえしな」
大陸の端と端ならいざ知らず、この町からなら半日あればリバリティ城下まで辿り着く。ここでああだこうだと議論していても状況は変わらないだろう。
「じゃあ、リバリティ城に向かうってことで決まりかな?」
珍しくライックが話をまとめにかかった。
特に異論を唱える者はいなかったが、杏里がふと一同を見回して呟いた。
「しっかし、全員ぼろぼろね」
言われてみれば、程度の差こそあれ皆が皆何らか傷付いたり、汚れたりしている。幸い動けなさそうな者はいないが、これではまるで――。
ディオンが言うべきか言わざるべきか悩んだことを、しかし杏里があっさり口にした。
「これじゃ、どっちが死人だか分からないわね」
全くもって、その通りだ。




