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refrain  作者: 水幸
第三章 巡る星は夜明けに重なる
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第11話

 クレストたちの襲撃から三日。

 ククとアルスと杏里、そしてディオンの四人は、被害を受けたゲート26を出て、近くの町に一時的な宿を取っていた。


「…………」


 夕食の時間もとうに過ぎ、すっかり人気のなくなった宿の食堂の片隅で四人は顔を合わせていた。


 ゲート26での騒ぎの後、アルスは先に避難していたツィフと二人で町長の元を訪れ、予定されていた式典の中止を申し入れると共に、首都アストリアからの派兵による事後の対応と調査を約束してきたらしい。らしい、というのはその場に同席出来なかったククに対して、アルスがはっきりした話をろくに教えてくれなかったためである。

 何度もしつこく食い下がって得た断片的な情報を組み合わせると、つまりそういうこと「らしい」というわけだ。


「……で。話って何なのよ?」


 沈黙を破ったのは杏里だった。ククは杏里に目を向けたが、彼女は真っ直ぐ正面に座るディオンを見て、いや、睨んでいた。


 傷付いた町で、せめてもと被害に遭った施設や家屋の後片付けを手伝っていたククの前にディオンが再び現れたのは、今日の昼時のことだった。


 話がある。険しい顔でそう告げたディオンに連れられて、ククたちはゲート26近くのこの町に移動した。

 ククが彼と知り合った経緯については、杏里とアルスにも簡単に説明した……のだが、常に無表情のアルスはともかく、杏里はディオンに対してかなり警戒心を抱いているようだ。理由は、さっぱり分からない。


「話の前に聞きたいことがある」

 ディオンはククを見た。

「そもそも、何でお前はあの場にいたんだ?」


「それは……」


 ククは思わず俯いた。あの夜から後悔が尽きることはなかったが、起こしてしまったこともその結果も変わらない。逃げられない。


「わたしは、あの町でクレストをおびき寄せようとしてたの。式典前の町にアッ君が滞在することで意味深な噂が立つようにして、クレストが町にやってくるのを待ってたの」


 その選択が、あの惨事に繋がった。何度繰り返したか分からない後悔が、それでも今また波のように覆い被さってくる。


 クレストともう一度話をする。話がしたい。

 そのことばかりにこだわって、彼がどんな手段を用いて現れるのか、町に何を齎そうとするのか、きちんと考えることをしなかった。テトラの村で起きた事件にも、もっとちゃんと向き合っていたのなら、もう少し危機感を持てていたかもしれないのに。それすらも怠った。

 こんな風に町を、他人を、巻き込むつもりなんかなかった。今更そんな言い訳をしても、もう遅い。


「……お前が五勇とかいうやつか」


 ククの言葉に納得したのかどうかは分からないが、ディオンは低い声と共に、視線をククからアルスに転じた。


 一人だけ離れた位置に座るアルスは、ディオンではなくククを見た。


「僕はこの男との会話の必要性を感じない。それに、あの町での目的を果たした以上、もうここに留まる意味もない」


「お前……」

 ディオンの声が、更に低くなった。

「町があんなことになったのは、お前が原因でもあるんだろうが。何か他に言うことはないのか?」


 アルスがようやくディオンを仰ぐ。

 その口元には、皮肉げな笑みが浮かべられていた。


「予想通りクレストは出てきた。結果が出てよかった、とでも言えばいいならそうするけど?」


「アッ君……!」


 ククは思わず席を立ったが、続く言葉は浮かばなかった。

 アルスの言い方はあんまりだ。だけど、彼が提示したクレストを誘い出す案に何も考えずに乗っかったのはクク自身である。その事実を差し引いて、アルスを非難する権利などあるわけがなかった。


「……結果、出たのかしら?」


 張り詰めた空気の中、どこかぼんやりした問いを投げたのは杏里だった。ククが目を向けると、瞳を瞬き、慌てて手を振ってみせる。


「ああ、違うの、別にあんたたちを責めてるわけじゃないわよ。そんなこと言ったら、あたしだって同罪なわけだし……って、そうじゃなくて、そうじゃないんだけど……。あのクレストってやつは結局捕まえられなかったし、これからどうしたらいいのかしらって思ったのよ」


 ククは答えられなかった。アルスも何も言おうとしない。

 窓の外に闇を湛えた食堂に、唐突な沈黙が落ちてきた。


 一つだけ確かなのは、クレストを再び追うのだとしても、もう今回のような手は使えないということだった。クレストがああいうやり方をすると分かった以上、他人を巻き込む手段はもう絶対に選びたくない。選んではいけない。


「ひとつ、気になることがある」


 静寂を破ったのは、躊躇いを帯びたディオンの声だった。


「お前、あいつの剣を見たか?」


「え……? あ、うん。あの黒い剣、だよね」


 振られて、ククは頷いた。

 あの夜、クレストの手には夜闇の色をした奇妙な剣が有った。テトラにいた時は見たことがなかったように思うが、それはそもそも彼が剣を使うような機会がなかったからで、もしかしたら荷物の中にはずっと持っていたのかもしれない。今となっては確かめる術もないことだが、しかしそれがどうしたというのだろう?


 ククが尋ねるより早く、ディオンが口を開いた。


「あれは、俺の知り合いの剣だ」


「どういうこと?」


 思わぬ言葉に、更に混乱する。


「事情は俺にも分からん。だけど、あいつの持ってたあれは、間違いなくクロツカの剣だ」


 クロツカ、というのはその知り合いの名前か、あるいは剣の呼び名だろうか。苦々しい顔のディオンはそんな疑問を差し挟む間を与えず、話を続けた。


「もしかして、あいつは何かを探してるんじゃないか?」


「……うん、多分」

 戸惑いつつ、ククは肯定する。

「クレストからはっきり聞いたわけじゃないけど、わたしはそうだと思ってる。テトラの村でも何かを探してたんじゃないかって……。でも、どうしてディオもそう思ったの?」


「恐らく、あいつが探しているのは俺の剣だからだ」

「え? それって……?」


「話がよく見えない」


 混乱を重ねるククに対して、冷静に返したのはアルスだった。やはり表情らしい表情は浮かべていないが、これまでの完全無関心から一転、顔はディオンの方を向いている。彼の言葉に興味を持ったようだ。

 ディオンは少し逡巡していたようだが、やがて話を再開した。


「クレストが持っているあの剣は普通の武器じゃない。瘴気を生み出し、魔獣を操る、使い方によっては大きな厄災を呼ぶ呪われた剣だ。……あれには、対として作られた剣がある」


「それが、ディオの剣ってこと?」


 ああ、とディオンは首肯した。


「その剣は瘴気を生み出すこともなければ、魔獣を従える力も持たない。だが……いや、だからこそ、対の持つ力を押さえ込める。クレストの持つ黒い剣の力を相殺できる唯一の剣だ」


 ククは少し考えた。一度に色々なことを言われたものだから、まだ困惑が抜けきらなかったが、何より気になったのは。


「……それはつまり、もしクレストが黒い剣の力で何かをしようとしてるなら、ディオの剣は邪魔、というか、脅威になる可能性があるってことだよね?」


「そうなるな」


――期待が外れたか。


 ククは、村の神剣を解き放ったクレストの、失望の混じった表情と声を思い出した。


(クレストは、形の分からないものを探してたんじゃない)


 彼は、間違いなく「剣」を探していたのだ。


「……その剣ってのは、まさかそれじゃないわよね?」


 杏里がテーブル越しに指差しているのは、シミだらけの壁に立てかけられたディオンの両手剣だった。随分珍しい大きさの剣ではあるものの、それ以外に目立ったところはなく、黒い剣と相対した時に感じたような異質な雰囲気とは無縁に見える。案の定、ディオンは違う、と短く答えた。


「なら、どこにあるのよ」


 しかし、その問いにはなかなか答えない。


「ディオ?」


「訊いてどうする」


 赤い瞳に見据えられて、ククは戸惑った。


「どうするって……」


「俺はこれから自分の剣を回収する。だけど、それはお前たちには関係のないことだ」

 言い切って、ディオンは席を立った。


「俺はただ、お前らにあの剣の情報を渡す代わりに、クレストの居場所を知ってるなら聞き出そうと思っただけだ。でも、その様子だと心当たりはないんだよな?」


「……うん」


「なら、もう用はない」


「え、っと……そうなのかな?」


 ククは思わず首を傾げた。

 ディオンの意図が、いまいち理解出来なかった。


「ディオがわたしたちに情報をくれたのは、わたしたちがまだクレストを追いかけると思ってるからだよね?」


「……まあ、そうだな」


 鈍い同意が返ってくる。


「で、そのクレストはディオの知り合いの剣を持ってて、かつ、ディオの剣を探してるかもしれないんだよね?」


「……ああ」


「ってことは、もしクレストが本当にディオの剣を探してるなら、その剣の傍にいればクレストと会えるかもしれないよね。そしたらディオの剣の場所、わたしたちにも関係なくないんじゃないかなあ」


「…………」


「ディオはこれから自分の剣を取りに行くんでしょ? それにわたしたちが一緒に行きたいって言ったらダメなの? だから、先に関係ないなんて言うの?」


「おい」

 ディオンが唸った。

「その不穏な顔を今すぐやめろ」


「え? 何が?」


 そんなに怖い顔をしていた覚えはないのだけど。


「とーにーかーくー」


 横から伸びてきた杏里の腕が、ククの肩を抱き寄せた。


「さっさと剣の場所を教えなさいよ。んで、あたしたちをそこまで護衛すること。いいわね!」


「断る。つーか、なんでお前はそんなに偉そうなんだよ」


 うんざりしたように言って、ディオンはもう一度ククを見た。


「俺はクレスト自身には興味がない。俺の剣に手を出す可能性がある以上、先んじて剣を回収するつもりではあるが、あいつやあいつのやろうとしていることに積極的に関わろうとは思ってない。それはつまり、お前たちとは目的が違うってことだ」


「ディオは自分の剣を確保出来ればそれでいいってこと?」


「そうだ」


 頷くディオンに、ククは再び首を傾げた。


「なら、それまででいいから一緒に行ったらダメかな? だって、その間にクレストが現れる可能性もあるでしょ? もちろん、ディオの迷惑にはならないようにするから」


「ククがそう言うなら仕方無いわね。あたしも行くわ」


 ククの肩に頭を乗せて、杏里はアルスに視線を向けた。


「アルスもそうするでしょ?」


 アルスは何も言わないが、何も言わないということは異論がないということだろう。

 対して、ディオンは苦々しい顔のままだった。


「いや、お前とお前はとにかく無理だ。生理的に」


「何それ、もしかしてククだけ連れていくつもり? 少女趣味の誘拐魔なわけ? サイッテーねこの変態紫頭」


「んなこと言ってないだろうが! 最低なのはてめえの頭だ」


「何ですって!」


 気色ばんで立ち上がる杏里に、ディオンが顔をしかめる。

 と、事態を静観していたアルスが、静かに口を開いた。


「生理的に無理なのは、お互い様では?」


「んだとこら! ゆったり罵倒し返してんじゃねえよ!」


「だあああ! うるさいわよ紫頭!」


「うるせえのはお前だ! あとその呼び方やめろ!」


 ククはわいわい言い合っている三人をしばらく眺めていたが、唐突に振り返ったディオンに睨まれた。


「……何笑ってんだお前は」


「え、笑ってたかな?」


 頬に触れてみるも、よく分からない。笑っていたのだとすれば、そんな場合ではないけれど、でも、何となく思ったのだ。


「えっと……わたしたち、仲良くやれそうだね」


***


 仲良くなど、やれるわけがない。

 ディオンは暗澹たる思いで手にしたグラスの中身を飲み干した。安酒の苦みが喉に広がるが、気分が晴れることはない。

 古宿の狭い室内は暗く、空気は濁っているが、そんなことはどうでもいい。この程度の悪環境は何ら心をざわつかせるものではなかった。


 元々、一人でいることには慣れている。

 ゲート26での傭兵仲間だったリックについても、あの襲撃騒ぎの後、彼が無事に命をとりとめたかどうかは結局確認しなかった。確認したところで出来ることなど何も無いし、何より所詮は他人である。他人との深い繋がりや交流などディオンは求めていない。


 しかし、明日から、あのわけの分からない連中がディオンと行動を共にするという。


 冗談ではない。

 確かにあの能天気な顔の少女、ククに声を掛けたのはディオンの方だったが、その理由は単純にクレストの情報が欲しかっただけだし、情報を求める以上、自分の手持ちのカードを見せてやるのが筋だろうと思ったからそうしたまでだ。


 しかしその結果、情報らしい情報は得られず、唯一手に入ったものは愉快な仲間、というわけだ。


「冗談じゃない」


 今度ははっきり口に出し、ディオンは立ち上がった。

 あの一切実りのない集会が終わってから、更にこんな深夜まで待ったのだ。いい加減、皆寝静まっている頃だろう。

 寝台の上に一泊分の金を置き、がたつく窓を極力静かに開く。

 部屋は二階で、窓はこじんまりとした裏庭に面していた。飛び降りることは可能そうだが、わざわざそこまですべきだろうか、廊下から屋内を通って普通に出ていってもいいのではないだろうか。そう、にわかに迷っていると。


「あれ、ディオ?」


 暗がりから上がった声に心臓が飛び出しそうになった。勢いで肩から荷物がずり落ちる。

 軽く深呼吸して、ようやくディオンは声に応じた。


「……何してんだ、お前は」


「なんだか眠れなくて」


 ククは言葉の割に暢気そうな表情で、裏庭の隅にある長椅子からディオンを見上げていた。

 街灯は遠く、とろりとした薄闇の中、少女の頭についている青い蝶の髪飾りが淡く浮かび上がっていた。


 あんなもの、出会った時につけてたか?


 そんなことをふと思い、ディオンはすぐに打ち消した。何にせよ、これでは目的は果たせない。失敗だ。


「もしかして、ディオも眠れないの?」


 ディオンの思惑を知ってか知らずか、ククはにこにこしながらそんなことを訊いてくる。


「…………まあな」


 仕方なく、ディオンはククの視線の届かない位置まで後ずさり、荷物を下ろした。また少し迷った後、机に置いたままだった紙束を掴んで部屋を出る。


 裏庭へ続く扉を開くと、ククはまだ同じ場所に座っていて、ディオンが姿を消した二階を不思議そうに眺めていた。

 どこまでもぼんやりした少女である。


「気にしてるのか。あの町のこと」


 声を掛けるとククは驚いたように振り返り、少し間を置いてから困ったように微笑んだ。


(やっぱりな)


 ディオンは軽く息を吐き、部屋から持ってきた紙束――ゲート26に滞在している間に手に入れた何紙もの新聞を、ククの傍らに投げ出した。


「? なあに、これ……」


 新聞紙は風に吹かれてさらさらと音を立てている。そちらに手を伸ばしたククはすぐに真顔になった。ディオンの言いたいことに気が付いたのだろう。


 日付も発行元も異なる複数の紙面が報じているのは、最近大陸の各地で頻発している謎の襲撃事件だった。

 各事件、詳細が判然としないものが大半だが、目撃者の証言が残っているケースもいくつかある。たとえば、富豪の館に二人組の子供が侵入した、とか、少年少女に刃を突きつけられて町へ運び入れる予定の武器を奪われた、とか。

 中には、謎の少年と共に魔獣が現れたという事例もある。


「書かれてるのが、どこまであいつらの仕業かは分からん。だが、奴らが色んな場所を襲ってるのは間違いないだろうな」


 王都の連中はまだ動く気はないようだが、このまま騒ぎが続くようなら調査の手が伸びるのも時間の問題だろう。そうなれば、あいつらは公式に危険な犯罪者として認定される。

 しかし、ディオンが今言いたいのはそんなことではなかった。ククも察しているだろうと思ったが、あえて言った。


「あの町には元々王都の政務官が来ていて、式典も予定されていた。そんな場所、たとえお前らが関わらなくたってクレストは手を出してたはずだ」


「……わたしのせいじゃないって励ましてくれてるの?」


「単に事実を述べたまでだ」


 親切にしてやる義理はないが、不必要に責任を感じている姿を見せられるのは、こちらとて何となく気分が悪い。ただそれだけのことだ。


「ありがとう」


 ククが再び情けない顔で笑う。

 そこには先程までの思い詰めた色はなかったが、かと言って手放しで心が晴れたわけでもなさそうだ。しかし、これ以上少女の気落ちに付き合うつもりはない。

 ディオンは、立ったまま本題を切り出した。


「考え直す気はないのか」


「何を?」


 ククは瞬いている。ぼんやりもぼんやり。大ぼんやりだ。


「クレストを追うこと、俺についてくることだ。お前にそんなに関係があるとは思えない。考え直す気はないのかと、そう訊いてる」


「それって……やっぱり、ディオはわたしたちとは一緒に行きたくないってこと?」


「質問してるのはこっちだろ」


 苛立って言い返すと、ククは少し黙ってから軽く首を傾げた。


「ねえディオ、少し気になったんだけど……。クレストはクレストの探してる剣が、ディオのものだって知ってるのかな?」


 またしても疑問だ。ディオンは呆れて眉根を寄せたが、一方で腹の底に冷たいものを感じてもいた。

 それはククたちと別れて部屋に戻ってから、ずっと考えていたことだった。


「可能性はある」

 ディオンは正直に頷いた。

「あいつの剣の本当の持ち主、黒塚に聞いてるかもしれない」


「黒塚っていうのは、人の名前だよね?」


 何を今更と思ったが、そういえばきちんと説明していなかったか。そうだと答えると、ククは少し気まずそうに口を開いた。


「そもそもクレストはどうしてその人の剣を持ってるのかな? その……もしもだよ? たとえばクレストが黒塚さんを襲って、勝手に剣を奪ったりしてたなら……対の剣があるってことくらいは知っても、ディオのことは知らないかもしれないよね?」


 そういうことか。納得しつつも、ディオンは首を振った。


「クレストが黒塚本人の同意無しにあの剣を得たとは考えられない。あいつから無理やり剣を奪うのは不可能だからな」


「黒塚さんって、そんなにすごい人なの?」


「凄いとか凄くないとかじゃない。そういう性質の奴なんだ、あれは」


 ククは意味が分からないと言いたげな顔をしていたが、ディオンは無視して話を進めた。


「とにかく、黒塚は自分で望んでクレストに剣を渡したはずだ。だから当然、対の剣、および俺についても説明している可能性はある。大いにな」


 そう言いつつ、ぞわり、と、先ほどよりも更に冷たい嫌な感触が体の内で動いた。


「ねえ……クレストとディオって、初めて会った時にどんな話をしてたっけ?」


 やはりこいつも気付いたか。

 ディオンは観念するような気分で、暗い地面に視線を落とした。そのまま、少し前に記憶から引っ張り出したばかりの言葉を口にする。


「つまらない剣。あいつは俺の剣を見て、そう言ってきた」


 あの日――テトラの村で初めて会った時、クレストはいきなりそんなことを言ってきた。妙なのは髪の色だけか、とも。

 あの時は余所者であるディオンが気に食わず、喧嘩を売ってきたのかと思ったが、そうではない、とするならば。


 あいつは初めから俺に、否、俺の剣に興味を持っていたのではないか?


 たとえば、自らの剣をクレストに渡した黒塚が対の剣とその持ち主であるディオンについて説明するのなら、一体どんな言葉を選び、どんな情報を伝えるだろう。黒塚はディオンの最たる特徴を取り上げて、「紫の髪の男」とでも言うのではないだろうか。その男こそが、対の剣の持ち主だと。


(そしてあの日、クレストの前に条件に合致する俺が現れた)


 けれど、ディオンはクレストの望む剣を手にしていなかった。だから、すぐに彼は興味を失ったのではないだろうか。

 ゲート26でクレストと再び相見えた時、すれ違いざま、彼は「やはりお前か」と告げてきた。あれはどんな意味だ? 単にあの村で以来、再び出会ったという意味ではなく、もっと何か別の意味を込めていたのではないだろうか。


(いや、そもそも黒塚はどこまで俺のことを告げている?)


 これまでの仮定は黒塚の性格を考慮して、彼がクレストに最低限の情報しか伝えていないことを前提としているが、黒塚が単純にディオンの名前をクレストに伝えているのなら話は全く変わってくる。この推測自体、意味がなくなるだろう。


(クレストは、何をどこまで知っている?)


 状況を整理するに不明瞭な点が多すぎた。

 これからディオンが向かおうとしている先は、クレスト……あるいは黒塚、いや、もっと別の何かの腹の中なのかもしれない。それすらも今はまるで分からないが、そこに怪物が待っているのなら、その時はその時だ。面倒なことには違いないが、いかなる状況であれ、ディオン一人なら何とでも出来る。


(だが……)


 視線を感じて、ディオンは顔を上げた。

 傍らの長椅子からこちらを見上げているククと目が合う。緊張感に欠けるくせに、妙にこちらを見透かすような大きな瞳に思わず視線を逸らしたが、すぐに柔らかい声が追いかけてきた。


「もしかして、ディオはわたしたちを巻き込みたくないの?」


「違う、そういうことじゃない」


 否定は本心からだった。

 そんな優しい感情など持ち合わせているわけがない。他人に迷惑をかけられるのはごめんだし、他人を傍に置くことそのものが嫌だった。余計なリスクを抱え込む理由はディオンに無い。

 だが、そんなディオンに構わず、ククは勝手に話を続ける。


「あのね、さっきディオが部屋に戻った後、杏里ちゃんとアッ君と、三人で話をしたんだ」


 杏里ちゃんとは生意気そうな少女で、アッ君とは生意気そうな少年……にして件の五勇様か。何故そんな人間がククと行動を共にしているのかは知らないが、まあ、それは置いておく。


「話したって、何を」


「今、ディオと話したこととか、わたしが考えてることとか。クレストが何をしようとしてるのか、わたしには分からない。それだけじゃなくて、クレストと一緒にいたヴィヴィリアって子や、二人が連れてきた魔獣のことだって分からないままで……だからこの先クレストを追いかけるとしたら、何か想像も出来ない危険が待ってるかもしれない」


「だろうな」


 かもしれない、と言うよりは、ほとんど約束された危険だ。クレストとヴィヴィリアの二人だけを取ってみても、あの身のこなしや戦い方。明らかに普通の人間のそれではない。


「でも、わたしはそれでもクレストを追いかけたい」


 温い夜風が裏庭を渡って、甘い花の匂いが広がった。


「二人にそう伝えたらアッ君も杏里ちゃんも別にいいって、一緒に来るって言ってくれたの。わたしは二人を巻き込んでるのかもしれないけど……だけど、二人がそれでもいいって言ってくれたなら、それを信じようと思うんだ。……その上で」


 春空の瞳が、ディオンに真っ直ぐな光を投げかけていた。


「勝手なのは分かってるけど、わたしはディオとも一緒に行きたいな。なるべく迷惑はかけないようにするし、途中で危ないことがあったら見捨てていいよ。わたしに何があっても、最悪死んじゃったりしても、ディオは気にしなくていいから」


 猛烈に物騒なことをさらりと言って、窺うような表情になる。


「……ダメかな?」


「……お前、実は人の話を聞くつもりないだろ」


 ディオンは低く唸った。嫌だと言えばいい。内心ではそう思う。何をどう勘違いしているのかは知らないが、ククは「ディオンは気を遣ってくれている」などという、おめでたい考え方をしているようだ。その誤りを正して、単純に迷惑だと突っぱねれば、彼女の論点のずれた説得も退けることは可能だろう。


 だが――もはやそれさえも面倒だった。


「勝手にしろ」


 言い捨てて、ディオンは立ち上がった。

 少女の表情を確かめない内に背を向け、宿の裏口に向かって歩き出す。開け放したままだった扉に手を掛けると、「ありがとう」と穏やかな声が投げられた。


(ありがとうじゃねえよ……)


 内心で頭を抱えたくなる。礼を言うぐらいなら謝ってくれ。そう難癖をつけるか悩んでいると。


「……それと、眠れなかったのは本当だよ」


 やっぱ怖いんだが。


 ディオンはぼやき、この恐ろしい少女の元から立ち去った。




 翌日は青く輝く晴天だった。

 ディオンは巨大な両手剣を背負い、宿を出た。街道へ向かう坂道を慣れた重みを感じつつ歩いていると、自然、意識も冴えてくる。もっとも、気分は冴えないままだったが。


「ディオ!」


 背後から軽快に駆け寄ってくる少女が一人。春の陽気のような気配がディオンの隣に並んだ。


「……まだ出てなかったのか」


「ちょっと忘れ物しちゃって。みんなに置いてかれたかと思っちゃった。ところで、いっこ質問してもいい?」


「嫌だ」


「どうしても?」


「……何だよ」


「どうしてディオはあのゲート26にいたの?」


 今更だなと答えると、今更だけど、とククは眉を下げた。


「聞こうと思って忘れてたの」


「別に理由はない。たまたま行き着いたからだ」


「それだけ?」


 それだけだ。

 金を稼がねば食えぬから稼ぐだけ。稼ぐために町にいるだけ。その町はどこでもいい。ゲート26に何か大切なものがあったわけではない。大切なものなど、どこにもない。

 ククは納得したのか、もう何も言わなかった。



 坂を上りきると、舗装された道の先に石造りの門が見えてきた。近くに人影が二つ、並んで立っている。生意気そうな少女と生意気そうな少年だ。

 面倒になったら逃げてしまおう。

 ディオンが密かに決意を固めていると、


「杏里ちゃん! アッ君!」


 まだこちらに気付いていない二人に向かって、ククが大きく手を振り、駆け出した。青い蝶の髪飾りが陽光に反射して、眩しく煌いている。


「クク! 遅いわよー」

「ごめんごめん! あ、アッ君待ってよー!」


 騒がしい二人の少女と、すべてがどうでもよさそうなもう一人。彼らはディオンにとっては他人の極みだ。関わりたい、近付きたいなどとは到底思えるわけもない。


 けれど。


「ディオも、早く!」


 春風があまりにうるさいから。


「……今、行く」


 仕方なく、ディオンは歩き出した。

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