ほんとにあほのこ
なにはともあれ、命の危機は去った僕の生活は相変わらずだった。
アナとダキに世話を焼かせながら、いろいろなことを教えてもらう。
アナに僕が話しかけた時から半年も経つ頃にはそれなりの会話をするようになった。
うん。会話ってのは偉大だね。
聞きたいことがいくらでも聞ける。
とりあえずの命の危機は去った、とはあくまでアホの子だから処分ルートがなくなっただけで叔父様という脅威は去っていない。
だけど、直接アナ達に叔父様のことや家庭事情を聞くのも年齢ゆえに難しい。
これが昔から頭のいい子供であれば、いくらかオブラートに包んで聞くのもありなんだが、あくまでも僕は「アホの子」なのだ。
それに話し始めたころから始まった両親たちとの食事では、忙しくなったとかの理由で最近すっかり両親の姿を見なくなっているので、両親からの情報収集もできなくなっている。
命を守るために必要な情報が得られないというジレンマを感じながら、今は叔父様に懐いて好感度を上げるしかなさそうだ。
それじゃあ、何を聞くか。
自分の命が危なすぎるせいで忘れがちだったが、この世界には魔法というものがあるのだ。
今の状況がどうにもならないのであれば、自分の興味を優先させるしかない。
本当に現状僕にはなすすべがないのだ。
まあ、自分に対する言い訳っていうのはわかっているが、4年間も我慢したのだ。
ようやく、魔法について聞けるようになったのだから、これくらいは許してもらってもいいだろう。
ということで早速行動。
この世界の魔法ってのは、普通の生活に密着しているので、アナたちも毎日使っている。
部屋を暖めたり冷やしたり、灯りを点けたり、ものを持ち上げたり。
漫画のように派手なものではないのが残念だが、魔法というだけで十分すぎる程のテンションが上がる。
最近は文字を覚えさせることを主体としている本の読み聞かせの最中、物語が一段落したところだ。
「アナ。僕も魔法使いたい。」
「まあ、坊ちゃん。魔法は危険ですからね。もっと坊ちゃんが大きくなってからにしましょう。」
その一言でバッサリだった。
その後、一時間くらい駄々をこね続けたがダメなものはダメです、とのこと。
理由を聞いても危険です、の一本調子。
アナが困り果てているのはわかるがここは譲れないのだ。
なんたってもう四年も待っているのだ、これ以上は譲りたくない。
その意思を瞳に乗せ、必死に抵抗を続けていると、やっとアナから譲歩を引き出せた。
「わかりました。では、旦那様達に相談してきます。旦那様達も反対なさるでしょうが、坊ちゃんがとても教えて欲しがっていたとは伝えておきますから、それで我慢してください。」
「むぅ、わかった。」
責任転嫁、という一言が思い浮かんだが、危険なことと言っているものを使用人一人の判断で練習させることはできないというのもわかる話だ。
というか、元々両親から禁止されていたのかもしれない。
なにはともあれ、これでダメなら両親にも徹底的にゴネなければいけないな。
アナに駄々をこねてから、一週間。
未だにアナから答えがない。
毎日のように
「お父様はなんて言ってた?」
「すみません。旦那様は大変忙しいようでまだお話してきておりません。」
という会話が繰り返されている。
僕が苛立っていることにはアナも気づいているようだが、進展はない。
今まで信用できなかったので最低限の会話しかしていなかったダキにも応援を要請した。
「早く魔法使いたいから、ダキもお父様に言ってよ!」
「ふむ、珍しい……。いえ、ただアナの言うとおり旦那様は今大変忙しくしており、私もアナも最近は旦那様とお会いする機会がないのでございます。」
普段はこちらから話しかけないダキに話しかけたことで、ダキはとても驚いてはいたが、回答はアナと同じ。
お父様と話がしたい。
「魔法のことは旦那様がいらっしゃらないとどうにもなりません。坊ちゃんは他にもやらなければいけないことがたくさんあるのです。さあ、今日は本は使わず文字の練習をしましょう。」
「むぅぅ。」
顔をしかめてもどうにもならない。
新しいことに飢えていると思われているのか、ここ一週間はこれだ。
文字の練習をさせられている。
まあ、必要なことはわかるので、一度始まってしまったらおとなしく文字の練習を続けているがこのまま魔法ができないのは苦痛だ。
文字の練習は順調だった。
言葉と違って、何もわからないところから始まるのではなく、すでに発音や文法については身についているから、あとは文字を覚えるだけでいい。
慣れない羽ペンにも慣れてきて、まだアナたちには話していないが簡単な文章なら書けるようになった。
そして、魔法についての欲求が高まった結果、つい『魔法を早く教えて』と書いてみた。
この進行速度はアナやダキにも想定外だったようである。
というか、僕もやってからヤバイと思った。
魔法に執着しすぎたせいか、アホの子作戦を完全に忘れてしまっていた。
アナとダキが目を合わせて驚いている姿を見て、
「飽きた」
といって、木片に書いた文章をグシャグシャにしてお茶を濁した。
さて、まともに会話ができるようになって半年ちょっとの幼児が1ヶ月くらいの練習で突然文章を書き始めるとどう思うだろう。
いくらそれまで本の読み聞かせなどで文字についての勉強についても並行してやっていたとしても、さすがにまずい行動なんじゃないだろうか。
しかも、今まで練習していたのは文章ではなく、文字の練習しかしてきていないのである。
というか、一旦冷静によく考えていみると、普段から行儀を悪くする、ダダをこねるといったアホの子的な行動はしているが、最近これといってアホの子的行動はしていない気がする。
特に会話だ。
最初は処分が迫って会話し始めた。
これについてはまあしょうがない。
ただ問題はその後、呼びかけたアナたちが泣いて喜んでくれたことが嬉しくなって、次々と話しかけてくれるアナにそのまま言葉を返していた。
そしてその返事に喜んでくれるアナの反応がうれしくてそのままなあなあになっていた気がする。
それでいつの間にか引き際がわからなくなっていた。
実際の幼児が会話を始める時期がわからなくて、話しかけられるがままに会話をしてしまったことが原因だ。
それで今まで自然に会話をしてしまっていた。
そして、今ではスラスラと自分の要求を文章にして見せた。
今頃アナとダキは大騒ぎだろう。
そこまで考えてみるとひとつのことに気付いてしまった。
……アナが魔法を教えようとしなかった理由ってこれじゃね?
話し始めるまでは遅かったけど、あっという間に会話できるようにまでなった坊ちゃん。
それが魔法を教えて欲しいと言う。
普通に苦労しながら身に付けたりする分にはいいが、もし、順調にいってしまったら?
こいつ有能じゃね?
よし、ヤっちゃおう。
それなのに、僕といえば『憧れの魔法を使いたいじゃん?』という思いで、パッと文章まで書いてしまった。
うっわ、やべー。
自重しろよ僕……