あほのこのゆくえ
さて、さらに数か月。
絶賛アホの子作戦は継続中である。
僕はまだ立派なベビーベットで寝起きしている。
何が問題かって、未だアナにベビーベットの柵の中から出してもらわないと自分の部屋も動き回れない。
立派なベビーベットだなとは思っていたが、元々ある程度落ち着くまではこのベットの中で面倒を見ることにしているのだろう。
アホの子作戦の甲斐あってか、お父様、お母様とのただでさえ少ない接触が極端に減った。
アホの子に用はないということだろう。
今まともに僕の相手をしてくれるのはアナと叔父くらいのものだ。
そう、クーデターを企んでいるはずの叔父も僕に対して、未だに構ってくれる。
一番関わりたくない人物なはずなのだが、今でも僕の部屋に来ては僕の顔を見ては本を読んでくれたり、遊んでくれる。
まあ、何か敵意のようなものも感じないし、噂話を聞いてさえいなければただの人のいい叔父なのだ。
ただ、今はあまり関わりたくない。
アナ達にはまだ僕が言葉を理解していることはバレていない。
未だに僕の部屋近くで井戸端会議が行われていることからも明らかだ。
しかし、今ではこの井戸端会議での情報が段々と少なってきている。
さすがに僕も大きくなってきたので警戒しているのかもしれない。
ただ、いつまでも言葉が理解できないっていうのもうまくないと思い、最近はアナの言葉に対して簡単な返事を返すようにしていた。
その影響もあってか、もっとヤバイ内容の井戸端会議は別の場所でするようになってきたのだろう。
最近はどうでもいいような話しくらいしか聞けなくなってきた。
かと言って、この井戸端会議が完全になくなれば僕の情報源は絶たれる。
全く情報のない状態というのも怖い。
だから、僕は今日もアホの子を続けている、というかはっきり言ってやめ時がわからなかった。
どうも、アホの子です。
最近、屋敷というかアナの雰囲気がおかしい。
なんか、ため息とか増えて、暗い感じ。
なんだかんだ言って思春期の女の子。
恋愛だなんだと忙しいのだろう。
幼児である僕には何もできない。
誰か他の使用人に思い人でもいるのか。
それともありがちな王子さまに恋するとかだろうか。
どっちにしろ僕にできることはないのだ。
心配はするけど、他になにかすることもなく、いつものようにおとなしくアホの子でいよう。
さて、アナの様子が変わってから一週間ほど経った。
アナは相変わらず落ち込んでいる様子。
一週間アナの様子を見てきて気づいたことがある。
アナは僕の方を見ながらため息をする。
アナは僕に話しかけながら泣きそうな顔をする。
どことなく僕に向ける目も変わったような気がする。
こう、なにが変わったかってのはわからないんだけど、なにか違うのだ。
母性に目覚めたとかだろうか。
それならわかる気がする。
なんたって今のアナは僕にとって本当の母親以上に母親をしているのだ。
いつまでたっても成長する気配のないアホの僕についての育児について思い悩んでも仕方ない。
もしかしたら、僕の将来について母親以上に思い悩んでいるのかもしれない。
それなら申し訳ないことをしているなぁ、とは思う。
ただ、僕には僕の考えがあってアホの子を演じているのだ。心は痛むがしょうがないことなのだ。
今日はついにアナの目からポロポロと涙が溢れた。
「坊ちゃん、アナはどうしたらいいのでしょうか。
アナには坊ちゃんを守りきることができるでしょうか。
まだ坊ちゃんの今後を判断するには早すぎます。
何もできないアナをどうか恨んでください。」
ポロッと、アナがそんなことを口にした。
普段はニコニコと笑っているアナ。
ここ一週間だって弱音のようなことを言ったことはなかった。
涙を流しながらなぜか僕に謝っている。
「アナ、アナ?」
言葉は話せない設定なので名前を呼ぶだけ。
ただ、その声でアナはハッと顔を上げると涙を拭いた。
「すみません坊ちゃん。
すこし休みますね。」
そう言ってアナは僕を抱えてベビーベットに運び、部屋を後にする。
…………ん?
どうもアホの子です。
アナが情緒不安定についてなんだが……
よくよく考えてみると、昔の日本には無能をキュッと絞める文化があったのだ。
この世界でもそんな文化があってもおかしくはない。
それを踏まえてアナの先程の言葉を考えてみると、もしかして僕の命が秒読みに入ってる?
常々アホの子作戦のやめ時を見失っていたがいつの間にこんな自体になっていたのか。
というか、アナが教えてくれなければまだ呑気にアホの子をしていた。
このままでは叔父に殺される前にお父様に殺されてしまう可能性が高い?
次の日、見るからにアナはやつれていた。目の周りにはクマができている。
外の空気でも吸ったほうがよさそうだと、屋敷の庭をアナと連れ立って散歩。
ベンチで日向ぼっこをしていると、アナがこっくりこっくりとうたた寝しだした。
「ごめんなさい。坊ちゃんごめんなさい、、、、」
寝言でも僕に謝っている。
ふと、庭の片隅にほかの使用人たちの姿が見えた。
そっと、アナの近くから抜け出し、その話耳をすませるとなんでも、
「坊ちゃんはもうダメかもしれない。近々処分されるそうだ。」
「いくら領主様でももうかばいきれないそうよ。ゲントル様もいらっしゃるから……って。」
「今坊ちゃんの味方をしてくれているのは、アナくらいのものでしょうね。」
「そうでしょうね。アナもどうなることやら。まだ若いのにねぇ。」
「アナもうまくやらないから。ダキなんて誰よりも早く逃げ出していたのに。」
……とのこと。
いつの間にか僕の世話をしてくれていた人が減っていき、アナだけになっていたのはアホの子作戦が問題だったらしい。
なにがこの世界の子育て方式だ。普通に逃げられていただけだった。
領主の息子ってだけで世話をしてくれていた人たちが危険を感じて、早々に辞退していき、不幸にも辞めるタイミングを逃したアナだけが僕のために世話を続けていたということだ。
そして、アナも領主の息子を出来損ないとしてキュッとしなければいけなくなった責任を取らされるのは当たり前とのこと。
そりゃあ焦るわ。そんでもって泣くわ。
……ずいぶん気付くのが遅れていたみたいだ。
もう少し余裕をこいていたら、幼児のまま第二の人生が終わっていたという事を再確認した。
やばい、まじでやばい