これぞふぁんたじー
転生。
昔からよくある設定で、最近は漫画やアニメなんかで増えてきている。
転生した人物はみんな何かの力を与えられていて、生まれ変わった世界では内政なり、純粋な力なりで無双する、ってとこまでがテンプレだ。
基本的なものでは神様的な存在によって力を与えられるのだが、どうやらそれは自分には当てはまらないらしい。
まあ、それはいいとして、転生っていうからには前世で死ぬ、ってのがそのきっかけになっているはずだ。
だが、自分が死んだという記憶がない。
というか、記憶自体が結構曖昧だ。
来年の就活どうするかなぁ、とか考えていたのはなんとなくだが覚えてはいるが、最後になにをしていたとかの具体的な行動が思い出せない。
転生した、という事実があるのだから、元の世界の自分に何かしらの事件や事故があったのだろうとは思う。
しかし、いまいち実感がわかない。
……なんとなく家族には申し訳ないなあとは思うものの、どうも実感がわかない。
大学まで通わせてもらいながら、何の恩返しもできなかったし、子供が親より先に逝くというなにより親不孝なことをしているはずなのだが、いまいち実感がない。
後悔というものはどうも実感や体験に基づかなければ、感じようがないらしい。
義務感から後悔するっていうのも何か違う気がする。
まあ、当面自分にとって一番大事なことはこれからどうするかだ。
そんな思考もどうやら現在赤子の身体である自分にとってはすこし負担が大きいようだ。
避けようのない眠気に襲われ、抗う術もなく、すぐに眠りに落ちた。
赤子の身体では満足に考えることも出来ない。
そもそも脳の成長が追いついてないのか、何か考えているとすぐに眠気に襲われる。
赤子は寝るのが仕事、というが、今の自分には本当にそれ以外にできることはなさそうだ。
目は何とか周りが見えてはいるが、入れ変わりいろんな人が俺の顔を見に来るのがわかるだけで、どんな人なのか、ここがどこかなのかはわからない。
耳もだんだん聞こえるようにはなってきたが、なんだか耳鳴りがするし、ぼんやりとしか音が聞こえない。
そしてなにより言葉が全く分からない。
……こういう時って言葉は最初から分かるようになっているんじゃないの?
そんな不満を抱えつつも、ただただ、赤子になされる世話を自分が不自由なく受けているということだけはわかる。
それに対して羞恥心をあまり感じないのは、心も赤子基準になっているのか、自分が諦めの境地にいるのかはわからないが、それでもあまり気分のいいものではない。
そんなどうにもならないことを考えていると、寝落ちするっていうのが最近の日常である。
自分が転生したと気づいてからまた少し時間か経ち、若干だが身体の成長があった。
目と耳がちゃんと見えるし、聞こえるようになってきたのだ。
テンプレ通りといえばいいのか、自分がいる場所は西洋風の屋敷の中の一室、そこに置かれている大きめの立派なベビーべッドの中だということはわかった。
よく部屋に出入りしているのは女性が4人と男性が5人。
今まではぼんやりとしか見えなかったからどんな服装かまでわからなかったが、女性は服装から使用人っぽいが3人と貴族っぽい人が1人。
使用人っぽい3人は乳母のすこし年のいった人が一人とぱっと見14、5歳くらいの人が二人、貴族っぽい女性は他の人たちの反応や距離感からどうやら自分の母親らしい。
五人いる男性はその内の三人は執事みたいな感じで、三人の女性と一緒に自分の面倒を見てくれている。
それ以外に二人いる男性は身分の高そうな服装をしていて、その二人は顔立ちから親戚関係にある人物だとわかる。
母親との距離感でどっちが父親なのかはわかったので、もうひとりは多分叔父あたりになるのだろう。
まあ、両親といってもほとんど自分に会いに来ることがないのだ。
今までの生活で一番接している使用人の女性と両親では時間的には十分の一にも満たないと断言できるくらいには会いに来ることが少ない。
大体が自分の顔を覗き込んで、ウフフ、ってな感じで笑っているくらいだ。
むしろ、親戚のおっちゃんのほうが様子見に来ることのほうが多いくらい。
両親らしき人物の格好から、自分はそこそこの身分の家に生まれることが出来たのだとわかった。
会いに来る頻度が少ないのは使用人たちの様子を見る限り、これがこの世界のデフォなんだろう。
特に不信感のようなものは感じないし、この世界では普通に愛されている子供といった感じだ。
それにしても、父親の親戚のほうが会いに来る機会が多いってのはどうなんだ?まあ、これもこの世界では普通のことなのだろう。
ともあれ、これがたまたま幸運で貴族の家に生まれたのか、転生の恩恵なのかはわからない。
それでも、最初から詰み、という状況だけは回避できたのじゃないか?テンプレ中世世界だったら生まれ次第で即死とかは普通にありそう。
実際にあったことはないが神様に感謝しておきたい気分だ。
……前世で自分が死んだのだろうという事実がなければ、だが。
さて、自分の思い出せない前世の最期のことは置いておいて、重要なのは今だ。
なにがなんだかわからないが、とりあえず前向きに考えよう。
何と言ってもこの世界には魔法ってものがあるのだ。
流石異世界。これが異世界の醍醐味ってやつだろう。
日常的に使用人たちが使っているので、もはや驚きはないが、やっぱり感動する。
魔法の世界にそこそこの身分に生まれて、才能に恵まれている。
その上早熟で、この世界にはない知識でいずれは英雄とか、そんな存在に……
というのは、ある種のお決まり事なのだ。
となれば、自分にも魔法の才能とやらがあると思ってもいいのではないか?
訳も分からず、こんな事態になったのだから、それくらい期待してもいいじゃないか。
今の時点では身体は動かせるようになってはきたが、できることは地面を這いずることくらい。
しかも、それもベビーベッドの柵に阻まれ、実際にはすこし大きめのベビーベッドの中で外の様子を眺めることくらいしかできない。
ただ、あと一年も経てば、数ある主人公たちのように魔法を極め、現代知識で神童の道を歩き、ゆくゆくは英雄となるのだ。ああ、これから俺の英雄譚が始まるのだ。
そう、今の自分は眠れる獅子なのだ!待ってろファンタジー!!