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魔女とカナリア  作者:
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へたくそな歌

  薬を作るところを見てみたい、とふじに言われたのが先日のことだ。村へ買い物へ行った後、気になっていたらしい。

  とはいえ、薬の製法などつまらないものだ。それに魔女でなければどのみち効果の高い薬は作れないのだから、覚えたところで役には立たないだろう。しかし何にでも興味を持つことは良いことだ。

  ふじはあまり入ったことのないわたしの仕事部屋に来ると、落ち着かない様子できょろきょろと室内を見た。珍しいのだろう。薬を作る薬草や、新しい魔法の研究の為の道具が色々ある。好奇心のままに置いてあるものを勝手に触らないあたり、きちんとよく出来た子だ。よしよし。

「さて、ふじ。今日作るのはそのうち村に納める解熱剤だ。薬自体は一般人が作る方法とそう変わりない。魔女の薬というのはその最中、少しだけ魔法で効果を高めるだけのものだよ」

  効能や相性によって使用する薬草や製法が少し変わる。けれどその違いは大きなものではない。わたしの場合はまず薬草を数種類ブレンドして切り刻み、それをよく煎じてから濾す。わたしは苦い薬があまり好きではないから、効能を持った薬草の他にも味や香りを柔らかにする薬草も混ぜて入れている。良薬口に苦しとは言うが、苦く作らなくて済むならその方が良いじゃないか派だ。

  ちなみにだが薬草はわたしの家の庭で育てられたものだ。少し薬草自体にも魔力を与えている為、一般に栽培され流通している薬草よりも素の効果も高い。

  すっかり雑味のない液体になった薬を小さな瓶に移す。ここからが魔法の出番だ。

「このまま出しても立派な薬だが、これに魔法をかけることでより薬が体に馴染みやすくなる。魔法をかけるタイミングは魔女によって違うらしいが、わたしは最後の仕上げのつもりでかけている」

  ふじは終始大人しく、けれどまじまじと一連の流れを観察している。好ましいことだ。

  わたしは左手を左胸にあて、右手を薬に向ける。左胸には、魔女の刻印がある。魔女の魔力の源はそこだ。集中する時は手をあてた方がいい。

  魔法を使う時に、詠唱も魔法陣も特に必要はない。正確に言えば新しい魔法を研究するには非常に重要なものだが、自身の頭の中に詠唱や魔法陣が描けるようになり、魔力の流れを把握出来れば、必要ない。そこに至るまでが長いのだ。

  薬や生活魔法に関しては使い慣れているから詠唱は不要だ。大した魔力を使うわけでもないから、もはや息をするように使えると言っても過言ではない。

  無事に薬には魔法がかかり、瓶の中の液体が少し澄んだような色合いに変化する。見た目にはまあ、大して変わりはない。

「ふじは、魔女の印については知っているか?」

  わたしの問いに、ふるふると頭を振る。

「たまに魔力持ちの人間も生まれてはくるが、基本的に魔法を使えるのは魔女だけだ。カナリアが生まれた時からカナリアの印を喉に持つように、魔女も生まれた時から左胸に魔女の印を持っている。この印がなければ魔法はうまく使えないんだ」

  着ている黒のワンピースの丸襟の部分を自分で引っ張り、胸元をふじに見せる。左胸にはくっきりとした漆黒の印がある。

「この印は生まれた時には薄く掠れた赤色なんだ。母親から継承することによってはじめて一人前に……って、どうしたふじ」

  ふじは片手で自らの目を塞ぎ、もう片手でわたしの体をぐいぐい押して何かを訴えている。口がぱくぱくと動いてはいるが、声が出ないので何を言いたいのかはさっぱりだ。いつもより顔が赤いように見える。

「可愛いな」

  自然と表情が緩むのがわかる。そう、ふじは可愛い。だがそう話すと驚いたように目を見開いた後、今度はなんだか少し不服そうにふじは視線を逸らした。



  日々は穏やかに過ぎていく。すっかり元気になったふじはわたしの手伝いと勉強をしながら、この家を出て行くことはなかった。笑うことも増えたように感じる。けれどこのところ、何か考えているようで。心ここに在らず、という雰囲気の時が時折あった。

  そんなある朝、起きるとげほげほとむせる音がした。家にはわたしとふじしかいないのだから、その咳をしているのは必然的にふじということになる。

「どうした?大丈夫か?」

  近付いて背中をなでる。ふじはこくこくと何度も頷くが、まだ苦しそうだった。

  咳が落ち着いた頃、ふじはノートを手に取る。涙目になりながら伝えたいことを文字にしていく。

『声を出したいと思ったんです』

  短いながらも綺麗な字で綴られたそれに、わたしは驚いた。ふじと暮らしてからこれまで、声を出したいと言われたのははじめてだった。最初の頃は意思疎通にそこそこ苦労もあったりはしたものの、今は文字の読み書きも出来るから不便はない。

「急に、どうしたんだ?」

  カナリアとしては当たり前の欲求だ。けれど、ふじは一般的なカナリアとは少し違うと思っている。

  わたしの問いに対してふじは迷いを見せた。話したくないことなのかもしれない。きゅっと唇を引き結び、ペンは持っているが動かない。

「ふじ自身が、声を出したいって思っているんだな?」

  この質問にはすぐに頷くし、迷う様子もない。わたしの預かり知らないうちに誰かに脅されただとか、傷付けただとか、どうやらそういうことではなさそうだ。

「少し遠出をして、医者にかかるか?」

『身体的には問題ないはずです』

「そうか」

  ふじは自分の状態をよくわかっているらしい。確証を持った返答だった。

  わたしは仕事部屋に行き、あるものを取ってくる。つまるところ、いつふじがそうしたいと言ってもいいように準備だけはしていたのだ。だいぶまったりゆっくり過ごしてきたから、使わないのではないかと思ったりもしたが、日の目をみることになって嬉しい。

  瓶に入った、いっぱいの飴。色んな色をつけてみたが、効能はどれも一緒だ。それを瓶ごとふじに手渡す。

「魔法は万能じゃない。何もかもを綺麗に治す力は滅多にないし、わたしには使えない。だが、手助けをすることは出来る。この飴は喉の痛みを緩和する。しばらく出していなかった声を急に出せばそうなるのは当然だ。体の本来持っている治癒能力を少しだけ助けてくれる。朝昼夜の三回、舐めるといい」

  準備されていたことに、少なからずふじは驚いたようだ。泣きそうに眉を下げ、震える唇が今はまだ聞こえない言葉をかたどる。『ありがとう』と。


  それからは声を出す練習がはじまった。

  わたしが出来ることはあまりない。医師ではないし、せいぜい知っている知識で多少なりのアドバイスをするくらいだ。

  声にならない、掠れた音がよく耳に届く。

  けれど一週間経っても、一カ月経っても、一向にまともな声は出せないままで。ふじの表情はかなり翳っている。

  焦ることはない、と言っても慰めにすらならない。声を出せない原因の一つに心因性のものがあるとするならば、焦ることは決して良い結果を出すとは思えない。

「ふじ」

  わたしでさえそう考えるのだから、ふじだってきっとそのことはわかっている。その上で焦っているのなら、声を出したいというのは本気の願いなのだろう。呼び掛けには反応するものの、落ち込んだ暗い瞳は取り繕えないままわたしを見つめる。

「気分転換に、何か育ててみないか?」

  ふじの手を引き、庭へと連れ出す。広い庭にはわたしの育てている薬草と、野菜がある。

「わたしも新しい魔法がうまくいかない時はかなり焦ったり、イライラしたりする。そんな時の気分転換にこれらを育てはじめたんだが、これが結構良いんだ。ある程度魔法で育てやすい環境は整えているが、これらはわたしの手が掛からずにいれば枯れてしまう。そういうものを、ふじも少し育ててみるといい」

  わたしの話を聞くと、ふじは庭の薬草に触れる。元気に育っている薬草だ。瑞々しく、生きている。

『食べられるものを作りたいです』

  やがてふじがノートに記した言葉は、わたしの提案を受けるものだった。僅かではあるが、先ほどより表情も明るく見える。

「そうか。わたしは、何か手助けをするか?」

『魔法には頼らずに、土から作ってみます』

「それは良い」

  嬉しいことだ。嬉しくなってふじの頭をなでると、くすぐったそうにふじは目を細めた。


  庭の一部をふじの家庭菜園に。恐らく何かを育てることははじめてのふじは悪戦苦闘しながらも、一生懸命に取り組んでいる。

  本を読み、土を耕し、種や肥料を準備し。ささやかなスペースではあるものの、魔法には一切頼っていない、ふじだけの家庭菜園だ。

  勿論声を出す練習は変わらず続けている。結果はまだ芳しくはないが、以前に比べれば咳が出る頻度は減ったのではないだろうか。たまにわたしが魔法で老婆の声に変換した時のような、しわがれた音が発せられることがある。そうした音に鳴る回数は増えたと思う。喉の痛み緩和用の飴も少しずつ改良を重ねながら様子を見た。

  何かを育て生み出すことに、ふじも意味を感じているようだ。壊れてしまいそうなほどに追い込まれながら声を出す練習をしていた姿はもう見えない。今日の朝などは嬉しそうに、ふじの家庭菜園にはじめて芽が出たことを報告に来たくらいだ。まったく微笑ましい。

「……ふじは、すごいな」

  魔法も使わずに純粋に自分自身だけで、この小さな芽を出した。このまま順調に育ってくれたらいい。

  ふじは一旦家の中に戻ったが、わたしは何となくこの家庭菜園の芽を眺めていた。そういえば、音楽を聴かせるとよく育つ、と本に書いてあった気がする。本当かどうかはわからないが。けれど魔法で手助けしないぶん、わたしだって少しは別の形で応援したい。

  どうせここにはわたしとふじしかいない。そのふじも家の中にいるから、わたしが今ここで歌ったところで大して聞こえはしないだろう。

「大きく育てよ」

  歌にあまり詳しいわけではないから、知っているフレーズを口ずさむ。曲名なども全然知らないが、やさしく柔らかな音が気に入っていて、鼻歌程度ならば余裕で口ずさめる。穏やかな曲調だから芽の成長にも良さそうではないか、と自画自賛してみる。

  うん、結構楽しいな。

  ふと気付くと、いつの間にかふじが外に出てきていた。歌っているわたしを見て驚いたようにしている。けれどわたしはつまるところ現在非常に楽しい。もうしばらくはこのまま歌って、芽に聴かせてあげたいものだ。だからふじへの説明は後回しにして、良い気分のまま歌い続ける。

  すると、おずおずとふじの口が開く。

  歌おうとしているのか、一緒に。

  まだ、大した声にはならない。けれど途切れ途切れにしわがれて掠れた声がわたしと同じ曲を紡いだ。

  ああ、何だろうか、この感覚は。とても嬉しい。ふじに対してカナリアとしての歌を求めているわけじゃない。しわがれていたって、掠れていたって、ほとんど音にすらならなくたって、わたしはふじが一緒に歌ってくれることが嬉しい。


「へたくそな歌ねえ」

  歌い終えると、そう声が聞こえる。

  わたしでもふじでもない第三者の声に、ふじはびくりと体を震わせた。わたしは知った声だから今更驚きはしないが。

「何の用だ」

「あら、ひどいご挨拶ね。久しぶりに遊びにきたのに」

  くすくすと妖艶に笑う声の主は、わたしと同じ魔女だ。


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