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魔女とカナリア  作者:
3/4

魔女とカナリアの攻防

  今、わたしの目の前には怒ったような顔をしたカナリアがいる。保護してから初のお怒りである。

「いや……いや、そんなに怒るようなことか?」

  恐る恐る問いかけてみるが、ふじは頑なだ。何だろう、この居候からのすごい威圧は。声を発さないから余計にそれを感じる。

  事の発端は些細な会話だった。

  このところふじはよく本を読み、部屋にいる。読んでいた小説があまりにも面白かったのか夜更かし気味だったふじに、わたしはそろそろ眠いと告げた。そこのソファーで眠るがいいかと。そう言ったところ、ふじは驚愕といったふうに両目を見開いた。

  わたしは一人暮らしだ。そして怪我をしたふじに寝室は譲っている。とすれば他に寝る場所といえばソファーくらいしかないだろう。わたしは別にどこでも眠れるので気にしていない。読書部屋のソファーは大きくてふかふかだから、結構快適だし。

  ふじはそれを聞いた時自分がソファーで眠ると主張したが、まだまだ回復の途上だというのにそれは看過できない。…………と話したところ、こうである。とりあえず昨夜はふじはベッド、わたしはソファーで寝たのだが、朝食時にこうなったのである。

  ちなみにだが、怒っていてもふじには可愛らしいという印象しか抱かない。相変わらず肉づきが悪く心配するほど細いから、迫力というものに欠けている。もちろん、出会った当初に比べれば随分顔色は良くなったし、少しだが骨と皮状態からは脱却をはじめているのではないだろうか。

「ううん……なら、ふじのベッドを買ってくるか?片付ければふじの部屋を作れるだろう」

『いいんですか?』

「構わない。ふじが良ければな」

  この提案はどうやらふじの意向に沿ったらしい。雰囲気が少し穏やかになった。

「ちょうど食料も少なくなったところだしな。ついでに色々買ってこよう。ふじの服もあった方がいいだろうし」

  ふじは最初に着ていた服しか自分のものは持っていない。わたしと体格が近かったから男の子でも着れそうなものを見繕って貸していた。ふじも文句を言うこともなく着ていたから気にせずにいたけれど、買い物に行くならついでに買った方がいいだろう。

『お買い物に行くんですか?』

「ああ。森を出て少し行ったところに村がある。そんなに大きい村ではないが、生活するのに必要なものは大体揃う。ベッドは街まで行かないとないかもしれないが……。ふじも行くか?」

  少しの間の後、こくりと頷く。迷ったのは行ってみたいという気持ちと、危険かもしれないからどうしようという気持ちがせめぎ合っていたのだろう。

「それなら、喉の印は隠そう。首まで隠れる上着と、マフラーを巻くといい。不安なら帽子も。食器を片付けたら、わたしも着替えてくる」

  家にいる時はわたしは専ら動きやすい黒服だが、外を歩くのに全身黒では少し目立つ。だから出掛ける時は着替えるようにしていた。

  領主、村民とは不可侵条約を結んでいる。わたしは村に危害を加えない。だから、村もわたしを放っておいてくれと。その条約がある限り攻撃されることはないだろうが、見目から魔女だとすぐにわかると面倒だ。ここ以外ではひどい迫害にあう魔女もいる。怪しげで不気味な魔女は、好かれる方が稀なのだ。

  杖は目立つから持っていけない。一応護身用に、桃色の石のペンダントを首から下げる。何もないよりはあった方が、魔法を補助してくれるから。

  シンプルなアイボリーのワンピースに黒色のカーディガンを羽織る。目立つ桃色の長い髪はどうしようもないが、黒のキャスケットを目深に被った。それからバッグにお金と、薬を入れる。

「ふじ、準備は出来たか?」

  ふじの様子を見ると、準備は出来ているようだった。喉元は服とマフラーですっぽり隠れている。帽子は被っていないが、まあ帽子程度でカナリア特有の美麗さを抑えつけられるわけもない。これに関しては仕方ない。

「念の為、これを首から下げておくといい。わたしの魔力が少し入っているから、お守りになる」

  わたしがつけているものと同じ石がついたペンダントだ。これがあればある程度の怪我からは守ってくれるし、はぐれても居場所がわかる。

『頂けるんですか?』

「ああ」

『ありがとうございます』

  すらすらと流暢にノートに文字を書く。その後一度マフラーを外してペンダントを首から下げて、またマフラーをぐるぐるに巻く。

「先に言っておくが、魔女は人間から良く思われてはいない。不可侵条約を結んでいるから表立って何かされることはないが、歓迎されているわけではないことを承知しておいてくれ。人も、悪気があるわけじゃないんだ」

  こくり、と頷く。

「よし。じゃあ行こうか」



  森には結界が張ってあるが、わたしと一緒ならば問題はない。元々、出るだけなら容易くしてある結界だ。家を出て大して歩かないうちに森を抜ける。

  道に出てしばらく歩けば、集落が見えてくる。森から一番近い村だ。

  村へ入ると、そう経たないうちに視線が集まる。村人はそんなに多くはないけれど、不躾な視線は落ち着かないだろう。そう思ってふじを見ると、物珍しげにきょろきょろと頭を動かしていた。どうやら視線よりも好奇心らしい。

「まずは薬屋に行くぞ」

  迷子になる、なんてことはないだろうが、一応行き先を告げる。

  村人がふじがカナリアであることに気付いているかどうかはわからない。見た目は人と変わらないし、喉の印を見なければわからないことだから。ただ日頃から不気味な魔女がやたら綺麗な連れと歩いていたら、気にはなるものだろう。

  しばらく歩くうちにふじも向けられる好意的とは言えない視線に気付く。悪意とまではいかなくても、畏怖という表現が最も近いだろうか。大人は遠巻きに見て、子供はその異様な雰囲気を感受してこちらには向かってこない。

  村の中ほどまで来たところに薬屋はある。そこに入るといつも通り、くすんだ赤毛の少しふくよかなおばさんがいた。

「久しぶりじゃない」

  おばさんは驚いたように目を開いた後、そう口にする。

「それに、連れがいるなんてはじめてだね。どうしたんだい?やけに綺麗な子を連れてるけど」

「怪我をしていたから拾った。これ、今月の」

「ああ、はいよ。余計なことは詮索しない方が身の為ね」

  魔女と関わりを持つことを良しとしない人は多い。この村は不可侵条約を結んでいるとはいえ、いつどこでどうなることかもわからないのだから。だからこそ、わたしは村の中ではそこそこ面識があるこのおばさんの名前も知らない。

  バッグから持って来た薬を出して渡す。おばさんはそれを一つ一つ確認していく。

「解熱剤に傷薬、うん、数もいつも通りだね。はい、今回のぶんだ」

「どうも」

  おばさんからお金を受け取る。ふじはじっとその流れを見つめていた。

「定期的に薬を作って売ってるんだ。それが領主と契約したわたしの仕事」

  恐らく疑問に思っているだろうことを答える。それを聞いたふじは納得したように頷いた。

「実際、よく効くんだよ。なんせ領主様自らが試されてお墨付きだからね。まあ、でもこの村でも魔女ってのは中々受け入れてない人もいるからさ、絶対飲まないって批判してくる奴もいるけど。あたしんとこは下の息子が病弱だったからね。よく助けられたもんさ。今じゃガタイも良くなって、騎士になるんだーとか言って出てったけどね!」

  おばさんが補足にしてはずいぶん長々と話す。相変わらずのお喋りだ。

『薬を作るんですか?』

  ふじがノートにそう書いてわたしに見せる。

「ああ。魔女の薬は一般的な薬よりも効果がある。魔力をこめて作ったものだから。量産は出来ないが」

  魔法についての本もふじは読んでいたから興味があるのだろう。多くの地域で魔女を疎んでいることもあり、そんな魔女が作った怪しい薬はあまり流通しない。魔法は書物でも学べるが、当たり障りのないものしか書いていないしその家系によって出来る魔法と出来ない魔法は違う。一子相伝というものだから、魔女本人か余程詳しく研究している人でなければ噂程度の知識しか得られないだろう。もっとも、魔法は魔女にしか使えないから勉強したところで意味がないのだが。


  収入を得たから薬屋を出て、次は生活用品店に向かう。やはりベッドは置いていない。その為、注文して取り寄せてもらうことにした。

  生活用品店はわたしよりは十何歳か年上のまだ若い男が後を継いで経営しているが、怯えているのがすぐにわかる。

「……森の中まで運びますか?」

  びくびくしながらもそう問いかけてくるあたり、経営者の鏡だなとは思う。確かにベッドは一人では普通は運べない。

「いや。取りに来るから大丈夫だ。いつ頃来れば?」

「あっ……一週間ほどで!」

「そうか、では支払いはその時に」

  森まで行かなくていいとわかると、男はあからさまにほっとしたようだった。

  あとは必要な生活用品とふじの服、それから移動して食材を購入する。

  中でも森に住んでいて調達出来ないものは忘れずに。牛乳や卵、粉、油、バターなど色々だ。尚更住人が増えたのだから、多く必要になる。どれも様々な料理に使えるから便利だし。

  たくさん買っても持ち運びについては問題ない。魔法でぱっと送ってしまえばいいのだ。自分自身や人は送ることはわたしは出来ないが、物質を指定した場所に送ることは出来る。だから山ほど買っても来た時と同じ軽装で帰れるのだ。

  ちなみにふじは服の趣味は特にないらしく、着やすく動きやすく柄も何もないシンプルな服を着回せるように数着買った程度だった。

「そうだ、ふじ」

  最後に寄ったパン屋で、呼び掛ける。

「菓子を食べるか?」

  普段食べている食パンや丸パンではない、パン屋に並んでいる甘いもの。菓子パンもおいしいが、この店では焼き菓子も少し売っているのだ。

  こくりと頷いたふじを見て、スコーンとクッキーを追加で購入した。


  村への買い出しの用も済んで、森へ向かう途中。村人の視線がようやくなくなると、一息つく。やはり疲れるから、なるべく行きたくはないものだ。

「悪かったな、ふじ。あまり良い気持ちはしないだろう」

  ふるふるとふじは頭を振る。わたしを見る眼差しに心配が混ざっていたのはわかっていた。

「わたしが不気味な存在だというのは事実だし、仕方のないことなんだ。むしろ大した迫害もなく森に住めて買い物も出来ることをありがたく思っている。ほら、もう人目もないし、一つ食べないか?」

  どうせなら帰りながら食べようと送らずに手元に残しておいたスコーンを一つ差し出す。クリームやジャムをつけて食べるのも美味しいが、歩きながらだし、このまま食べても素朴で美味しいから個人的には好きだ。

  ふじはスコーンを受け取り、わたしと同じように口をつける。

「ああ、美味いな」

  じんわりと、仄かな甘みが染みる。

  隣を見るとふじも気に入ったらしく、柔らかな表情になっていた。





  ベッドが届くまでの一週間は現状維持でふじはベッド、わたしはソファーで寝ていたが、かなり不服ではあったようだ。この一週間の間に読書部屋を少し片付けてふじの部屋にすることになった。

  本以外はソファーとテーブルしかなかったから、ベッドは入る。家具の位置を動かして、少し本を別の部屋に移動するくらいのものだ。特に苦労もなく終了し、一週間後にはベッドが設置された。ふじもこの部屋は元々気に入っていたから、丁度良いだろう。

  かくして、無事に寝床問題は解決を迎えたのだった。

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