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魔女とカナリア  作者:
1/4

魔女は衰弱したカナリアに出会う

  世界は平等ではないことを、わたしは幼少の頃から知っていた。昔はそれを憎むこともあった。けれど今は『関わらない』と決めてある。生を受けてから十六年で身に付けた処世術だ。

「無粋な侵入者よ、失せなさい。ここは魔女の森だ。人間が来ていい場所ではない」

  森を歩く侵入者に魔法で声を届ける。ただ、そのままの声音では迫力が足らないから、わざとしわがれた声に変換してある。いかにも年老いた魔女、といった風で、結構効果があるようだから。若輩者と思うとつけ上がる馬鹿もいるのだ。まったく面倒な話だが。

  わたしの住むのは森の奥。森そのものにも結界が張ってあるから、侵入者はすぐにわかる。位置さえわかれば魔法で少々怖がらせることだって出来る。たまにこうしているのだ、迷子だったり自殺願望持ちだったり度胸試しだったり理由は様々だが。結界の中では迷わせるも帰らせるもわたしの手のひらの上だ。

「このまま去らないようなら実力行使も辞さないぞ」

  凄味を効かせて声を伝えるが、侵入者はふらふらとした覚束ない足取りでどんどん奥へと進んでくる。どうやら迷子ではないらしい。けれど自殺願望持ちはこの時点で楽に殺してくれだのと騒ぐし、度胸試しならこちらを煽ってくる。こうも無反応のまま進んでくるのは理由がわからなくて不気味だ。

「はあ……敵意は感じないけど……面倒だな」

  再三忠告しても聞き入れる素ぶりはない。仕方ない、脅かすか。人間を傷つけるのは本意ではない。関わらないとはそういうことだ。怖がらせ逃がすことが出来れば十分だ。

  けれどわたしが何かをする前に、侵入者はぱたりと倒れた。本当に、まだ何もしていない。

「…………」

  しばらく様子を見てみるが、動かない。まさか死んだのだろうか。魔法を使って倒れた映像は見えているが、呼吸しているかわかるほど鮮明なものではない。

「……くそ、煩わしい」

  ここは魔女の森。わたしの森だ。野垂れ死ぬなら別の場所でお願いしたい。後味が悪くてやってられない。

  真っ黒なローブを羽織り、頭にはつばの大きな黒い帽子を被る。いつでも魔法を円滑に発動することが出来るように、桜色の宝石を触媒にした杖を持つ。

  杖がなくても魔法の発動は出来るけれど、疲れやすいし発動するまでにも杖を使うより少し時間が掛かる。一般的に自分の髪や目と同じ色の宝石を触媒に使った杖だと相性が良い。魔女は恨みを買いやすい。例え自分の庭だろうと、用心に越したことはないのだ。



  侵入者が倒れた場所まで向かうと、映像で見たままの状態からどうやら動いていないようだった。倒れてから十分ほど経過したが、もし急性の病気などなら間に合わないだろう。森の外までは帰してやるが、わたしは家族のところまで連れ帰ってやるほどお人好しではない。

  警戒しながら近付くも、やはりぴくりとも動かない。かなり近付いてから注意深く見てみると、俯せに倒れている背中がわずかに上下しているのが見える。俯せなので顔は見えないが、髪質は衰えているようには見えない。淡く美しい藤色をしていて、さらさらと風に揺れていた。服は元は白色だったのだろうがかなり汚れている。長袖から見える手首は驚くほど細く、まさに骨と皮といった感じだ。行き倒れ、と表現するのが妥当だろうか。

「生きているか」

  生命活動はまだ続いているにしても、生きる意志があるのかどうか定かではない。ぴくり、と細い指先が動いた。

「生きたいのか」

  聞こえるか聞こえないか、そのくらいの声で尋ねる。別に聞こえなかったというのならそれで構わなかったから。

  俯せになっていた体が緩やかに動いた。頭が持ち上げられ、こちらを向く。髪と同じ藤色の瞳と視線が合わさる。

  美しい顔立ちだ。痩せこけていなければ、だが。ぼんやりとした眼差しはそう長くは持たずに再び閉じられる。このまま放っておけば間違いなく死ぬだろう。そして目が合った時に感じた違和。もう意識を失っているそいつに近付き、仰向けに体を動かす。襟をずらし喉を確認すると、そこには印が刻まれていた。

  これは、カナリアという種族の証だ。すべてのカナリアに生まれた時から刻まれていて、成長しても死んでも消えることはない。

「しかも男体のカナリアか……希少種じゃないか」

  ならばこの森に逃げ込み、行き倒れるのも頷ける。

  カナリアはそもそもが希少種だ。美しい見目と声をしていて、特に上流階級の人間に人気が高い。カナリアの姿形は人間と変わらないように見えるが、性質はまるで違う。先に確認したように、生まれた時から喉に印が刻まれているのだ。喉はカナリアにとってとても重要な器官で、歌えなくなったカナリアはストレスで死ぬと言われているほどだ。

  しかしその美しさが災いしてしばしば誘拐され、売られてしまうことがある。だからこそカナリアはその印を隠して人間のふりをして暮らすか、人里離れた場所に一族で隠れ住んでいるらしい。どれほどの人数がいるのかは調べたこともないからわからないが。

  生まれるカナリアは圧倒的に女性が多く、男性のカナリアは一割にも満たないと言われている。元々生息数が少ないカナリアの、更に一割以下ともなればその希少価値は言うまでもない。つまり森の外にこのまま放り出せば、彼はすぐさま捕獲されどこかに密やかに売られてしまう可能性が高い。金持ち連中の中には特殊な性癖を持つものもいるのだから。

「まあ……目は綺麗だったしな。……仕方ないか」

  嫌だが。自分のテリトリーに他人を入れるのは。今自分が保護しなければ死ぬか酷い目に合うと言うのなら。

  よいしょ、とカナリアの体を担ぎ上げる。わたしの背丈より少しだけカナリアの方が高いようだが、骨と皮状態だからか大して重くなかった。





  わたしの家は広くはない。けれど一人で暮らすには十分なくらいだ。お茶を飲んだりまったりする為のリビング、その側にキッチン、魔法を研究したりその道具を置いている部屋、寝室、小さな倉庫、あとは大量の本がある部屋。

  連れて来たカナリアはかなり衰弱していたから、ひとまずわたしのベッドに寝かせた。

  まずは弱った体に栄養を与えるように薬を調合するけれど、それはあくまでも本人の体の力を手助けすることしか出来ない。だからカナリアが目を覚ましてからでなければ内側についてはお手上げだ。外傷については死に至るほどの傷ではなさそうだったから、簡単に消毒だけをしておいて治療は彼が目を覚ましてから考えることにする。

「まあ、飯でも作るか」

  帽子を外し髪を後ろで一つに結ぶ。腰ほどまである長い髪は料理などをする時には少し邪魔なのだ。

  簡単なスープを作る。わたしは元々あまり食欲が豊富な方ではない。けれど量が少ないぶん、我ながら拘る方だと思う。カナリアも目が覚めた時に食事は必要だろうし、作っておいて問題ないだろう。


  カナリアの実物を見たのはわたしははじめてだった。その希少性と価値ゆえに狙われやすいカナリアは、当然の話だが警戒心が強い。

  そういえば北の辺境でカナリアの集落が見つかり幾人か捕まって売られたと風が騒いでいた。このカナリアはもしやその時の、逃げたカナリアだろうか。

  ひとまずスープも作り終え、寝室のカナリアの様子を見に行く。

  しかし、カナリアというものは本当に美しい見目をしているなあとしみじみ思う。だからこそ印を隠そうがばれてしまうこともあるのだと聞く。

  顔立ちは驚くほど整っていて、今は閉じられている睫毛も長く、淡い藤色の髪はさらさらで、汚れていなければもっと綺麗だろうと思う。しかし意識がない相手をお風呂に入れるのは難しいし、汚れを落とす魔法はわたしはあまり得意ではない。年はどうだろう、そう変わらないくらいだろうか。

  じっと観察していると、もそ、と動く気配がする。ゆっくり目蓋が開かれた。

  ぼんやりとした藤色の瞳は次第にわたしの気配に気付いたのか、こちらを映す。

「わたしは森に住む魔女だ。お前が勝手に浸入して勝手に行き倒れて仕方なくここに連れてきた」

  カナリアは血の気のない唇を数度動かすが、声となっては聞こえてはこない。

「白湯だ」

  カナリアの体を起こし、白湯を用意して渡す。カナリアの細い手は震えていたけれど、どうやらカップは持てるようだ。

「…………」

  少しずつ口をつけ、飲んでは息を吐き出す。ずいぶん時間をかけて喉を潤した。

「スープは飲めそうか?」

  白湯を飲み終える頃に問いかける。けれどカナリアの表情は曇っている。それからきょろきょろと挙動不審になり、はくはくと口を開くけれど、言葉にはならない。

「もしかして、話せない……のか?」

  流石に驚きが隠せない。だってカナリアにとって、声は命よりも大事といっても過言ではない。喉を潰されたカナリアが自ら命を絶ったという話を聞いたことがあるほどだ。歌えないだけでもかなりのストレスのはずなのに、声すら発せられないなんて。

  こくり、とカナリアは頷く。信じられない。

「イレギュラーが過ぎる」

  それともわたしの得ているカナリアという種族に対する知識が間違っているのか。確かにカナリアについての文献は多くはないが、まさかそのすべてが間違っているわけはないだろう。それとも男体のカナリアが特殊なのか。

「字の読み書きは出来るか?」

  ふるふると首を振る。とすると、はい、いいえ、くらいしか意思疎通が出来ないのではないか。

  困ったものだが、出来ないものは仕方がない。

「それで、スープは飲めそうなのか?」

  改めて問いかけると、少しばかり驚いたような顔をしてからカナリアは控えめに頷いた。

「じゃあ、少し待ってろ」

  作っておいたスープを温めて、持ってくる。わたしもお腹が空いたので二人ぶんだ。

  何の変哲もないただの野菜スープだ。鶏の出汁に家にあった野菜を適当に入れて、少しの胡椒で味を調えただけの。とはいえ、味にはかなり自信がある。ただカナリアに関しては胃が固形物を受け付けない可能性を考慮して、ほぼ野菜は取り分けず、汁だけになっているけれど、それでも野菜の味や栄養分は溶け出しているから、深みのある味にはなってはいるだろう。

  カナリアはまじまじと与えられたスープを見つめるが、やがて食欲が湧いてきたのだろう、ゆっくりとスープに口をつけた。喉元が動き嚥下したことを視認する。

「まずはスープで栄養を摂取だ。そのあとまだ食べれそうなら他の食事も用意しても良いが、何にせよ体調が回復したらここを出て……」

  出ていってくれ、と言いかけたわたしの言葉は続かなかった。息を飲み、無意識のうちに動きを停止した。

  カナリアの藤色の瞳から、ぽたぽたと止めどなく涙が溢れているのを見てしまったからだ。突然のことにわたしは石のように固まって動けない。だって、干からびてしまうのではというほどに泣いている他人をはじめて見たから。

  なんて綺麗な涙だろうか。いや、そうではなくて。

「な、なんだ、どこか痛むのか?」

  ふるふると頭を振る。それからカナリアは再びスープに口をつける。何度も何度も、少しずつ。

「…………美味しい、のか?」

  カナリアの両目からはまだ涙が溢れている。涙に滲んだ藤色はとても澄んでいて美しい。こうして所作一つ一つで魅了していくのも、やはりカナリアという種族の特徴なのだろうか。

  わたしの問いにこれまでほぼ無表情だったカナリアの顔が破綻する。

  笑った。満面の笑顔とはこういうものなのか。すごい破壊力だった。

「……体調が回復するまでは、ここにいればいい」

  思わずそんなことを喋ってしまうほどには、わたしはこの笑顔に絆された。


こちらは色々考えながら、のんびりと更新していきたいと思っています。

よろしくお願いします!

読んで頂き、ありがとうございます。

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