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私が死んだ理由

作者: Tdn



「…ここはどこ?」


窓のカーテンの隙間から差し込む陽射しで目を覚ます。


体を起こし、周囲を見回す。

たった今横になっていたベッド、カーテンで仕切られた部屋。


今の自分の格好。



…学校の保健室?


身につけているセーラー服をぺたぺた触ってみる。



ベッドの脇に上靴もあり、それが自分のために用意されてるものだと感覚的に理解する。


ひとまず履いて、恐る恐る仕切りになっているカーテンを開く。


シャッ。



「…目が覚めたのね。おはよう。」


奥の机に足を組んで座ったまま、にこやかに告げる白衣を着た美人な女性。

窓からの陽射しが微笑みを輝かせている。



「…おはようございます。」


反射的に頭を下げて答える。


「えっと、ここは…」


キョロキョロ周囲を見渡し、質問する。



「…そう。まだ記憶が整理されてないのね。」


私の言葉に少し悲しそうな顔で頷く。



「こっちにいらっしゃい。」


机の前のテーブル席に着くように促す。



「…はい。」


訝しみながらも、席に着く。



席に着くと、待っていたかのように沸かしていたお湯でコーヒーを淹れ出す女性。


コーヒーの香りが部屋にゆっくりと満ちる。




「…貴方はね。今死んでいるの。」



「え?」


ポツリと呟くような言葉に驚く。



「思い出せないかしら。『 貴方が死んだ理由』」


どうぞ、と差し出されたコーヒーに口をつける。



…。


徐々に流れるように思い出す。




「…私は、何もかもが憎くて、辛くて、それに何よりも、これから先を生きていくのが、ただ恐ろしかったんです。」


コーヒーを置いて、記憶を整理するように話し出す。


「…そうね。」


頷いてくれる女性。


「だ、だから私は…自分で命を…」



…声が、手が、体が、小刻みに震え出す。


目をつぶり、両手で震える体を抱きしめる。


最後に見た光景、衝撃や痛みがフラッシュバックする。



…ポン。


…気がつくと傍に立っていて、頭を撫でられている。


「…大丈夫よ。分かるわ。」



そのまま優しく、落ち着くまでずっと撫でてくれていた。



気持ちが落ち着き、ふと目を開くと、

何故かコーヒーが空になっていた。


そして新しいコーヒーが目の前でゆっくりと淹れられている。



湯気と共に上がる香ばしい香りに、

先程よりも随分安らぐ気がする。



「…今の貴方ってこのコーヒーみたいね。」


微笑みながら呟く。


…え?


「器の中を真っ黒に埋め尽くして、豆の苦味と酸味で満たして、それに熱くし過ぎちゃってる。」


…。



「もちろん、そういう味が好みの人も居るわ。けど…」



コーヒーの傍らに角砂糖とミルクに思しき物を用意しだすのを、ただ見つめる。



「…あなたはもう少し甘くて、優しい方が似合ってるわ。」



角砂糖とミルクを入れ、ゆっくりとかき回す。


真っ黒だった物が少しずつミルクと砂糖で混ざり合い、優しい色合いになっていく。


器に触れると、程よい温かさになっている。



「…貴方が死んだ事は変わらない。」


確かめるように突然呟き出す。



「けど、あなたには選ぶ道がある。」



…選ぶ?


「えぇ。ここはね?それを貴方に掲示する場所なの。それが役目。」


確かめさせるようにゆっくりと説明する。


…そうなんだ。


妙に納得して頷く。


「1つ目は、このまま現世での記憶を完全に消して、新たな生命として生まれ変わること。」


…。



「2つ目は、現世での記憶を残したまま、『 守護霊』として見ず知らずの誰かに憑くこと。」



…えっ。


1つ目は分かる。けれど…


「守護霊?」


それもどこの誰だか分からない人に?



「そうよ。守護霊って言うのはね、『 想い』を強さに変えて、憑いた人を守る存在なの。」


…『 想い』が強さに。


始まった説明に頷く。



「『 想い』の根源って何だとおもう?」


唐突に投げられる質問。


「…えっと、心ですか?」



「それじゃそのままよ。」


クスクス笑う。


…仕方ないじゃない。わからないんだから。


「ごめんごめん。答えは『 記憶』よ。」



…あっ。『 想い』の強さって。




「そう。どれだけ辛い記憶があるかで決まるのよ。」



…。


「…貴方は生前とても辛い思いをしてきた。それこそ終わる最後の瞬間まで。」


真剣な顔で真っ直ぐに見つめてくる。



「だからこそ貴方には、誰かを守れる権利が与えられる。」



誰かを守る…。



「誰に憑くかは選べないし、それは私にもわからないけどね。」


…そっか。



「それに誰かに憑いたからといって見返りがある訳じゃない。何よりも…現世での辛い記憶を持ち続けることになる。守護霊としての役目を終えるまでね。」



…。


「貴方はどうしたい?」


「私は…私は、理由が欲しいです。」


下を向いて俯き、絞り出すように言葉を出す。


「…理由?」


繰り返すように問いかける。



「『 私が死んだ事』に対して『 私が生きてきた人生』に対して。だから…」



「私は誰かを守りたい。」



俯いていた顔を上げ、ハッキリと告げる。



「…そう。」


悲しいような嬉しいような顔で微笑む。


「…はい。」


返事を聞き、傍に寄る女性。



そっと優しく抱きしめられる。



「ごめんなさいね。守ってあげられなくて。」



…もしかして。



「…私は、貴方の守護霊だったの。」


…。


「私もね。生きている頃は、私なりにとても辛かった。だから、私のような思いを誰にもして欲しくなくて…だけど…」


涙が頬に落ちてくる。



「…ごめんなさい。」


ただ涙声で苦しそうに呟く。



「…大丈夫です。」



先程私がして貰ったように、頭を優しく撫でる。


「貴方の『 想い』は弱くなんかない。弱くなんかなかった。…私が弱かっただけなんです。」



その言葉を聞くと、涙を流しながら無言で首を横に振る。


「…だから、ありがとうございます。守ってくれていて。」


そっと体を離し、微笑むと、


「…ありがとう。」


涙を流しながらそう答える。



「…頑張ってね。」


涙と笑顔が混ざり合い、

色々な思いが込められたその言葉を受け取る。



「…はい!」


笑顔で力強く、ハッキリと答える。




その瞬間、陽の光が部屋中に満たされ、

彼女の顔も、テーブルの上のコーヒーも何も見えなくなる。





…これが私が死んだ理由だ。




そしてこれが、私がこれから生きていく理由だ。




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