夢でもいい
誰かが私の頭を撫でていた。
少しくすぐったかったが、陽だまりの下にいるような気持ちよさがあった。
頭の下に温もりを感じる。
「よく頑張ったな」
私の上から声が聞こえる。
私のよく知る人の声だ。
私達に色々なものを与えてくれた、あの人の暖かい声が聞こえる。
私達を救ってくれたあの人の匂いがする。
私は膝枕をされているのだろうか。
気付いた途端に恥ずかしさが込み上げるが、この場所か離れたくなかった。
「セイゾー……?」
間違いないという自信はあるのに、不安になって確かめたくなる。
「そうだよ」
優しく私の言葉を肯定してくれる。
「私、頑張れたか? ちゃんと守れたか?」
セイゾーの温もりに今まで母親として隠してきた私の弱さが溢れてくる。
「不安なんだ、私達の居場所がなくなるのが。怖いんだ、また子供達と離れるのが。嫌なんだ、独りぼっちになりたくない」
子供のようにその膝に抱きつく。
「大丈夫だよ」
セイゾーが私の頭を優しく何度も撫でてくれる。
「大丈夫じゃない! セイゾーは私を置いていってしまったじゃないか! なんで私のそばにいてくれないんだ……」
セイゾーは何も言わずに私の頭を撫で続ける。
「どうせ目を開けるといなくなるんだろ……。セイゾーのバカ野郎」
セイゾーが私を撫でる手を止めた。
そっと両手で私の頭を抱きしめてくれる。
「ごめんな……」
私の耳にセイゾーの悲しさを含んだ囁きが聞こえる。
私もセイゾーの頭を離さないように自分に引き寄せる。
「許さない。許してほしかったら私と一緒にいろ。離れたくない。そばにいてほしい」
抑えていた気持ちがどんどん溢れてくる。
「もう時間だ。皆が心配してるぞ」
セイゾーの存在が消えていく。
離さないようにと引き寄せていたはずの手をすり抜ける。
「嫌だ、行かないでくれ。もっと一緒にいてくれ。もっと声を聞かせてくれ。夢だっていいんだ。お願いだ」
セイゾーの存在が感じられなくなる。
「セイゾー!」
目を開くと私は小屋の中にいた。
何かをつかもうと上半身を起こし手を伸ばしていた。
「大丈夫ですか!?」
マリアが私に駆け寄って来て私の顔を覗き込む。
「セイゾーさんの名前を叫んでいましたが、セイゾーさんの夢を見ていたんですか?」
私は叫んでいたのか。
やっぱり夢だった。
それでも声や感触、匂いまで現実的に感じた。
「レンゲさん、大丈夫ですか? どこか痛みますか?」
マリアが心配した表情で私を見ている。
自分の体を見ると包帯が巻かれていた。
左をが動かそうとすると激しく痛む。
その他にも痛みはあるが体を動かせない程ではない。
あれだけ無茶をしたのにこれくらいで済んでいるのが不思議だ。
そういえば以前ボス猿に腕を噛まれた時も傷の割りに熱を出したくらいで済んでいた。
大きな体のときに出来た傷は小さい人型になった時に小さくなるのかもしれない。
矢が刺さった傷も小さいものになっていた。
「大丈夫だ」
今は熱も出ていない。
マリアの治療のおかげだろうか。
「でも、レンゲさん泣いていますよ」
マリに言われて自分の頬に触れる。
顔にも包帯が巻かれており、流れたが涙が包帯に染込む。
涙は止まっておらず、目元に触れると手に温かな涙が伝う。
「セイゾーの夢を見ていた……」
そっと呟いた私をマリアがいつもの微笑で見つめる。
「そうですか……」
顔と違ってその言葉はどこか儚げだった。
「また私を置いて行ってしまったよ」
「私の夢に出てきたら捕まえておきますね」
マリアが少し悪戯っぽく口にする。
「そうだな、お願いするよ。私も次は逃がさない」
2人で見詰め合って笑った。
「子供達やロッティはどこにいるんだ?」
周りを見てもマリアしかいない。
「外にいますよ」
そう言ってマリアが外を向く。
子供達の顔が見たくて起き上がろうとするがマリアに止められる。
「駄目ですよ。まだ寝ていて下さい」
「歩くくらいなら大丈夫だ」
マリアが怒った顔をするが、私が起き上がるのを止めないので諦めて体を支えてくれる。
どれくらい寝ていたのかマリアに尋ねると、半日以上寝ていたらしい。
私に刺さった銛はマリアが切開して抜き、その後セーイスが人の姿に戻したようだ。
マリアに支えられながらゆっくりと歩いて外に出る。
外に出ると世界が茜色に染まろうとしていた。
マリアの言ったとおり半日以上寝ていたようだ。
「あ、おかあさん」
「おかあさん……」
私の姿を見つけた子供達が寄ってくる。
私の怪我を知っているのか遠慮して抱き付いては来ない。
今は子供達の勢いに耐えれそうにないので助かったが、不安な顔をした子供達を抱きしめてやれないのが悲しくなる。
子供達にこんな顔をさせてしまった自分が情けなくなる。
「けがは、だいじょうぶ?」
「いたくない……?」
心配そうに見つめてくる。
「大丈夫だ」
子供達の頭を撫でてやる。
せめてこれくらいはしてやりたい。
「レンゲ、寝てなくていいの?」
ロッティも心配そうな顔をして私の前に飛んできた。
「なんとかな」
「無理せず寝てなさいよ」
少し怒ったように言っているが、私を心配して言ってくれていると思うとそれも嬉しくなる。
「心配かけてすまなかった。何してたんだ?」
私の言葉に子供達とロッティがセイゾーの墓を指す。
そちらを向くと、そこにはセーイスが立っていた。
「まだいたんだな」
「夜になったら帰るようですよ」
マリアが私の呟きに答える。
マリアに支えられゆっくりとセーイスの所に向かう。
私達がそばに寄るとセーイスが振り返る。
私の姿を見ると安心したように微笑む。
「もう動けるんですね」
「なんとかな。今回は助けてくれてありがとう」
セーイスに頭を下げる。
「いいんですよ。本当は手を貸したりはしないんですが、私も願ってしまいましたから」
その言葉の意味が私達には分からなかった。
「どういうことよ?」
私達を代表するようにロッティが女神に尋ねる。
「セイゾーさんの願いです。子供達の未来が幸せであるようにと。それを私も一緒に願ってしまいましたから。あのままでは願いは叶いませんでした」
女神の言葉に私の胸が熱くなる。
セイゾーは死んでまでそんな事を願っていたのか。
先ほど見ていた夢のせいだろうか、自分でも気づかないうちに目から涙がこぼれた。
私を支えるマリアも同じようでその瞳が潤んでいる。
子供達は意味がうまく理解できなかったのかきょとんとしている。
「死んでまで子供達の幸せを願うなんて大した男じゃない。私も会ってみたかったわ」
「子供好きのローティーとなら仲良くなれそうですね」
「だから、今はロッティだってば」
セーイスに対しても私達と同じように接する姿がなんだか可笑しくて皆が笑う。
「なんで笑ってんのよ」
自分が笑われて少しむくれいてる。
「セーイスにはこの世界に来る前に色々と世話になった本当にありがとう。ところで、セイゾーの墓の前で何をしていたんだ?」
セーイスが目を丸くしている。
「本当にあなたは変わりましたね。セイゾーさんのお墓に花を供えていました」
セーイスが墓の前から横に移動する。
そこには花が供えられていた。
供えるというか、墓に花が彫られていた。
「これは?」
墓に花が彫られている意味がよく分からずセーイスに尋ねる。
「レンゲさん達の名前の花なんですよね。蓮の花。レンゲさんの世界ではロータスフラワーとも呼ぶんでしたっけ? その花がいつまでもセイゾーさんに飾られるように彫りました」
セーイスの説明を受けてもう一度墓をよく見る。
美しい蓮の花がセイゾーの名前の周りを彩っている。
まるでセイゾーに蓮の花が寄り添っているようにも見える。
セーイスが分かっていてやったとは思えないが、その墓を見て嬉しくなる。
「セイゾーと、いっしょ」
「うれしい……それにきれい」
子供達もその墓を見て嬉しそうにしている。
「あのー、セーイス様。私の花はないのでしょうか?」
マリアが私の横でセーイスに申し訳なさそうに尋ねる。
「ないです」
マリアの言葉を笑顔で否定する。
「そんな、お願いします。私の花もセイゾーさんのお墓に花を添えてほしいんです」
セーイスに否定してもマリアが諦めていない。
マリアはたまに子供っぽいところが出るな。
「分かりました。あなたも子供達のために力になってくれましたし特別ですよ。えーと、マリアで思いつくのはユリですかね」
セーイスがユリの名前を口にする。
「ササユイー」
「レン……ササユリだよ」
「あ、ササユリー」
レンが間違えて覚えている。
あんなに呪文のように復唱していたのに。
「いいですね。ではササユリを彫りましょう」
子供達の意見を採用し、セーイスが墓の前に立つと墓に触れる。
淡い光が墓の表面を包むと、セイゾーの名前の回りには蓮の花があり、その両脇にはササユリの花が彫られていた。
「セーイス様、ありがとうございます」
マリアがセーイスに深々と頭を下げる。
そして私のほうを見るとにっこり笑う。
「私の花もセイゾーさんの墓に飾られました」
すごく嬉しそうだが、セイゾーと一緒なのが嬉しいのか、私達の花と一緒にセイゾーの墓に飾られているのが嬉しいのか分からない。
マリアの事だから両方なのかもしれない。
「まるでセイゾーさんが清らなかの心を持った希少な存在のようですね」
セーイスが墓を見ながら呟く。
ラミットが言っていた花言葉を思い出す。
ササユリは希少、蓮の花は清らかな心。
セイゾーは子供達の幸せを願ってくれたので間違いではない気がする。
「セイゾーのイメージではないな」
間違いではないのだが、セイゾーを思い出すとそんなイメージは沸かない。
「私もそう思います。間違いではないと思うのですが……。女神に平気でタメ口で話したり、格好を付けて失敗したりする人ですし」
セーイスが何か思い出したのかくすりと笑った。
「何かあったのか?」
セーイスがセイゾーの事を話してくれた。
それが実にセイゾーらしくて女神と一緒に笑ってしまった。
「えっと、さすがにセイゾーさんのお墓の前で酷過ぎませんか?」
マリアが若干ひいている。
「セイゾーってそんな男なの?」
セイゾーに会った事のないロッティの中のセイゾーのイメージが崩れていくのが顔を見て分かる。
「セイゾーっぽい」
「うん……セイゾーらしい」
子供達もそんなセイゾーの方が受け入れやすいようだ。
「いえ、セイゾーさんは子供達のために頑張っていましたし、礼儀もしっかりしてましたし、優しかったですよ」
マリアだけがセイゾーの弁護をしている。
「マリアもセイゾーをからかって遊んでただろ」
「え!? あれはセイゾーさんの反応が面白かったのでつい……」
私の言葉にマリアが慌てる。
「うわー、マリアそんな事してたのね」
「違うんです。ロッティちゃんもやったら分かります。反応がすごく面白いんです」
「楽しんでるじゃない! 私の中の子供を見守る紳士のイメージを返してよ!」
そんなイメージだったのか。
それも間違いではないが、セイゾーらしくない。
皆も同じ意見だったのかロッティの言葉を聞いて笑っていた。




