狩り
目が覚める。
自分が犬の姿ではないことを見て、昨日のことが夢ではなく現実なのだと実感する。
顔にかかる髪が邪魔だ。
前の姿のときはこんなことはなかった。
顔にかかった髪を無造作に後ろへと流す。
髪に触れるとサラサラとして自分の髪だとは思えなかった。
喉が渇いたので井戸に行くことにする。
家を出ると朝の冷えた空気が体を包み肌寒さを感じる。
以前の体ではこれくらい平気だったのに。
井戸に向かい水を汲む。
水に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。
特に匂いを感じない。
鼻も悪くなっている気がする。
飲んでも大丈夫かと疑問に思ったが、他に水場も分からないので口に入れる。
特に味はしない。
味に関しては、以前は食べれるものは何だって食べていたので特に気にすることもなかった。
ついでに顔も洗っておく。
拭くものを持ってきていないので、着ていた服をたくし上げて顔を拭う。
行儀が悪いということは理解できるが、拭くものがないのだから仕様がない。
「さて、狩りにでも行くか」
家の中で何か使えそうなものはないか探してみる。
生活道具はあるが狩りに使えそうなものが見つからない。
諦めかけていたとき、布に巻かれた手のひらサイズの物を見つける。
気になり布を取ってみると小さなナイフのようだ。
油を塗って手入れをされていたためか錆びてはいない。
狩りに使うには心許ないが、ないよりはましと思い持って行くことにする。
外に出て家の回りを見てみると錆付いた農具が置かれていた。
さすがに錆付いた状態では使えそうにない。
ふと、女神が元の姿に戻れると言っていたのを思い出す。
戻り方は教えてもらっていないが、何故か分かる。
姿を変える方法が分かっているが、姿を変える際どういった事が起こるかまでは分からない。
手に持っていたナイフを家の入り口に置くと家から離れた場所に移動する。
「ここなら問題ないか」
意を決して姿を変えるよう意識する。
体が熱くなる。
手足が肥大していき立っていられなくなり四つん這いになる。
まずいと思ったが止める方法が分からない。
口からは牙が生えることが分かる。
顔が獣の形を変える。
体も肥大し、着ていた服が破れてしまう。
熱くなっていた体が冷めると私の姿は変わっていた。
自分では全体像を見ることは出来ないが、体を見ると明らかに獣のものになっている。
予想外だったのはその大きさだ。
以前の大きさに比べて明らかに大きい。
牛ほどの大きさがあるのではないかと思う。
女神からはそんな説明は受けていない。
なにやら胸というか肺の辺りに違和感を感じる。
何かを吐き出せると本能的に分かる。
意識して少し吐いてみる。
ゴーッという音とともに火が口から吐き出される。
不思議と熱さを感じないもののさすがに驚いてしまった。
あの女神は自分の好きな犬の姿と言っていたが、こんな犬は聞いたこともない。
『ふざけやがって』
喋ろうとしたが言葉が出なかった。
この姿では喋れないのだろうか、吼えることはできた。
不便ではあるが、こんな恐ろしい姿で子供と会話をすることもないだろう。
むしろ、子供には見せれない。
こんな姿を見せて子供を怖がらせたくはない。
もし、それで嫌われでもしたらと想像すると胸が苦しくなる。
この姿でどれくらいの力が出るのか興味が出たので走ってみる。
村の外に出て林を駆ける。
経験したことのない速さで景色が変わっていく。
4つの足で地面を駆ける感覚がしっくりくる。
この速さを体が理解しているのか怖いという感情はない、むしろそれが当たり前とさえ感じてしまうほどだ。
地面を蹴り跳躍する。
頭上高くに見えていた木の枝に届くほどに体が浮き上がる。
着地するとそのまま体を停止させる。
少しの疲れはあるがまだまだ走れそうだ。
この体なら狩が出来るのではないだろうか?
そう思い獲物を探す。
少し歩くと何やら気配がする。
身を屈めゆっくりと気配のする方向に近づく。
少し離れた場所に翼が生えた兎の姿を見つける。
まだこちらに気付いてはいない。
出来る限り近づこうとゆっくりと身を屈めたまま進む。
兎が何かに気付いたように立ち上がり耳を動かす。
『しまった、気付かれたか』
私が動き出すより早く兎が走り出す。
それを追いかけ全力で走る。
この体なら負ける気はしない。
少しづつ兎との距離が縮まる。
兎がジグザクに走って追走から免れようとするが、それ以上にこちらのスピードの方が速かった。
いける! と思った時兎が高く飛び上がった。
私が兎を捕まえようとした前足は空を切る。
上を見上げると兎が翼を広げ林の外へ滑空していく。
追いかけようと林の外に近づくと町が見えた。
まずいと思い立ち止まる。
大きな町だ。
人がいるのは明白だろう。
人間に会いたくないという気持ちが強く、兎を追うことを諦める。
人間に見つかる前に村へと戻る。
その帰り道に黒く丸い集団を見つける。
大きさはバラつきがあるが、大きいものだと1mくらいある。
そっと近づくと黒毛鼠ということが分かる。
見たことはないが知識として分かる。
警戒心が薄いのか近づいても先ほどの兎ほど反応しない。
この距離ならいけるか?
そう思い黒毛鼠に襲い掛かる。
さすがに姿を見せたときは慌てて逃げ出そうとしたが、その時には前足で獲物を押さえつけていた。
集団の中では中型サイズの獲物だ。
暴れる獲物に噛み付くとその体は簡単に動かなくなる。
命を奪う経験はこれが初めてだった。
本能的なものなのか嫌悪感や罪悪感はない。
しかし、どこかで命を奪うという行いに抵抗を感じる自分がいることも分かる。
生きるためだと割り切るしかない。
仲間がやられたことを遠くから見ている他の黒毛鼠の姿が見える。
食べなければ自分が死んでしまうのだ。
綺麗ごとを言うつもりもない、恨みたければ存分に恨むがいい。
私は獲物をくわえその場を去った。




