妖精のお礼
ボス猿は湖を眺めながら歩いていた。
やはり以前に会ったボス猿だった。
ローティーはいやらしい目つきで湖の周りを歩いていると言っていたが、私にはその目はどこか寂しそうに見えた。
「おい」
私は林の中からボス猿に声をかける。
ボス猿は少し驚いた様子をみせこちらを向く。
「なんだッギ?」
その顔は何かを邪魔されたのが嫌だったのか、不機嫌そうだ。
「湖を見て何をしている?」
ボス猿はお前には関係ないと言わんばかりに私に背を向ける。
「妖精が、いやローティー達が迷惑していたぞ」
その言葉を聞いてボス猿がこちらを向く。
先ほどの不機嫌そうな顔がなくなり寂しそうにしている。
「ローティーがそう言ったッギ?」
発する声もどこか元気がない。
「ああ、お前がいやらしい目で湖の周りを歩くと言って困っていた」
ボス猿が肩を落とす。
そのまま項垂れると大きな体が小さく見えてしまう。
「いやらしい目でなんて見てないッギ。ただローティー達が湖の上を舞う姿を見てただけッギ」
今にも消え入りそうな声だ。
「そうなのか?」
「そうッギ。だから最近ローティーの姿が見えないんッギね。悪いことしたッギ」
嘘を言っているように聞こえない。
何か誤解があるんじゃないだろうか。
ローティーが怒るかもしれないが、このボス猿をローティーの所に連れて行こうと思う。
「おい、周りに危害を加えないと約束するならローティーと話をさせてやる」
「危害は加えないッギ、でも俺は嫌われてるッギ」
このボス猿はこんな奴だっただろうか?
仲間の仕返しをしに来るような男気溢れているようなやつだと勝手に思い込んでいた。
「いいから着いて来い」
ボス猿を連れてローティーの所に戻る。
「なんで連れてきてんのよ! 懲らしめてくるんじゃないの!?」
ボス猿を見てローティーが叫び、マリアの後ろに隠れる。
マリアも少し怖そうにいている。
「おー、さるでかーい」
「すごく……おおきい」
子供達は特に怖がる様子はなくボス猿を見つめる。
私が連れてきたから安心しているのかもしれない。
「おい、ローティー。何か誤解があるみたいだぞ」
「何がよ!」
マリアの背中から顔を出して叫んでいる。
「湖を見ていたのはローティー達の姿を見ていただけだ」
「見てんじゃないのよ!」
なんだか私が説明しても話がややこしくなりそうだ。
ボス猿に自分で説明するよう促すと、ボス猿は少し恥ずかしそうにしながら口を開く。
「別にいやらしい目で見てないッギ。ローティー達が湖の上を優雅に飛び回る姿に見惚れてただけッギ。蓮の花が咲くこの湖を舞台にローティー達がダンスをしているようで美しいッギ」
ボス猿が饒舌に語っている。
風貌と台詞がこんなにも合わないこともあるのだなと感心してしまいそうだ。
「え!? なになに? そんな風に見てくれていたの?」
褒められたのが嬉しいのかローティーが目を輝かしている。
「そうッギ。その美しすぎる光景は神秘的といっても過言ではないッギ。自分の言葉ではその美しさを表現できないのが残念ッギ」
その言葉を聞いてローティーがボス猿の前まで飛んでくると、胸をそらす。
「まあね。そんなに美しかったら見たくなるのも仕様がないわね。でも、皆が怖がるから離れて見るのよ」
「ありがとうッギ。嬉しいッギ」
目の前で自慢げにしているローティーにボス猿が頭を下げる。
誤解は解けたようだが、ローティーは簡単に懐柔され過ぎではないだろうか。
ボス猿も印象が変わりすぎて気持ち悪い。
お互いに満足そうにしているので余計な事は言わないでおく。
そんな事を考えているとボス猿が私の方を向くと頭を下げる。
「ありがとうッギ。おかげで誤解が解けたッギ。それとこの前は怪我をさせてすまんッギ」
その姿は以前見たときのボス猿のようで風格がある感じがする。
しかし、先ほどの姿を見ているせいで台無しだ。
「気にするな。怪我をしたのはお互い様だ」
その言葉を聞いてボス猿は安心した顔をすると、ローティーにまた見に来ると告げて林の中に去っていった。
ボス猿の問題は片付いたのだが、懲らしめるという条件は満たせていない。
ローティーはそれでも認めてくれるだろうか。
「ローティー、問題は片付いた」
不安ではあったが、ローティーに声をかける。
「ええ、そうね。今の私は気分がいいわ。すぐに皆にお願いしに行ってあげる」
そう言ってローティーは湖の方へと飛んでいった。
ボス猿に褒められて上機嫌になっていたお陰かもしれない。
安堵しているとマリアが服を持ってこちらにやってきた。
私は元の姿に戻るとマリアから服を受け取り着る。
「よかったですね。あの猿は何て言ってたんですか?」
マリア達は猿の声が分からないのだから当然の疑問だ。
「ローティーを褒めていたよ。それでローティーも機嫌良くなったみたいだ」
「そういう事だったんですね」
マリアが納得したように頷いている。
「おかあさん、ずるい。あたしもいぬになりたい」
「わたしは……どうぶつとはなしたい」
子供達が駆け寄ってきて私にしがみ付くと責めるような顔をする。
「すまんな。私も望んで手に入れた力ではないんだが」
子供達が欲しがるものを与えてやれないのは心苦しかったが、私もこの力で不便な思いをしたこともあるので許してほしい。
「じゃあ、せなかにのせてー」
「わたしも……のってみたい」
レンが犬になれないのなら乗せて欲しいと提案してきた。
ハナもそれを聞いて目を輝かせている。
子供達が獣の姿を怖がらないかと心配していた自分がバカみたいだな。
それでも、あの姿を怖がらずにいてくれる子供達を嬉しく思う。
「帰りにな。林を出るところまでだぞ」
子供達の期待に満ちた目を見ては断れない。
「やったー」
「たのしみ……」
嬉しそうに手を上げて喜んでいる。
その顔を見ると断らなくて良かったと思える。
4人で座ってお茶を飲んでいるとローティーが湖から戻ってきた。
「あー、私のお菓子は?」
戻ってきた第一声がお菓子のことだった。
マリアがバスケットからお菓子を出してローティーに渡す。
「話し合いはどうなったんだ?」
お菓子を嬉しそうに頬張っているローティーに声をかける。
「おえいにおっていっていいえ」
何を言っているかわからない。
マリアがローティーにお茶を渡すと、ローティーが口の中のお菓子を飲み込む。
「お礼に持って行っていいって」
どうやら許可が出たらしい。
「感謝しなさいよ。みんなを説得してあげたんだから」
わざわざ私の顔の前まで飛んでくると偉そうにしている。
「ああ、感謝する。ありがとう」
そんなローティーの頭を指先で撫でる。
「な、何するのよ! 急に頭撫でないでよ!」
顔を赤くしたローティーが慌てて遠ざかる。
「すまない、嫌だったか?」
ローティーがもじもじとしている。
「べ、別に嫌じゃないわよ……」
そう言って子供達の近くに飛んでいった。
恥ずかしかったのだろうか。
お茶が終わると、皆で湖の辺に集まる。
蓮の花を摘もうと私が湖に入ろうとするとローティーがそれを止める。
「摘んできてあげるわ。咲いた花になるけどいいわよね?」
蕾の花なら水に挿しておけば咲くのを楽しめるかもしれないが、墓に供えるだけなので咲いた花で問題ない。
「構わない」
ローティーがそれを確認すると、どこから出てきたかは分からないが、他のローティーと蓮の花を摘んでくれた。
私達も水際に咲く蓮の花に手を伸ばすと花を摘む。
花を摘んだことがないので花の茎を持って引っ張ると花まで散ってしまった。
案外難しいと思い子供達やマリアを見るが、3人は器用に花の茎を折り摘んでいる。
そんな私にローティー達が摘んだ花は次々渡してくる。
さすがに数が多くなってきた。
3人もそれを察したのか摘むのをやめる。
「おい、もういいぞ。ありがとう」
私がそう声をかけると花を摘むのを止め私達と面識のあるローティーだけが戻ってくる。
「それだけでいいの?」
少し驚いた表情をローティーが見せる。
一体どれだけの量を持ってこようとしていたのだろうか。
「十分だ、ありがとう」
ローティーに頭を下げる。
「ローティー、ありがとー」
「ありがとう……」
「ありがとうございます」
私を見て子供達やマリアもローティーに頭を下げてお礼を言った。
「いいのよ。私達も助けてもらったわ」
ローティーが照れている。
「それでは帰るとするか。世話になった」
お礼を言って去ろうとすると、ローティーが私達の前に立ち塞がる。
「ちょっと待ちなさいよ。私も連れて行って」
その言葉を聞いて意図がつかめないので、私とマリアは困惑する。
「ローティーも、いっしょにいこー」
「いっしょに……かえろう」
子供達はその言葉に疑問を持たずローティーを連れて帰ろうとしている。
柔軟な対応というか、意味が分かっていないだけなのだろうか。
「一緒に来られるんですか?」
マリアが念のためローティーに確認する。
「そうよ。だめかしら?」
その顔に寂しさを浮かべる。
マリアがその表情を見ると優しく微笑む。
「いいですよ。一緒に行きましょう」
私達はマリアの教会でお世話になっているので、マリアが許可を出すのなら異論はない。
「本当!? それじゃあ帰りましょう!」
寂しそうな表情が嘘の元気になった。
子供達もローティーと一緒に帰れるのが嬉しそうで3人で仲良く飛び跳ねている。
ローティーは飛んでいるので跳ねるとは言わないかもしれないが。




