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20/57

正体

 農夫に目撃されて数日が経ったが、特に農夫が何かしてくるということはなかった。

 今日もいつものように女が働いている酒場に行くと姿が見えない。

 休んでいるのだろうか?

 何度か女がいない日は今までにもあった。

 しかし、言い知れぬ不安感が胸を包む。

 私はすぐに教会へと向かった。


 教会の前で男を見つけた。

 あの人とシスターの3人で何か言い争ってるように見える。

 女の姿は見えない。

 嫌な予感がしてすぐに教会の裏へと向かった。

 見つけた。

 あの女が教会裏の小屋の前にいる。

 今にも扉を開こうとしている。

 あの女を子供達が見てしまえば、あの日の恐怖が蘇ってしまうのではないか。

 私は服を脱ぐのも忘れ獣へと姿を変えると女の下へ走った。


「ちっ、本当に化物が来やがったよ」

 女は私の姿を見ると舌打ちする。

 酒場で見た女とは別人のような喋り方だ。

 来るのが分かっていたのか部屋から離れるとすぐに逃げようとする。

 女は必死で逃げているつもりなのだろうがその足は私には遅く感じた。

「化物がなんでガキ共に関わるか知らないけどね。あのガキ共はどうせ親にでも捨てられたんだろ」

 私に言っているのか独り言なのかは分からない。

 私が今子供達と離れているのは事実だが、決して捨てたりなどしない。

 女の言葉に過去を思い出し怒りが込み上げる。

 憎しみ苛立つ、駆けつけた勢いで女を突き飛ばす。


「ひぃ、なんなんだよ。私が何したっていうんだよ。誰か助けておくれよ」

 女が無様に助けを求める。

 逃げ切れるとでも思っていたのだろうか。

 その顔には先ほどまでの余裕はない。

 助けて?

 笑わせるな。

 お前は、私の愛すべき子供に何をしたのかを忘れたのか。

 汚い言葉を二度と吐けぬようにその喉を食いちぎってやる。

「た、助けて……」

 恐怖に震える女が尻餅をついたまま後ずさる。

 その顔は何かにすがるように私とは違う方向を見ている。

 今更助けなど来ても間に合うものか。

 私はそんな女の喉を噛み千切らんと飛び掛った。

「やめろ!」

 体が止まる。

 あの人の声だ。

 途端に頭が冷えるのを感じる。

「殺すんじゃない」

 私を諭すように優しく語りかけてくる。

 あの人の言うとおりだ。

 こいつらを殺しても子供が喜ぶわけではない。

 胸の奥に怒りの炎がくすぶっているのを感じるがどうにか自分を抑えることができた。

 そんな私を見て逃げる好機と思ったのだろうか、男が女を連れて逃げ出した。

 これで子供達に近づかず、この町からも去ってくれればいいのだが。

 男たちが逃げるのを確認すると私は町の外へと駆けた。


 あの人が追いかけて来るのを感じる。

 振り切ろうと思えば振り切れる。

 しかし、ここまであの人は関わってしまった。

 私が止めてもあの人はあの男達と関わることをやめないだろう。

 それならあの人には正体を明かして理由を話そう。

 あの人を危険な目には合わせたくはないが、何も知らずに首を突っ込む方が危険だ。

 あの人は私の姿を見て驚くだろうか。

 正直怖いが、覚悟を決め林の入り口であの人が来るのを待つ。


 あの人は私に追いつくと怖がる様子もなく近づいて来た。

「あの時の犬なのか?」 

 驚いた。

 私の元の体とは違うこの姿を見ても分かったのだろうか。

「あの時俺が助けれなかった犬なのか?」

 驚いている私に続けてそう言った。

 その顔は悲しそうで、あの時の出来事を後悔していることが分かる。

 あの時初めて会った犬に向かってどうしてそこまで気遣ってくれるのかまるで分からない。

 分からないが、あの人の優しさだけは嘘ではない事が分かる。

 覚悟を決め元の姿へと戻る。


「え?」

 あの人が私の姿を見て予想外だという顔をしている。

「あんたは関わるなと言ったのに」

 立ち尽くすあの人に話しかけた。

「黒い犬はお前だったのか?」

 やはり獣の姿とこの姿との関係性には気付いていなかった。

 それを確認するかのようにあの人は私に問いかけた。

「ああ、私だよ」

 私は裸のままあの人に返事をする。

 早く服を着たいのだが、あいにくここに着替えはない。

 あの人に裸を見られて嫌ではないのだが、恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。

「悪いが、あんたの服を貸してくれないか」 

 あの人に迷惑をかけてしまうが、服を着させてほしい。

「あんたが見たいって言うならかまわないが」

 もちろん冗談だ。

 見たいと言われたらどうしようかと思っていたが、あの人は慌てて自分の服を脱ぐと私に渡してくれた。

 そんな姿に子供達に感じるのとは違う愛しさを感じた。

 貸してもらった服に袖を通す。

 袖を通した瞬間にあの人の匂いに包まれる。

 なんだか気持ちが温かくなる。

 もっと嗅いでいたい思うのは獣の習性なのだろうか。

「はは、あんたの匂いがするよ」

 思わず声に出してしまった。

「あんまり嗅ぐなよ」

「いいじゃないか」

 少し嫌がっているが、それでも嗅ぐのをやめられない。

「おい、手の怪我は大丈夫なのか」

 そんな私に呆れた様子だったあの人が心配そうに聞いてくる。

 今は包帯も取れてしまって傷がむき出しになっているが、見た目より痛くはない。

「ああ、猿どもを追っ払うときに咬まれただけさ」

 それでもあの人は心配そうな顔をしている。

 少し間を置いた後あの人が口を開く。


「なんでお前は教会にいたんだ?」

 急に話が変わった。

 変に誤魔化しても仕方がないので正直に話すことにする。

「教会にはちょくちょく行ってたさ」

「ん?」

 あの人は意味が分からないといった顔で首を傾げる。

「夜にさ、覗いてたんだよ」

「覗いてた?」

 まだ理解できていないのか首を傾げたまま考えている。

 なんだかその姿がおかしくて笑ってしまった。

「あんた、始めは警戒してたのにすぐに気付かなくなったな」

「夜の視線はお前だったのか」

「そうだよ」

 私の言葉でやっと理解してくれたのか傾げた首を元に戻し頷いている。

「子供達を見ていたのか?」

「ああ」

 自分が理解したものを確認するかのようにあの人が質問をしてくる。

「子供達はお前の子供か?」

「ああ」

 私と子供達の関係に気付いてくれた。

「迎えに来なかったのはあの男達と関係しているのか」

「ああ」


 その後私はあの人に今までの事をあの人に説明した。

 説明したのだが、あの人は何か腑に落ちないといった顔をしていた。

 それが何かはなんとなくだが分かった。

 どうして私が子供達と一緒にいてやらないのかと疑問に思っているのだろう。

 正直に獣の姿を見られるのが怖いと言えばよかったのだがなんだか弱い部分を見せるようで恥ずかしい。

 それに、それを口に出すのは真実になりそうで怖い。


「子供達の名前を教えてくれないか」

 話を変えるため、聞きたかった事をあの人に尋ねた。

「見ていたんなら知ってるんじゃないか?」

 急に話を変えた私に少し戸惑っている。

「何を話しているかは聞こえなかった」

 それに以前会った時にも子供達の名前を聞きそびれて後悔した。

「お姉ちゃんがハナ、妹がレンだ」 

 残念そうにしていた私にあの人が子供達の名前がわかるように、ゆっくり話して教えてくれた。

「ハナにレン……」

 やっと子供達の名前が分かった。

 自分では付けられなかった子供達の名前。

 決して名前のことを忘れていたわけではない。

 ただあの人が名前を付けてあげていると思っていた。

 その名前を今やっと聞くことができた。

 名前を忘れないようにこの胸に刻もう。

 そう思い自分の胸に手を当てる。

「お前が親なら名前はあったんじゃないのか?」

 そんな私を見ておかしな顔ひとつせずあの人が聞いてきた。

「考えてはいたが決められなかったんだ」

「俺が付けてよかったのか?」  

 少しばつの悪そうな顔をしている。

「あんたが付けてくれた名前がいい」 

 そう言って深く頷くと、あの人が安心した顔になる。

 私の名前もきっと考えてくれただろう。

 自分の顔に指を差しあの人を見つめる。


「考えてくれたか?」

「何だ突然」

 私の言葉を聞いてもあの人は何の事か分かっていなかった。

 まさか忘れているのだろうか。

 私の言い方が悪かったのだとしても少し傷つく。

「私の名前を考えておけと言っただろ」

 分かっていないあの人にそう告げる。

 その言葉を聞いて何かを思い出すようにあの人が上を向く。

「たしか、教えられないとは言われたが、前の世界の名前はあるんじゃないのか?」

 あの人の言うことも理解できる、幸せに暮らしていた犬ならそうだろう。

「私は捨てられたんだ。その時に名前も捨てたよ」

 それを聞いてあの人が顔を曇らせる。

 きっと私の過去の心配をしているんだろう。

 その後、しばらく目をつぶり何やら真剣に考えだした。


「レンゲ」

「ん?」

 急にあの人が何かを呟いた。

 レンゲと聞こえた。

「お前の名前だよ。レンとハナの名前を合わせただけなんだがな」

 蓮と華を合わせて蓮華。

 随分と安直だ。

 それでもその名前が自然と自分の名前だと思えた。

 私の名前に子供達の名前がある。

 そう思うと、それはとても素晴らしい名前に思える。 

「レンゲ……。私の名前」

 この名前も忘れぬよう胸に刻もう。

「気に入らなかったか?」

 私が何も言わないので心配そうにしている。

「いや、気に入った。私はレンゲだ」

 嬉しくて顔がにやけてしまう。

 そんな私を心配そうに見ているあの人の顔が、なんだか無性におかしくて笑ってしまった。

「よろしくレンゲ。俺はセイゾーだ」

 私が笑い終わるのを待ってあの人が私に手を差し出す。 

 セイゾー、それがあの人の名前なのか。

 私達を救ってくれた人。

 その名前も決して忘れないようにしよう。

「ああ、よろしくな」

 セイゾーが差し出した手を強く握る。


「なんで子供達に会わないんだ?」

 やはり疑問に思っていたのだろう、セイゾーが聞いてきた。

 隠すことはないと分かっている、それでも怖くて俯いてしまう。

「怖いんだ……、子供達にあの姿が見られるのが」

 俯いたままセイゾーに打ち明ける。

「子供達はそんな事でレンゲを嫌ったりはしない」

 そんな私に慰めるように、優しく、そして強くその言葉をくれた。

「本当か?」

 セイゾーの言葉を疑っている訳ではないが、どうしてもその言葉が出てしまう。

「母親の悪口を言おうものなら、すごく怒るほどに母親が好きみたいだぞ」

 セイゾーはそんな私に優しく微笑むとそう言ってくれた。 

「そうか……」

 嬉しかった。

 子供達がそこまで私を想ってくれていることが嬉しかった。

 しかし、それ以外にも大きな問題があった。

 私は人間を信用できない。

 信用以前に人間と関わるのが怖くて抵抗がある。

 話をせず町の中にいるだけでも嫌なのだ。

「それにな、私はセイゾー以外の人間が怖いんだ」

 セイゾーに余計な心配をかけるようで言ってよかったか分からなかったが、セイゾーには知っていてほしかった。

 その言葉を聞いてセイゾーは沈痛な面持ちになる。

 やはり言うべきではなかっただろうか。

「教会なら大丈夫だ。マリアはレンゲを傷付けたりしない。信用もできる人だ」

 後悔しそうになっているとセイゾーが口を開いた。

「マリアも子供達を守ってくれた。だから信用してくれ。子供達にはレンゲが必要なんだ」

 子供達を引き合いに出すのはずるい。

 セイゾーが言いたいことは痛いほど分かる。

 それにシスターが子供達に優しくしてくれていることは私も知っている。

「セイゾーが私を守ってくれるなら」

 自分で言って恥ずかしくなった。

 急に少女のようなことを口走ってしまった。

 それでもセイゾーに守ってもらえるなら、勇気が出そうな気がする。

「俺が守るよ。レンゲも子供達も」

 セイゾーが真剣な目で私を見てそう言ってくれた。

 心が熱いもので満たされる。

「……わかった」

 そんな目でそんな事を言われたら頷くしかなかった。

 そして2人で教会へ歩みだす。


「あのさ、夜に覗いてたのは子供とセイゾーを見るためだったんだ」

 先ほどあんな言葉を聞いたせいか、自分でも分かっていて余計な事を言ってしまう。

「結果はどうあれ私を救おうとしてくれた男だしな」

 誤魔化すように言葉を続けた。

「救えなくてすまない」

 責めるつもりなどなかったのにセイゾーが急に謝ってきた。

 そんな顔をさせるために話した訳じゃない。

「いや、いいよ。セイゾーは守ってくれたんだ」

「いや俺は……」

 否定してもなお苦しそうな顔で何かを言おうとする。

 そんな言葉は聞きたくない。

「守ってくれたんだよ。私も、そして子供も」

 セイゾーの言葉を遮り、セイゾーの目を見つめる。

「私を守ったあんただからあの子達を任せられた」

 セイゾーの手を握る。

「ありがとう」

 自分の感謝の気持ちを精一杯に込めてお礼を伝える。

「どういたしまして」

 そう言ったセイゾーの顔はなんだか恥ずかしそうだった。


 教会へもうすぐ着く頃、セイゾーが私に真剣な表情をして話しかけてきた。

「レンゲ、1ついいか」

「なんだ?」

 表情からしてそれは大切な話なんだろう。

「子供達は獣の姿は怖がらない」

 それはさっきも聞いた言葉だった。

 そう思っているとセイゾーが言葉を続けた。

「怖がるとしたら、レンゲが怒りに満ちた姿を見たときだ。子供達はその姿に恐怖するかもしれない」

 セイゾーの言いたいことは分かった。

 きっと、村を燃やしたり、先ほどの女に飛び掛った姿を言っているのだろう。

「怒るなとは言わない。怒りの中でも冷静さを保ってくれ」

「難しいな」

 怒りに我を忘れた私に、冷静さなど残っていなかった。

「子供を叱るときだって、冷静さを無くしてしまったらそれはただの暴力と変わらない」

「子供に対しては愛情があるだろ」

 愛情があるからこそできることじゃないだろうか。

「愛情があったとしても、暴力に子供は恐れる。だからその愛情がある子供のためにも、今はまだ難しくても、子供が恐れる姿を見せない努力はしてほしい」

 子供のために自分を律せよということか。

「子供のためか」

「そうだな」

 そう言ってセイゾーは真剣な表情を崩した。

「変な話をしてすまないな」

 一呼吸置いてセイゾーがそう言った。

「いや、私達のことを思って言ってくれたんだろ。感謝しているよ。ちょっと説教臭かったけどな」

「俺の柄じゃないかもな」

 セイゾーがそう言って頭をかいている。

「いや、真剣に私達のことを考えてくれていると思うと嬉しいよ」

「そうか」

 私の言葉を聞いてセイゾーはそう言った後恥ずかしいのか顔をそらした。

 話をしている間にもう教会のすぐそばまで来ていた。

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