人形使い編
閉館5分前。利用者はまだ帰れる気配がない。
2階にいるのは、受け付け担当のシタールさん。新しい本の搬入、整理担当 俺 五人の利用者。バイルさんは、魔法書の搬入の手伝いに行っている。
4人は、人間の若者といった感じ。
一人は、人間の少女といった感じ。
十分前にも、閉館時間ということは伝えたが、こちらを見ずにあぁだのウゥだの曖昧な返信しかされなく、明確な回答は得られなかった。というより、何か不思議な感じの利用者だったのだ。
本を利用しているのでもなく、ただ椅子に座り、じっと前を向いている。人形のように。しかもみな同じ方向を見ている。北側、魔法書の棚のほう。
成人しているであろう人間が、もうすぐ七時になるであろう時間帯に図書館でこんなことをしているのだ。 だが、成人たちに挟まれるように一緒にいる少女だけは、ただ前も見ずうつむいているというような様子だった。
薄気味悪い。というかそろそろ帰ってもらわないと、俺たちが怒られる。
俺は勇気をもう一度出し、その利用者たちに話しかけた。
「大変申し訳ありません。当館はそろそろ閉館の時間ですので、そろそろお帰りいただいてもらってもよろしいでしょうか?」
回答はない。
微動だにしないとはこういうとなのか。
筋肉の0.1%も動かしていない。まったく回答もしないで動きもしない。もう無理やりたたき出すか?そんな事を考えていると、7時のお知らせ音である時計の音が鳴り響く。瞬間
「ガタッ」
5人が一斉に立つ。
それは見事に、全員が全くの同じだった。打ち合わせをしたのではないのかと疑ってしまうほどに。だが、それでも異常な客だとは思わなかった。感覚がマヒしていたから。
その客は、まったく同じ挙動で立ち、帰り口ではなく、魔法書のほうに向かって歩く。
ここで初めて異常と気づいた。シタールさんも慌てて駆けつける。
魔法書の棚に行くと横一列に並ぶ。そして両こぶしを腰の横にきれいに並べ。
「どうかされ…」
”ガシャン”
耳を覆いたくなるような衝撃音が、俺の言葉を遮る。周りにはお抑えきれなかった衝撃波が発生。最初に感じたのは、浮遊感。次にめり込むような衝撃。図書館の壁に激突した。内臓が圧迫され、四肢が痛い。ついでに張り付きの刑だ。いくら魔法が使えると言っても、ほとんどノーマルに近い俺は、勢いを殺すことはできなかった。だが、それは俺だけ。つぶっていた目を開けると見えたのは。
シタールさんが一人の利用者を蹴りつけているところだった。
しかもただ蹴りつけているのではない。浮いていた。少しだがシタールさんは浮いていたのだ。蹴りつけるまで、3秒しか見えていなかったが、確かに浮いており、わき腹を狙い、相手の腹をめり込ます勢いで腰をひねり、パワーを出す。その勢いがついた蹴りは相手の腹に直撃。実際にめり込まし、一人を吹っ飛ばす。俺のすぐ脇に。
”ズドン”
図書館が揺れる。
仲間が吹き飛ばされたのに気づいたのだろう。一斉にシタールさんのほうに向く。一列に。というか…
「シタールさん、いきなりふっ飛ばさないでください。まずは警告してからでしょ。」
「お前、その状態でよく言えるな。」
またか、この図書館でも俺は…
もうあきらめよう。そう思う。
シタールさんは、利用者という名の犯罪者に向け指をさす。
「お前たちの目標は、何だか知らないが。お前らの好きにはさせないからな。」
そして、自分を親指でさし。こうきめる。
「この私がいる限り!」
その時の様子を一言でいうなら、かわいい。
シタールさんは、大人っぽいが小柄。というか見た目幼女で、こんなことを言う人ではなかった。
俺は、シタールさんに敬意を表し、本音を言う。
「シタールさんて、かわいいんだな。」
本人には聞こえていなかったようだ。
数分後、焦れたらしいシタールさんが先に動く。
一番近くにいた青年に対しコークスクリューを決める。バンという音、骨がきしむ音。相手は後ろの奴とまとめてふっ飛ばされる。そして逃がさないと捕まえ、ついでに右肘と右膝で顔をサンドイッチ。”ガチン”という音とともに、相手の舌が舞う。最後に、背中に足蹴りを追加。
地面にキスをさせる。
倒れた相手は”無表情”だった。
跳躍
三番目をすぐに捕まえ、地面にたたきつける。ガンガンと普段では聞きなれない音をかもしだし。相手を何度もキスをさせる。もちろん地面に。しかし、それでも手を休めない。片手で放り投げ、また飛びかかと落としを決める。”ドゴン”という衝撃。爆風を耐えて残っていた本棚が一斉に下を向く。倒れた相手は”無表情”だった。
突っ立っている四番目には、足払いをし、体勢を崩す。ついでに回った反動を生かし、相手の腰に足が来るようセット、上に跳躍、天井にめり込ました。
残ったのは、少女。少女が殴ったガラスは割れはしなかったが、ヒビが入っていた。
「しょうがないからこれで許してあげる。」
そう言って、デコピンをする。自分より、身長がある相手に。
デコピンといっても、”カツン”とここまで聞こえるようなデコピン。普通だったら脳震盪は間違いなし。いや、脳震盪じゃすまないだろう。少女はその威力で一回転し、倒れる。本棚の上に。
女の子は、”無表情”だった。
一通り終わると、シタールさんは安心したように、俺のところに来る。
「大丈夫か稲垣。見事にめり込んでいるぞ。」
「大丈夫。です。ハイ。」
「大丈夫じゃないな。」
そう言って、引きはがしてくれる。というか
「これ、どうします?」
俺たちの目の前にあったのは、本棚が倒れて悲惨な状態になっている。図書館の一部だった物。
俺が思ったことは、この後に起こるであろう。
正座と、片付けだった。