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紳士的な異世界冒険譚  作者: けいたん
1/1

0日目:その日、僕は死んだのだった。

よろしくおねがいします!

人は死んだらどうなるのか。それは人類が抱いている永遠のテーマの1つではないだろうか。


天使が迎えに来るとか、死神がやってくるとか。あるいは魂だけの状態になってしまって、自然の一部へと変わってしまったり、高次元の存在へと昇華するため輪廻転生したりだとか。


国や時代、文化や宗教によってその解釈は千差万別、多種多様である。死後の世界で得するために生きているうちから何かしらの修行や善行を積む人なんて現代社会において特段珍しい方でもないだろう。だれだって閻魔さまに舌を引っこ抜かれたくはないし、天国の門には開いてほしいと思うはずだ。


もちろんそんな人や物があるかどうかなんて知りようもないけど、あるかどうか分からないなら「念のために」行動を起こしておくというのは、まあ理にかなっているのかもしれない。


かくいう僕自身、死んだら地獄よりも天国や極楽に行きたいと思う。その存在の有無はひとまず置いておいて、とりあえず無意味な悪行を働くことはないし出来るだけ人に優しくしようとしている。と言っても、ゴミをポイ捨てしないようにするとか、必要そうなら年配の方にバスや電車の席を譲るくらいだけど。


まぁ結局のところ、僕は本気で死後の世界があるだなんて思ってはいなかったのだ。僕の善行と呼べるのかどうかあやしい行動も単にそうしたいだけという性格に帰来するものなだけである。


打算的で。

独善的で。

欲深で。

無意味で。

無価値で。


まったく、救いようのない人間とは僕のようなものを指すのかもしれない。いや、この考えも全くもって傲慢的なのだろう。きっと僕はそんな救われない自分というものを作り出し、嘆くことで、さながら悲劇のヒロインを自称するが如く、悦に入ろうとしているのだ。


そうだとしたら、僕のこの思考はなかなか前衛的な自慰行為であると言えないだろうか。


言えないか。


話が大分逸れたけど、つまり僕は人が死んだ後の事なんて真面目に考えたことがなかったし、まして何かしらのアクションを起こすことなんて皆無だった。ゼロである。


何故なら、答えのないものを、求めようもないものを追い続けることに意義を見出せなかったからだ・・・・・なんて大袈裟に言ってみたけど、まあ単純に興味がなかっただけである。


ただ、その日その日を当たり前のように消化し、明日を迎え、そしてまた当たり前のような日常を消化する。特別な出来事は沢山あったけど、そんなものは誰にだってあることだ。宝くじが当たったり、街中で有名人とすれ違ったり、たまたま訪れたお店にプレミアム付きの非常にレアな商品があったりとか。




僕という存在、名切はやてという存在は、この世界の有象無象だ。特別なことも、無価値なことも、類まれな経験も、平凡極まりない体験も。全て全てひっくるめた僕が過ごした20年もの年月は、その中での僕の言動は、思考は、体験は、つまり、取るに足らないものなのである。


そうだった。

そうであるはずだった。

そうあるべきだった。


けれども。


一体何が原因だったのだろう。いつもより早く帰宅をしたからか。帰りの電車でICカードではなく小銭を使ったからか。誰もいなかった優先席に座ったからか。晩ご飯をいつもより早く食べたからか。妹達の後にお風呂に入ったからか。夜中に近所のコンビニへ出かけたからか。


その全てが原因だったのかもしれないし、あるいはその全ては無関係だったのかもしれない。何が原因だったのかなんて、それこそ人の死後について考えることと同じくらい無駄なことで、答えなど無いのかもしれない。


だけど、しかし、けれど、だからこそ、僕は考えてしまうのだ。


どうして僕は、怒りに任せて叩き割ったトマトのように爆ぜ散っている僕自身を眺めているのか。


というか、そもそも何故僕の身体が爆散しているのかという話にもなるのだけれど、それは肉塊の隣に転がっている幾つかのどでかい鉄骨を見たら何となく察することが出来る。工事中の建物から落ちてきたのだろう。なんて単純な原因。なんて不運なのだろう。


周囲の瓦礫やブロック塀は血肉によって赤黒く染まり、あたりに散らばる臓物とその欠片は鉄と排泄物の臭いを混ぜ込めた異臭を放って周囲の空気を汚染している。意外なことに個人を判別できる程度には綺麗に残った顔(後頭部は飛んでしまっているが)が、首より下の凄惨さを引き立てながら、吐き気を催す不気味さを作り出している。


今はまだ誰もいないけど、きっとそのうち人が集まってくるだろう。鉄骨が落ちたのだ。相当な音が響き渡ったに違いない。様子を見に来るであろう第一発見者には同情を禁じえない。何かと思ってきてみれば、そこには下手なスプラッター映画よりも凄惨な光景があるのだから。視覚にも嗅覚にも訴えてくるこの現場は極悪としか言いようが無い。


そしてそんな爆散トマトの側に立っている、爆散していないトマト。いや、レジ袋を片手に立ち惚けている五体満足な僕なんだけど。全くもって意味がわからない。なんだこの状況。混乱が混乱を呼ぶこと待ったなしだ。


この時の僕はどうかしていたのだろう。いや、どうかしていたのだ。目の前の自分の死体を眺めても、凄惨な現場を目にしても、頭に浮かんでくるのは極めてどうでもいいことばかりだった。


何故こんなことに。何故僕は眺めている。この死体はなんだ。レジ袋からエロ雑誌見えてる。この体はどうするんだ。買ったエロ雑誌これ先週号じゃないか、妹ものだから先週は買わなかったのに。というか僕は死んでいるのだろうか。


支離滅裂と考えている僕は、やはり混乱しているのだろう。通行の邪魔にならないよう地面に転がっている身体を道の隅に避けるべきかなんて考えてしまう程には混乱している。


すると、ただ突っ立って混乱している僕の頭を急激に冷やす現象が起き始めた。僕の足元が突然光りだしたのである。


不思議な光だった。確かに光り輝いているのに、まったく周囲を照らしていない。電灯よりも色鮮やかで強い光だというのに、辺りが明るくなる気配は全くない。


そして奇妙なことに、僕の体がゆっくりと、ゆっくりと沈んでゆくのだ。


ゆっくり、少しずつ、僅かに、しかし確かに、でもゆっくりと。


身動きが取れず、あまりにも遅々と沈むものだから、なんだなんだと慌てていた僕も足の付け根まで沈む頃には沈むならせめて誰か来るまでには沈みきって欲しいなと達観してしまっていた。


そんな中、何故沈むんだろうと、何処へ沈んでいるのだろうと考えた時、僕は悟ったのだ。


僕が、死んだという事を。


それはあまりにも自然に、スッと頭に浮かんだ。慌てるべきなのだろう、うろたえるシチュエーションなのだろう、だけど僕は妙に冷静だった。冷静というには熱くてひどく重たいナニカが僕の感情に働きかけているような気がするけれど、今はその正体を考えるつもりはなかった。


人が死んだらどうなるのか、死後の世界はあるのだろうか。まさか死んでもなおよく分からないとは思いもしなかったけど、それはきっとこれからわかる事なのだろう。死神や天使は迎えに来なかったし、魂のかたまりになってどうこうといった雰囲気でもなさそうだ。生前は何か徳を積んだわけでもなければ、悪行を働いたわけでも無い。欲には少し忠実だったかもしれないけど、精々エロ雑誌を紳士的に嗜むくらいだったのでそこら辺りは見逃して欲しいところではある。


なんにせよ、あまりひどい事にならない事を願うばかりだ。


そうこう思っていると、僕の体もいよいよ残すところ頭だけになった。はたから見たら、爆散トマトの隣で、生首が道から生えているように見えるだろう。それも、目を開けた状態だ。怖いというか、かなりシュールに見えるのではないだろうか。ちょっと見てみたい。


なんて不謹慎ーーー自分の事だから何とも言えないがーーーなことを考えていたら、道の向こうから声が聞こえてきた。僕の家がある方角である。


誰かが来たのだろう。この現場を見つけてしまう人はとても運が悪かった。向こう一ヶ月はトマトを食べられなくなるかもしれない。しかし、誰かに見つけてもらわないと、このトマトは朝まで放置される事になる。そうなったら大衆の目に触れる事になるだろう。


この町内でのトマト消費量が著しく低下してしまう。それだけは断固阻止したいところである。


このトマトになっていない僕、生首どころかもはや口まで埋まってしまっている僕の事も見る事が出来るなら、僕のアイコンタクトでどうにか落ち着いてもらえるかもしれない。無理か。


まぁなるようにしかならないだろう。鼻の穴が埋まっても息が出来る事に驚きつつ僕は様子を見守る事にした。せっかくなので爆裂トマトを見た反応でも楽しませてもらおう。


足音が大きくなり、暗闇の奥から誰かがやって来る。


現れた人物は、この場所を発見する者として最も相応しい人物であり、最も相応しくない人物だった。


自分が履くにはかなり大きめの僕のサンダルをつっかけ、楽に着れて暖かい上膝が隠れる程度には大きいと言って勝手に僕のジャケットを着込み、わずかに濡れた髪のまま、財布を片手にパタパタと走り来る人物。


家を出る前、僕はコンビニに行ってくると彼女に伝えた。それを聞いて少し経った後、自分もアイスでも食べたいと思ったのだろう。普通なら僕の携帯に電話して、甘えた声でアイスを買うように強請るのだが、あいにく僕は携帯を持ってきていなかった。歩いて5分くらいの所にあるコンビニだ。わざわざ持っていく必要もないだろう。


それならと、僕もコンビニにいる事だしと、自らもコンビニへ向かおうとしたのだろうか。


コンビニまでの道のりは同じ。僕の少し後に家を出たのなら、きっと鉄骨が落ちた音を聞いていただろうし、その音が自分の行く方向から聞こえてきたと思うだろう。


好奇心旺盛な中学生だ。怖いもの見たさで見に来たのかもしれない。


彼女はタイミングよくこの現場に来た、いや、タイミング悪くこの現場に来てしまうには最も相応しく。


そしてぐずぐずに崩れ、血肉を撒き散らし、悲惨な最期を遂げた僕らしき肉塊を発見するには最も相応しくなかった。




「........ぇ.....ぉ、おに...おにい、ちゃ.........?」




僕の双子の妹達の片割れ、名切楓という女の子は。
























その日、僕は死んだのだった。


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