接触霊感2
「ねえ、昨夜あたしの部屋に来てないよね?」
祐紀の質問に、母と姉は不思議そうな目をして答える。
「なんで?」
「行ってないよ?」
じゃあ、あれはやっぱり。祐紀はため息をついた。姉が察してたずねる。
「なに? また来たの?」
「うん、久しぶりに来た」
昨晩、祐紀は飲み会だった。
アルバイト先のコンビニの送別会で、久しぶりにヘロヘロになるまで飲んだ。同僚の先輩が家まで送ってくれて、そのまま部屋に入って眠ってしまったらしかった。
一時間ばかり眠り、ふと目覚めたのが十一時十三分。これは祐紀の誕生日と同じ数字だったので、間違いない。
トイレに行きメイクを落とし、シャワーは朝に浴びることにして再びベッドにもぐり込んだのが、十一時五十分。部屋を暗くして間もなく、久しぶりにそれはやって来た。
「階段を昇ってくる気配がしたのね。それから部屋に入ってきて、顔を近づけてくるの」
「あー、前と同じだねー」
姉も、母も慣れたものだ。もはや驚きもしない。
祐紀の家族は、どうやら霊感があるらしかった。
母は「見える」系で、若い頃から襖に浮かぶ女やら人魂やら見ていたそうだ。
姉は「聞こえる」系で、突然に「人の声がする」と言い出しては、あらぬ方向に目を向けたりする。
そして不思議なことに、母は「聞こえない」、姉は「見えない」のだそうだ。
「それがね、今回はキスされそうになったんだよ! 初のパターン!」
「えーキス!? 誰!? 心当たりは?」
姉が楽しそうに聞いてくる。すっかり恋話のノリだ。誰も気持ち悪いとか言わないのが、祐紀にはありがたい。
祐紀は「感じる」系だ。亡くなった父もそうだったらしい。見えないし聞こえないが、気配を感じる。
祐紀は学校でよく「あれ? 今、誰か来たよね?」と聞いては周囲に気味悪がられた。なので次第に、まず目で確かめる癖がついた。今回も思いきって目を開けたが、部屋の天井がぼんやり見えただけだった。
「ウザいから手で払うと離れるんだけどさ、また来るんだよねー。三回払ったら帰ったのかな? 寝落ちしてそこまでしか記憶ないけど」
「あんた、ずいぶん飲んでたからねー。半分夢なんじゃない?」
「いやあ、顔洗って戻ってすぐだよ? たぶん、前にも来た人だと思うなー」
「でもキスって! あ、元彼は?」
「生きてるし! 生き霊とか言わないでよ?」
祐紀が姉と言い合っていると、これまで黙っていた母がぼそっ、と言った。
「お父さんじゃない?」
「お父さん!?」
祐紀と姉は同時に叫んだ。
「お父さんか……だったら嬉しいなあ」
「えー? お父さんとキス?」
「見ず知らずの人とかよりいいじゃん」
祐紀は昨夜感じた気配の記憶をたどる。おぼろげな記憶しかない、父との思い出と重なることを願って。
父は、祐紀が三歳の時に亡くなった。突然の心臓発作での、三十二歳の若すぎる死だった。
母によると、父は仕事の帰りが遅くなって娘たちが眠ってしまっていると、とても残念がった。二人の顔を交互にのぞきこみ顔を近づけるので、母はいつも「ファーストキス奪っちゃダメよ! 将来恨まれるよ!」と脅していたのだそうだ。
「『やっぱりダメかなー?』って言ってたから、たぶん奪われてないと思うよ」
母は繰り返し、笑いながらこの話を二人に聞かせたものだった。
「えー? じゃあ、あたしのとこにも来ないとおかしいじゃん」
姉が不満そうに言う。
「だってさー、お姉ちゃん感じないじゃん」
「そうだけど……だったら名前呼んでくれるとかさー。お父さんの声なら分かるのに」
つまんなーい、つまんなーい、と姉はつぶやき続ける。
「だったら、最愛の妻のところにも来てくれないとー」
とうとう母まで乗っかってきた。
「お母さんは見えるんだから……でも感じないから、気づかないで寝てるんじゃないのー?」
議論の末「全員のところを回っていくが、気配を感じる祐紀だけが気づいている」という結論に達した。
「お父さんかどうか分からないのに、なんでムキになるかなー?」
ベッドに横になり、祐紀はぼんやりと考える。
結局、祐紀のあいまいな記憶では、夜中の訪問者が父だとは断言できなかった。ただ、危害を加える気がないことは感じる。あまりに顔に近づいてくるのでウザいだけだ。
目を閉じると、母に釘をさされて苦笑いしながら離れていく父の顔が、一瞬だけ見えた気がした。
「元彼とファーストキスはしちゃったけど、やっぱりお父さんとはダメだからねー! するなら、お母さんにしてねー! お母さん、気づかないだろうけど!」
部屋のドアに向かって小さくつぶやき、電気を消してベッドにもぐり込む。もし父が来ているのだとしたら、霊感があるのも悪くないかもしれない。
「生まれ変わってたら、会いたいな……分かるといいなあ……」
縁がある生命は、必ず近くに生まれてくるってお父さんが言ってた、と母が教えてくれた。また家族になれるかな。親友になるかもしれないな。年下の彼氏でもいいよ、お父さん。いろいろな形の再会を想像しながら、祐紀は眠りにおちた。