9.路地裏にて一人と一匹
ラーメン屋を後にして、隼斗とミケはとある住宅街の路地裏へとやって来た。これが小学生の時分で学校への近道ならば文句なく駆け抜けたであろう、そうでなければなるべく関わり合いになりたくない、そんなうらぶれた場所だった。
隼斗の通う学校からもほど近い場所だというのに、知り合い一人とも顔を合わせそうにない、やたらに退廃感だけが満ち満ちている。
「こうして穿った目で見ると、いかにも誰かが隠れて犯罪やってますよって場所だよな……すぐそこは大通りなのに」
「人間、盲点を突かれると痛いからねー。こんな人のいる街中で事件が起こってるなんて、言われるまで分からなかったりするものだよ」
ふふんと鼻を鳴らしてそう言うミケは、ラーメン屋を後にして以来、ずっとパーカーのフードをかぶっている。降ろしている時は気づきようもなかったが、頭頂部が子猫の耳のようにほんのり尖った、どこかあけすけな無邪気さを感じさせるデザインのものだった。
まったく、なんというか子供っぽい。背丈はそこそこあるし、服越しでも分かるくらい女の子らしいふくらみも意外と――そこまできて、変なこと考えるのはやめようと隼斗は頭を振った。
「薄暗くて、ノラネコには似合いの場所だな」
「なんか言ったにゃ?」
「なにその唐突な猫キャラ。二口女で猫又とか会って早々キャラぶれすぎでしょ」
「いや、隼斗こういうの好きなのかなーって。女の子は視線に敏感なのだよ。ほれ犯行現場で決めゼリフ、猫さん事件です!」
メス猫がオスを誘うようないやらしい笑みを浮かべ、丸めた両の拳をくいっと傾ける猫のポーズ。実にあざとい。
「ねこパンチ」
「あべしっ! ……チョップじゃんそれ!」
「調査中はペット禁止です。まったく。テキトーなこと言ってると猫鍋にして煮て食っちまうぞ」
「うー、動物いじめだこんちくしょー。カチカチ山のおばあちゃんじゃないんだからぁ……」
ほっぺたを膨らませて頭を抑えるミケ。話題を逸らそうと、何か怪しい物がないかと辺りに視線を泳がせる。
しかし。
「……っていうか、ここ別に何も無いじゃん。本当に現場なのかよ?」
「んにゃ、汚いから気づきにくいだけだよ。ほら、注意深く見てごらん。目をお皿のよーにしてさ」
しゃがみ込むミケにつられて、彼女の手元を覗きこむ。よくよく見れば、何かの布切れらしきものが握られている。さらにその先の地面には、アリの行進のような赤黒いシミが点々と続いていた。
どちらもそうだと言われなければ全く気付けるはずもない、蚊ほどの存在感も放ってはいなかった。
思わず唾を飲み込み、隼斗は背筋に薄ら寒いものを覚える。意識は既に生臭い何かを求める嗅覚と重なり、尋ねるまでもなく一つの確信へと繋がってる。
「……血か。これ」
「そだね。間違いなく喰われた人のものだよ。んで、この布切れは食いちぎられた服の切れ端」
「ホントかよ。ただのゴミにしか見えないんだけど」
ミケは立ち上がり、昆虫学者が虫眼鏡片手に観察するように――という風でもなく、ヒマな学生がその辺ブラつくような足取りで『現場検証』を行っていた。後頭口から四本の長い舌を出し、それらで器用にがらくたや細かな瓦礫をどかしている。これが工事現場なら、日雇い労働者など商売あがったりもいいところだろう。
猥雑としたほこりっぽい路地裏を、誰も見てないのをいいことに本性丸出しでブロードショーのように練り歩く、猫耳パーカー姿の少女。あまりにも異様な光景だった。
(全っ然わかんないって、こんなの。間違い探しかっての。人喰いの食事の後っていうから、こう、もっとグロいの想像してたんだけどなぁ)
覚悟がムダになってしまった形だ。
いつぞや目にした、ストーリーなんて覚えちゃいないB級パニック映画のワンシーンを思い起こす隼斗。もしそんな想像の通りならば、当然ながらもっとあからさまな証拠が残るはず。そうでないということ自体が、彼には違和感でしかなかった。
もちろんそれは、『生き残るために食べる』命を賭けた日々の戦いとは何ら関係の無い、お行儀の良い『いただきます』と『ごちそうさま』の世界に生きてきた隼斗だからこそ抱き得た感情に他ならないだろう。
「……くそぉ。役立たずのまんまで終わってられねぇってのよ」
情報を整理していくにつれて、おぼろげながら事件の輪郭が浮かび上がっていく。
狭い路地裏の中のさらに狭い脳内で、隼斗はひたすら思考を巡らせていった。