7.喰うものと喰われるもの
「さて、それじゃ本題なんだけど」
「人喰いな」
「一気に核心つくねー。仕事熱心なのはいいことだぞー」
「言われたこともできない人間になりたくないんだよ。人として役に立てるならそれが一番いい」
それこそ隼斗の偽らざる本音だった。たとえ今回の降って湧いたような事案でも、それは変わらない。
ミケはスープを一口すすると、語り出した。
「あたしね、互助会の化生ハンターをやってるの」
「何の漫画の話?」
「はぐらかすなってーの。こないだドラマでもやってたじゃん? 主婦が懸賞金付きの犯罪者を追っかけまわす現代のバウンティハンターの話。あんな感じの」
「そのハンターって響きがダメなんだと思うけど……」
ぼやいて、スープの絡んだちぢれ麺をずずっとすする。
安易なネーミングセンスを忌避するのは彼が中学二年生を通過した高校生である証左と言えなくもないが、彼は気づいているのか、いないのか。
「とにかく。互助会が取り仕切ってるこの界隈で、いろいろ悪さしてる化生にお仕置きしたげるのがあたしの役目なんだよねー」
「それで、とっちめたら金がもらえるわけだ。……レキの財源が何なのかは知らんけど」
「そゆこと。これが意外と戦闘できる化生ってのは中々いなくてね。ま、フツーに慎ましやかに生きてれば、そんなやかましいこと言わないよ」
口にモノ入れたまま喋らないようタイミングに気をつけつつ、二人は和やかに会話を進める。
「中でもねー、『人喰い』だけは特級の犯罪なんだよ。そりゃ人殺しそのものもダメだけど、人喰いだけはマジパないっす」
「違いがよく分かんねぇな。刺し殺すのと喰い殺すのに違いが?」
食事時に物騒で血なまぐさい話をする違和感は、なるべく頭の隅に追いやろうと務めた。
ミケは頬張った煮玉子を咀嚼しながら、頭をゆっくり左右に振って「う~ん」と唸る。
「んぐ。……そりゃま、現代日本人の多くは、人を喰うことを特に穢れた行為だと考えてるからね。それが文化として常識として根付いてるなら、話は別だったろうけど」
「……人喰いが常習化してる社会なんてぜってぇ生まれたくないけどな」
「そりゃー運が良かったなー少年よ。あたしもこっちに住むようなって、人喰いに対する踏ん切りがついたからね」
ぶっ。
思わず吹き出しそうになって、隼斗はむせつつも何とか麺を飲み込んだ。
「み、ミケも人を? じょ、冗談は――」
「あー、ごめんごめん。あたしは食べたことないよ。でも世の中、今みたいにいつだって好きなだけお腹いっぱい食べられるわけじゃないしね。飢饉なら母が娘を煮て喰う世にもなるってこと。あたしだって、食べるに困って片腕一本でもと思ったこともあれば、ムカッときて、喰っちまうぞ! ってなったことも一度や二度じゃない」
「……」
「化生が人を喰うなんて全然ふつーなんだよ。あたしはこういうタイプの化生にしては、よくガマンした方だと思うね」
息をするように自然と語り、ミケは熱いスープをふーふーと冷ましてレンゲからすすった。
「……軽蔑した?」
「……い、いや……」
「隼斗は人間だから。そう思うのも仕方ないよ。でも互助会を継いだら、多分そういうカルチャーショックのオンパレード。覚悟しといたほうがいいよ」
そう言い切り、ミケは黙々とラーメンを食べる作業に戻った。
会話に間が生まれ、隼斗は自分の丼に視線を落としたまま自問する。
自分は、おぞましい領域に片足をつっこみ始めたのではないか? と。
おそらくこうした手合いは序の口。ここから慣れてもらうことも兼ねて、レキはこのような『テスト』を設けたのだろう。さも当たり前のように人喰いを語るミケにさえ振り落とされるようでは、この先のことは務まるまい。
(……一高校生が考えたって、分かんねぇとは思うけど)
混沌とした様々な考えが巡る様は、まるで様々な具が一つの丼に混ざり合った、このラーメンのようでもあった。
そんな取り留めのないことを思いながら、隼斗もまたラーメンに箸を突っ込む。
美味しかったはずの味は、よく分からなくなってしまった。