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喰わざるもの、生きるべからず  作者: あさぎり椋
とっても、よく食べる出会い
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5.熱闘! その正体は

 どう見ても幼女、もとい少女な雷獣との出会いから二日が経った。隼斗は、休日でそこそこの賑わいを見せている駅前の通りを一人で歩いている。

 あの座敷牢以来、彼はいつにも増して眠気に悩まされていた。難しいことを考えるといつでもこれだ。今日は自由な休みだから良いようなものの、学校ではついに教師からのありがたいお小言まで頂く始末。

 もっとも、これから自分がしなければならないことを思えば、学校の授業なんて宇宙に対する人類のごとくちっぽけなものだとしか思えなかった。

「ここかぁ……」

 隼斗は立ち止まり、ぼんやりと独りごちた。入ったことはないが、最近流行りと噂のラーメン屋だ。魚介系の素材を使った香ばしい辛味噌ラーメンが特に美味しく、醤油だれにつけて食べる中細玉子麺の油そばも評判が良いという。もっとも、『多めな量の割にリーズナブルな価格』という点が一番の魅力と言う者もいるとも隼斗は聞いていた。

 さてラーメン屋とはいえ、実のところ食事をメインの目的として来たわけではなかった。彼は店先でごくりと唾を飲み込み、先日のレキの言葉をふっと思い起こす。


『無論、相手は非常にキョ~アクな化生じゃ。ただの小童でシズメもまだまだ弱いお主がかなうわけもない。ゆえに、お主をサポートする助っ人をつける』


 レキが言うにはそういうことで、事件の詳細もその助っ人に聞けとのこと。

 その助っ人との待ち合わせ場所に指定されていたのが、このラーメン屋というわけだ。腕時計を見れば、時刻は約束の十二時の十分前。腹が良い具合に鳴る頃で、和やかに食事しながら自己紹介でもしましょうというところだろう。 

「よし!」

 意を決して、隼斗は店の引き扉に手をかけた。こんなに気合を入れてラーメン屋に入ろうと思ったのは生まれて初めてだった。

 が、その時。

「~~~~~~~ッッッ!」

 ばぢぃっ! と、隼斗の手はゾワッとした感覚にシビれさせられた。

 六感への訴えはレキのイカヅチに勝るとも劣らない。これが漫画のワンシーンならページ見開きで集中線が何本あっても足りないくらいの凄まじい衝撃が、腕から脳天までをぶち抜き通った。

「な、なんだ!?」

 それこそレキに出会った瞬間のように、体が動かない。

 ここは、ただのラーメン屋ではないのか。RPGの勇者が魔王城に入るのとはワケが違う。どちらかと言えばインドア系で格闘技や武道など見る側でしか興味の無い隼斗でも、生存本能が戦闘への警鐘を鳴らしている心地だった。

 ここが戦場なら死んでいるぞ――そう言われても反論できまい。

 極厚チャーシューがキバでもむくのか。錦糸卵が胃を内側から破壊するのか。ラー油に、にんにくに、コショウに彩られた味噌の香りが理性をブッ飛ばすのか。匂い立つとんこつスープを飲み干すのに、己の存在意義を掛けるのか! そんな意味不明な錯覚を覚えるほどの、そう、彼の手を通じて店内から伝わってくるものは――

(……ふっ、面白い。眠気以外で俺を止められると思うな!)


 ――すさまじい熱気と、飽くなき闘争本能!!


「うぉっ!?」

 扉を開けて勇んで一歩。

 ついに店内へと突入した彼を出迎えたのは、とにかくもう体が夏になるんじゃないかと思うほどの『熱』であった。

 その熱は、尋常でなく辛い。ツライではなく、『カライ』。空気がカライのだ。そんな店内の熱気が彼の足を止める。まだ一歩入っただけだというのに、これ以上進めばノドが焼けるんじゃないかとさえ思える。

 それでも何とか額の汗を拭いながら目を細めれば、なにやら一つのテーブル席に盛大な人だかりができている。

 芸能人が食事にでも来ているのか? いや、そういう雰囲気でもなさそうだ。

 何とか人をかき分けて、中心を拝もうと進む。いくら大食い自慢の芸能人でもこんな異様な雰囲気なんて――

「……は?」

 隼斗は、あんぐりと口を開けた。何度も、ドライアイの人でもそんなしないぞってくらい、何度もまばたきした。

 いやいや。まさか。んなアホな。

 何度も何度も『有り得ない』を繰り返す彼。その両目に映ったのは――


 レキが入って体育座りできそうなくらいのスーパードデカどんぶりへ溢れんばかりに盛り付けられた大宇宙銀河超ド級特製ギガント大盛り特濃辛味噌ラーメンと、それを見る見る内に喰らい尽くしていく『少女』の姿だった。

 いや、まず問うべきだ――果たしてこれは、ほんとにラーメンなのか? と。


「うそだろ……」

 あまりに哲学的な状況を前に、そう、月並みにつぶやくのが精一杯。

 五人前? 十人前? その倍はあるか? 食えと言われたらそれなんて拷問ですかってな具合のラーメンらしきナニカはしかし、確実に少女によってその量を減じていた。

「はうっ、おむっ、んぐっ」

 衆人環視の中、少女の口から声にならない声が漏れる。

 黄色い中細のちぢれ麺が、ずぞぞぞぞと小気味良く吸い込まれていく。それ一枚でお腹いっぱいになりそうなチャーシューが、月の欠けるが如くどんどん小さくなっていく。煮玉子は……まず間違いなく、鶏卵のサイズではない。

「あむっ、んにゅっ、はふっ……!」

 決して急ぐでもなく、マイペースでそれを一心不乱に食べ続ける少女。時おり箸を休めては桃色の唇から「ふうっ」と息をつき、汗のせいか、セミロングの茶髪をサッとなびかせうなじを覗かせる。シャツに薄手のパーカーを纏った動きやすそうな背格好は、隼斗とそう歳も変わらない普通の『少女』としか言いようがなかった。

「むぐっ……ふぅ……」

 それにしても。

(めちゃくちゃな量なのに、なんて美味そうに食うんだ……)

 香ばしいスープの香りが否が応でも嗅覚をくすぐり、腹を鳴らす。無我夢中に、それでいて決して下品にならずもぐもぐと食べ続ける少女の様子が、一層拍車をかけるのだ。

 やがて麺もチャーシューも海苔も水菜も刻みネギも煮玉子も、全てが少女の胃の中に収まった。

 スープを飲み干しにかかる。まるで土砂降りが排水口に吸い込まれるかのように凄まじい勢いでみるみるスープは減りに減っていく。

 そして――


 ゴトン。

 少女は丼を置き。手を合わせ。大満足の満面の笑みを浮かべて。


「ごちそうさまでした!」


『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』


 野次馬達が一斉に、歓びの雄叫びと万雷の拍手を鳴り響かせる。その相乗的なやかましさときたら、伝説のロックバンドの一夜限り復活ライブさながらだ。

 気がつけば隼斗もその中に混じって、心の底から惜しみない拍手を送っていた。どう見ても物理的に少女の腹に収まる量のラーメンではなかったことなど、もはやどうでも良かった。白昼のミラクルに臨席できた喜びで、熱にうなされたように興奮するばかり。

 しかし、彼はその観客Aで終わることはなかった。

「あっ、君!」

 少女は採算的な意味で男泣きする店主を尻目に、何故かビシッと隼斗の方を指さしてくる。

「へ? 俺? なになに、チャンピオンのご指名って……?」

 つかの間の興奮のままに呆けた返事を返すも、すぐに隼斗は思い出した。

「あぁ~ッ!?」

 何事もなかったかのように、ニカッと笑いかけてくる少女。


(……助っ人って、この人のことか~!?)


 どうやらすごいことになりそうだ。そんな予感が過ぎるのだった。

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