4.振るうことに迷い無く
「……さすが化生、何でもお見通しなんだな」
「そりゃまー、お主のことは度々お主の親父から聞いておったのでな。あれは中々気難しいじゃろ? あれでもお主が生まれてからな、たいぶ丸くなったんじゃぞ~」
何だかおかしくなって、二人はお互いに笑い合った。狭い洞窟の中に、二人の楽しそうな声が反響する。
「じゃあ、次は俺の番だな」
隼斗は先ほどレキがそうやったように、天井に向けて右手を突き上げた。
そして念じる。――人界の領域の下に、『それ』が鎮まらんことを。
「!」
レキはぶるっと震え、自分の右手をぐーぱーと開く。ばぢっ、と響く電気の音、暗がりを照らしだす白光。
それは素人目に見ても、先ほど弾けた電撃よりも少しだけ弱々しく見えるものだった。たとえ人に当たったとしても致命傷とは成り得まい。
「うむ。力を加減しておるわけではないのだが。上手いことびりびりせんのう」
レキが何か得心したようにふむふむと頷くと、隼斗はどこか疲れた顔で手を下ろし、少しだけ肩で息をした。
「懐かしきかな、『シズメの法』か。まだ弱いが、大した特訓も無しにそれだけ使えれば大したものじゃ。ま、フダツキの不良が赤門くぐるよりは見込みありそうじゃな、お主」
「それは……どうも……。別に俺、受験とかまだ考えてないんで……」
息を整え、強がるように隼斗は笑ってみせる。
「まだ本格的に試したってわけじゃないけど、なんかさ、俺が念じた時に近くにいる化生は『他人に化生と認識されない』らしいよ。今みたいに、化生の力を無理やり抑えこむのは、それよりちょっと疲れるんだけどね」
「なるほど。化生としての存在を人界になじませることもまた『シズメ』の力。練習すれば、もっと面白いことができるようになるやもしれんぞ」
うそぶくように吹聴するレキの目線は、どこか取り留めのない中空を捉えていた。遥か昔を懐かしんでいる、そんな雰囲気だ。
おそらく隼斗は歴史の教科書でしか知らないような、そんな思い出を。
「思えば鳴嶺の高祖はの、かつて獣として自由に生きていた儂を、化生の力を鎮めるその『シズメ』の力で御したものよ。色々あって、それが鳴嶺との契約の始まりとなったわけじゃだが……その血も代を経て薄くなったものと思っておったが、お主の発現は僥倖以外の何物でもない」
喋りの末端で唐突に、隼斗の視線を捉えるレキ。不意打ちを受け、隼斗は獣の舌なめずりを幻視するような心地だった。
「これ以上、諧謔を弄することもあるまい。聞こう。儂の手を取り、お主の力――どうか貸してはくれぬか?」
そう言って、レキはこちらをいざなうように手を伸ばしてくる。こんなに暗い所にいるからか、病的なまでに白く、枝のようにほっそりした腕。格子の隙間から手を伸ばせば簡単に指を絡めることができるだろうし、ちょっと力を入れただけで折れてしまいそうだ。
ちっちゃな女の子の印象を拭えず、それでも彼女の視線からは、どうしても目を離すことができない。睨めつけられれば立ち尽くす他に無く、底冷すら感じる深い虚に引きずり込まれる。
――そして、沈黙が訪れる。
「…………」
シズメの力。なぜこんなものが自分にあるのか、考えても仕方がないとどこかに追いやっていた節がある。普通に寝て、起きて、食べて、学校行って――それら生活に何の関係もない力。そもそも、隼斗はこの力を使うとすれば『たった一人のため』としか、これまでは考えていなかった。
答えを求める少女の眼差し。見つめ返すしかできない少年の双眸。
しかし。静寂の時間は、長くは続かなかった。
「貸すよ。俺に出来ることなんだったら、その化生互助会ってやつを引き継ぐ。だから、詳しい話が聞きたいな」
毅然とした態度で、きっぱりと隼斗は答えた。
「……もっと悩むかと思ったが。思ったより筋の通った男子よの」
「いや、別にそんなでも。ただ、俺にとっては迷うようなことじゃないってだけでさ」
自分には、他の人間には無い力がある。ならばそのことにはきっと意味があって、積極的に振るわなければならない時が必ず来る。隼斗はずっと、そんな日の訪れを予感的に薄々と考えていた。
それが今ならば、その時に身を委ねることに何を迷うことがあるのだろうか? そう思うからこそ、隼斗は。
「シズメの力は俺にしか無くて、俺は鳴嶺家の子孫で、そんで俺にしか出来ないことがあるなら、じゃあ俺はやる。すごく単純な話だと思うけどな。……まぁ出来れば、悪いことには協力したくないけどさ」
レキは身を乗り出し、うずうずとした喜色満面の表情でその言葉に満足気にコクコクと頷く。
「うむうむ、きっぱり言いおる! 優柔不断なダメ男子もそれはそれで嫌いではないが……その潔さを常に心掛けよ。お主、いい男になるぞ!」
「そりゃどうも。俺よりちっちゃな女の子にそんなこと言われたの、初めてだよ」
「はっ、儂をウマくからかったつもりじゃろうが見栄を張るでない、どーせクラスメイトの女子にも言われたことなど無いじゃろーて」
「なんでそんなことまで知ってんだよ! ……うぐ」
隼斗が墓穴を掘ったところで、レキは心底愉快そうに笑いながら腕組みをした。うーん、そうじゃなー、と何かを考えているようで、ややあって再び口を開く。
「さてさて、こうなってくれば話は早い。互助会の仕事と言っても、専ら儂のものでな。お主の分は、実はそう多くないのじゃ。いきなりそれをやれと言う気も無い。それよりまず、お主が本当に努められるかどうか、その素養を判断する『テスト』を行わせてもらうぞ」
「この街に散らばった七つの宝玉を集めて来い、とか」
「おっ、アガナイの奴が好きそうなゲームにありがちなやつ……って違う!」
相変わらず威厳があるのか無いのか分からない。ツッコミのキレも四百年間鍛え続けた結果だろう。
そうしてレキは咳払いをして――ニヤリ、と口の端を上げた。
「人喰い、じゃよ」
「……え?」
「お主の住むこの界隈に、人間を殺して喰らうことをする化生が紛れこんでおる。化生の存在に慣れてもらうことも兼ねて、お主には、この人喰いを退治してもらいたいのじゃよ」
『人を殺して、喰らうもの』
告げられた内容は、どこか期待に胸踊らせていた感のある隼斗を、心から震撼させるに十分な響きを持っていた。