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喰わざるもの、生きるべからず  作者: あさぎり椋
戦わずとも、考えることを
26/27

26.雪うさぎの告白

「ボクは、何年か前からこの近辺の土地でお世話になっている、雪うさぎの化生です。乙雪(おとゆき) コノハと申します。」

 うさぎの化生――コノハは、隼斗の隣に座ってそう名乗った。店内ではフードを脱いでおり、頭頂部のうさみみが消えている代わりにショートヘアーが露わになる。どうやら自由に引っ込められるらしい。

 緋紗音は、うさぎ状態の真っ白な毛並みをして『ふらっぺ』と可愛らしい名前をつけたのだろうが、ここは本人の名で呼んでやるべきなのだろう。

「コノハ、まず一つ確認したい。一週間くらい前に、俺とミケは人喰いの犯行現場を調査したんだけど、そこで誰かに見られてるような気配がしたんだ。君、ひょっとして俺らを見てた?」

「はいです。ただ、その時はボクもその現場を見に来ただけで……先客がいて、物陰から見ることしか出来ませんでした」

「ふうん。隼斗のカンもあながち外れちゃいなかったってわけねー。やっぱ才能あるよ、化生探しの」

「そりゃどうも。じゃ、そのへんのことも含めて色々教えてほしい」

 早速、とばかりに隼斗は問いかけた。なるべく高圧的にならないよう務めたつもりだったが、コノハはどうにもしなしなと萎縮してしまっている。うさぎというより、これでは寒くてすみっこに縮こまるハムスターの様相だ。

 それでも勇気を奮い起こしたか、彼女は一つ頷いて口を開いた。

「あなた方が、そしてレキさんが探している『人喰い化生』――そいつをこの土地に引き込んだの、たぶん、ボクなんです」

「えっ!?」

「ありゃりゃ……」

 なにか今回の事件と関わりは有るとして、これほど直截なものとは考えていなかった。

 隼斗と向かいに座るミケが二の句を差し挟むに先んじて、コノハは続けた。

「ボク、この土地に流れてきてからレキさんに色々お世話になって、簡単なオシゴトを任されることがあったんです。足の速さには自信があったので……恩返しもしたかったし、こないだも、隣町の互助会にお手紙を届けに行ったんですよ」

 隣町の互助会――隼斗はこれまで考えもしなかったが、『化生互助会』というやつは複数が存在するということか。思えばそんな組織が日本に一つしかないというのもおかしな話だ。運営形態はそれぞれあろうが、化生が助け合うための似たような組織が全国各地にあると考えて、全く不自然ではない。

「隣町の互助会の代表さん――下半身が蛇体の、蛇女へびめの化生さんなんですけど――その人に、お手紙を。内容は知らないですけど、ボクなんかに任せるくらいだから、まぁ、大したものじゃないんでしょうね」

 蛇女。隼斗はその単語から、RPGに出てくる妖艶なモンスター・ラミアを思い浮かべた。

 レキと戦ったらどちらが強いのだろう、と考えてしまうのは男子思考が過ぎるだろうか。そこまで考え、隼斗は脱線する脳内を打ち払った。

「その時、ボクはレキさんから『印綬』を貰っていたんです。レキさんの使いであることを示す、レキさんの力が込められた御印……それが、ボクの身分を証明してくれました」

「ほー。印綬なんてよっぽど信頼されてなけりゃ貰えないよ。コノちゃん、キミ相当な使い手だね」

「め、滅相もない! ボクなんて走るしか脳の無い臆病者だし、うさぎなんて鰐だまくらかして食われかかる悪党だし――じゃなくて!」

 コノハはボッと音が出そうなほどに真っ赤になり、ろれつが回っていない。それを見てニヤニヤするミケを、隼斗はキッと睨みつけて制した。

「そ、それで。お手紙を配達した後、蛇女さんにお礼を言われて、嬉しくなっちゃって。そのあと『今後また来ることもあるだろうから』って、近道まで教えてもらって。その道を帰る途中に、コートを着た化生と出会ったんです」

「……なに? コート?」

「はい。その化生、ボクが印綬を持ってることに気づいて声をかけてきたらしくて。レキさんの界隈の生まれなんだけど、何十年ぶりかで開発が進んでいて道が分からないから、案内してくれないかって言われまして。その……お連れして、来たんです。あとでお礼しに会いに行くよ、って言い残して、その化生は、いなくなって……」

 最後に行くにつれてトーンダウンするコノハの言葉。尻すぼみの響きの中、根底に流れる意を掬いさることは難しくなかった。

 コートを着た化生が、結界を越えてこちらの土地に侵入してきた――それが事実。

「『印綬』か……厄介なこったね、そりゃ」

 ミケは口元についたチョコをぺろっとなめて、忌わしそうにつぶやいた。

「レキちんの力がこめられた印綬と共に結界内に入るってことは、そりゃレキちんの承認を得たのと全く同じだ。それなら、ヤツが――人喰いがこっちに入ってくることも、可能だね」

「……知らなかったとはいえ、これは、ボクの責任です! そのために、皆さんに迷惑を」

 ビシッ、と右手で、コノハの言葉をミケが制した。口をへの字に結び、有無を言わさない真剣な面持ちでそれ以上の発言を許さない。

 渦巻くネガティブな感情の行き場を失い、あう、とコノハはしどろもどろに目を泳がせることしかできない。そんな目で見られても――と、隼斗はたまらず目を逸らしてしまった。

 そんな様子にミケはぷっと吹き出し、いつものおどけた笑顔に戻る。

「あーあー、そういうのはいいから。悪いのはキミじゃない。大欲鬼が生き残ってて侵入を図ってたなんて、普通思わんでしょ。キミは道に迷ってる人に道案内してあげた良い子、それだけだ。あたし達が恨む相手はただ一人、でしょ」

 そう、敵はすでに明白だ。ここでコノハをいじめて何になる。レキの人選ミスとも言えはしまい。人を喰い、世を脅かす怪物の正体は分かっている。

 ミケの言葉に、隼斗も強く同意した。

「俺達が始末をつける。こんな時のために、俺の『シズメ』があるんだ。ヤツをこの力で拘束して、絶対にレキの目の前に引き渡す……だから、大丈夫だ」

 強い言葉を言えるほど、まだ隼斗は決して強くない。それでもなお、きっと何とかしてみせるという彼の中の強い責任感が、こんな言葉を胸奥から絞り出させた。

 彼とミケの激励に、コノハは今にも泣き出しそうなほどに感極まった表情を作り、言葉を失う。

 大げさだにゃー、と軽く笑うミケ。

 しかし、ここにきて事態は再び混迷へと立ち入ることとなった。コノハは大きく生きを吸い込んで気持ちを落ち着かせると、そこに疑問を呈した。

「ただ、ですね。また会いに来るって言ってたのに音沙汰が無いから、おかしいなと思って、街中を探してみたんです。ボクの嗅覚、あんまり自信は無いんですけど。それにしても、ぽつぽつとしか痕跡が見当たらなくて。まるで、意図的に姿を隠してるみたいに」

「化生の気配って、そういう風に消せるもんなのか? ミケ?」

「うーん。ヤツは他人に寄生して、その身体を乗っ取る能力があるからね。そうやって他人から他人に移り変わって隠れながら、気配を絶ちつつこの辺を移動してるんだと思う。今の身体は、コノちゃんが出会った時とは別人だろうね」

 他人の身体を得るたびに、気配や臭いのようなものを変えて移動できるとすれば、その特定は難しい。まったく、考えれば考えるほど厄介な存在だった。

「レキちんが守るこの界隈を荒らし回ることが、ヤツの復讐なんだろうね。陰湿なヤツだよ。あたし達みたいなのが出てくることも予想済み、返り討ちにする気満々ってわけだ。ひょっとしたら、レキちん本人が出てくることも期待してるのかも……」

「これ以上、被害を広めるわけにはいかないな。もっと夜警を強化しよう。ミケもこうして復活したことだし!」

「やる気満々だねぇ、隼斗……。うし、それじゃーもっと頑張ろうか」

「ボクも、できることがあればお手伝いします!」

 隼斗は己の無力さに打ち勝ち、己にしかできないことを成すために、己のシズメ使いとしての一歩を刻むために。

 ミケは化生喰らいとしての矜持のために、レキの腹心としての責務を全うするために、二口女として新たな食を求めるがゆえに。

 コノハは飼われた恩を返すために、自らの責任を感じるがために、二人を全力で支えるために。

 三人はお互い頷き合い、決意を新たにした。

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