25.ホワイト・ラビット・ガール
ミケの後ろ――大窓を隔てた外の通りから、こちらを見ている者がいた。
子供だ。距離がある上にフードをかぶっていて分かりにくいが、細い足を露出させている膝上丈のキュロットスカートを見るに、女の子だろう。
初めは単に店そのものを眺めているのかと、隼斗は思った。しかし視線が合った途端、彼女は明らかにペコリと頭を下げた。
そして、
(呼んでる、のか?)
彼女は自分の体を見渡して、どうしたらいいものかといった風に逡巡する様子を見せ、やがて「こっちへ来て」と右手でくいくいとシンプルなジェスチャーをした。
「あによ? どうしたの?」
「いや、その」
コップの水を飲んで一息ついたミケが不思議そうに問う。隼斗はしばし迷ったが、すぐに中座を決意した。
「ごめん、ミケ! ちょっと待ってて!」
「はえ? なに?」
きょとんとするミケを差し置き、足早に隼斗は席を立った。そのまま走って外へ向かう。
少女はその間に立ち去ることもなく、そこに立ち尽くしていた。隼斗が近づくと不安げに胸に両手を当て、上目遣いに見上げてくる。そのおどおどした小動物めいた様が、彼女をことさら小さく見せた。
「こんにちは。俺に、何か用?」
笑顔で膝に両手をつき、少し目線を下げてできるだけ穏やかに応じる。対照的に彼女は一歩退き、いきなりその場にしゃがみこんだ。
いや、しゃがんだだけではない。そのまま大地に膝をついて座り込み、両手を前方に添え、深々とお辞儀をして額を地につけての平身低頭――土下座、だ。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと!?」
「ごめんなさい! 申し訳ありません! どうか御容赦ください! なにとぞご寛恕を! お許しを~!」
そこそこ人通りのある昼下がり、少女はありったけのボキャブラリーを以って謎の謝罪の意を述べ始めた。小柄なナリにそぐわない大きな声に、なんだなんだと衆目が少しずつ集まり始める。
高校生の少年が、衆人環視の中で少女に白昼堂々と土下座を強要する図。誰がどう見ても事案発生というやつである。
あまりにも驚天動地な展開に、隼斗は心臓ばっくばくの状態でしゃがみ込み、慌てて無理やり頭を上げさせた。
「やめて、やめて! 何が何だか知らんけど恥ずかしいからやめてくれ!」
「だ、だって! ボクは、その、取り返しの付かないことを~!」
ボク? 女ではないのか? そんなどうでもいいことを頭の隅に巡らせつつ、隼斗は少女(と思しき子供)の顔と改めて向き合った。
にきび一つ無い、幼気な顔だ。可愛いと形容していいだろうが、美人とは呼べるにしてもまだずっと先の話だろう。澄んだ瞳に湖面のように雫を湛え、うるうるとこちらを見返してくる。
何はともあれこの状況はヤバすぎる、と、隼斗は何とかしてグズる少女を落ち着いて立ち上がらせた。
その時。立ち上がる際にフードがふわっとわずかに浮き、彼女の登頂に有り得るはずのないものがあることを確認してしまう。
「耳!?」
耳――真っ白な兎の耳が、頭頂部から生えていた。見間違いとは思えない。
隼斗の驚きと同時に少女は「はうっ!」とフードを両手で抑えつけ、そのまま動かなくなった。
「君……一体?」
ミケに猫耳の印象はあれど、あくまでアレはフードについた飾りに過ぎず。目の前の少女もまたフードを身につけているが、それはむしろ頭に生えた獣の耳を隠すためにあるようだった。
衆人は奇妙そうにしながらも、興味を失ったのか関わり合いになりたくないのか、一人また一人と去っていった。
少女はふるふると震えながらも、しっかり隼斗に対し上目遣いで視線を離さない。
「あの、その……ボクは、えと」
「化生、だよな? その耳……」
「はい、そうなのです。化生で、あ、いや……」
しどろもどろになりながら、とても歯切れの悪い言い回し。
ようやく恐る恐る彼女は両手を下ろし、もじもじと煮え切らない態度で告げた。
「たぶん、『ふらっぺ』と名乗ったほうが、分かりやすいですよね。きっと、おそらく」
目元を拭いながら、はにかんだ複雑な表情で彼女は名乗る。
隼斗は息を呑んだ。ふらっぺ――春橋神社で出会った、例の『白兎』。緋紗音の友達。そして何より、隼斗に対し石を投げつけるという奇行を働いた、只者ではないと目していたうさぎの名だ。
それを少女が名乗ることに、一瞬、隼斗の頭は真っ白になる。
「君は……」
「神社の件は、本当に、本当にごめんなさい! 怖くって、石なんか投げちゃって……目、目に入ったりしたらどうしようかと!」
「あ、いや。それはまぁ、済んだことだから」
もとより疑念に勝ることのなかった怒りなど、すでに風化している。
そんなことは最早どうでも良かった。偶然ここで出会ったものとは思えない。彼女は、ミケと隼斗が一緒にいる瞬間を狙っていたのだろうか。聞きたいことが山ほどある。
「ついてきてくれ。中にもう一人、友達がいるんだ。聞きたいことがいっぱいある」
「あ、はい。ミケさん、ですよね。レキさんのお友達で」
「えっ? 知ってるの? そこまで」
「はいです。向こうは、ボクのこと知ってるかどうか分かんないですけど」
ふらっぺはそこで、初めてはにかんだ笑みを浮かべた。いま出会ったばかりなのに、泣いてる顔より、よっぽど『彼女らしい』と思える自然な笑顔だった。
「……まぁ、それはいいか。じゃ、行こう」
「はい!」
こうして、ふらっぺを伴いつつ再び隼斗はファミレスの中へと戻った。
◆
戻ってみると、ミケはトッピングの大名行列みたいなものすごいカラフルなパフェを幸せそうにぱくついているところだった。自重という言葉を知らんのかこの女は、と思わずにいられない。
隼斗に気付き、同行者を認めると目を丸くする。
「……あ、二口女のいぬ間に幼女誘拐か! かどかわした! 事案! ハ○エース!」
「やめんかこの歩く風評被害。それを言うならかどかわすだ。……それはいいとして」
ちらりと、ふらっぺに視線をやる。彼女は胡散臭そうにジトーっとした目で睨めつけてくるミケに対し、明らかに萎縮している。隼斗のスラックスの裾をきゅっと掴みながら、後ろに隠れようとしていた。
「大丈夫、ただの食いしんぼだって知ってるんだろ?」
「誰が食いしん坊バンザイじゃ。その娘、誰よ? 悠奈ちゃんのさらに下?」
「違うよ」
外であったことの経緯を――土下座云々はもちろん抜きにして――ミケに説明する。
どうやら、やはりミケはふらっぺのことを知らなかったらしい。
「この娘、どうやら俺達の知らないことを知ってそうなんだ。俺達が一緒にいることをレキに聞いて、会いに来たらしいぞ」
「にゃるほど、まぁお座んなさい。お話を聞いてしんぜよう」
「は、はいで……ごぜます」
「真面目に答えなくていいから、なにその殿様と家臣キャラ」
ミケとしても新たな情報は喉から手が出るほどほしいところだろう。思いもよらぬ来訪者に、隼斗とミケ双方ともに期待が高まっていた。
敵の正体も見え始め、事態はいよいよトントン拍子の進展を見せようとしていた。




