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喰わざるもの、生きるべからず  作者: あさぎり椋
戦わずとも、考えることを
22/27

22.敵はどこだ

「ちょっと目を瞑れば、そんなに人と違いの無い化生もいっぱいいるんだね。二口女だって、たしかに山姥に通じるところはあるみたいだけど、そんな悪い化生に見えないような話もあるよ」

「たしかに。ミケのことを抜きにしても、痛いところに触れなきゃ人の良い妻になってくれる存在だと解釈できなくもないか」

「どんなに他が良くたって、その痛いところが問題なんだよね。人と違うってだけで、どうしたってそういうものは煙たがられちゃうから」

 どこかぼんやり遠くを見るような調子で、悠奈は物憂げに頬杖をついた。

 隼斗は本に落としていた視線を上げ、目を細めて頭を振る。

「もう過ぎたことだ、お前のことは。忘れた方がいい」

 悠奈は、『違う』ということに過敏に反応するところがあった。

 人と違うがゆえに疎まれた存在――雷獣眼による未来視をインチキだと、あるいは気味が悪いと、そんないじめを受けた過去を持つ悠奈だからこそ言える言葉があった。昔も今もこうして傍らに寄り添う兄として、隼斗はそんな彼女の憂いた言葉を聞きたくなかった。

「ありがとう、兄さん。でも忘れないよ。覚えておかなきゃいけないことだよ。兄さんは、いま目の前に確かにいる私のヒーローなんだから」

「……素面で恥ずかしいこと言うのはやめろ。脱線してないで、本業に戻るぞ」

 実のところ、人を喰う化生に関する情報は、隼斗にとって想像していた以上の量があった。というのも、『人を喰う』という点だけに限定して言えば、人の命を奪うような悪さを働く化生の多くが食人を行うモノであるからだ。調べ方次第では、海辺に現れるという『磯女』のような、生き血を啜るモノまでその範疇に入ってしまう。

 それこそ山姥は旅人を喰らうし、鬼は人里を襲っては取って喰うし、河童だって相撲で負かした相手を喰う伝説もある。マイナーな民間伝承まで遡ろうものなら、誇張も無く綺羅星の一粒を掴み取るような艱難辛苦となるだろう。都市区画が整備された現代と比べれば、昔はまだまだ野生にうごめく魑魅達との距離はずっと近かったに違いないのだから。

 いや。星々の大海を揺蕩うような作業と例えられるならば、夢幻の心地を味わえるだけむしろまだマシというべきか。実を見れば敵の行為が行為だけに、ページをめくるたびに酸鼻極まる記述を否が応でも覗き見せねばならないだけに、なかなか精神的にうんざりさせられる作業だった。

「……ムダな雑学ばっかり頭ン中に溜まって仕方ないな」

「いいじゃない。その雑学で兄さんに身を立てて有名人になってもらって、私が主演でレレレの妹って朝ドラにしてもらっちゃお」

「レが3つじゃ歯抜けの爺さんだろ」

「え?」

「知らないで言ったのかよ」

 悠奈は悠奈で手伝ってくれてはいるのだが、やはり先の一戦を経験していない以上、この時間そのものを楽しむ気持ちの方が明らかに強いようだった。

 ネットであらかじめそれらしいキーワードを駆使してターゲットのリストを作り、詳細な情報を一次資料に求めようという段取りで作業は進んでいた。二人がかりと言えば聞こえはいいが、とても人海と呼ぶべくもない。

 並行して、ネットでは見つけにくい土着の伝承を調べることも視野に入れていた。こちらは郷土資料ばかりでなく、実際に人に聞くこともあるだろうと踏んでいたが――あまりの先行きの見えなさに、その段階に行く前にアップアップになりそうだった。学業との二足のわらじは、なかなかに重い。

「写真撮ってさ、画像検索できたら楽かもしれないんだけどね」

「そりゃあいい。街の怪物マニアがこぞって情報をくれそうだよ」

「割と真面目に言ってるんだけどなぁ」

 スマホやネット利用者としての練度に大きく水を開けられている妹の言葉に、隼斗は適当にあしらって返してやる。

 次いで目を通し終わった何冊目かの資料を傍らに放ってやると、本の小山の頂がまた一段伸びた。ぽすっと小気味良い音を立てて積み上がっていく様は、あまり胃に優しいものではなかった。

 ちらと壁に掛かった時計を見やると、もう来館時から二時間ほどが経過していた。つられて悠奈も時間を見ると、一つ息を吐いてウ~ンと伸びをした。

「……もう、こんな時間か。色々見てはみたものの、何だかいまいちピンとくるヤツはいないな。性別は分からんし、鬼って感じでもなかったし」

「また今度に瀬乃原さんと会った時まで、ちゃんと情報を整理しておかなきゃね」

「整理、か」

 悠奈の言葉、単純だが基本で重要なことだ。闇雲に頭に情報を詰め込んだところで、それをきちんと引き出せなければ意味は無い。頭の中がゴチャゴチャする分、無い方がマシなくらいだろう。

「推測込みになるけど、今の時点で分かってることは、まぁ色々あるんだけどな」


【(おそらく)人の形をしている】

【最大の特徴として、おびただしい数の暗緑色の触手で体全体を覆い隠し、それを攻防一体の装備として利用している】

【触手は数本束ねた状態を粘土のように変形させ、ハサミに変化させる(他の形状も可能?)】

【触手に対する物理攻撃、雷撃は有効である】

【コートで己の姿を隠し、人間社会に紛れる程度の知能を持つ】

【捕食器官は確認できなかったが、犯行の形跡から見ると、噛みつきなど対象の激しい損壊を伴う原始的方法を取ると思われる】

【人喰いのものと思われる犯行五件の内、二件は数駅分ほど先の遠方で、三件はこの近隣で行われた】

【犯行は全て夜間に行われている=主な活動は夜間に限定される?】


(だいたい、こんなところか……? )

 また再戦できれば、さらに得られる情報量は跳ね上がるかもしれない。そのためにはミケの協力が必要不可欠だった。相手が化生ならば『シズメ』を使えば対抗も不可能ではないだろうとはいえ、やはり危険すぎる。

 レキにより、一人で夜間に出歩くことは固く禁じられていた。ふらっとコンビニへ飲み物を買いに行くことさえもだ。人喰いの性質から推測するに、人通りのある場所ならば危険は無い可能性が高いが、念のためということらしい。

「ずっとね、こんな風に机に向かって調べ物だけしてればいいならずっとラクなんだろうね」

「だろうな。でも、現場の空気っていうのか? きっとさ、そういうのに直に触れておかないと成り立たない仕事なんだ、これは。俺も自分の肌でわかったよ。そういうわけで、お前はこれ以上は首突っ込むなよ。頼むからさ」

「……うん。残念だけど、ね」

「ホントに分かってるか?」

 少し強い語調で言ってから、ハッとして口を噤み、さりげなく辺りを見回す。閉館時間が近づくにつれて流石に人が減ってきているとはいえ、書物の楽園に騒ぎは御法度。

 重々確認したくなるのも仕方ないことだ。隼斗からしたら、ストーカーまがいの行為さえされた身空である。妹に慕われるのは悪くない心地だが、限度というものがあるだろう。

 ここが図書館でなければ、もう少しキツく厳命して聞かせるところだった。それが兄としての努めだと、そう隼斗は理解している。

「こないだだって普通に危なかったんだ。ミケがもう少し押されてたら、アガナイさんが俺達に気付かなかったら、どうなってたか」

「あがないさん?」

「あぁ、雷獣様の屋敷のハウスキーパーだよ。自主的に自警活動もしてるらしくてさ、例の夜にも会ったんだ」

「ふぅん、そんな人もいるんだねぇ」

 そんな人、か。隼斗は悠奈の視線を受け止めながら、心のなかで独りごちた。

 思えばここ数日だけで様々な人間や人間でないモノと出会い、さらに見られてきたように思う。

「あの人の手際を見習ってほしいもんだな。いくら俺の手伝いがしたいからって、昼間っからストーカーなんて勘弁してほしいよ」

「……お昼?」

 そこで、悠奈はきょとんとした顔になった。

 なぜそこが疑問なんだ、と言いたげな顔を隼斗が返すと、彼女は予想外の言葉を口にした。

「春橋神社に行った日のこと? 私、兄さんを見てたのは神社からだよ?」 

「えっ?」

「だってお父さんに聞いても、兄さんが最初にどこへ行くかまでは教えてくれなかったんだもん。でも春橋神社には寄るんじゃないかって言われて、その近所でずーっと張ってたらビンゴだったって感じだよ」

「そんな、まさか!」

 隼斗はよく覚えている。ミケに連れられて向かった最初の犯行現場――学校からもほど近い、路地裏でのこと。

 あそこを調べている最中、強い視線を感じたのだ。それはついさっきまで、こちらをストーキングして見張っていた悠奈のものだと考えていた。まったくムダに身を隠すのがウマイなと賞賛が半分、呆れ半分といった具合だったのだが……。

「マジかよ。だとしたら、あれは一体なんだったんだ。いや、絶対に気のせいなんかじゃない。誰だ? 誰なんだ……?」

「ちょ、ちょっと兄さん?」

 悠奈から見た隼斗は、眉間に皺を寄せて、下手に触れれば鋭く斬れる直刃のような面持ちだった。降って湧いた疑問が、彼を大いに苛ませている。

 謎のうさぎ――可能性は、ある。うさぎが街中をひょこひょこ移動するものだろうか。それに、『視線を感じる』という現象自体が不確かなものとはいえ、小動物の視線とはどうしても思えなかった。

 アガナイさん――夜に会った時は偶然を装っていただけで、実は密かにこちらを見張っているのではないか。なぜ? そんな回りくどいことせずとも、協力したいなら申し出てくれればいい話だ。わざわざこちらを怪しませることをする意図が分からない。

 人喰い――犯行現場を嗅ぎまわる不穏分子を窺っていたのか? ならば向こうから攻撃を仕掛けてきても良さそうなものだ。こちらが見回りでヤツを発見したのが、不自然な事態ということになってしまう。

「分からん!」

「分からん! じゃないよ。どうしたの。兄さん、わさび効きすぎてツーンってなった時みたいなシブい顔してる」

「……悪い。調べ物で事態をスッキリさせようとしてたのに、一層こんがらがってきたみたいで」

「もー、ムリしないでね。知恵熱出ちゃうよ。家帰ったら半分やさしさで出来てるヤツ飲んだ方いいかも」

「かもな」

 新たな疑問への答え。それもまた、ミケと相談しないことには解答を得られそうになかった。また彼女に頼ることになりそうだ。

 無力さを恥じるな――アガナイの言葉が脳裏に過ぎる。が、その言葉を受け入れて素直に人に頼るには、まだまだ隼斗は幾ばくかの抵抗があった。

 思春期の身空。答えをいち早く求めんとする青い心は、もやもやと行き場も分からずに胸奥で唸りを上げるのだった。

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