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喰わざるもの、生きるべからず  作者: あさぎり椋
夜闇、ヒト喰うもの在りて
18/27

18.捕食者達の夜(1)

 二人が意を決して、かどを曲がった先にあったのは、二つの人影だった。

(相手も二人!? ……いや)

 出くわしたのは、何者かが一人の男の首を右腕一本で掴みあげている場面だった。背丈からすると、どちらも中肉中背の大人と見える。掴み上げている側はもう冬もとっくに過ぎたというのにコートを羽織り、目深に帽子をかぶっていて風貌が掴めない。

 やられている側は外そうともがくでもなく、だらんとしたまま何の抵抗も示していない。

 やがて隼斗とミケに気付いたのか、コートの人物は掴んでいた男を思いっきり放り投げた。ゴミ箱にチリ紙でも放るような気軽さで、男は壁に叩きつけられてぴくりとも動かない。

 その姿をよく見れば。

「……うっ!?」

 脇腹が、無い。比喩でも何でも無く、消滅している。

 ハンバーガーにかじりついた後のように、男の左脇腹は半月状に消滅していた。それこそ、ぐじゃと潰れたトマトがバンズからしたたるように、 傷跡は赤黒い染みとなり、ぐちゃぐちゃの内容物が漏れ出ている。

 心臓か。胃か。小腸か。膵臓か。あるいは全て混ざって血染めにデコレーションされた肉塊の成れの果てか。

 貪りついた、食事の跡だ。

「下がって、隼斗」

「う、うぅ……」

 吐き気をこらえながら、隼斗は言われるがままに後ろへと数歩退いた。この歳でこれほど凄惨な人の死体を生で見る者など、そうはいまい。

 状況からして間違いなく、このコートの人物こそが『人喰い化生』だ。月灯りにたぎるミケの瞳が彼女の確信を映し出している。隼斗からすると暗がりで確たることは言えないが、対象を一見する限りではおよそ異形とは見えず、その辺りを歩いている普通の人間と何ら変わりはない。

 うらぶれた路地裏、月明かりの下――二人と一人は、遂に対峙した。

「あんたが人喰いだね。分かるよ、あたしの感触にビンビン来るんだ。まぁ、なるべく生け捕りにしたいとは思ってるけど――」

 ミケの後頭口が勢い良く開き、唾液したたる長大な四本の舌がぬらぁっとその姿を現した。

「――期待はしないでね」

 獣のそれよりも分厚く、大蛇のごとくウネリ狂う異様は朱色の戦槍もかくやと言うべきか。食物を絡め取るにはおよそ必要のないほどに鋭利な先端は、ぴたと獲物を捕捉している。腰を深く落として身構えるミケの姿は、今や吹き荒ぶ時を待つ突風に等しい。

 対する相手はこちらを見据えたまま動かない。一見では空手だ。コートの裏に何か武器を所持しているのだろうか。判断はつかない。

 ならば、と。

「いただきますよ、っとぉ!」

 咆哮、放たれた矢となりミケは前方へ翔んだ。裂帛の気合と共に大地を数歩蹴り接敵、凄まじい勢いで同時に四本の舌を標的へ突き出す。

 先手必勝、絡め取るか――そう思われた瞬間。

「なっ!?」

 バチンッ!

 暗い空を斬るように、激しくムチをしならせるような音が響き渡った。

 目にも留まらぬ素早さで、ミケの『舌先』が何かを反射的にハジキ返したのだ。飛び掛かろうとしていたミケは慌てて制動を掛けて飛び退き、相手の姿を凝視する。

「……なるほど。アンタのね、それが」

 背後で距離を置いていた隼斗にもハッキリとそれが見て取れた。

 ――触手だ。人喰いが着るコートの裾、首元、袖口、ボタンで留めた隙間。あらゆる箇所から、暗緑色の植物のツタめいた触手が何本もしゅるしゅると伸び、それぞれが固有の意思を持っているかのごとくうねっている。これを得物と見るならば、ミケの四本舌とは絵面がどこか似ている。舌よりは細いようだが、どう見ても十本はある。手数は向こうが上だ。

 矢継ぎ早に、今度は人喰いがバッと両腕を突き出した。

「ちょっとやる気湧いてきたね!?」

 ミサイルのごとく飛び出してきた触手が、一斉にミケへと襲い掛かる。幾重にも波状に、したたかに次々と襲い来る連撃。

 それをミケは手数に劣る四本舌で巧みに迎撃、捌き切ることで打撃の応酬を繰り広げる。面の厚さで勝る分、一度に弾き落とすことにはミケに分があった。落とせなければ巧みな翻身を織り交ぜ回避、まるで打撃音に次ぐ打撃音をBGMに据えた舞踏のごとき接戦が続く。

 しかしこれではラチが開かない。後方で見ていることしかできない隼斗の手にも汗が滲んでいた。

 彼に与えられた役割は、あくまでミケが戦闘によって人喰いを拘束した後、『シズメ』の力で完全に無力化した上でレキへと突き出すこと。決して隠れず、この位置で観戦することもまた、『化生の世界』を目に焼き付ける一種の試練なのだ。

(でもダメだ……押されてる! ミケが! まずいんじゃ!?)

 人喰いは両腕を突き出した場から一歩も動かず、おびただしい量の触手のみを以って戦っている。対してミケは捌けない分を躱すために動かざるを得ず、それでいて人喰いに近づけない。運動量が圧倒的に多いことが傍目にも明らかだ。

 手数が減る気配は一向に無い。一体、あのコートの下の本体はどうなっているというのか。

 スタミナが保つのだろうか。化生だから人間と体の作りが違う、要らぬ心配ではないか。余計な手出しは。いやしかし。

 背反する考えは、隼斗の心をたぎらせた。――右掌に、雷撃の光がばちばちと弾ける。

 それがまずかった。

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