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喰わざるもの、生きるべからず  作者: あさぎり椋
夜闇、ヒト喰うもの在りて
17/27

17.闇に紫電と大アギト

 夜。冷たい闇を着飾る銀の半月の下、街灯に照らされた住宅街を歩く二人の人影がある。隼斗とミケだ。

 隼斗はポケットからスマホを取り出し、時刻を確認した。二十二時十五分――夕と夜を分かつ逢魔ヶ刻は既に過ぎ、しかし夜半と呼ぶにはまだ早い。街灯があれば家々の灯りもまだ消えきってはおらず、煌々と燃えているであろう夜空の星明かりを奪っている。

「やっぱり、怖い? 無理しなくていいからね、バトルはあたしの仕事だよ」

「こ、怖くなんかねーよ、なめんなよ。ただちょっと、眠いだけだっつの」

「……それはそれでまずいんじゃないかなー」

 苦笑しつつも、ミケはどこか遠足にでも行くような、うきうきとした気分を如実に放っていた。対照的に、隼斗はこれからのことを思うと気が気でない。

 先だって約束した手はずどおり、二人は夜の二十二時に合流し、夜の街のパトロールに繰り出していた。もちろん単なる街の自警活動などではなく、人喰い化生を探すためだ。敵の犯行時刻は夜間である可能性が高いと踏んでの、ミケが以前から行っている活動の一環だった。

 化生の力を御す『シズメ』は、周囲で放たれる強い妖気をサーチするレーダーのような役割も持っている。化生の多くが産まれながらに持っている力ではあるが、ミケと合わせて単純に二倍の効率。期待はあった。

 とはいえ。

「ホントにこの辺歩いてるだけで会えんのかなぁ……いや、会えない方がいいかな、なんて思ったり思わなかったり……」

「キミも男の子でしょ、しっかりしなさい! そんなに人喰いに喰われたくないなら、あたしが先に食べちゃうぞー」

 グバァッ、と後頭部の大口を開けながらミケはニヤニヤと笑う。周囲には隼斗の『シズメ』が彼女を人間に見せているからいいものを、そうでなければ、夜にこんなキバの生え揃い唾液したたる大顎と出会おうものなら、一生消えないトラウマ確定だ。というかどう考えても、おまわりさん犯人こいつです状態になりかねない。

「ま、手掛かりが無い以上はこうして地道な草の根活動をするっきゃないよ。人間の刑事さんと一緒だね」

 延々と歩きながら、ミケの言葉を強く思い知らされている。

「それな。でも本当に……こんな、なんていうか普通の住宅街で、なぁ」

「その辺は普通の犯罪だって一緒でしょ? みんな気付いてるんだかいないんだか、夜は死角が多いからね。物理的にも、心理的にもさ」

 これまで判明しているだけでも、四件の人喰い事件の内、二件はこの近隣で行われている。だからこの辺りに潜んでいると言い切れるものではないが、次が再びこの周辺域である可能性は他の場所よりいくらか高いだろう。

 なるべく気を集中させて歩きながら、隼斗はぶるっと身を震わせた。寒暖の差によるものか、武者震いか、或いは無意識の内に怯えているのか、はたまたその全てか――どうにも本人にも判然としない気分だった。そんな、言い知れない不安の靄が纏わりついて離れない。

 化生の存在を幼少から刷り込まれてきた身にしてみれば、静謐に魑魅の足音響かす夜の世界は人より不気味に思えるところがあった。それでなくても、夜中に出歩くと取って喰われるだとか、親の死に目に会えないだの蛇が出るだの泥棒が来るだの、闇夜の軽挙を戒めるストーリーは枚挙に暇がない。

 人は夜を恐れてきた。しかし夜を恐れる心は、今は敵だ。

「……!」

 ぴた、と隼斗は足を止めた。意識するでもなく、心臓の強い鼓動がよく聞こえる。

「気付いた?」

 ミケも同じように足を止め、数メートル先の路地裏への曲がり角を注視する。


 ――いる。


「う、嘘だろ……ホントに?」

 無差別に妖気を探知する隼斗が反応しただけならまだ分からない。だが、食の異能の探知に関しては遥か格上であるミケが同意するならば話は別だ。

 普段ならば路傍の石ころほども気にすることなく、ただただ通り過ぎるであろう道。

 偶然か必然か。いきなりの思わぬ大当たりに、隼斗は戦慄した。

「腹くくりなさい。あたしの後ろに隠れててね。絶対、前に出ないように。そうでなきゃ命の保証だってできない」

「命……」

 ただの高校生活で死を意識する瞬間が、果たしてどれだけあるだろうか。

 ミケは真剣な表情から一転、あはははと慌てて笑った。

「ご、ごめん! 余計な不安、煽っちゃったね。大丈夫だって、裏を返せばさ、あたしの後ろにいる限り怪我一つ負わせないからさ。それに、自分の身を守る力も貰ったでしょ?」

「……あぁ。上手く使えるか、わからないけど」

 そう言い、隼斗は自分の右手のひらを広げて、じっと見つめた。


 ――ばぢぃっ!


 夜の通りを一瞬だけ、ほとばしる紫電が照らし出した。知る者が見れば、ひと目で分かるだろう――雷を自在に操作する雷獣の能力だ、と。

 数時間前、隼斗は経過報告に際してレキと再会した時のことを思い出す。


『ミケを信頼しておらぬというわけではないがのう、念には念をというものじゃ。御主に儂の力を貸し与えようぞ』


 敵と直接対峙を狙うとあって、隼斗もまた雷獣の能力の一部を貸与されたのだった。せいぜい2メートルほど離のある高圧スタンガンといった程度の火力だが、護身の安心感も無く空手で挑むよりは数倍マシというものだ。何より、主に戦うのはあくまでミケの役目なのだから。

「やーい電気ウナギー」

「うっせ。ほら、行くぞ」

「おう、このミケさんが喰われる前に丸呑みにしてやらー」

 軽口を叩いて頷き合うと、二人は周囲に人がいないことを確認する。

 隼斗は気を落ち着かせ、スウっと『シズメ』を解いた。これでミケは本来の化生としての膂力を発揮できるようになり、戦闘態勢が整う。

(大丈夫……だよな?)

 敵がどんな能力を持っているかは分からないが、レキに信任されている、戦闘経験豊富なミケまでいるのだ、まさか流石に命を落とすなんて有り得まい――そんな前向き思考で、半ば無理矢理に歩を進める。

 やがて二人は、路地裏へと曲がっていった。

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