12.いわゆるひとつのおさななじみ
「何やってんだ、あいつ……」
「知り合い?」
「学校で同じクラスの奴。まぁ厳密には小学校からの付き合いなんだけど」
「お、いわゆるひとつの幼なじみー」
うさぎを半泣きで必死に追いかけ回している少女は、白妙の上衣に緋色の袴という外身だけ見れば、この神社の巫女以外の何者でもない。なるほど、年の頃も隼斗とそう変わらないようだ。
ただ、黒髪のポニーテールをまさしく走る馬尾のごとくひゅんひゅんと振り乱し、なりふり構わず脱兎を追い回すのが巫女の仕事か、という点には大いに疑問が残るだろう。保健所が脱走したサルを追い回すのとはワケが違う。そもそも『走ってる巫女さん』というのがホロ級の超レア映像ではなかろうか。
などといった諸々の懸念も、ある一点を考えれば全てが些末事と言って差し支えなかった。
「っていうかどんだけおっぱい揺らしてんのあの娘!」
つまりそういうことだった。
どう考えても全力疾走には向いていないであろう、袖やら裾やら袂やらばたばたとはためく巫女装束姿に加え、彼女の白衣にどうにかこうにか収まっている双丘が上下にたゆんたゆんと揺れまくり、あからさまに白昼の追走劇を邪魔している。
「いつ見ても素晴らしい。俺は大満足だ。低血圧な俺にもいい感じに血が巡る」
「ちっちっち、分かってないねぇ隼斗くん! 和服にデカ乳とか邪道なんだよ! 袂を乱さず飛行甲板の如く平坦に流れる慎ましきラインこそ正義! ちくしょー女の子まで欧米のガッツリ食生活に染まりきって! この日出国から大和撫子の艶やかな肢体が失われるっ!」
「大食らいのお前が言いうんかそれを。全く、デカいコトはいいコトだ。時代は変わっても大艦巨砲の栄光が消えたと思ったら大間違いだぜ」
やたらマジに顔をしかめるミケととても満足気な表情の隼斗は、鳥居の下でしばし少女を傍観する。
彼女は境内をぐるぐるぐるぐる追跡に夢中で、二人の参拝客にも気付いていない。履いているのがなぜか草履ではなくスニーカーなのは不幸中の幸いというべきか。
「さて。くだらないこと言ってないでそろそろ助けてやるか」
このままでは少女がバターになるまで堂々巡りは終わるまい、と隼斗はしぶしぶ境内へ足を踏み入れた。
その段になって、やっと彼女も隼斗に気づく。
「あっ、隼人くん! お願い、その子捕まえて~~~!」
「はいよっと、任された」
こちらに向かってくる少女とうさぎ。挟み撃ちの形となり、隼斗は逃げ惑ううさぎへと屈んで腕を伸ばし、いともあっさりと捕獲した。ふんわりゴロな打球を捉えるような簡単具合だ。両腕でもふもふした感触を確かめつつ、じたばたともがくターゲットを何とか抑えつける。
「ほら、簡単に捕まるじゃねーか。獣に遊ばれてんぞ、お前」
「はぁ、はぁ……な、なんで……わたし、うさぎさん捕まえる才能無いのかな……」
「無くても人生に影響無い才能ベストテン入り間違いないなそれ」
笑いかける隼斗に対し、膝に両手を当てて肩で息をする少女。よほどショックなのか、うるうると瞳を潤ませたしょぼくれ顔で意気消沈してしまっている。そんな様が、隼斗の肩ほど程度までしかない彼女の背丈をより小さく見せる。
そこに、後ろで様子を見ていたミケが声をかけてくる。
「こんにちはー。参拝に来ましたよー」
「へ……? あ、あぁ、はい! よ、ようこそお越し下さいました」
おもむろにかけられた声に、上擦った調子で返す少女。クセとして染み付いているのか、声とは裏腹に両手を揃えて深々と頭を下げる動作は自然で淀みないものだった。
顔を上げ、少女は屈託のない和やかな笑顔を見せる。ほんのりタレ気味の目尻にふんわりとした印象が加えられ、見る者を無条件でほっと安心させる暖かさを湛えていた。外界よりも静かに、どこかゆっくりと時間が過ぎているこの神社の内にあって、その佇まいは境内を包み込む何か大きな力の一部であるかのように調和している。
改めて――うさぎを抱えたままの隼斗、目の前の巫女さんに興味津々のミケ、そしてどうやら隼斗とは既知であるらしい少女と、それぞれが三者三葉に顔を合わせる。
そこで、両手をハンドパワーの人のように少女に向けたまま口を開いたのはミケだった。
「ねぇねぇ、それおっぱい何センチ?」
「え、へぇっ!?」
「不審電話の変態オヤジかお前は!」
「えと、あ、あの、上から91、59――」
「そうか、ついに90を越えたか(お前も正直に答えなくていいんだよ!)」
「……本音と建前逆になってない?」
発端のミケにさえ呆れられる変わり身の隼斗少年だったが、いやそうじゃねぇとばかりに咳払い。大事なのは数字じゃなくて実際目で見て、すごい、でっかい、やわらかい(多分)ということであって、本質を見失ってはならない。さっさと自己紹介してくれ、と未だにソムリエの目つきで「いやしかし……やっぱり和服はひんぬーで……けどこれは中々……」などとぶつぶつ呟くミケのふくらはぎを軽く蹴って促す。
「えーとね、あたしの名前は瀬乃原ミケ。ウチの隼斗がいつもお世話になっておりますー」
「あ、これはご丁寧にどうも。わたしは春橋緋沙音と申します。隼斗くんの幼馴染で、高校二年生で、この春橋神社の巫女を勤めております」
「ぬぅぅ、よく出来たレイギサホー……お巫女さんのカガミだねっ」
素直に褒め称えるミケの言葉に、巫女の少女――緋沙音は、袂からちょこんと覗く指先を口許にあて、えへへと控えめなハニカミ笑いを浮かべた。まぶしい。薄桃色の花飾りをあしらったヘアピンがちらりとおでこを覗かせていて、尚まぶしい。
人なら僅かだろうと誰しも持つ邪気というものを欠片も感じさせない純白の笑みはしかし、ワンテンポ遅れてきょとんとしたものに変わり、交互に隼斗とミケを見比べる。
「隼斗くん、ウチのって……?」
「深い意味なんぞ無いっつの。そもそも会ったのもほんの数時間前だぞ」
「えーっ。その割には何ていうか、すごくウマが合ってるなぁって……あ、これアレだ、よくお話の中に出てくる予感。いわゆるひとつのボーイ・ミーツ・ガールの予感! 憧れちゃうなー」
隼斗とミケを見比べる緋沙音の視線はとても楽しげで、どこか一歩引いた控えめな様子の中にも吹きこぼれのように昂ぶりを隠しきれていない。
「お前またヒマだからって社務の合間に少女漫画か何か読んでたな」
「よ、読んでないよ! セクハラ! すけべ大魔王!」
「セクハラの意味ググってから言えよお前。……ま、ともかく相変わらず元気そうで何より」
辞典で引けと言わない辺りが現代の若者所以というべきか。
朗らかにミケが笑った。ぷーっと頬を膨らますミコ少女のペースが合わさって、和やかな空気が広がっていく。
一時の安息に、人喰いなどという物騒なワードを忘れそうになるほどに。




