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喰わざるもの、生きるべからず  作者: あさぎり椋
二人三脚、調査スタート
11/27

11.緋と白妙と

「……ん?」

 ふと、隼斗は脳裏を覆う怖気の間隙に、ある種の違和感が生まれたことに気づいた。それは違和という文字通りの歪でこそありながら、苦い珈琲に落とされた一欠片の砂糖のようなもので、現状に苛まされる心情に幾分か冷静さを取り戻させるのだった。

「見られてる?」

「へ?」

「いや……誰か、この路地裏を覗いてたような感じがした」

 『空想』と『現実』――違和感の正体とは、まさしくその差異であった。隣人を悪鬼と錯覚する空想に依るものとは決定的に異なる、肌を舐めるような視線が、こちらを窺っていたような気がした。一時的にでも鋭敏となっていた隼斗の感覚が、どうもそれを捉えたらしい。

 隼斗の言葉にミケは目線を鋭くし、黒瞳を滑らせて路地裏の入り口を睨めつけた。

 しかし人影はなく、開けた世界への入り口をそこに認められるのみだ。彼女は口を尖らせ、なにか考えこむように腕組みをする。

「……見張られてるとしても、まー、別に不思議はないけどね」

 隼斗にくだらない責を問うでもなく、彼女は冷静に分析する。細められた白刃じみた眼差しが、それならそれでどうとでもしてやると言わんばかりの気概に満ち満ちていた。今の彼女なら煮るか焼くかの選択権を遠慮無く行使するだろう。どうやら、意外と武闘派であるというのもまんざらウソ偽りというわけではなさそうだ。

「いや、俺の気のせいだよ。情けない話、ちょっとビビッてたかなって……ほら、誰もいないじゃん」

「さてさて、どうかなー。可能性の一つとしては考えてた方がいいかもしれないよ」

 楽観的な安逸に身を委ねる隼斗を尻目に、ほっ、ほっ、と身軽なステップで石礫を避けながら、ミケは入り口へと向かう。そこから明るい通りをキョロキョロ眺めるも、収穫は無いらしく、後ろの舌二本で大きなバツ印を作ってみせる。

「どーやら、これ以上ここに長居しても良いことは無さそうだねー」

「かもな。もう大体調べたんだろ? 俺、次の現場ってのも気になるな」

「そだね。よーし、そいじゃ早速、次に行こうか」

 おー、と右手の拳を突き上げるミケ。同時に後ろの舌もぴーんと天を指すように伸び上がった。

 結局のところ違和感の正体を探り当てるには至らなかったが、二人は特にそれを気に留めることもなかった。些細は些細、と心の端っこに小さな問題を押しやる余裕が、まだあるのだから。



――――――――――――――――――――――



 世の中に『バス』というものを初めて見た時、それはそれは衝撃的だったとミケは語る。人を運ぶのは人――つまりは人力車が幅を利かせていたという時代を知る彼女だからこそ、耽ることができる感慨というものがあるようだ。

 車内に響くアナウンスを聞いて目的地で降りるまでの間、市営バスの中で隼斗はずっとミケのアツい語らいに付き合わされていた。

「こんな鉄のカタマリが大勢の人間を呑み込んでびゅーんって走るってんだから、そりゃもうねぇ」

「聞いた聞いた、それさっき言ったよ……」

「ぬぅー、チカゴロノワカモノはこれだからいかんのだぞー。年上の言葉には耳を傾けたまえよ、少年」

 そんな調子っ外れなままに次の事件現場へと向かった二人なのだが、そこは先の現場と大した違いはなかった。お決まりのような住宅街の路地裏に、ほんのり鼻をつく残り香のような『証拠』が、申し訳程度に散在するばかり。その進展の無さときたら、そりゃもうミケとてイライラのままに途中でコンビニに駆け込んでおやつのメロンパンを三袋も買ってこようというものだ。

 さてそれならば次はどうしようか、といったところで、真っ先に次の目的地を提示したのは隼斗の方。

 そこに到着した彼らを待ち受けていたのは――まるで挑みかかってくるかのよう圧さえ錯覚させる、厳かで長大な石段だった。

「ほら、ついた。さ、食後の運動にはちょうどいいんじゃないか。気合入れて登るぞ」

「うへー、先が見えなーい。日本の未来も見えなーい……」

「いきなりグダってどーすんじゃい、ほらほら」

 やたらに気合十分な隼斗が急かし、メロンパンの欠片をほっぺにくっつけたまま、へっぽこ状態のミケも後に続く。

 と、一段目で隼斗が気づいた。

「真ん中は歩いちゃいけないんだ。端っこ、端っこ」

「なして?」

「石段の真ん中は神様の通り道らしいから、俺ら下々の者は端を歩く決まりなんだよ。化生だって神様じゃないだろ?」

「あーいや、神様になった化生もいれば、化生に堕ちた神様もいますからねー、そもそもそういうルールって人間が勝手に――」

「はいはい、口と一緒に足を動かすっ。食ったら動くが基本ってこと」

「うー、鬼きょーかん。鬼ぐんそーだー……」

 ぶーたれる大食い娘と共に石段を上りながら、隼斗は遠足前夜の子供のように気分を高揚させていた。ここで『彼女』と会えることは、ミケの愉快なノリとはまた一風変わった一つの清涼剤となってくれるだろうと、そんな期待が彼の足取りをより軽くするのだった。

「神社なんてわたし、滅多に来ないんだもん。山住まいの知り合いってあんまいないしさー」

「そうなのか。化生ってこう、山のイメージの方が強いけどな。昔聞いたよ、山をあんまり見過ぎると魅入られて連れてかれるって」

「あはは。まー、そうやって取って食うのもいるけどね。でも今は開発も進んでるし、人間の『山が怖い』ってイメージ自体が薄れちゃってるからさ。今は山の獣に混じって細々と暮らしてる奴がほとんどだよ」

「そうでなきゃ、ミケみたいに街に降りてくると」

「そーゆーこと!」

 そんなことを話しながら石段を一歩一歩上っていく。両脇で道を縁取る木々の並びがざわざわと風にゆらめき、急な来客の登場を賑やかしているかのようだ。

 やがて朱色の厳かな門構えが二人を出迎える。

 そう、この先には――

「うおー、登頂じゃー。ミケさん、やればできる子だもんね。うーん、立派な鳥居の朱色が眩しい! 霊験あらたか!」

「神社っていいよな、来るたびに何か落ち着くしさ。何ていうか、日本人の心に先祖代々いろいろ根付いてんだろうな」

「それは分からんでもないね、懐かしい気分がするっていうかさ。うーん、それに風がそよそよしてて気持ちいいなー」

 春橋神社。それが、この山に構えた古めかしい神社に刻まれた銘だった。

 鳥居の真下に立ち、鎮守の杜をそよめかす涼し気な風を感じながら二人はう~んと伸びをする。これより先は静謐の神域。しかしここには、その言葉から感じられる厳粛さは薄い。さながら迷い人を招き入れる包容力、御髪を揺らす風のままにふらりと何の気なしに立ち寄ってしまう、そんな優しさが小鳥のさえずりと共に境内に吹き渡っている。

 だからこそ。たびたび訪れていた隼斗は元より、馴染みの薄いミケもまた何も気構えるでもなく、すっ、と石畳に一歩を踏み出せた。

 の、だが。

 それなりに意気込む彼らを出迎えたのは。



 ぴょんぴょんぴょんぴょん――



「「……うさぎ?」」

 まるで懐中時計を携えてティーパーティーへでも急ぐかのように、境内を縦横無尽に走り回る一匹の白うさぎ、と。


「あ~~~~もぉ~~~~~待ってってば~~~~~~~!!」


 両手を伸ばしてそのうさぎを捕まえんとぱたぱたぱたぱた追いかけ回す、緋白の装束を纏った少女の雄叫びだった。

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