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喰わざるもの、生きるべからず  作者: あさぎり椋
始まりを告げる、少女と雷撃
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1.何者なのかも知らず

 (いかづち)。遥か天空より、巨人が銅鑼を打ち鳴らすような轟音と共に降り注ぐ、まばゆい光の一条――人がそれを生物に例えて『雷獣』と呼び始めたのは、果たしていつのことだろうか。チョンマゲのお侍が我が物顔で辻を練り歩いていた頃から、それはイタチに似た四足獣のような姿の絵画として残っているそうだ。

 雷速で地を駆け、旺盛な食欲のままにヘビやクモに食らいついたとも、稲穂をむさぼったとも、はたまた樹下で雨露しのぐ旅人を――



「ホントにさ、俺はただ会うだけでいいんだよな? 今後の学業と、何より毎日の快適な睡眠に差し障りが無ければありがたいんだけど」

 興味の色に少なからず胡散くささを混ぜあわせた表情で、通っている高校のブレザー姿の少年――鳴嶺(なるみね)隼斗(はやと)は、隣に立つスーツ姿の父親に問いかける。

「なにが学業だ。父親が言うことじゃないが、そんな殊勝な息子を持った覚えはないぞ。……ま、詳しい内容は会ってみなければ分からん。ヤツの考えることが簡単に予測できれば、鳴嶺の家にこれまでの苦労は無い」

「……イヤな予感しかしないんだよなぁ」

 隼斗と打って変わって、その父親――悟宇斗(ごうと)はいつになく気を引き締めていた。

 くらーい気持ちに苛まれながら、隼斗はあくびを噛み殺した。どうにも緊張すると睡魔が襲ってくるのは低血圧体質のせいか、はたまた頭が現実逃避を望んでいるのか。

 二人の眼前に構えているのは、職人気質の窺える端正な瓦ぶきが屋根を彩る、どっしりとした日本家屋だ。外観からして二世帯が暮らせる程度の大きさながら、ぎゅっと固めたおむすびのようにまとまった邸宅の造りは堅実の一言に尽きる。

 周囲はといえば「向こう三軒両隣? なにそれおいしいの?」と言わんばかりの閑散とした田舎の風景。目につくのは緑に、あぜ道、遠目に見やれば山、山、山。普段住んでいる都市部から車を転がすこと三十分。何の気なしに伸びをすれば翠緑をはらんだ風が頬を撫で、初春過ぎの淡い暖かさに心地良く冷やりとしたものが混ざる。

「ここまで来て逃げ帰るわけにもいかんだろう。入るぞ」

「……うん」

 意を決して、隼斗も父親の後に続いて玄関へと入った。

 中には、すでに先客が大勢いて忙しなく動き回っている。その人影は全てが女性。袴を纏った和服姿、その上からフリルに縁取られた真っ白なエプロンやヘッドドレスを装備した、大正時代の女給とメイドのハイブリッドのような格好だ。パンツスーツ姿で脚立に乗って蛍光灯を変える姿が似合いそうな妙齢の女性もいれば、女子中学生かと思えるほどちっちゃな女性が、左手に見える和室でハタキをぱたぱたしてはケホケホとむせている。

「あら、鳴嶺様! お時間より二十分ほど早いお着きですね」

 一人の女給が目ざとく気付くと、他の女給達も隼斗達を見て一礼する。

「今日のような大事な日に遅刻など許されんからな、それに君達プロの優れた働きぶりを視察するのも悪くない。どれ、アガナイはどこにいる?」

 悟宇斗の声に呼応するかのように、正面階段から長身の人影が滑るように降りてきた。物音一つ立てず、優雅を通り越してぶっちゃけキモいほどのぬるぬるした所作で、ひょろっとしたカカシのような男が前に立つ。なんとなく、学校の音楽室に飾られた昔のエラーイ音楽家のような雰囲気を感じなくもない。

 彼は隼斗らの姿を認めると、まぶしくて見てられないほどの物すごくイイ笑顔で応えた。

「おぉぉぉぉ、なんというエレガント! なんとスマートなッ! さすがは鳴嶺様お早いご到着に加えてお見事な情況視察、かの馬上にて寝伏し食し野々越え山越え二帝駆逐せし英雄ナポレオンにも勝るとも劣らぬ拙速、今日で言うなれば紅茶の国の電車事情にも見習わせたいものでございます! まったく彼の国のライフラインときたら、電車でG○からやり直せと言いたい。さてもさても、約束の刻限を示す任を全うできず時計の長針もさぞかし歯痒い思いをしておりましょう! まぁそれも歯があればの話でがふっ」

 その場にいたメイド達が一斉にイラッとした怜悧な視線と共にげしげしとアガナイなる男を次々と足蹴にする。苦労してんだろうなぁ、と隼斗は彼女らの心情を慮ってホロリと心が傷んだ。

 これもある種の業界ならばご褒美かもしれないが、アガナイにとってはそれどころではなかった。彼は床に臥せったままパンパンと手を打つ。

「おっと皆さん、作業の手が止まっておりますよ! 八つ当たりすべき相手は物陰に蔓延るホコリとサッシの潤滑を乱すカビ! 床は四角い部屋のカドが削れて丸くなるまで磨くべし!」

 そう言うと彼は何事もなかったかのように立ち上がり、シルクと思しき艶やかなハンカチを手に服を軽く払った。もちろん隼斗も見なかったことにして挨拶する。

「こんちは、アガナイさん」

「これはこれは隼斗くん、ごきげんよう。相変わらず眠たげですな。青春の身空で布団が恋人ですかな? なんと実に物寂しい! アレは吉原の遊女が貞淑に見えるほどの快楽で人生を破滅させる魔性の権化ですぞ!」

「どっちかっつーと朝起こしてくれる恋人のが欲しいですよ。ってか俺のは体質であって、治せるもんなら治したいっての。アガナイさんだって分かるでしょ? 掃除しないと死ぬ体質とか言ってるくせに」

「はっはっは! なにせ掃除とおしゃべりは人生の花と申しましょう? まさしくワタクシ、それらをやめたら泳ぎを辞めたマグロのように死んでしまいます! ま、今日のワタクシ、黒のスーツでキメておりますので死に姿にも悔いはございませんがね! 『真黒』だけに、なんて! あーっはっはっは!」

 ごほん、とわざとらしい咳払いで悟宇斗は場を仕切り直した。

「早速だが、アイツに息子を会わせたい。念のため聞くが、息災だろうな? レキの奴は」

 たったそれだけの言葉で、場の空気は一変した。


 『レキ』


 その短い響きの名を告げる悟宇斗の真剣な面持ちに、アガナイもまたおどけた様子は鳴りを潜め、恭しい態度で暗黙の一礼にて応える。暗黙に曰く――仔細無し、と。

 ことが核心へと迫るにつれ、隼斗の胸中は、木枯らしに舞い上げられたような高鳴りを覚えるのだった。


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