表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

第6話「集う!世界各国の強豪プレイヤー達!!」

「――ここが太陽系前線本部、バグロイヤー様が新たに置かれになった第5の軍団……」

「いらっしゃいませ!」

「……何?」


 ――この男、リンキ・ラオ。

 野獣将軍ジャドゥブの配下として、一二を争う武闘派。八尺に近い長身とそれに見合ったような筋肉による横幅。素肌の上に青白の甲冑を装着した彼の容姿は上官の位置に当たるジャドゥブと良く似た肉体美を知らしめるような外観だ。

「えーと、確か貴方がリンキ様ですね?」

 リンキが若干戸惑いの表情を厳つい顔から見せた理由は、彼が辿りついた艦内の様子だ。

 純白の装甲、鋭角的なフォルムに対して艦内は真っ白な壁や通路はまだしも、壁には高級でやや古風な掛け時計、油絵がおさまった額がズラリと並ぶように配置されており、ところどころ観葉植物が自然を彩る――アンティークのような部屋だ。

 この部屋へポツンと立つ少女。ポニーテールと瞳の色、明るく素直、屈託のなくまっすぐな彼女を表すかのようなオレンジ。丸みのかかった眼鏡がトレードマーク、レアチーズケーキのような白とオレンジでコーティングされたメイド服らしき衣装を飾り気なく着こなす――名前はリーム・キャスト。


「そうだ! サーディーの斡旋で本日より太陽系前線本部へと鞍替えすることとなった!」

「サーディーさんからですね~。お話はゼンガー様から聞きましたので、遠慮なくどうぞです!」

「は、はぁ……しかし」

「どうしましたか? ゼンガー様も待ちくたびれているかと思いますのでどぞどぞ~」


 ――どうしてそこまでガードが緩いのであろうか。

 縁のある野獣軍団を始め、鋼鉄軍団、騎道軍団、天冥軍団とバグロイヤーには存在する訳だが、この軍団は早くも“ゆるゆる”な雰囲気が漂うとリンキは心の中で評する。

 おそらく新たに結成された軍団として、まだ色々と不完全なのであろうとリンキは心の中で割り切りながら、リームに案内されるように応接間へと足を運ぶ。


「ゼンガー様、ゼンガー様」

 と声を弾ませながら彼女はドアを二度ノックする。

「おぉ、リームかい」

「ゼンガー様、リンキさんをお連れしました。中へよろしいでしょうか?」

「……構わないさ。リームだからね」

「ありがとうございますですー!」

 そのゼンガーと呼ばれる人物、目の前の兎を暖かくなでるような声でリームを招く。そんな彼女の心の高まりはさらに跳ね上がり勢いよくドアを押しあける。ちなみに艦内でありながら、古風な内面を再現したからか、応接間はドアノブをひねって開かれた。

「ゼ、ゼンガー……様か?」

 応接間にそのゼンガーとの男とは……室内で何かに熱中してのめり込む男――その何かとは彼の両手に握られた長方形状のデバイスであり、左右には十字のキーや4つのボタンドが存在する。

「いやぁ、すまないねリーム。君の前でもついついこのゲームとやらに私は夢中……なのだよ」

「もう、ゼンガー様!あれから地球のゲーム機というものにお熱ですよね!!」

「地球の……ゲーム機?」

 

 リームはもうとは言うものの声は甘い。ゼンガーという人物がいそしむ事に関して彼女はまるで素晴らしい事と見なしている様子である。いわば同棲関係のようなものであろうか。

「ゼンガー……! お前は一体何をされている!」

「いやぁこれはねぇ、地球のゲーム機でリビングデット3Dとかいうものらしいんだ。マッキー君から地球の調査のついでにもらってきたのだよ」

「その地球のゲームで遊んで何になると!」

「いやいや、これが面白い事もある上、地球を始めとする太陽系の事を私たちは良く知らなければならない! ということなのだよ」

「敵を知る事から戦いは始まるということですね! さすがゼンガー様です!!」

「は、はぁ……」

 リンキは呆れの眼差しを半ば隠せない。

 そのゼンガー・サタンという人物。ふさふさのブロンドの髪と共に柔和な視線を常に相手に向け続ける男であり、言葉の物腰もどことなく柔らかい。この男は指揮官として優しすぎる男であろうか。

「ついでに言うとハードウェイザーは地球のゲームが操縦システムになっているそうで、ハードウェイザーを倒す為には役立つ物なのだよ」

「そう言われるとあながち間違いではないようなあるような」

「まぁ……大丈夫なのだよ。 いやぁこのゲームでの炎真理夫君は強いなぁっと」

 その時、彼はリビングテッド3Dをテーブルに置く。どうやらステージをクリアしたそうでキリが良くなったとの事である。

「さぁて……リンキ君、用件を聞かないといけない訳だね」

「やっとか……元野獣軍団リンキ・ラムー、サーディー様のスカウトもあり、本日より太陽系前線部隊へ転属だ」

「ほぉ、サーディーのねぇ……」

「兄貴!」

 その時、またドアが開いた。

この男も赤銅の鎧を着用しており、いわゆる似た者と遭遇。この彼もまたこわもてであり、モヒカンがトレードマークだ。

「ラーム!!」

「おぉ、君は確かラーム・ラオ。リンキ君とは兄弟だったはずだね」

「は、はい。その通りですが……兄貴、どうしてここまで来たんだ」

「ラーム、お前こそどうしてゼンガー……様の元へ。あれから応答がないと思っていたが」

「いやいや、ラーム君は出撃直後にジャドゥブが戦死しちゃった事で野獣軍団がバラバラの状態で、紛争状態が続いちゃってねぇ」

「そうなのですよ。ラーム様が戦いに巻き込まれたら困ると思いましたのでゼンガー様が保護してあげたのです」

 いわゆるこの新設軍団の預かりの立場にラームは該当する。彼曰く一応ゼンガーに頭が上がらない所があるとの事であるが、リンキの体はごく僅かに震えあげながら指さす。

「お前! !野獣軍団の後継者争いにお前がいてくれれば苦労しなかったものの!」

「兄貴、確かに兄弟そろえば無双な俺達だけれども、その後継者争いで兄貴なら一人でも勝てたのではないか?」

「そうだが……バグロイヤー様はシュラドゥという良く知らない小僧を後継者として推挙された」

「シュラドゥ……聞いたことがない名前だよ、リーム」

「ですね……鋼鉄将軍ディアロス、騎道将軍デスゲルク、天冥将軍アムエリアのそれぞれに続く方なのですね」

「そうなるのかな。まぁそれはそうとリンキ君、君がどうして野獣軍団ではなくてこの場にいる理由に察しがついたよ」

 落ち着いた口調でゼンガーが語る時、リンキが自分の背景を見透かされているかのようであり、弟に対して強気な様子から、彼に対しては非を認めるかのような従順な一面を見せ始める。

「信じられない事に俺はそのシュラドゥの小僧を前に敗れて、彼に野獣将軍改め超獣将軍の肩書を奪われてしまった……その上命まで助けられちまった屈辱だ」

「へぇ、そのシュラドゥは良い奴と私は思うのだがね」

「はい! 何か優しそうな方と思いますねゼンガー様!」

「ゼンガー様! 俺は各軍団の将軍どころかバグロイヤー様が見守る試合で相手に負けた上に情けをかけられたのだ! この屈辱どうしてくれようかだ!!」

「なるほどねぇ……」

 とシュラドゥへの恥辱が燃えあがるリンキであったが、ゼンガーは終始頬笑みを絶やさないまま話を聞き続けていた

「まぁ落ち着いて、落ち着いて。リーム、ちょっと飲み物を持ってきてくれないかね」

「はいです! とっておきのハーブティーを用意します!!」

「すまないねリーム、私ものどが渇いて仕方がないのだよ」

「……」

 とリームがパタパタとした様子で応接間から出ていく。

「いやぁ、シュラドゥとは一度顔を合わせてみたいと思うのだよ。サーディーが野獣型エレクロイドを持って来た時にお願いしておかないといけないね」

「ゼンガー様! それを言っている暇ではないでしょう!!」

「おっとっと、いけないいけない。まぁハーブティーを飲むまでに話をしっかりつけようじゃないか。リームのハーブティーを口にする事は私の嗜好なのでね」

 と常に飄々とし続けるゼンガーは顔色はそのままなものの、既に話をしっかりと付ける覚悟が整ったようである。遠慮なく話してほしいと言いたげなゼンガーにリンキは願望を口から切りだす。

「俺はハードウェイザーを仕留めたらその功績で超獣将軍へ復帰できる。そうバグロイヤー様へ交渉済みだ」

「……兄貴!」

「……その時はラームにも、ゼンガーにも報酬を与えるとの話だ」

「ほぉ……けど私はシュラドゥも惜しいなぁ」

 ゼンガーはあごに手を当てて少しばかし考える。彼が報酬として欲しい物はシュラドゥの件であり、彼に敵対する人物への協力に関して乗り気になる事が出来る所を模索する最中である。

「ゼンガー様! どうか兄貴の願いを聞いてあげてください!!」

「ほぉ、ラーム君」

「ラーム!!」

 けれども、ラームの叫びが状況を一変させるのであった。

「俺は兄貴に報いることが出来なかった為今こそ報いなければならないのです!! どうか兄弟でハードウェイザーの討伐を許可願います!!」

「ラーム、お前もその気なのか!」

「あぁ、俺と兄貴で野獣将軍最強の武闘派コンビ! 兄貴が言った事じゃないか!!」

「ほぉ……」

 協力を求めたくても出来なかった事からのわだかまりが、その瞬間に融解されていくのであった。

 例え所属が異なる現在においても、再び野獣軍団最強の兄弟コンビが絆と共に生まれる事にゼンガーの腰は自然と上がる。

「いやぁ、兄弟愛とは泣かせるねぇ。実は私にも弟がいて仲が良かったんだけどねぇ」

「そ、それではゼンガー様!? 俺の頼みを聞き入れてくれるとも」

「あぁ。君達の兄弟愛をここは信じることにしようじゃないか。私もハードウェイザーを倒す使命を帯びている事には変わりはないのだからね」

「本当ですか……!」

「私が嘘をつく人柄と思うのかね? そうだね……」

 にこやかにさらりと協力をゼンガーは兄弟のカムバックをバックアップすると約束し、一つだけの約束を彼らに課す。それは――


「ハードウェイザーを破壊する事を除いて、被害は最小限に食い止める……ことですか!」

「何ですと!?」

 との事である。暴れ足りなくなることは必然な内容であり、兄弟はブーイングをあげようとはするのだが、

「いやいや、戦争というものは、相手の中枢を破壊しちゃうと不平分子が一気に噴出して大変な事になってしまうのだよ。ジャドゥブ君はそんな事はしなかったのかい?」

「そ、それはですね……」

「それにこの太陽系に私は電次元界の人々を移住させたいと考えているのだよ。その為に地球人の文明も使える物ならそのまま使いたいのだよ」

「ち、地球人の文明ごときですか!?」

「もぉ、リンキ君。地球人の文明は電次元界にも影響が大きい訳で地球との文明交流があった程なのだよ……実際、私も地球の文明には感心が大きいのだよ」

 彼は自分なりの戦いへのポリシーを述べ、手をポンと叩いて明るい表情で兄弟の元を振り向く。


「まぁ可能な限りとの程度に捉えてほしいものだよ。それ以外はハードウェイザーを倒す事が出来るならば……好き勝手やってくれたまえ!」

「ゼンガー様! お待たせいたしました」

「おぉ、リーム。君のハーブティーは毎日毎日……」

 と凛々しく彼が決めた直後にリームのハーブティーが届く。彼女自慢のハーブティーはティーカップから温もりと安らぎを彼らに与えてくれるかのようであり、またもゼンガーの表情がとろけるように変わる。

「はい! 今日はまたまた撚りをかけて作りましたです!」

「……とリーム君も今回の作戦に期待しているそうだ。私も君達の素晴らしい兄弟愛に完敗を送りたいのだよ」

「は、はぁ……」

 このゼンガーとリームに振り回されながら兄弟もまたティーカップを手にした時、4人は揃って声をあげた。

「太陽系前線部隊! ハードウェイザー打倒の為に!」

「や、野獣軍団復興の為に!」

「兄貴の夢を成し遂げる為に!」

「乾杯でーす!!」

 とゼンガーとリームはノリノリで前祝い。だが、彼らの空気を知る筈もないリンキとラームはぎこちがない仕草でティーカップを手にして2人につきあう。


――かくして、太陽系へと迫りくる新たなるバグロイヤーの刺客。この物語とは行方不明の父を追いつき、追い越せと決意した弱冠14歳の少年・羽鳥玲也の物語。培われたゲーマーとしてのテクニックが太陽系を揺るがす程戦乱へと輝きを放ちながら戦い抜く物語でもある……。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「はっ、はっ……」

 朝7時前、初夏の日曜、天候は快晴。郊外の河原を黙々と走る少年と、彼を自転車で追いかける人物は彼女と同じ年ごろ、背丈の少女。

延々と走り続ける彼は額から汗をたらしながらも息を切らす事もなく、表情は何時もの無表情でもある。

「しかし玲也君、ゲームの為にこんな特訓もしているんだね!」

「そうだ。ゲーマーとして腕をあげるにはあくまでもゲームだけとは限らない」

 このジョギングも玲也にとってはゲーマーとして必須のトレーニングと見なしているようである。

「父さんはゲーマーを目指す俺にゲームばかりしてはならないと俺に教えた。ゲームの腕が上達する事に繋がるならば有無を言わずに挑めと」

「なるほどね……ゲームは一日一時間とは聞いた事があるけれど」

「ゲームをやり込もうとも、必ずしも全てのゲームに通じる能力を養う事が出来るかどうかだ」

 父から教わったゲーマーとして哲学。その哲学とは“全てのゲームに通じる能力を養う事”であり、それはゲームをやり込む事だけでは育たないものと教えられたのであった。

「ゲーマーに必要な能力は勝利への道を頭で描く事が出来るだけの頭のキレ、頭で描いた作戦を実現できるだけのテクニック、そのテクニックを常に実行に移す事が出来るかの体力、そしてこれら3つを全て最高に近い状態でキープする事が可能な精神力だ」

「……なるほどねぇ。つまり常に落ち着いて自信を持って挑んだら、体力もつくし、その体力でテクニックも身について、そのテクニックから作戦を組み立てる事も出来る!」

「そうだ。このジョギングは言うまでもあらず体力をつける目的で初めてもう7年ほどだ」

と玲也はペースを落とすことなく、さらに息が切れることなくシャルを相手に延々と話し続けた。

「晴れのトレーニングでジョギング5kmはお手の物。雨が降ればルービックキューブやペンを回しながら指先を鍛えて、将棋を指して思考力を養うといったところだ」

「へー玲也君、将棋指せるんだ!」

「これも父さんから教わった。将棋はコンピューターを相手にするゲームもそうだが、やはり生の人間同士で競い合う事の方が対人戦に必要な判断力を養う事が出来る」

「だよね! 僕も将棋は結構自信あるんだ。大将棋とかよくやっていたんだよね」

「大将棋……ほぉ。あれは自分の陣営を把握する事にうってつけのゲーム。駒が多ければ多いほどトレーニングになる」

「へっへへー、そんでもってこれでも僕は体力に自信あるんだよね!」

フランスの棋士でもあるシャルに対して玲也は少し感嘆の声を漏らす。

「来たぞ! 1、2、3……」

 その時、河原の隣を列車が通り過ぎる。列車の客室を振り向きながら彼は何やら数えはじめる。シャルは自転車をこぎながら鞄からリビングデット3Dを取り出して客車に液晶画面を向けた。

「玲也君! これは走りながら列車に乗っている客を数えているんだよね!」

「そうだ。体力だけでなくこれで動体視力を養う意味も含まれている」

「なるほどねー……じゃあ、あの赤いジャージ服の人、今週のチャランポランを読んでいるね!」

「……!」

 玲也が一瞬余裕の表情で口にするシャルに対して足取りを止めるが直ぐに走る事を再開する。その後走り続ける彼を完全に列車が追い越した後に彼女がこの驚きを予想していたような表情で口を開く。

「少なくとも僕の視力は両目2.0って事は確かってこと分かったよね?」

「――一流のゲーマーは目を大切にするもの。ゲームに勝つ為に目を悪くすることは本末転倒!」

「コンタクトで代用できるとの考えも甘―い!」

「常に万全の状態に整え、挑まれても問題ないようにしなければならない!」

 ――この二人の理論。決してゲームをやり込む事だけではおそらく辿りつけないであろう。

「ちなみに乗客は126人」

「ついでに一人は駅員さん!あとからこれで確認する事が出来るね」

「これ……?」

 シャルが指すこれとはサハラの事でもある。本物のリビングデット3Dがカメラ撮影機能を備えてはいるが、こちらのサハラはムービー撮影にも対応したデバイスでもある。

 彼女は先ほど通り過ぎる列車を録画して保存していた訳でもある。

「なるほど、これで日頃のトレーニングの精度もあがるとの事。明日から俺も使わせてもらおう」

「さっすが玲也君。使える物はどんどん使っちゃうタイプだね!」

「そうだ。利用できる物を何でも利用するの精神で常に価値を見出してそれを実行することが大切だ」

 相変わらずそれが玲也の持論でもあり、体力と動体視力を鍛えるジョギングを始めとするトレーニングを毎朝6時から1時間にかけて行い続けている訳である。

「そのトレーニングの後に平日は学校へ行くって感じなのね」

「そうだが……これに関しては仕方がなくだ。ハードウェイザーのプレイヤーとして二 足のわらじで挑む事は面倒だ」

「あらら、そうなんだ。玲也君頭もいいし運動神経も抜群なのに以外だね」

「俺は何らかの価値を見出した物には突き詰めるタイプだが、そうでないものにはとことん無関心だ。ハードウェイザーのプレイヤーに専念したい程だ」

「まぁまぁ、玲也君。そういう訳にもいかなくなるんだから」

「……? そういう訳にもいかなくなるだと」

「いやいや、何でもない何でもない。それよりもさ早く家に帰ろうよ」

 シャルはペロリと舌を出しながら、自宅の方向へ指さしながら玲也を催促する。

「それもそうだ。もう7時近くであり今日はプレイヤー同士のミーティングが行われる大切な日だ」

 プレイヤーとしてPARに認められた玲也に早速プレイヤー同士のミーティングが本日に行われるという。

 そのミーティングは起床時にアンドリューからのメッセージで伝えられたものであり、世界各国代表のプレイヤー達が一斉に集い玲也を紹介するいわば歓迎会の一面もある催しだ。

「今日から俺も日本代表のプレイヤー。プレイヤーとして遺憾なく活躍が出来るよう、より一層トレーニングにも励まなければならない」

「その心意気なら大丈夫だね! それにもう配布されたデータはチェックした?」

「無論。ロシア代表キュウスト、ドイツ代表ボックスト、中国代表ディエスト、イギリス代表タブルスト。頭の中に十分叩き込んだ」

「さっすが! あとはミーティングの前に腹ごしらえだね!!」

 とシャルはとびきりの笑顔のまま自転車を扱ぐ速度をあげ、彼女を追うように玲也もまた自宅へと急ぐのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ただいまー!」

「お帰りなさい玲也様!」

玲也が玄関のドアノブをひねれば、エクスのお出迎え。

――彼女、まるでピンク色のフリルエプロンを見せつけるようにちょこんと座りこんでいるが、彼女は上目遣いで玲也を誘うつもりは満々だ。

「……ってあら玲也様、何でお子様がいるのでしょうか」

「むぅ!」

しかし、彼女は玲也の隣の人物をエクスが視界に捉えた途端、彼女はわれを取り戻したように冷静な反応で隣のお子様について目にする。

「……このいきおくれ、またお子様って言った!」

「ま、またこのお子様は! 私の事をいきおくれと侮辱されるのですか!!」

「そうだよ! 僕をお子様って呼んだから当然だよ!!」

「貴方は私と玲也様の関係に水を挿したものですから、私が貴方を侮辱する事に問題があるというのですか!?」

 最も”お子様”発言はシャルにとって禁句であることは言うまでもあらず。まさしく犬と猿のような口喧嘩が朝7時前に繰り広げられる。

「いてっ!」

「あぅ!!」

 玄関前の口論に収拾を付けることもあり、玲也は早速ハンマーを二発彼女の脳点にお見舞いした。2人が振り向くと玲也の手元にBSVITAへカモフラージュしたGデバイス・チャールズが握られていた。

「このチャールズは護身用の銃に変形できるだけでなく、グリップから展開されるワイヤーでハンマーのように使うこともできる……なるほど」

「玲也君……僕が教えていない事を何時の間に」

「手さぐりで裏技を探す事はお手の物なんでね」

「玲也様、2人同時にこの仕打ちは……あ、いいえ私は構わないのですが」

「俺は朝食を食べるつもりでいたが、お前達の喧嘩を食べるつもりはない」

 と玲也は2人を軽くあしらう程度で靴を脱いで、リビングへ繋がる通路へと歩く最中、彼の鼻は爽やかな朝を彩る匂いに気付いた。

 一旦首をかしげてから彼が扉を開けた時には、既に五人分の椅子に囲まれた机にはいくつもの朝食メニューが用意された。

白麦に味噌汁、焼き魚、ほうれんそうの御浸し。そのついでに緑茶が注がれた湯呑が食事を彩って玲也達を迎えようと待っている。

「……さて、何故だ。まだ母さんは寝ている時間だから俺が作らなければ誰が朝食を作ったというのであろうか」

「ご覧になりましたでしょうか玲也様! この料理はですね……」

「あんたが作った物じゃない事は確かね」

 目を少し丸くした玲也の後ろから、彼への愛を注ぐことには努力を惜しまないエクスが後ろからアプローチするように駆けよるが、ちょうど食器を洗い終わったフレイとミュウが彼らの前に現れた。

「おはようございます玲也さん!」

 フレイとエクスもまたライトブルー、ライトグリーンのエプロン姿で現れる。特にフレイは何時もとは違って声が弾んだ様子であり、フレイもまた彼女の様子をまるで自分自身のように満足気に胸を張りながら彼女に目配せをする。

「へぇー! この料理、もしかしたらミュウちゃんが作ったの?」

「は、はい……それはですね」

「そうなのよ。ミュウちゃん、あちらの世界でも料理上手だから料理のレシピを教えたらあっというま!」

「母さん!」

 今度はイエローのエプロンを装着済みの彩奈が流し台から登場。ちなみに、彼女達のエプロンは彩奈の趣味だそうだが、実際に彼女が料理を手掛ける事は殆どなく、玲也が自分用の質素なエプロンにこだわる為、めったに本来の目的で使われた事はない。

「まぁ実際に味見したんだけど、あたしが今まで食べた事がない程美味しいわね!」

「私は……まぁそれほど評価はしていないのですが、悪くはないですわね」

「どれどれ……ほんと! いけるじゃん!!」

「あ、ちょっとシャルさん! それは私の分ですわよ!!」

「それほど評価してないんならいいじゃん。玲也君さっさと食べちゃおうよ!」

「あぁ……」

 シャルがおすみつきとするミュウ特製の朝食。彼女に背中を押されるように玲也は椅子に座って箸で白麦をつまんで口に入れ、味噌汁を丁寧に啜る。

「どう玲也君?」

「早く何か言いなさいよ」

「……この味ではないことは確かだ」

 だが、玲也の表情は何やら気難しい様子で椀を机上に戻して冷淡な反応を返す。

「あ、あれれ……でも玲也君。美味しいはずだよね?」

「シャル、俺は美味しいだけではなくゲーマーとして健康的な食事を食べたいと望む。体が資本との事もある」

「健康的……?」

「そうだ。だから俺は出来る限り自分で料理を作り、体調を万全の状態に整えている。仮にその料理で調子が狂いでもしたらだな」

「ちょっと玲也! 全く、あんたは相変わらず上手くなる為には相手の事を考えないのね!!」

 玲也の話は早い話、”余計な事をするな”に尽きることでもある。そのリアクションへフレイは机をたたきながら彼を叱りつけるように立つ。

「あらフレイさん? 玲也様のお言葉に対して何と失礼な! 全く相変わらず貴方はですね……」

「あんたは関係ないじゃない! ミュウも何とか言いなさいよ!!」

「え!? その、あのですね……」

 玲也をフレイが詰るならば、エクスが玲也を立てるようにフレイに厳しく当たる。性格から水と油のような2人の抗争に対し、最も常識的なミュウが潤滑油のような立場として動く事がお決まりのパターンだが……フレイがミュウへ動き駆ける。

果たして、枢軸側か連合側のどちらかにつくようなことが求められているようなこの状況。あたふたしながらミュウは周囲を見渡しながら判断に迷ってはいたが……

「フレイちゃん、私の為に怒ってくれますのは嬉しいのですが……大丈夫です」

「ミュウ!」

「そ、そうですよね! これも私が興味本位でこの世界の料理に挑戦した訳ですが、玲也さんの好みを考えていませんでした私にも責任がありますから、えぇ!」

慌てながらミュウは自分がこの件の責任者のように振る舞い続け、自分自身で自分が主犯のように責任を負う。

「ったくミュウは相変わらず押しが弱いんだから! たまには一発ガツンと言えば良いのに」

「まぁ、罰当たりな貴方に良い気味とだけは言っておきますわね」

「……あー、朝からむしゃくしゃするわね!!」

「フレイちゃーん! 朝食どうするのかしらー!」

「……気が向いた時に食べるわ!」

 フレイにとってこれでは自分自身が何の為に怒ったか分からないようなオチであり、荒い足音と共に彼女はリビングを出て自室へ向かう。


「あー、玲也君。こりゃバッドコミュニケーションだねー」

「人の心はやすやすとゲームのようには上手くいかないものとは重々承知のものよ」

「……玲也さん」

 シャルから半ば駄目だしされるような一言も彼は淡々とした様子で返しながら冷蔵庫へ足を運ぶ。冷蔵庫の中には栄養補助食品が入っている為にそれで朝食を済ませるつもり。玲也の態度に”果たして自分の行動がこれで良かったのか"と憂うようにして、彼の後姿を眺めるが当の本人の考えは分からない。

「ふふふ、玲也様……私はあっさりとですね……」

「おや、サハラが反応している様子」

「あらら……!」

 それとは別に背後から迫るエクスの影。朝っぱらから奇襲をしかける彼女の表情はまるで水に浸した紙のようにふやけ切っている。

 だがちょうどポケットのサハラが振動を起こしたため、玲也が身をかがめることで彼女は自分の顔を冷蔵庫の扉に押しつけるオチへ至った。なお、シャルは小声で彼女を馬鹿発言した点も補足しなければならない。


『よぉ玲也、俺だ俺だ』

「その声はアンドリューさんですか。おはようございます」

 サハラのモニターにはちょうどパーフェクト・フォートレスの食堂で朝食中のアンドリューの姿が映る。彼の相変わらず陽気に飄々とした様子の口調は健在。飾ることなくパンを口に咥えたままモニター越しに手をあげて挨拶を交わす。

「アンドリューさん、用件についてはミーティングの件ですか?」

『そうだなー。今日やることは決まったんだけどなー、それが朝9時に決まったから報告だなー』

「朝9時……結構急ですね」

『悪い悪い、エレクロイドを片づけることが早く終わった訳だからよ、いっそのこと早いうちにやっちまおうぜーって意見が出てきたってことよ』

『時は金なりって諺があるし、世の中、何時何が起こるか分からないものなんじゃねーかなー?」

「それは御尤もですね」

 と二人は突然の決定を肯定しろと話すようであり、玲也もそれを最初から承知だったこともあり、少し笑った様子で肯定する。

『さっすがだなーがきっちょ。肝が据わっているというか』

「ゲーマーはハッタリも堂々とこなす度胸もあってこそですからね、スティさん。勿論予習はしっかりと備えたつもりです」

『そっかそっか、まぁ今日はそこまで大したことは話さないつもりだからな、30分ほどで終わる』

『そんな訳だから、ま、そう気を張り詰めるなよー』

「了解しました。直ぐに準備してパーフェクト・フォートレスへ向かいます」

『オッケーオッケー……ん?』

 用件を伝えて通信を切るところであったが、アンドリューは気付いた。玲也の後ろで綺麗に用意された朝食5人前の存在のことだ。

『なぁ玲也、あれがお前んちの朝食か?』

「は、はい。これに関してはかくかくじかじかとありまして」

『ほぉ、かくかくじかじかという訳か。凄く美味しそうだけどなぁ~』

 とアンドリューは食パンを口から皿へと無意識に落とした状態で、液晶画面の壁に阻まれながらも、まるで食べたいばかりによだれを口から流している。兄貴分のアンドリューの意外なリアクションに玲也は少々迷った様子で相槌を打つ。

『あぁ、あたいとアンドリューじゃまず食べれないような手作りって感じだなー』

『だなぁ。 フォートレスの食堂も悪くはねぇが手作りの味は何時でも良いってことよ、俺は日本の料理好きだからよ』

「は、はぁ……」

『まぁ準備が出来たら何時でも来なーがきっちょ』

『ついでに朝ごはん食べろよ!そんでもって歯磨いて風邪ひくなよ!!』

 そこで通信は切れて、玲也は冷蔵庫の扉を閉めて、食卓に目をやる。

「……さて、仕方がない。いただこうとするか」

「……玲也さん!」

「ふふふ、玲ちゃん。アンドリューさんに頭の上がらないところがあるわね」

 なにはともあれ朝食に玲也は手を付けた。動機はともあれミュウはこれでひと段落ついたと優しい笑みを再び見せた事に玲也は多分気付いてはいない。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「失礼します、将軍!」

 それから玲也達がパーフェクト・フォートレスまで足を運ぶ事に関して時間はかかることがなかった。彼は到着してブリッジへの扉を開けるや否や、ふたりはまるで自分のように喜びながら立ちあがった。

「おぉ、玲也君。本当に直ぐ来たじゃないか!」

「はは、早く来ることは良い事だぞ、玲也君」

「いえ、何が起こるか分からないですからね」

「ははは、それもそうだ!」

 エスニックとブレーン。パーフェクト・フォートレスのトップ2人は玲也の登場に表情がほほ笑む。

「まぁ、そこで玲也君。チャールズを見てくれないか」

「チャールズ……データ1件受け付けましたと記されていますね」

「そのデータファイルをとりあえず見てくれればわかるはずじゃ」

 言われるがままに添付されたデータファイルを表示するや否や、7列に別れた表が何行かに分かれており、何行かは青色に塗りつぶされているものである。

「将軍、これはもしかすればですが、シフト表と呼べるものではないでしょうか」

「その通りだ玲也。君のプレイヤーデビューもあり、プレイヤーのスケジュール表を組み直した」

「そうじゃ。玲也君にはなるべく負担がかからないように組んだつもりじゃ」

 とブレーンが申す通り、玲也のスケジュールは月曜日から木曜日までの18時から22時と日曜日の12時から20時まで。大体週5の20時間半ばである。

「ふーん、他のメンバーも週5って所なのね」

「それも時間は一日8時間。大体40時間……ですわね」

「ハードウェイザーの操縦時間やインターバルの都合で今までシフトを組むことが大変だったのでね」

「だが、玲也君の登場でどうにかまともなシフトを組む事が出来た訳じゃ」

「なるほどね~常にハードウェイザーが太陽系を常駐しているシチュエーションの事だね」

「最も玲也君はまだ経験が浅い事から、最初のうちはほぼ同じ時間のアンドリュー君から色々万案でほしい。素質は十分な君に必要な事は経験だ」

 「経験ですね……」

 腕を組みながら思考に耽る玲也だが、エスニックから求められる素質については彼自身も理解が行く所であり、直ぐにうなづいた。

「確かにその通りですね。ここは少しでも早く一人前のプレイヤーとして活躍できるように励みます」

「その心意気じゃな玲也君。くれぐれも無茶はしないでほしいのぉ」

「そうだ。ただ玲也君だけではなく、有事において応援要請が伝わった時には出来る限り出動をお願いする事がある」

「はい、そのつもりです。しかし学校へ通う事がないならば常にスタンバイが出来るというのですが……」

 とシフト表に対して一つの不満が浮かび上がる。経験を多く積みたい者としては出来る限り長時間にわたって参加を続けたいのではあるが、それには義務教育が邪魔のように思えてしまうからだ。

「玲也君、君は中学生の身分。ハードウェイザーの秘密は可能な限り死守したいからな」

「二足のわらじで玲也君には出来るだけ秘密を守ってもらいたい。何、玲也君には学校でもしてもらいたいことがあるからね」

「してもらいたいこと……ですか」

「そうそう、してもらいたいことなんだよねー」

「あぁ」

「うむ!」

「……一体何?」

「将軍、入らせてもらうぜ―、

 目配せでシャル、アンドリュー、エスニックの3人の思惑が一致したが、玲也が知る時期としては少し尚早であった。

 とそこに、ブリッジへの扉が開いては2人も登場する。

「よぉ、玲也。朝はちゃんと食べたかぁ?」

「アンドリューさん! それはですね……」

「うん! ミュウちゃんの朝ごはんは絶品! フランス育ちの僕が言うんだから!!」

「ちょ、ちょっとシャルちゃん。そこまで私をほめちぎらなくてもですね」

「まぁまぁミュウ。あんた褒められているんだからそこはもっと自信を持ちなさいよ」

「それはそうかもしれないのですが……」

 この朝食に関する話題が花を咲かせながら、エスニックもまた身を乗り出すようにして彼らの話を聞く。

「アンドリュー君、これならば何時でも玲也君の所へお邪魔しても大丈夫じゃないか」

「おぉ、そうですね将軍。なぁスティ、ミュウの朝食を食いに行くってのも悪くねぇよな」

「あぁ同意ってことだなー」

「……あらら?おい、シャル……」

「何、玲也君?」

 アンドリューからの話は玲也にとっては聞いてもいなかったことであり、3人の間で会話が盛り上がっている所なので、隣で笑いながら構えるシャルへ耳打ちをする。

「アンドリューさん、朝食を食べにに行くとはどのような話だ?」

「そうだね。アンドリューとスティも僕の部屋の隣に引っ越して来たんだよ」

「ええっ!?アンドリューさんとスティさんが引っ越す事ですか!?」

「まぁそういうことじゃな玲也君。アンドリュー君が常に近くにいると君も助かる事が多いとおもってな」

「そんな訳で玲也、これからいろいろお世話にもなるぜ」

「は、はぁ……」

 ノリノリなアンドリューに対して玲也が握手に応える右腕はどことなく擬古血がない様子で、アンドリューは知っているか否かだが、その右腕をブンブンと握手させながら上下に奮う。

「まぁ、そういう話等はゆっくりミーティング・ルームで話しても良いではないかな」

「そうじゃのぉ、玲也君に案内する事も必要じゃからのぉ」

「おっと、それもそうですな。そんじゃ玲也俺についてきな」

「了解しました。やっと本題ですね」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「しかし電次元界の人間も地球のような料理を作る事が出来るとはなー」

「アンドリューさん? 確かあんたにはスティさんがいるんじゃないの?」

「いやフレイちゃん、それがこのスティ。腕っ節は大したものだけどよぉ、家事はてんで駄目!はははははは」

「アンドリュー、それは笑って言う事じゃないだろー」

 ミーティング・ルームへ向かう最中、相変わらずアンドリューは彼女の朝食の件について関心を示していた模様であり、彼なりのジョークにスティもひじ打ちを彼の腹へ軽くかましながら笑う。

「アンドリューさん、スティさん。私は母から女性としての手ほどきも教わっていました。料理、洗濯、掃除、裁縫と……」

「へぇ~、箱入り娘って感じなんだなー」

「そ、それは……確かに正しい訳ですが」

「そうそう! 同じお嬢様なのにエクスとは全然違うもんねー」

「そうだね!」

「ちょっとちょっと! そこでどうして私の顔を見ている訳なのですか!!」

どうやらミュウもいわゆるお嬢様に分類される人物であるが、同じお嬢様にも違いがあるようなものであり、エクスのような高飛車ではなく、彼女は清楚なお嬢様のキャラを素手行く所がある様子だ。

フレイとシャルが顔を合わせて笑いあうわけだが、笑われた方からすればそちらは冗談で済まされるような事ではない様子だ。

「まぁ同じお嬢様育ちでも人それぞれ。それぞれの良いもんってことがあるわけよー」

「まぁそう言ってアンドリュー、お前は女を口説くんだよなー」

「まぁな、はははは」

「アンドリューさん、ミーティング・ルームはもうすぐですか」

 談笑しながら歩く彼らに対して、玲也は一人先に歩いており、曲がり角の付近で一度立ち止まりながら問う。

「おっとそうだな。玲也お前駆け足だなぁ」

「申し訳ないのですが、皆さんが遅いだけと思いま……」

『嫌なの~!!』 

「危ない! 玲也さん、伏せて!!」

 

 その時、ミュウが一変して焦燥した表情で叫んで、飛び出した。

 玲也が慌てて体を床に這わせる時、先ほどの彼の頭の位置には、ピンク色の球体が飛び出す――ナムだ。

イヤイヤと叫びながら急スピードで自分達の元へ向かう彼女に、ミュウはポケットから取り出したヘアピンを手にしては投げる。

それは、ナムの額へ見事に命中。すると彼女は目を点として、まるで電池が切れた玩具のように力なく床に落ちる。


「……やった!」

「……いや、やったってどうしちゃったのよミュウ!」

「あぁ、これはどのような訳だ……これは」

その時一変したミュウの様子に玲也やフレイ達は口をポカンと開けたまま彼女へ顔を向けたまま。

「おーい、待ってくださいよーナム!!」

「待ちやがれ―直ぐ終わるからよぉ!!」

「……待てコラ」


 何れにせよ、訳が分からない事態だが、玲也の背後へ3人組の男が走りよる。同じタイミングで息を切らせ、歩調もシンクロし合ったようなD3トリオ、バチカンの三つ子達である。

「お? 三つ子、何かやらかしたか―?」

「あぁ、アンドリューさん。それがですね」

「定期メンテナンスの際に」

「うっかり彼女のデリケートな部分に触れてしまった訳でして」

「そっかそっかー、まぁナムも女の子のAiだからなぁー」

 事の成り行きについて理解したのであろう。アンドリューは気を付けるようにと軽い注意程度でこの騒動の後始末をつけ、D3トリオは気を失ったナムを運んでそそくさと去った。

「それはそうと、ミュウちゃん良く気付いたね!」

「そうよねぇ、あたしには聞こえなかった音がミュウには聞こえて、それもあんなに素早く!」

「あ、あぁ……」

 能ある鷹は爪を隠すとでも言うのであろうか。

 フレイとシャルは完全に彼女達の実力を認める様子で手を叩きながら歓喜し、玲也ですら少々迷ってはいるが、彼女の意外な力に首を頷いてしまう。その彼女は玲也達を前に照れくさい様子で顔を赤く染めている。

「あの動き……なるほどなぁ」

「おっ、どうしたスティ。何かミュウちゃんに心当たりでもあるの?」

「あぁ、そうだなー」

 この中で冷静な様子の人物が一人――スティは余裕の表情でミュウに接近して肩を軽くポンと叩く。


「まさかとおもうがなミュウ、お前エージェントの類だろ?」

「――スティさん!?ど、どどどどうして」

「流石にポーカーフェイスとまではいかないかー」


 自分自身の正体を感づかれた事に対して、ミュウは顔を赤くしながら両手と首を横に振りながら、”自分自身はそうではない”と必死に否定しようとはしているが、誰がどうみようともその挙動不審な様子に周囲は彼女の仕草を偽りと判断せざるを得ない。


「ミュウさんがエージェント!? そんな事があるのですか……」

「闇を往く訳がないよね!?」

「まぁまぁ、落ちつけお前ら」

「あー、別にミュウがスパイとかそういう類じゃないから安心しろー」

「仮にそうだとしたら、あたし、誰かに説明してくれって言いたいわ」

 そのエージェントが電次元界からどのような地位に当たるかに関しては、エクスが目をちょこんと点にしながら、その彼女を指さしている様子、身分が高貴な彼女が恐れる事から彼女の地位は証明されたものである。ちなみにシャルのエージェントにかけたリアクションは本人が狙って口に出したかどうかまでは定かではない。


「……スティさん、エージェントとの名前を聞く限りはおおよそ察しが付きますが」

「まぁーそうだ。いわゆる要人の護衛やスパイとかを引き受けているんだなー」

「いわゆる忍者のような役割だね、玲也君。けどスティ、どうして気付いたの?」

「まぁー、ちょいと武者修行中に足を運んだ事があってだなー」

「そうそう」

 とアンドリューがスティの肩に手を当てながら玲也達に改めて彼女の意外な一面を披露する。

「スティは電次元界で名を馳せたレーサーでよ、レーサーとして腕を磨く為に試合まで日々修行の繰り返しだったんだぜ」

「そうだなー、エージェントの腕があたいに役立つんじゃないかって思ってなー、弟子入りしようってちょいとばかり調べてたんだよなー」

「ですが、電次元界のエージェントはその家元の子孫が代々と引き継いでいく決まりでして、弟子入りは……」

「そうそう、そんな訳で仕方なく諦めたんだけどよー、リンテッド家という相手のツボを突いて相手の力を無力化させる技に優れた家元があるって聞いたことがある訳よー」

「……あぁ!」

 スティの話に玲也は腕をポンと叩いて納得した表情を示す。

 彼女が言うには、リンテッドとの名字は自分達の地方ではさほど珍しいものではなかった事から、自分が知っていたエージェントとしての技に気付いたことでミュウをエージェントと見なした模様。

 そして、玲也からすればリンテッド家の家柄と彼女が自分を救う為に見せた能力からエージェントと認識した。

「まぁ、スティもミュウちゃん達も電次元界の惑星マノーヴェのソニン国の生まれ。そのソニン地方って治安が必ずしも良い訳じゃあなかった訳よ」

「だからエージェント達も仕事があるんだよなー。お隣のアージェス国は平和だっただがよー」

「はい……そうですね。ソニン地区は必ずしも治安が全て良い場所ではありませんので、実際に戦った事もあります」

「お、おぉ~ミュウちゃんかっこい……」

「納得がいかないですわ!」

 電次元界はバグロイヤーの襲来がなくとも必ずしも平和ではなく、それ故にミュウの仕事も少なくはなかった様子である。どんどん彼女の意外な一面が明かされていき、シャルが本当に手を叩いて喜んでいる訳であるが、エクスだけは何故か顔を紅潮させながら体中が震えあがって叫ぶ。

「ミュウさん! でしたら私のフォックス家には何故来られなかったのですか! 私の家には貴方とその関係者が来た試しは一度もありませんでしたわよ!」

「え、えぇと……それは私に言われましてもですね」

「ミュウさん、私の家はソニン国の防衛大臣でもありましてね……狙われてもおかしくない家柄なのですよ!!」

「……お前は自分の父さんの命が狙われてほしいのか」

エクスの言いがかりに対して余りにも下らないものと玲也の突っ込みは何時もよりも呆れのニュアンスが強い。ミュウでさえ表情がぎこちない笑いを作って”自分に言われても”と言いたげである。

「まぁ、あんたの家柄はそこまで大したことじゃなかったかもってことね」

「そうだね。同じ高貴そうな家柄でもミュウちゃんとは大違いだもんねー」

「フレイさん! 私にも堪忍袋と呼ばれる物がありましてよ! あとそこのお子様、いい加減言葉を慎みなさいまし!!」

「まぁまぁ、時効成立って事の上に本人が知ることでもないから大目に見てやれよなぁ」

「そうだなー」

 ここで、アンドリュー&スティの年長者コンビによりしょうもない口論は収束を迎えた。

「まぁ、だけどなーあたいが見る限りはこいつが一番戦いなれしているなー」

「スティさん!」

スティの見る目に関して、当の本人はまた驚きを示す。自分の持つ能力を露呈されてから周囲から見る目が徐々に変わりつつある様子である。


「へー、あんた今まで大人しい顔してたのに凄いじゃん。何かあんたのこと結構見なおしちゃったからねー」

「人間見かけによらない事は地球も電次元界も同じだね!!」

「ま、まぁ……これでしたら安心ですわね。ミュウさんが足を引っ張る訳ではありませんからね」

「いっとくけどなー、お前が一番戦いにゃあ不向きなんだなー」

「あら……」

 ――どさくさにまぎれてエクスも彼女なりに褒めてはいるようだが、どうやらこの場では彼女がオチを付ける役割を果たしているかのようである。


「なるほどな……」

「へへ、玲也。少しばかりはミュウを見直したでしょ?」

「いや……」

 だが、玲也だけ気難しそうな表情で手をあごに当てながら考えつつある。彼には彼女に対する懸念が消え去ったというわけではないとの事だ。 

「スティさん、ミュウが一番ヘルパーとしての素質があると思われるところ申し訳がないのですが、俺にはそう思えないのですよ」

「ほぉ、どうしてだーがきっちょ」

「それはですね……フレイとエクスと違ってミュウが戦う事を恐れている件です」

――彼女の身体能力がいくら高い物であろうとも、彼女の精神面で玲也は不安を懸念する。

彼はアンドリューとの戦いでクロストを選んだ理由はミュウが戦う事を恐れていた為使い物にならなかったと実際の例を挙げながら自分の論を展開する。能力の前に心で負けているようであれば満足にその力は発揮されないと冷たい。


「もう、ちょっと玲也! せっかくテンションが上がってきた所に、どうしてどうして、あんたは何が言いたいってことなのよ!!」

「俺は過信する事は危険だと考えただけにすぎない。救われたことには感謝はするが、それはそれ、これはこれだ」

「そ、そうですよね……」

 朝食の件と同じように、フレイがミュウの分まで叱咤をしているかのようだが、玲也の淡々と冷徹な態度に変化はない。またミュウは自分を否定するように振る舞い、彼女の表情は苦笑いを作る。


「まぁまぁお前ら、いい加減ミーティング・ルームに早く入るぜ」

「そうでしたねアンドリューさん。それはそれで後々考えなければいけない事と割り切ります。いくぞ」


「……全く、あいついい加減にしろって感じよ」

「まぁ、私は玲也様を支える事が出来るのでしたら」

「……」

「まぁ、バッド、グッド、ノーマルと転々としてパーフェクトコミュニケーションには辿りつけない訳だね、玲也君」


 玲也、フレイ、ミュウ。3人の間に微妙な雰囲気は漂い続ける。玲也はその関係の修復にさほど考えていない様子であったが……この後そうはいかない事態へと直面するとは考えるはずもなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「うぃーっす。アメリカ代表プレイヤーアンドリュー・ヴァンスだぜー」

「ついでにスティ・ソニアだぜー」

「ふっ、重役出勤……という訳でもないな」

「……」

 かくしてミーティング・ルームの扉開かれた。

 そのミーティング・ルームには大体16席程1つのテーブルに囲まれており、先客が2人、隣に座っていた。

 その2人。藍色の軍用コートに身を包みながら、どちらとも厳つい表情と共に、ガタイのよい体格。アンドリューへ軽口をたたいた男は顔にいくつかの皺と共に傷があり、隆々とした筋肉がコートの上からも浮かび上がる。


「ふー良かった良かった。案外重役出勤って緊張するんだぜ―」

「マーベラー、ミーティングの内容はお前にも伝わっていると思うがよぉ」

「あぁ。久々にルーキーがこの太陽系に電撃参戦……だろ」

「そうそう。だから先に紹介することにするぜ、おーい、入ってきな」

「はい……!」

 アンドリューの許可と共に、扉の向こうから玲也が、彼の隣にはフレイ、エクス、ミュウと早速4人が集結。目の前のマーベラーが自分自身にとって先輩の一人でもあると、玲也は自然と右手を額の元へ挙げて敬礼の仕草を作る。


「初めまして。ロシア代表プレイヤー・マーベラー・アグリーさん、それにヘルパーのキュリ・イーブさんですね」

「ほぉ、ボウズ、お前が日本代表プレイヤーの……」

「まぁ、そういう事になるわね。あたしがフレイ・ステイト」

「エクス・フォックスと申しまして、」

「私がミュウ・リンテンド……です」

「と、この3人が宿すハードウェイザーブレスト・クロスト・ウィストを操らせてもらいますは、この日本代表プレイヤー羽鳥玲也です。よろしくお願いします」

「ふむ……」

 ボウズと玲也を呼ぶマーベラーの表情は厳ついまま変化は見られず、隣のキュリは全然口すら開きそうにない。ただ威厳を見せ続けるかのようなロシアチームに14歳の少年は負けずと冷静な様子を貫かんとするが、体にはごく僅かな震えが生じる。


(マーベラーさんはロシア陸軍少将、教官として教鞭を振るった事も少なからずのベテラン。若い頃はロシア代表のゲーマーとしてインベーダーチャンピオンの座をほしいままにした人だ……)

玲也が言うとおり、マーベラーもまたアンドリューと同じくゲーマーと軍人の顔を持つ人物。アンドリューとゲーマーとしての腕を競った過去もあった。

「ボウズ、どうやら俺達の事を考えていた様子だな」

「……玲也君! やっぱり何か考えていたんだ!!」

「はい。今、マーベラーさんのキュブストについて考えていた所です。キュブストは軽快に動きまわって肉弾戦を得意とするスタイルからアームズパーツの装着で戦車形態、重火力形態としての姿を持つハードウェイザー。ビーム兵器が装備されていない分実弾兵器で一気に攻める電次元フルオープンが必殺技ですね」

「正解だ……そうだな、そこの嬢ちゃん、エクスのクロストに何処となく似ているハードウェイザーだな。少しは勉強していると見た」

 玲也が事前に予習を行っていた事が役だったようである。

 マーベラーという人物、外見は厳つく少しばかし近寄りがたいが、彼の作る笑みは自然と作り上げられたものだ。

「ありがとうございます。エクス、お前も挨拶しろ。同じ電次元界の人間同士だ」

「勿論……ですが、何故私なのですか、玲也様?」

「同じ重火力重視のハードウェイザー同士だという所からだ。似たコンセプトの事も少なからずある」

「なるほど、納得は致しましたわ……初めまして」

「……」

 エクスがキュリの前に歩み寄るが、その彼女は挨拶を受けても反応があるかどうか分からない。彼女は言葉を全然口にしない事もあるが、それだけではなく表情でさえ変化が見られないからだ。

「……エクス、お前の事だから聞くが、変な事を言った覚えはないか?」

「そそそ、そんなつもりは一切ありませんわ、玲也様ったら!!」

「すまないな嬢ちゃん。キュリは前々から無口な奴でな」

「……そう」

 ……とキュリは首を縦に振りながらようやく第一声を玲也達は聞いた。外見にたがわずハスキーボイスだ。

「あ、今しゃべったね」

「あぁ、自慢ではないが3週間ぶりにキュリの声を聞いたな」

「は、はぁ……」

「それでも二人の間でコミュニケーションは通じ合うものなのですよね……」

 ミュウの一言は玲也が感じた疑問を何とか肯定的な方向へと考えているような様子だ。なにはともあれ、ロシアチーム、アメリカチームとはまた異なる貫禄に溢れるチームでもある。

「まぁ、とりあえずボウズ、ゆっくりと座っとけ。会議で使う今回のデータも早くダウンロードを済ませた方が良いぞ」

「は、はい分かりました」

 と早速玲也達4人は目の前の4席に直ぐ座り、サハラからダウンロードコンテンツをダウンロードする事とする。どうやらサハラのWihi通信でPARの必要な資料を取得する仕組みだそうである。

「今回の題材は俺達のデータについてと、エレクロイドの出元について……」

「失礼するぞ!」

「ドイツ代表プレイヤー・フォン・ファイラー参上する!」

「ヘルパー・クスハ・エコー……」

「イギリス代表プレイヤー・ファル・コズン失礼します!!」

「同じくヘルパー・ジーグ・エースフィだ!!」

 ――続いて四人参戦。

 アンドリュー曰くヨーロッパチームであり、厳密に言うならばドイツチームとイギリスチームの事を指す。

 銀髪の長髪をたなびかせる藍のスーツの女性フォンは細身ながら、女性としてのメリハリがついた外見の持ち主。無頓着なスティとは対照的にきつめの外見だが女性としての魅力は勝るとも劣らず。彼女の後ろに隠れながら小声で自分の名前を名乗るクスハはドイツ代表でありながら、日本人形のような端正な顔立ちと慎ましさが共存する。

 このドイツチームが女性同士のコンビに対して、イギリスチームは男性同士のコンビ。どちらとも大凡10代の若者同士であり、理知的で落ち着いた外見のファル、野生的で好奇心旺盛そうなジーグ、何れにせよ若者らしく爽やかさが漂うコンビであった。


(……ドイツ代表は空中戦能力に特化したボックスト。プレイヤーのフォンさんはアンドリューさんと同じ空軍のエリートパイロット。ヨーロッパ代表選手としてはシャルと腕を競うゲーマー!)

「玲也君、ドイツ代表もイギリス代表もなかなかのスペックでしょ?」

「あぁ、今ドイツ代表の件を考えた所だ。イギリス代表のハードウェイザーは変形で遠近両用をこなすタブルスト。プレイヤーのファルさんはゲーマーとしての経験と腕は浅いが、最年少でナイト勲章を受章したジョスト選手だと資料には書かれていた」

「玲也さん、僕の事も良く知っているようですね」

「はい、先輩方ですから勉強はさせてもらいました」

 イギリス代表ファルは落ち着いた様子で彼に握手を求めて右手を差し出す。玲也もまた躊躇うこともなく握手に応える。

「確か、玲也さんのお父上は日本最強のゲーマー羽鳥秀斗さん。血は絶えないとはよく言いますね」

「は、はぁ……」

「おいファル、そいつは玲也にはちょっとばかし禁句だぜぇ」

「は……!」

 ファルは玲也を称賛するようなフレンドリーな態度で明るく口にするも、それが彼の気を煩わせるものとまでは知らなかった様子である。決して慇懃無礼な態度で皮肉を言ったというよりも、彼の内面まで余り知らなかった故の善意が空回りした結果であり、まずかったと彼自身の表情から浮かび上がる。

「申し訳ありません、玲也さん……てっきり玲也さんはお父上を誇りにされているかと思いまして」

「いえ、確かに俺は父さんを誇りに思いますが……父さんの一人息子としてではなく、俺は羽鳥玲也として認められる事を目指していまして……」

――父を慕い、父を超える。父を追うだけではなく追い越す。相反する感情を背負う玲也。それを踏まえたうえで父を誇りと思う事が彼であり、かといって親の七光とは呼ばれたくはない。ある意味父との繋がりをコンプレックスのように玲也は見なしているかもしれない。

「まぁファル、玲也は俺が出した課題もしっかり成し遂げたんだ。なるべく変な目で玲也を見ないでくれよ」

「はい、親しき仲にも礼儀あり――そのような諺が日本にはありますね」

「この場では礼儀を忘れないように俺も心がける事にします」

 と先ほどまでの気まずい様子が故意ではなかった事もあり、比較的年も近い事から、すんなりと2人は交流を築き始めて握手をかわした。

「そうですね、僕のパートナー・ジークについても紹介を……」


「へへへ、ミュウとかだっけ。折角だからさミーティング終わったら何処かに寄らなかい?」

「あの、そのですね……えーっと」

「俺の所のパーフェクト・フリーダムの食堂、ヨーロッパの料理がてんこ盛りなんだぜ? 豪華なランチに招待! って感じだな!!」

 ファルはずっこけた。

 彼のパートナー・ジーグは同じ若者としてはファルと対照的。礼儀にほど遠くざっくばらんな態度で女の子を口説き落とそうと必死。いわば女癖が悪い人物なのである。


「やめてくださいよジーグ、初対面早々の女の子を口説いてどうするのですか!!」

「馬鹿野郎、交流だ交流。お前はウブだから恋人の1人も2人も作れねぇんだよ!お前プレイヤーだろ!?」

「プレイヤーとして戦う事と恋人を作ることは関係ないですよ!」

「……」

 イギリスチームはロシアチームのように意気投合し合ったチームという訳ではなく、やや凸凹コンビでもある。

 この様子を玲也は微妙な心境で見つめてはいたが、自分と3人娘との関係も案外似たようなものであることに本人は意識していない。

「だってよ、ジーグ俺の所の女の子全然俺になびいてくれない訳だし、なびきそうな相手でも第三者が許さないんだよ! ほら!」

「……クスハは別になびいていません、フォン、クスハ怖い」

「……ジーグ、貴様は何度私のクスハに手を出そうとすれば気がすむという!」

 ジーグはクスハを指さしながら自分自身の行為を肯定するつもりだ。

 この獰猛な野獣ジーグに小動物クスハは体をちぢこませながらフォンの体に身を隠す時、彼女の視線は野獣を喰らわんと眼光を放ち、ドスの効いた声で威嚇する。

「……ほ、ほら言わんこっちゃない」

「いや、何が言わんこっちゃないですか! 言うか言わないか以前に悪いことなのですからそれは!!」

 とジーグが呆れ口調で言う物の、彼が悪いような話なので、ファルの突っ込みとおないく説得力はあると言える物ではない。


「全くジーグも懲りない奴だ」

「そうだなー、この間クスハの着替えを盗撮したのがフォンにばれて確かドイツ式の拷問をされたんだよなー」

「本当本当、まぁフォンはクスハに対して過保護な所も少なからずあるけどな」

「過保護とはなんだ!」

 とマーベラー、スティ、アンドリューが談笑し合うが、この3人にフォンが怒号を飛ばす。

「いいか、クスハ達は征服される寸前の電次元界からこの太陽系に亡命してきたのだぞ! 私達が守らなくて誰が守ると!!」

「おー、フォンお前何時も通り顔が赤くなっているぜ」

「悪かったな! これは生まれつきだ!!」

「フォン先輩、落ち着いて! アンドリュー先輩も冷やかさないでください! 先輩方の貴方が口論されては収拾がつかないですよ!」

「……」

――この世界各国のチーム。ドイツ対ロシア+アメリカ、イギリスが両陣営の中で迷いつつあるような構造が完成しつつある。部外者である日本の玲也は無表情で一部始終を眺めようとしていたが、


「なぁ、玲也とか。何か大変なことになっちまっているから何とか言ってくれよ。ついでにミュウもさ……」

 どさくさにまぎれてジーグが玲也を引きこもうと企てる。ドイツ、アメリカ・ロシア連合に続いて日英同盟を生み出さんと狙っている事であろうか。同盟締結の条件はミュウとの交際であろう。

「なぁ、頼むよお前3人も女の子がいるんだから、一人くらい。たかが1/3」

「そうだな……俺からハードウェイザー3機を奪わない事を条件とするならば、別に俺は3人をどうしようか構わな……」

「この馬鹿!!」

 ――フレイの一撃が後頭部をクリーンヒット。


「あんた、どさくさにまぎれて何馬鹿な事言ってるの!」

「そうですよ玲也さん! 貴方までジーグの騎士道に恥じた行いを肯定してしまってどうするのですか!」

「それを言われても困る……」

「……お前ある意味凄いなぁ、いや変な意味で大物だな」

 一人落ち着いた様子でサハラからのデータを閲覧する玲也は相変わらずの平常心。先ほどの騒動の発端でもあるジーグでさえ軽く引いたように称賛した。

「しかし、玲也様。ひとくせもふたくせもある方が揃いましたね……」

「お前が言うには説得力に欠けるが……中国代表がいないな」

 残るはディエストを擁する中国チーム。時間がもうじき9時に達しようとしている中、扉が再び開かれる――中国代表チームの登場だ。


「お待たせ! 中国代表プレイヤー・ラン・ファーリィの登場よ!」

「中国代表ヘルパー・テッド・マウーリ……参りました」

「同じくプレイヤー・ロンと」

「テトでございまするー」

 中国代表は4人。緑色のツインテール、つり上がった瞳の持ち主がランであり、ロンとテトは巨漢と小柄な従者コンビ。この男二人はお世辞にも美形とは言えないためか、真紅のタキシードを着こなす縦は長身でありながら、横は意外と偉丈夫のような男リーンの存在が際立つ。

(そして中国代表ディエストは空中戦のドラグーン、地上戦のドライザーと3形態の姿を誇るハードウェイザー。そしてランは……)

「まさかあんたが日本代表に選ばれるとは思ってもいなかったわね!!」

 とランはビシッと玲也を指さす。彼女に対して玲也も決して初対面という訳ではなく、落ち着いた顔つきで睨みつける相手を見やる。

「玲也様? あの方について何か因縁がおありでしょうか?」

「去年、プレイレッド・アジアトーナメントで俺が決勝戦で当たった相手があいつだった。その試合に俺が勝った事から恨まれている所は少なからずあるかもしれない」

「そうよ! 全く!!」

「仕方がないだろう。去年は去年、単に俺が勝ってしまった事実は変わりようがない」

 マイペースに自分の態度を維持する玲也に対し、ランのヒートアップは止まる気配がない。彼女は髪形も似てはいるが性格も何処となくフレイに似ている様子であり、そんな彼女と玲也は性格としても相性が悪い点が少なからずある。

「私が最年少プレイヤーだったのに、その座まで奪って、その上後輩のあんたがあたしを負かした相手なんて、私が納得いかないわよ!!」

「そうだそうだ!」

「姐さんの言うとおりなんだって!」

――いわば、玲也はランにとって彼女のコンプレックスを二度刺激させてしまうような相手だそうだ。

「あー、ランちゃん結構プライド高いからねぇ……ゲーマーとしての腕も悪くはないけど、家が凄く大金持ちだからねー」

「まぁ……! それでフレイさんのような意地の悪い性格なのですね!」

「あんたの方がそのランと境遇が似ているでしょうが……」

「あのですね……いえ、何れにせよ納得はいきませんわ! ちょっとそこのあなた、私の玲也様をですね……」

 ここでエクスが立ちあがった。水を挿すフレイに当たる事に関して今回無意味な事と彼女は気付いていたこともあってか、真っ先にランへ抗議せんとするが、

「「これはラン様と玲也殿の問題です。部外者は携わらないでください」

 その時、エクスは強い握力で両肩を抑えつけられた。彼女の前に立ちはだかる藍色の髪をなびかせるパートナー・テッド。その彼は落ち着いた口調でじたばたする彼女に対しても顔色を一つ変えることなく静止する。

「ちょっと待ちなさい、あなた部外者とは!」

「――こういうことでございます」

 とさらにエクスの両肩へ力をかけるテッドであった。


「待ってくださいよ、ランさん」

「あら何、ファル。あんたも私に文句があるのかしら?」

「そのつもりではないですが、過去の私怨に囚われてはいけないですよ。 PARは世界各国が利害を超えて団結した組織なのですから」

 だが、テッドが止めようとも、おそらく彼からすれば部外者になるであろうファルが黙っていられなかったようだ。彼はPARの結成まで色々と困難を乗り越えたばかりなのに、争いの火種をまき散らす事は危険だと警告する。

「けどさぁ、その彼が何故3機のハードウェイザーのプレイヤーに抜擢されたっていうのよ!」

「それは事故によるものでして……」

「その事故って実際はカモフラージュとかで、実際はあいつの親父によるコネとかもあるんじゃないの?」

「……俺は親の七光にすがる事は嫌いだ!」

 けれどもランは彼を認めるような結論には至らない模様。

 それも、彼にとってコンプレックスをさらりと突く真似に出ており、玲也の眉間にも皺が寄り、ドスを利かせた声を放つ。

「そうだよラン。実際玲也さんはブレスト、クロストを使いこなしていたではないですか」

「それは百歩譲って認めても良いわね……けどね、ウィストはどうなのよ?」

「……!」

 玲也の今までの戦いもまた配布されたデータには記載されているが、ウィストは実際に操縦した事がない為、データにはあくまで設定されたスペックしか記載されていない。それを実際に使いこなした玲也の腕は分からないのである。

「実はそれについて私も今回の会議で聞くつもりであった」

 玲也の件について唯一言及していなかったプレイヤー・フォンがそこでまともな事を口にした。

「フォン先輩、どういうことなのでしょうか……」

「いや、玲也はブレスト、クロスト、ウィストのハードウェイザーを一人で操る事が出来る……それに違いはないはずだな」

「は、はい……確かに事故とは言えハードウェイザー3機を操る事に俺はなっていますから……」

「そうだ。ならば人の3倍お前に働きを求めている……って事が私の考えだ」


 これに関して玲也は頭を金槌でたたかれたかのような気分であった。ショックである事よりも考えるならば事実のような気もしたのだから。

 フォンがさらにブレスト、クロスト、ウィストの3機が最新型とも付け加えられて尚更その考えが強まる。

「つまり俺はまだ2人分の活躍しかしていないようなもの、3機与えられた事を考慮するならば、まだ2/3人前か……」

「そうだ。まだ経験が浅いお前には酷なことかもしれないが、お前に課された使命は大きい事は肝に銘じておけ」

「……なるほど。その考えでいきますとフォン先輩の意見も一理がありますね」

「どっちみち、まだまだということじゃん」

 玲也は強く拳を握りしめた。

 一つはプレイヤーとして屈辱を受けた事もあったが、もう一つはまだ自分自身が能力を満たしていない点に悔いが生じたからでもある。

「玲也様、まぁ何時かあの方々の鼻を明かせば良いだけなのですわ。私と一緒に精進していきましょう!」

「いや、それだけでは駄目だ!」

「あらら……」

「ふふ、なーんかこの間のフレイちゃんみたいな役回りだね」

 空回りして少々ずっこけるエクスに対してケロリとシャルは笑う。けれども玲也は笑う事の出来る話ではなく、ミュウへと険しい顔つきを向ける。

「玲也さん、あの……やはり」

「俺はお前のウィストの操縦をマスターするつもりだ。お前の操縦方法も実際のコントローラー裁きも覚えて練習した……あとはお前の心構えだ」

「そう、ですよね……」

 玲也に対して従順な姿勢を取るミュウは彼の求める事も分かってはいた。けれども、必ずしも答えに添えないかと思うだけで憂いが顔に走り、力なく肯定の返事を出すだけが精いっぱいであった。

「玲也、またあんたミュウを苛めるつ……」

「おい! それなら俺にミュウちゃんを渡してくれよ!!」

「いや、ジーグ! 何で君がその話に介入しちゃっているんですか!!」

 と玲也とミュウのウィストコンビが出陣を迫られている気配が忍びよる中で、一歩引いた視線で腕を組みながら佇むアメリカ、ロシアチームは

「こいつは思わぬ展開になったなー、アンドリュー」

「まぁな、あいつの実力を俺は評価しているが、ランやファルの3機のハードウェイザーを使いこなさなければって所も一理あるからな」

「そうだな、ボウズがいわゆる宝の持ち腐れ、死に設定を作らなければいいんだけどよ」

――と悠長に余裕のある大人を演じる模様。

アンドリュー、スティ、マーベラーの3人はプレイヤー同士のいざこざはまるで日常茶飯事と言うべきかのような態度で構えた。


「――何だ!」

「玲也様、私もさっぱりでして……何事なのでしょうか」

 その時、玲也達が驚きを示した。ミーティング・ルームに鳴り響く119番のような非常音。その音響と呼応するかのように、部屋全体の証明が真紅に点滅を続けてはいるが、まるで火災に巻き込まれたかのような室内で、玲也達以外のどよめきは止まるが、全員は平穏に構えた様相を示す。

「おっと敵さんがお出ましって所かぁ? テディちゃん!!」

『その通りです! 火星、木星、ケレスにエレクロイドが出現。プレイヤーに全員出撃という事を伝えてください!』

 落ち着いてアンドリューがサハラを取り出し、ディスプレイの赤アイコンに触れるやいなやブリッジへと接続される。応対の主は威勢が良くはつらつとしたオペレーターの1人テディだが、彼女はコリンをいじる時とは違い真剣な佇まいである事が低めの声から現れる。

「どうやら会議をしている暇はなかったなぁー、アンドリュー!」

「あぁ……お前ら、火星に木星にケレスと来た……!!」

 サハラの通話を切ったアンドリューの様子をパートナーとしてスティは既に何が生じたか、無論ついこの間太陽系へのデビューを果たしたばかりの玲也達以外は承知のことである。

「了解した! アンドリュー、ケレスは私とファルでどうにかする!」

「頼んだぜフォン、ついでに片付け終わったらシフト通りパトロールへ就いてくれ!!」

「承知した! 行くぞクスハ!!」

「うん、クスハ……頑張る」

 

 真っ先に行動を開始したチームがドイツだ。ミーティング・ルームから飛びだしたファルを追うクスハはか弱く、大人しい先ほどの様子でありながら、自分のプレイヤーに全てを任せるように彼女をひた追う。

「おい、ちょっと待ってくれよ! 俺はミュウと一緒じゃないってことかよ!!」

「こんな時にデート感覚で出撃してどうするのですか! ウィストとシフトが被った際のパトロール時にそれは考える事にしてください!!」

「わーったわーった! しゃあねぇな、もう!!」

「おぉ、いってこいよー」


 同じくイギリスチームが急ぐが、そのイギリスチームはプレイヤーを慕うどころか、ジーグが愚痴る事態で。よってファルは彼の腕を引っ張りながら無理やり同然にケレスというステージへ引っ張り出す。

 ちなみにこのイギリスチームの光景はさほど珍しくはない点は、相変わらず力の抜けたようなスティのエールから分かる通り、PARにとって左程珍しいことではない。

「となると、木星は俺が行く事になるようだな。アンドリュー」

「おお、そういうことだ。マーベラー頼むぜ」

「承知のことだ、キュリお前も異論はないな」

 そしてロシアチームの二人。

 キュリはただ言葉を放つ事はなく、マーベラーへただ首を頷かせるのみ。マーベラーも共に向かわんとする心意気を片手で伝えて、与えられた使命をこなさんと向かう。ロシアチームもまたドイツチーム同様、プレイヤーとヘルパーの関係にブレが生じない模様だ。

「ラン、お前も早く急げよ!」

「へへ、分かってる分かってる!さぁて……」

 そして、世界各国のチームは残す所中国チームとなるが、彼女はロシアチームの後を追う前に、玲也の元へ取り巻き二人とともにくるりと振り向いて一言。

「玲也とか言ったね! 私が天才最年少プレイヤーってところを見せてあげるから、まぁ大人しくしなさいってところだね!!」

「何……!?」

「まぁ姐さんの手にかかれば」

「ちょちょいのちょい、お茶の子さいさいって所でございまするー!」

「ラン様、用件が済みましたら……」

 ロン、テトのおべっかと共に、玲也へ堂々と挑発。そのプレイヤーチーム3人に対し、彼女達の付き人のようにテッドが冷静な様相だ。

「じゃ、そういうことで! まぁ楽しみにしていなさいな!!」

「く……」

 とラン達中国チームが飛び出した時、開かれたままの玲也の手は静かに、だが確かに握りこぶしを作りながら静かに震える。普段表情に感情が出ない彼ではあるが、歯を確かにくいしばりながら、世界の強豪たちの壁の高さ、それに勢いよく吹き続ける彼への追い風が壁へと跳ね返り逆風と化して彼に吹きつけようとしているのである。

「全くあの方ときましたら! どこまで高飛車でいらっしゃるおつもりなのかしら!!」

「あんたが言っても説得力無いと思うけどね……」

「同感……ってそんなところじゃなかった」

 この玲也の静かな怒りを真っ先に察知したエクスは彼自身のように怒りの感情を表に表す。犬猿の仲ともいえるフレイ、シャルに突っ込まれてはいるが本人の瞳には熱がこもるように輝きを宿す。

「玲也さん……やはり」

――そのエクス対し、ミュウだけは彼への自責の念とその罪悪感を抱いてはいる物の、踏み出せない自分自身の勇気のなさにただやりきれない。自分自身のせいで玲也を困らせていると彼女は眉をひそめながら自分を責め続けるが、ただそれだけしか出来ない事が苦しい様子だ。

「――さて玲也! 俺達は火星のエレクロイドを叩く訳だがよ……」

「誰を選ぶつもりかは決まっているか―」

 その最中、玲也達日本チームにも出動の時が迫ろうとしていたのであった。

 玲也は勿論との一言と共に相手の元へ顔を向けて指名した相手とは――エメラルドのセミロング。3人の中で最も慎み深い人物であった。

「……私を選ぶということなのですね」

「――何時かその時が来る訳であったとはお前も重々承知のはず。その時が今ということだ」

「なるほど……いえ、そうなのですね」

 ――ミュウはその時、首を横に振りながらぎこちなく笑ってみせた。

八の字に下がり気味の眉とはかなげに垂れ下がるその瞳。たとえ無理であろうともプレイヤー玲也に対して彼女は従うのみである。エクスと異なり、彼の為に火の中水の中と張り切る事が出来るバイタリティはなくとも、それでも行かなくてはならないとの使命が彼女に不安を抱えさせたまま背中を後押しさせていた。


「ほぉ、玲也。そいつは……」

「どういう訳で決めたって訳かー?」

 玲也の選択についてアンドリューとスティのコンビは、まるで強がる弟を前にした兄と姉の様子。彼らなりに面倒を見る事には慣れている様子の口調だ

「俺はまだ1人前ではありませんからね。ここはミュウのウィストを使いこなして俺が1人前として認められるようにしなければならないですからね」

「その自信はある訳か―?」

「俺はフレイもエクスも操って成果を出しました。ミュウのウィストに関しても俺は事前に予習はしたつもりです」

「わお、玲也君強気だねぇ~」

「シャル、ゲーマーは時はハッタリを隠し通せるような度胸も必要だ!」

「なるほどな……」

 玲也は先ほどの表情は意地を張っており、言葉も目上の相手に対して丁寧な物腰ではあるが、何処となくすさんだ口調。一人前として背伸びせんとしながら、平静を保つことは14歳の少年では限度が少なからずあった。

「あのですね玲也様……その件に関しましては本人の腕も求められる訳でして、私に関してはその腕が十分との事も」

「……あんた、自分がポカをやらかした割には図々しいわね」

 ――前述の通り、玲也に対して火の中、水の中と喰らいつくように共に歩み続ける覚悟のエクスは人並み外れて自信ありげ。指名されようと自分を売り込むが帰ってきた結果はフレイの突っ込みでもあった。

「さて、これはどうしようかなってやつだな……」

 アンドリューは幼いながら、または幼い故か我の強く、意地を張るような玲也へ一度フォローのしようがあるかと何時もの様子ながら首をかしげたが……ふと思いついたように指をはじく。

「よっしゃスティ。そういやぁ俺はこないだ花形を次の機会に譲るとかって言ったよなぁ」

「おい、どうしたんだーアンド……」

 一瞬スティは彼の突飛な発言に目を少し小さくさせるが、直ぐ後に彼からのウィンクがあったことから意味を直ぐに察した。

「あー確かに昨日言ってたなー。その機会を今日譲るって訳だなー」

「そういうこと、そういうこと。約束した相手は一人違うが、まぁ一人同じ事にゃあ変わりねぇからよ」

「あの、アンドリューさん、スティさん。何を話されているのでしょうか……」


 その意味を察したスティの反応は彼女の目配せと共にアンドリューが玲也をコントロールする為の主導権を得たと確信。2人だけ意味深に盛り上がる様子へミュウが尋ねた事で話は新たな方向へと転がり込む。


「――玲也、ミュウちゃん! 俺は雑魚の露払いに回るとして、今回の花形はお前に託すとするぜ!!」

「え、えぇ……!?」

 と素早く玲也とミュウを指さして大胆な宣言をしてみせた。

「何、危なくなった時はあたいがなんとかしてやるから安心しろー」

「そうそう、玲也。お前が本気ならとことんやってみろってことよ!」

「ありがとうございます――それならば道は一つだ!」

「あ……あの、その……まだ」

 この一転とした話の流れは玲也にとって、名誉挽回の四字熟語がよぎり、また百聞より一見にしかずと世界の面々に自分の腕を見せつける好機と表情は静かに喜びを弾かせた訳である――ミュウとは対照的に。


「とうとうミュウちゃんもデビューすることになっちゃった訳だね―」

「さて、ミュウは大丈夫かしら。玲也の奴は愛想がない上に強引なんだから……」

「あらフレイさん。玲也様のことですからまぁミュウさんの落ち度は大したことありませんわ」

「――あんた、色々な意味で図太いわね……アンドリュー、あんなことを玲也に言って大丈夫なの?」

 エクスの人並み外れた自信と玲也への盲信へ相変わらず苦言を漏らしながらも、玲也にとって都合のよい展開へ誘いこんだアンドリューへ尋ねた――その際のフレイは少しばかし拗ねた様子だ。

「まぁまぁフレイちゃん、それが俺の狙いってこともあるからなぁ」

「あぁアンドリュー、お前性格悪い所あるなー」

「悪くて結構だぜー、あいつを抑えることが駄目ならば、敢えてその気にさせてみろということよ」

「なるほどねー、さーて玲也君にとって吉と出るか凶と出るかだね」

「な、何がですの……? 吉に決まっていますわよね?」

 彼なりに告げた玲也に対しての真意を真っ先にシャルが理解してクスリと笑う。エクスだけ一人読めないようで、シャルは彼女に気付かれないように舌をちょろりと出す。


「ふーん、アンドリューとスティ、本当に以心伝心って感じね」

「まぁね。2人もいろいろあったけど息がぴったりなんだよね!」

「やれやれ、羨ましいところよ……あいつは自分勝手で手段を選ばない奴だからね。恥知らずでチビ、ファザコンでもマザコンでもあって……」

「ははは、酷い言いようだね」

 必ずしもフレイに同意出来るわけではないが、シャルは彼女に合わせたような返事をする。いずれにせよ一見些細な口論もまるで慣れ合いのように交わすアメリカチームに対し、冷静な玲也と直情的なフレイは水と油のような関係。経験の長さもあるものの、まだアメリカチームにほど遠い関係だ。


「もぅ、玲也様ったら。本当は私を指名してくださいますと感激極まりないのでしたが……全くお分かりになられていないですわ」

「――いっとくけど、玲也君のタイプじゃないと思うよ」

「あーだめだめ、あいつ色々な意味で図太いから」

 ――ちなみにエクスと玲也の関係はいわば“水になれない油“のようなものである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ――そして火星

 金星と同じく火星はテラフォーミングにより居住区としての開発が進展中の惑星であり、永久凍土の溶解による水分の確保と気温の上昇を進展させる事を念頭においており、藻の養殖による惑星の熱吸収を高めつつある。

 火星のテラフォーミングに関しては、金星より進展しつつあり実際地面を藻で覆われたドーム内にて市街地が形成されようとしている訳であり――いわばモデルシティだ。


『これでハードウェイザーをおびき寄せるとは言うが……』

 その火星に設営された町並みがドームごと砕け散ろうとしていた訳である。

 赤い大地に立つ紅蓮一色の巨人エレクロイド。両腕からの砲門から放つ火球が白色の外殻を突き破り、破られた穴からは橙の光が延々と点滅を続けるかのよう――燃えているのである。

『火星の第2都市には人がいないらしいな……』

 エレクロイドから聞こえるラーオの声が状況を物語る――この火星に置かれたドーム内の都市は人が一人たりとも存在しない。内部で業火に蝕まれるつつある建築物も存在はするものの、もとよりも蝕まれたかのような中途半端な状態の建築物も少なくはない。それらの建築物は白幕で囲まれた状態であり、いわば建設途中であった。


『ゼンガーはハードウェイザーを最小限の犠牲で倒せと言うからな……無茶言うなって感じだ』

 ラームはゼンガーのいない間に為ため口で愚痴を吐く。

 彼の愚痴が表す通り、未完成ともいえる、この人一人たりともいない第2都市を破壊する事は本意ではない。ゼンガーからの命令で半ば仕方がなしで襲う訳である、”ハードウェイザーをおびき寄せる為の破壊活動”に間違いはない物の、実際におびき寄せられるまで人一人いない無人の都市を襲う事は虚しいものだそうだ。

『まぁあいつらはそれで良いかもしれないけど、太陽系を乗っ取るにはやっぱどれだけ被害を与えたかだぜ! 兄貴も言うけどさ……』

 

 その時、エレクロイドの体が揺れ動いた。足元から前のめりによろめく彼はハードウェイザー……ではないのであろうか、藍色と白銀色で塗られた一台のスポーツカーの存在に気づいた模様だ。

『何だ! ハードウェイザーが現れたと思えばたかが地球の車1台ごときが!!』

 全長約5m、車高約1.4mのスーパーカーは車上に装備された藍色の砲門からエメラルド状の光を彼の足もとに照射させながらちょこまかと、整地されてはいないドーム外の地表を動き回る――両腕からの火弾を難なく避け切りながらである

「玲也さん……本当に大丈夫ですか……?」

「ウィストはスピード、手数、テクニックで勝負。その為には相手の隙を作る事から始まる」

「ですが、ウィスト・ウィルバーはいわばオンロード向け。最高時速5000kmのスペックも荒地では扱う事は大変です……」

 

 ――このスポーツカーこそウィスト・ウィルバー。ハードウェイザー・ウィストが持つもう一つの姿であり、いわばブレスト・フライヤー、クロスト・グンツァーに該当するマシン形態である。

 ただ、前述したとおりサイズは2機の10分の1にも及ばない。実際操縦席はリビングに近い広さを誇る訳ではなく、前部と後部で辛うじて4人乗り込むだけで精いっぱい。玲也とミュウは二人ともベルトで操縦席に固定された状態であり、プレイヤーとして玲也が握るはコントローラーというよりもハンドルであった。

「無論、この形態のままで戦うとも考えてはいない。ゆっくりと餌に食いつかせてやらぁ」

「玲也さん、凄い自信ですね……」

「自信もまたゲーマーとして問われる素質。ハッタリで相手をコントロールして俺は自分のテクニックを活かせばいいだけのことよ」

 と玲也は強気でハンドルを鮮やかに切り、アクセルを踏みっぱなしの状態で時にはブレーキを上手く効かせて、ハンドルを上下左右に上げながら延々と火星の地表を疾走するのであった。

「そらどうした! 狙いが甘い事が分からないか!!」

『畜生! 言いたいこと言いやがって!!』

 ――ついでにハッタリを効かせるかのように彼は口でも巧みに相手を刺激させる。


「さて、WeeはBS3、CBOX180とコントローラーさばきが少し違うが、それがどうしたとの話だ!」

 ――ウィストもまた秀斗により操縦系統のシステムが設計された機体であった。

 最新のゲーム機種・BS3がブレスト、CBOX180がクロストの操縦系統のシステムとしれアレンジされている通り、この2機と凌ぎを削るゲーム機種Weeがウィストに当てはまる。

 本人は多少手ごわいと感じてはいたのだが、Weeを始めとするそのゲーム機種の系譜に玲也は親しんできた訳であり、レースゲーム、それもハンドル型コントローラーもお手の物であるとのことだった。

「さて、そろそろ次の手に出てやるとするか」

「何ですか玲也さん。今度は何を……」

「ここで敢えて転倒させる……!」

「え、えぇ……ってひゃああああああ!!」


 そしてここで彼はハンドルを斜め上に上げながら回転させる事で、ウィスト・ウィルバーで片輪走行を披露するが、彼が転倒を狙うとおり、車体は右向きへと傾きを強めていく、車体を支える右側の車輪もまた、やがて車体の重量に耐えることが不可能となり、とうとう右の車輪は浮いた――その車輪が浮く事は車体が転倒する瞬間である。

 この玲也の破天荒な行動にミュウがさかさまの状態で狼狽していた訳だが、玲也はハンドルに埋め込まれたリモコンのホームボタンを押して次に備えた。


『馬鹿め! 油断大敵とはこのことか……!!』

 音速のスピードで走りまわる小柄なマシンも、転倒して停止した時には絶好の標的となる――好機と相手は右腕から車体程の大きさの火弾を放つが。

「……馬鹿はお前だ!!」

 と玲也は目の前に砲火の迫る瞬間にうろたえることなくリモコンのパワーボタンに触れる。

『やったか!?』

 その瞬時、ウィスト・ウィルバーの居場所が爆散。同時いまばゆい閃光と石の欠片が弾け飛ぶ。この光に彼は確信を持ったかは分からなかったが――今度は彼の後頭部をエネルギー波の筋が襲う。

「さて、先ほどは足元、今度は後ろががら空きということだな!」

 と玲也からの声に気付けば、先ほどまで地表に転がった筈のウィスト・ウィルバーが宙に舞いながら再びエメラルドのエネルギー波を一直線に放射する。


『ひゃあ、玲也君凄いプレイだよ!!』

「――このウィストは最新型ハードウェイザー。他の2機では不完全な亜空間移動能力も自由自在だ!」

 とシャルからの称賛に玲也が答えた。

 ハードウェイザーの亜空間移動能力とは、現在地点から目標地点まで、亜空間を挟んで瞬時に移動するワープ能力だが、最新鋭ハードウェイザー3機においてもその能力を実現するまでには試行錯誤であった。

 クロストはカスタマイズでクーティスへの分離と合わせて疑似的に亜空間移動が可能となったものの、もとは機体の一部しか目標地点までへワープさせることが出来なかった。

 続いて開発されたブレストは機体そのものを移動させる事には成功したものの、亜空間までしか機体を移動させる事が出来ない為、亜空間と現在地点を往復する事が精いっぱい――最新鋭ウィストでとうとう機体そのものの亜空間移動が可能となり、エネルギーの消耗も最低限で抑えられたのであった。


『さすがぁ! 隙を突く戦いがうってつけなウィストには必要不可欠な能力だよね!』 

「それだけではない事は……承知のはず!」

「玲也さん……私はどのようにすれば、ひゃあ!」

 玲也とシャルのノリノリな会話にミュウがついていけない様子である。

だが、何時までもノリノリという訳にはいかなかった。亜空間移動で別地点に現れたウィスト・ウィルバーが砲門から変形したエレクロイドの両手によって掴まれてしまったのである。

『この野郎ちょこまかと自由自在に動きまわりやがって! こいつで握りつぶせば良いだけのことだ!!』

「やはり、そうきたか……」

「やはり……とは玲也さん、この展開も把握していたのですか」

 と張り切るリンキであったが、この展開もまた玲也には承知の内容。ミュウへ“あぁ”との返事と共に、すぐさまハンドルに備えられたリモコンを右手で掴むようにして抜きとったのだ。


「――チェンジ・ウィスト! 電次元チェンジだ!!」

『何……り、両腕が!?』

 ――その言葉と共にウィスト・ウィルバーが変形へと挑む。

 前面が真っ二つの分断されはじめた瞬間に、両側から進展されたかのように飛びだされたシルバーの両腕、ライトブルーの両腕。

 続いて、底面から相手を蹴りつけるかのように前へと突き出された黒い素足が、カウルから変化したダークカラーのブーツに覆われた。

 両脚が展開されるや否や、黒一色の底面が表面と同じくダークブルーとシルバーの二色が露見、遂に現れた頭部は群青と白銀の兜に覆われた凛々しく勇ましき顔をエレクロイドに見せつける――遂にハードウェイザー・ウィストのお出ましだ。

『玲也君、ウィストは亜空間移動能力だけじゃないんだよね!』

「ただ変形した訳ではない事は確かだな」


 そして、シャルが言う通りウィストには別の能力が存在する――変形ギミックに秘訣があったのだ。大人と子供以上の体格差であったエレクロイドに対し、ウィストは既にその体格差を極限にまで縮めているのである。

「ウィスト・ウィルバーは変形と同時に亜空間からのエネルギーと共に約10倍へ巨大化する……みたか!」

 ウィスト・ウィルバーを握りつぶすつもりであった相手は、変形と同時に巨大化を果たしたウィストに対して逆に腕が掴み切れずに千切れ、同時にウィストの蹴りが顔面に決まり、彼に十字型の物体をいくつも散布させながら彼の顔をジャンピングボードのようにして跳びあがる。

「玲也さん! カルトカッパーをお見舞いした訳は……!?」

「二度隙を突いて三度目は正直といこうか……!」


 ――ゆっくりとバック転を決めながらウィストが回転と共に地表へ着陸した。

 同時に他の2機と同様広大なコクピットスペースで、リモコンに加え、新たに握りしめたヌンチャク型コントローラーを両手に握りしめながら拳を突きだす玲也と共に、ウィストがすぐさま呼応するように両手を握りしめたまま相手へと突出させんとする。

「いけ! シュナリィ・ケーン!!」

 とリモコンの1ボタンとヌンチャクのCボタンが両手の中で何度も押され、ウィストの両手から鉛色の三角形状の刃物――いわばクナイが相手の顔面に向けて次々と吹きつけられた時に、相手の顔から小規模な爆発が立て続けに起こり、顔面を抑えながらもがき苦しみ始め機械でありながら苦痛を表す。

「玲也さん! カルトラッパーをシュナリィ・ケーンで爆破させた訳ですね!!」

「そうだ! マキビシ地雷カルトラッパーを相手に張り付けて、シュナリィ・ケーンを突き刺して爆破させた訳よ!」

 カルトラッパーとは、ウィストの踵から散布される一種の小型地雷であり、先ほどウィスト・ウィルバー形態の際にも亜空間移動を放つ際に玲也がカモフラージュの一環で放った兵器――ウィスト・ウィルバーが亜空間移動直後に一足遅く放ったエレクロイドの攻撃で発生した爆発と閃光はこのカルトラッパーの爆破であった。


「これでフラグが立った……!」

 と玲也が言う通りウィストは縦一直線上にシュナリィ・ケーンを放ち続け、エレクロイドを一文字に風穴を開けた時に、相手は真っ二つにされるかのように体を飛び散らせる。無人の火星第2都市、勝者はただ一人――堂々と勝利を誇るように構えるウィストだ。


「お、終わったのですか玲也さん?」

「あぁ……どうやら終始俺の手玉にされた相手であった」

「そう、でしたか……」

 ミュウが額からの冷や汗を手で拭うが、その様子は”まるで自分の思いすごし”だったと戦いへの恐怖を払い始めたかのように口元が綻んだ。

「やれやれ、これで俺はようやく1人前……アンドリューさん、またチャンスをありがとうございます」

 と玲也も世界の強豪たちの中で自分自身の実力を証明しきったかのように、肩の力を抜くように、張り詰めた肩を下ろすが……。


「――玲也さん! そういう訳にもいかないのです!!」

「……何!?」

「大変です、大変です……これは」

 しかし、ミュウから綻んだ笑みが一瞬で消えさった。転じて取り乱したかのような彼女だが、その理由とは自分が管理するモニターにあった。先ほど消えたはずのエレクロイドを表す赤い点の反応が又浮かび上がってしまった事である――いわば別の敵が現れたとも言えることだ。

「馬鹿な! 目の前のエレクロイドを粉砕した事は確かだが……お前の見間違えではないのか!?」

「分かりません! ただ先ほどの敵がダミーで、こちらのレーダーを撹乱した役割がと言うこともあり得ます……本当の敵は」

「本当の敵はどちらだ!」

「地下……!?」

「地下……おい! 何だ、どうしたという!!」

 ――その途端、ミュウの心へ一つの激痛がパルスのように走ったかのようであった。

 その激痛とは何であろうか。玲也は彼女の激痛とは何であるか分からないでいたが、彼女の体は今までに寒気に襲われたかのように震え、彼女の指先一つにも身震いが伝わり、目は過去の古傷を抉りだされたかのように点と化す。

『散々俺を手玉にとりやがって……ここからが俺とグライダーR2の逆襲だ!!』


 ――足元が崩された。地下には新たなるエレクロイド・グライダーR2が潜む。

 ミュウの伝えたとおりに現れた地下からの敵とは、赤褐色一色、長円状の胴体と胴体に取り付けられた六本の脚。仰向けに待ち構えた彼の顔は自分の元へと落下をしていくウィストを狙わんと口から何本もの糸が束ねられたかのような茶色の束が飛び交い、ウィストの体を自分へと張り付けるかのように何重にも体を糸へと巻き付けていく。


「何か言えミュウ! お前があれはあれはと言うだけでは俺には何か伝わらない! せめてモニターをこちらに回せ!!」

「……お父さん、お母さん……ロディ!!」

「何……!?」

「やめて……やめて!! 助けてお父さん! 怖いよお母さん!!」

グライダーR2にウィストが巻きつけられた事を玲也は知らない。ただ身動きが取れなくなっただけをうっすらと把握した程度であり、見えない恐怖が迫る。

モニターを管轄する事はヘルパーの役目であって、ミュウがトラウマを前に我を完全に取りみだし、玲也の危機に心を向けることすら出来なかったのである。

「死なないで!! 私も死にたくはない……ロディ!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ――その時、ウィストの腹部がグライダーR2の糸ごと貫かれる事態が襲った。彼の6本の脚がまるで身動きの取れない獲物を完全に封じるかのようである。

 このダメージはコクピットへと衝撃と電光と共に伝わり、玲也がミュウのポジションへと弾き飛ばされた時、恐怖へと耐える彼女の心の針は振り切ってしまい既に意識の糸が途切れた状態であった。


「おいミュウ! そこで気を失うにはまだ早い……!!」

 玲也らしくなく、急いでミュウの体を揺さぶって意識を覚醒させようとするが、当のミュウが意識を取り戻す間もない。

『ここからがグライダーR2の正念場! 相手を巻きつけて無抵抗な状態を……』

さらに、グライダーR2に抱えられたままウィストの体が空中へと飛び上がろうとしていた。この急上昇に対して彼はすぐさまリモコンとヌンチャクを振り、またボタンやスティックを押したり回したりはするものの、何一つウィストが玲也の操縦に応えてくれないのである。

「――そうか、ハードウェイザーを電装するヘルパーなだけに、ミュウが意識を失った時に操縦を受け付けなくなる訳だ……!!」 

――閉ざされた外で何が起ころうとしているのだろうか。戸惑いの中で必死に平静を保たんとする玲也は予習として把握したマニュアルの中身を思い出す。


「――いわば、ハードウェイザーというゲームそふと。プレイヤーの俺はコントローラーならば、ヘルパーのミュウはハードウェアだ……!!」


 玲也が悟る時にウィストはそれまでの上への勢いから一転、下への勢いに襲われる事となる

『俺は直前に離脱して、こいつを一気に地面にたたきつける! これが俺必殺の土蜘蛛いずな落としだ!!』

「……まさか!!」


コクピットの中で真下へ落ちる事による急加速に叩きつけられる玲也は自分自身に迫る危険を認識しつつある――だが、機体越しに聞こえるオームの宣言はスピーカーの電源が落ちた状態では聞こえようにもない。このまま玲也は事態を飲み込めないまま引導を渡されんとしていたのである。


『……何だと!?』

 ――その時ラームが迫りくる地表からビームワイヤーが地を這いながら自分達の元に迫る瞬間を捉える。

 何かと把握する余裕もないまま、グライダーR2から糸と脚ごとそのビームワイヤーに真っ二つとなり、1つの塊として表面へ叩きつけられるはずが、2つへと塊が分かれあった。


『やはりこうなっちまったか!』

『世話が焼けるな―、がきっちょもよ!!』

 と火星の空を駆け巡る白銀の翼――イーテスト・ジェッターの放った右のグランワイヤーがスレスレの所で2機を分断。まずは地面にたたき落とされる危機のウィストをグランワイヤーの先に繋がれたストライク・ナックルにより。後ろから突きあげるように裏拳で殴り飛ばし彼の滞空時間を若干延ばしてみせる。


『悪く思うなよがきっちょ! 花形を任せるのは別の機会ということだなー』

『ストライク・ライフル、セット完了! ぶっ放してみせらぁストライク・シューティング!!』


 イーテスト・ジェッターの空いた左腕には既にストライク・ライフルがセットされた状態。

その左腕にて、グランワイヤーを構成するエネルギーパイプがストライク・ライフルに直結されるや否や、長身の砲門で凝縮された一直線の光こそ、ストライク・シューティングによるものだ。

『……あと一歩の所で! 仕方ない!!』

 ウィストから引き離されたグライダーR2は側面から風穴を大きく開けられる事となる。ただ、ラーオの作戦通りそのまま地面へと叩きつけられるグライダーR2において、彼は事前に円状の脱出機へ離脱を果たし、苦々しいとも思いながらも次へと繋げる為に飛び立つ事を選んだのであった。


『おっと、あぶねぇあぶねぇ……』

『3機の中じゃ一番軽いってのに……結構こたえるな―』

 とイーテスト・ジェッターが若干時間を稼いでもらった物の、無抵抗で地面へと激突せんとするウィストを両手で抱える。アメリカチームの二人は万一の際には助けるとの前提で玲也達を助けた訳であり、そこは最古参ならではの信用のおける腕前であった。


「なんだ……急にまた浮き上がった……」

 ――九死に一生を得た玲也であるが、ミュウは未だ気を失ったまま。アンドリューに助けられた事を本人が知ることは少し後になる事を付けくわえなければならない。


『やれやれ、玲也の奴……勉強したつもりだったがハプニングに見舞われたようだな』

『あたし達ヘルパーの事まであいつ考えちゃいなかったもんなー』

とアンドリューは苦笑交じりにスティに言ってみせる。スティは彼との間にも色々あったとちらっと振り返りながら、玲也はまだ駆け出しに過ぎないとも評す。

『けどよ、玲也は3人分の働きを期待されている訳で、俺も実際あいつはそれだけのポテンシャルを秘めているとは思いたい所だな』

『ほぉー、アンドリュー。やっぱお前がきっちょに入れ込んでいるようだなー』

『当り前よ。さぁて、今の玲也には俺達に変わってあいつらからの試練に立ち向かわなきゃいけねぇってことだな』

コクピット越しにアンドリューはスティへまた目配せをしてみせる――以心伝心のコミュニケーションだ。

『ここでがきっちょ達の為にひと肌脱ぐって事だなー? まさか』

『そういうこと。あいつらはまだしらねぇが俺はあいつらの実力を認めているからよ、このままって事は結構悔しいぜ?』

『……お前も物好きだなー。まぁあたいもちょっとばかし頑張る気なんだけどなー』

 とアンドリューはまるで少し自分自身の事のように拗ねながら、大人として、先輩として余裕と自信にあふれた顔で言いきる。スティはそんな彼の女房役とも言えるであろうか。


――駆けだしの玲也は戦いにおいて頭とテクニックと精神力でハードウェイザーを2機操って白星を上げた訳であるが、三度目は流石にそれだけでは何とかなる訳ではなかった。果たして、玲也に足りない物は何か。彼の今までの実力を知る物として2人が動こうとしていた……


次回のハードウェイザーは……

エクス「玲也様は何も非の打ちどころがありませんのに……どういうことなのですの!?」

フレイ「馬鹿言ってんじゃないわよ!玲也はミュウの事を分かってなかったんだからあんな事になったのよ!」

シャル「まぁまぁ落ち着いて落ち着いて二人とも……あぁでもフレイちゃんの言っている事もわかるし、玲也君が悪いとは僕も言いたくないしなー」

エクス「シャルさん! お子様は黙っていてくださいませ!!」

シャル「またお子様言った……なら折角だから二人に内緒でちょっとだけ僕から次の話を教えちゃおう!実は玲也君とミュウちゃん意外な事で共通点があった!そこから意外な展開がいっぱいなんだ!!」

ミュウ「はい……私もその時は思いもしませんでした。ですが私は守って見せます……この小さくても大切な絆と触れあい、優しさのためなら!!」

玲也「見ていてくれ父さん! 俺はあの子を同じ境遇に遭わせるつもりはない!!次回、電装機攻ハードウェイザー「舞え、クロスト! 悪夢を超えたかミュウの愛!!」にさぁ、勝利へのフラグを立てろ!!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ