第1話 「初対面! 3人娘が驚異のハードウェイザー!!」
この作品は私が約2年前から考えてきた作品で、ゲーム感覚のロボットもので始まりここまで至った作品です。長い間序盤の何本かだけを書いてごく一部以外には公表しませんでしたがオリジナルロボット映画「パシフィック・リム」に感銘を受けて、私なりのオリジナルロボットものとしてこのハードウェイザーを発表します。
約5年弱で150作のロボットアニメを視聴してきた私にとってロボットアニメ好きの一つの集大成としてこの作品を完成させることを目指していこうかと思います。下手くそかもしれませんが、私なりに緩い時は緩く締める時は締め、そして"本格的スーパーロボットバトル”を書けたら良いと思います。過酷な環境ですが頑張らせていただきます。何とぞよろしくお願いします。
「どごわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
機械音が無造作に鳴り響くゲームセンターで異変は起こった。
2m近くもの大男がまるで車にはね飛ばされたかのように建築物の窓ガラスを突き破り、アスファルトで覆われた歩道を何度もバウンドして転がり、電柱に激突してぐったりと動かなくなった。
「おい、見たかあいつのテクニック……」
「あいつのテクニックに筐体が爆発を起こしたんだ……」
観客男どもが目の色を変えて呆然と立ち尽くす。喧嘩等で男が殴り飛ばされたのではない。たかがゲームでのスコアを競う事において、少年が圧倒的な強さを見せつけて、現実の相手を弾き飛ばす大技を繰り出しからである。
「よっしゃ見たか! 玲也の必殺テクニック“逆十字”!!」
顔は馬面、体はひょろ長。つなぎを着用した少年・雑木学。彼は頭一つ分背丈が低い少年の腕をあげて、まるで自分のようにはしゃぐ。
だが、大男を倒した当の相手を倒した少年は微笑む事がない。まるで機械のように無表情だ。ただ目元から威圧のオーラを醸し出すだけだ。
「おい学、相手がとんでもない奴と言うが全く大したことはないではないか」
この少年、名前は羽鳥玲也。真紅のベストを白のインナーシャツの上に着こなし、トレードマークなのか初夏にも関わらずオレンジのマフラーを首元巻いて決める。普段は東京都の武蔵野地区に存在する市立据沖中学校に通う中学2年生だ。
「そう言うなよ玲也。お前が凄すぎるだけでさ――あ、俺は知識じゃあ負けないけどゲームの腕は中の上なんだよ。ほら雑木学って名前が俺の性格を露わしているじゃないか!」
「そのような事まで、俺は聞くつもりはない」
玲也は両手で呆れた感情を示すポーズを作ろうとした時、緑の店員服を着た男が喜ぶように飛び付く。店員であることに間違いない。
「あ、ありがとうございます。いやぁ流石羽鳥秀斗さんの一人息子だけはありますよ」
ゲームセンターの店員が彼の腕を掴みながら、上下に動かして誉めちぎる。
だがしかし、玲也は眉間を微かに歪ませて、店員の腕をパシッと叩いて振りほどく。
「すみません。ただ、俺は父さんの息子と誉められたくはないですからね」
「あ……す、すみません」
店員は不味い事を言った事に気づき、玲也の気を悪くさせてしまったかのように言葉に詰まってしまう。
「へへ、玲也は親の七光でトップゲーマーの名前を手にしたくない奴なんだからねー」
学だけが玲也の心境を知っている。それを現すかのように誇らしげに口を微笑ませてはいるが玲也の表情は微動だにしない。
――この世界において約35年前、アーケードゲームが姿を現し、やがてテレビゲーム、携帯ゲームが普及していった。
過去に数多くのゲーマーが流星のように登場したが、1990年代初頭。当時高校生だった人物が新たなゲーマー、世間に名前を馳せた。羽鳥秀斗。若干16歳で日本の頂点に達した彼は世界を代表する超一流のゲーマーとして社会に君臨する。
だがしかし、秀斗は2008年に謎の失踪を遂げ、彼の後を継ぐトップゲーマーは現れないまま現在に至る。
「一流のゲームプレイヤーになれと、願いを込めて父さんが付けた名前。それが羽鳥玲也、俺の名前だ!」
今は2013年。秀斗の一人息子・玲也は父と同じトップゲーマーの道をひたすらに、やみくもにただまっしぐらに目指し日々己を鍛え続けている。
勉強しない、スポーツしないと冴えない中学生の玲也にとってはゲームテクニックがただ一つの取り柄。同じ取り柄を持つ父に追いつき、追いこすことが彼の道なのである。
そして、この物語とは彼がゲーム……ではなく、太陽系を揺るがす程の戦乱へと巻き込まれ、持ち前のゲームテクニックで戦い抜く物語だ。
例え血反吐を吐こうとも彼は己の技を研ぎ続け、そして腕が折れようと、足が折れようともゴールが見えるその日まで戦い続ける。 そんな彼の死に物狂いの努力と戦いの軌跡でもある。
「ふ~間一髪! 玲也、お前が勝たなきゃあ店の立場がなくなる所だったぜ」
「……」
「あそこは俺のおじさんの義理の兄弟が経営しているからね。俺の憩いの場がスコア破りに支配されたらどうしようかと思ったんだよな」
玲也と学を載せたタクシーは既にゲームセンターから走りだして何分か経った。
学が極楽境地の悟りに着いたかのような観音らしく屈託のない表情を浮かべてはいるが、玲也はただ腕を組んだまま顔を少しうつ向かせたままであった。
「手ごたえがないが……補講を受けるよりは断然メリットがある事として良しとするか」
「ぬわっはっはっは! 強がっちゃって~玲也」
「……少し静かにしてくれないか」
他人が見たら嫌になる程、学は爽やかにも程がある笑顔を残して、玲也の背中を何度も叩く。彼からは小声で不快である事を漏らすが、戦勝ムードの彼には通じない言葉であろう。
「しかしまぁ、お前の学校嫌いも素晴らしいなぁ、いや本当」
「本当なら行きたくもない。ただ俺のバイト先は学業との両立がいる為に、最低限でも出席数が必要なだけだ」
「あーそうか、そうか。お前はローカルメーカーが開発したゲームアプリのデバッグで忙しい訳ね」
この、玲也はゲームでこそ常人離れした能力を発揮する。その一例としては……
最新ゲーム機や筺体の回路にバグを起こさせる程の素早く激しいコントローラーさばき。
説明書等を目にすれば直ぐに一字一句暗記して、複写する事も出来る記憶力。
画面を見ずとも、相手のコントローラーさばきを見るだけ、あるいは目隠しした状態でも透過光や機械音だけでゲーム画面の状況を把握する五感の鋭さ。
この程度で例を挙げる事を留めるが、羽鳥玲也という14歳の人物は並はずれた身体能力と頭脳を持っても、学校では勉強しない、運動しないとかなりの問題児。ただゲームテクニックを生かしたバイトが、学業の両立が必要の為仕方なしに通学しているだけだ。
「まぁお前、ゲーム絡みの事になると全力を発揮するよな」
「俺は好きでやるだけだ。母さんの為に俺の遊ぶ金は俺で稼ぎたいこともあるが」
謙遜した様子で学に答える玲也。彼は何処となく寂しげな光を宿すブラウンの瞳で、フロントガラスに映る景色をただ網膜に映す。
「俺は少しでも早く父さんを越えなければならない。だか、母さんに苦労をかける訳にもいかない。ただそれだけだ」
「大変なんだなぁ~。夢の為に義務教育は何の問題ですかって感じだなぁ」
「学校の勉強が出来るから、必ずしも頭がいい事を証明する訳でもない。そして、今の時世はたかが“それだけ”で将来が安泰ではない」
学が唖然としてはいるが、ただ玲也は義務教育を無意味な存在と割り切っているからこのような事を言う。
自分がすべきことを除けば、生活に必要なことだけをある程度覚えておけばいい。それが彼の持論。よって、最低限のマナーや読み書き、計算以外は全て将来に役立つわけではない、ただ脳の容量を使う無意味なジャンルへと分類されるから学ぶつもりだはない
「よって、義務教育の9割は俺からすれば無意味な事柄だ――“たかが“や”それだけ“の一言で収まってしまう事だ」
「あ、相変わらず無茶苦茶な事を言うよなぁ~お前」
「何、例え俺は人に馬鹿にされようが、世間から爪弾きにされようが父さんと同じ道を目指す事に変わりはない」
父と夢の事に触れる時、玲也の表情は平時よりも真剣なものとなる。その不動の表情は普段の自信と余裕だけではなく、決意とそして僅かな憂いも籠る。
「父さんの教えてくれた道で父さんに追いついて、追い越す事が俺の宿命――俺が父さんの子だからだ」
「やはり、そういう訳なんだよな、お前は」
玲也の姿勢を学は笑わなかった。また怒りもしなかった。常人離れした玲也の姿勢に苦笑はしたが、聞きなれた考えに“やはり“の感情が真っ先に出た。
「昔から言うぜ。父さんの道はきらきらの道! 汗と涙と頬笑み一つってことだってな!!」
「……いや、それはわからない」
「ちょ、そこはチャンピオン目指すとか言おうぜ~」
学の悪乗りに対して、玲也は彼が期待した何かを無視するかのように、無愛想な返事で払いのける。
その時、ラジオからのニュースが二人の耳に届いた。
「へぇ~、またハードウェイザーがねぇ……」
学が感嘆したニュースの内容はハードウェイザーと呼ばれる存在がバグロイヤーの群れを一掃した事だ。
まるでマンガやアニメ、ゲーム等で見られる、現実の世界から乖離した空想に現れるメカやロボットにハードウェイザーは例えられる。
だがハードウェイザーの活躍は、現実で場違いなフィクションが現実を構成する1ピースとしてはめ込まれている。玲也がただ何時もの事のように平然とした様子、学は感嘆の声を上げるが、二人が非現実な事柄に対する驚きや突っ込みの感情を示す事はなかった。
「ええ。ハードウェイザーがバグロイヤーの軍団を1機であっさり。凄いですよね~」
「は、はぁ……」
「あぁすみません。こいつハードウェイザーの事に興味はないんですよ」
「そうですかぁ」
タクシーの運転手が客とのコミュニケーションの一環でハードウェイザーの話を触れる。
この二人だけではなく名もない運転手がハードウェイザーの件を知っている事からしても、たまたま話の焦点に当たる二人だけが知っている話ではない事は確かだ。ただ、玲也には興味がない為かまともなコミュニケーションを取らない。
「ほら見ろ、お前もう少し世界へ目を向けろよ。すき焼きは関東風より関西風の方が美味い格言もあってだな。」
運転手との話題がそれなりに盛り上がった後、学は玲也のハードウェイザーに関して興味がない事に、勿体ないと残念がる表情でダメ出しをする。ハードウェイザーの存在に興味がない事は学から許容できない事柄である。
早速文面で書き表すと途方もない長さになってしまう程の熱弁を振るった学だが、知らない事は知らないから仕方がないと、玲也は悔む事も腹立てる意志もなく、ただ耳から耳へ聞き流す。
「まぁ、バグロイヤーの奴らが襲ってこない限り日本は平和、平和だ。さすが世界で5番目に安全な国・日本だ!」
学が言うとおり日本はやはり平和だ。世界も1割ほどはそうとは言い切れないかもしれないが、殆どが平穏を保ち争いによる人類や国家の危機には晒されてはいない。
しかしこの世界において、日本、いや地球は内なる国々の争いではなく、外という宇宙からの脅威に遭遇している事が現実である。過去において宇宙に潜むバグロイヤーと呼ばれる存在の侵略に被害を受けた国も幾らかは存在している。
ならば、日本は何故平穏な雰囲気を維持出来るか。日本が平和ボケしているだけかもしれないが、それならば世界各国の半数以上が平和ボケと見なされるだろう。
「まぁPARが健在なら宇宙からの脅威は大丈夫ですよ。ほらこの所大気圏内にバグロイヤーの攻撃メカが現れた情報もないじゃないですか」
運転手が答えを述べた。Professional・Astro―PARと略される組織の活躍にある。
バグロイヤーの存在を各国政府が危惧した事により、国連が設立した組織がPARなのである。そのPARの詳細は霧の中だが、国家・民族・宗教などの違いを越え、ただ能力にずば抜けた者たちが集う部隊である事しか判明していない。
ただ彼らが保有する迎撃兵器“ウェイザー”と地球を包むように大気圏外に存在する防衛兵器“プロテクトベルト”によりバグロイヤーの侵攻とは曲がりなりにも応戦し、大気圏内に相手の侵攻を許した事は滅多になくなっていったのである。
「ハードウェイザーといえばやはり、イーテストの事ですかな」
「そうそう!今のハードウェイザーはキュースト、エクスト、アドバスト、タブルストといるけど、やはりイーテストですよ!」
世間ではハードウェイザーとはウェイザーを越える人型戦闘兵器とされている。
それより深い事柄についても、真実へ靄がかかっている状態が現実。ただ学の話によれば現在は5機程存在して彼らが大気圏外で交戦し続けている事である。
「やれやれ、お前は幸せ者だな」
ハードウェイザーに心を躍らせる学に対して、玲也は彼の機体へ冷や水をかけるように厳しい事を口にしようとする。
「何だ玲也! お前はハードウェイザーがどんな奴か知らないからそう言えるんだぞ」
「別に知りたくもない。何故知る必要がある」
「へ! ならば知らせてやるよ。どうせ、知らせないと俺の気がすまないからなぁ」
学は何故か震え声で、ただ一方的に延々と話し続けた。果てしなく長い事柄になりかねない為、学の説明は省かせてもらう。それに対して学は落胆したが玲也の返事は“あっそう”という極めて愛想のないものであった事も付け加えておく。
「何だよ、お前その無関心な態度はあんまりだぜぇ。お前が一番態度悪いとか言われる訳でもないし、気に入らないわけじゃないけどよ」
「だから俺は知るつもりもない」
学はハードウェイザーがあれば地球は大丈夫と、一に、二に、三、四がなくても五にと主張する。
だが、玲也は新機体が現れても乗り手がちゃんと使いこなせない場合、殉職した前任ポジションの後釜にすら果たせないと持論を持つ。例えハードウェイザーの事は特に知らなくても、優れた機械にはそれに見合った人材が必要である事はあながち間違いではない。
「あぁもう! スク水、ニーソックス、スーパーロボットが男を燃えさせる三大要素なんだよぉ……ブルマも捨てがたいけどさ」
「……何を言い出すんだお前は」
「……特にニーソックス! そうニーソックス! だからニーソックス!!」
「何故そこを強調するお前の例えが分からない。それ、一番言われているからな」
返す言葉がなくなろうとも、学はハードウェイザーが素晴らしい存在である事をアピールしたかったのだろう。全く訳のわからない単語を連呼する彼に敢えて突っ込みをかます事は止めた。
それ以前に玲也からすればハードウェイザー云々はトップゲーマーを目指すには不必要な事と彼の脳が見なす事柄だ。
その件は専門とする人達に任せて、自分はトップゲーマーを目指す為に努力を重ねれば良いだけと、玲也は考えていた――その時までは。
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「いやぁ、今月の新人賞はなかなか骨がある! うん」
とある固執。それなりに整えられたデスクに足を載せながらで男は、凶器になる程の極太のページ数を誇るマンガ雑誌のページをめくる。
どっしりとしたガタイの良い外見。深くかぶった海賊船長のような帽子、剛毛の髭が鬼瓦のような厳つい外見に拍車をかける。彼は今、自分の手に持つ雑誌の一色の紙面のマンガを前に表情を微笑ませた。
「将軍、将軍! 報告、報告っす!」
自動扉が開けば、外には水色のボールに両手と鰭が生えた様なマスコットのようなロボットが部屋に到着する。
「おぉ、バン。部屋に入る時はノックしてもらいたいものだがね」
「将軍、週刊少年チャランポランについての新人賞についてっすか」
“そうなんだよ“との一言と共にバンと名付けられているロボットへ将軍と呼ばれた男は堂々と現在のページを見せびらかす。
「いやぁ今回の新人賞は、合身トマホークとか機神旋風サムライドとかいやぁ佳作が6本と好調。素晴らしいと思わないかい?」
「将軍、何を自分のように威張って言っているっすか?」
まるで将軍は連載作品を自分の功績のように褒めてほしい模様。子供が自慢のおもちゃを他人に自慢するような邪気がない堂々と誇らしく誉めてくれと言わんばかりの表情である。
「けれどいい新連載が揃っても他の雑誌には勝てないのが現状っすよ」
「まだそう言うのかね!ならば、今回の余った予算をチャランポランの買い占めにだなぁ……」
「予算の濫用はやめてくださいっす。それより将軍、それよりディーゴさんから電話っす」
バンはあきれた様子で口がへの字になるも、本来の目的を思い出して、部屋の壁に備え付けられたコードレス受話器を将軍の手に渡す。
「すまない、ついつい熱くなってしまったが……ディーゴ君。電話は変わったエスニック将軍だ」
このおちゃめな将軍、名前はエスニック・スクウェアー。厳つく屈強な外見に反して少年マンガに熱中できる子供の心を持つ彼が、ハードウェイザーを擁する組織PARの最高司令官に。早速プライベート・タイムを終わらせて、仕事へ取り掛かる際の表情は外見に違いがない、厳しく真剣な表情へと変わる。
「将軍、最新ハードウェイザー3機のデータパルス、受信・具現化を担う巨大電送装置のスタンバイ完了です」
「御苦労だディーゴ君。予想されるデータパルスは何処からか」
「はい。マスター・フォートレスの現在位置からは北北西。1つしか反応はありません」
「なるほど、おそらく一度に相手側が飛ばしたと見える。3人のハードウェイザーのデータパルスがこのマスター・フォートレスにやってくる訳だな」
「あり得ますね」
エスニックとD3の受話器越しの対話は続く。
だが、ハードウェイザーはPARが極秘に開発した存在である事は真っ赤な嘘。何処からか飛来する存在である点は全く一般市民に明かされていない事柄だ。
「よし、作戦は継続。ディーゴ君、今回の通過ポイントはバグロイヤーに気付かれにくい場所へ設置した事は確かだな」
「はい、今回は盲点を突いた場所を通りますからね~期待してくださいよ~」
「うむ、無事に今回もデータパルスが受信される事を祈ろう」
ディーゴに作戦続行の旨を告げ、通信を切った受話器を元の場所に戻したエスニックは、スーツの上ポケットからは一枚の写真を取り出す。
「このハードウェイザーは君の自信作。この3人が存在すれば地球をバグロイヤーの危機から退ける事が出来ると君は言うのか」
二人のツーショット。エスニックの隣に写された一回り若い人物に彼は一抹の不安と未知なる期待を寄せる。
写真上の彼は当たり前だが何も喋ってはくれない。ただ3人が彼の理想と地球の平和を託すに相応しい存在である事を信じる事だけが今のエスニックに出来る唯一の事であろう。
「バグロイヤー軍団から地球を退けるハードウェイザーは、あの世界から送られたこの世界の救世主っす。もっと信頼しても……」
「だがバン、英雄という者には常に哀しい宿命と過去が隠されているものだ」
「それはそうっすけれど……」
エスニックに対して励ましの言葉をかけるバンに、彼は先ほど少年マンガ雑誌を見せびらかすようなお気楽な態度ではなく、声のトーンがどことなく重く静かに拳を握りしめる。
「君の自信作を上手く活かせるプレイヤーとハードウェイザーが力を合わせれば、バグロイヤーから地球の危機を救うことが出来る――ただそうであってほしい事を願うばかりだ」
そして、この言葉が現状に対するエスニックの本音だ。
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「へへ。これ程稼いだなら俺としても上出来だな」
仕事を済ませた玲也が帰宅した時、薄く暮れた空の元時計の短針は5を指していた。
戸に鍵をかけて、履きなれた靴を玄関で脱ぎ捨て、内ポケットに仕込んだ封筒の中身を目にすれば喜びに微笑みが隠せない。
「これで今月のゲーム代を支払い、釣りは家計の足しに使う事が出来る。それから今日は母さんの帰りが遅いから夕飯は……」
玲也の母は仕事の為、家へ帰る時が遅い事もある。その為、彼が家事をこなす事もあり、料理を作る事は愚か、食材はどの店で買えば安く、量が多い事までも頭の中には自然と叩きこまれている程馴れている事だった。
「いや、夕飯を作るにはもう少し遅くてもいいか。さて……と」
階段を上ろうとした仕草の途中、玲也の視線はライトブラウンの靴棚に飾られた写真立てへ向けられた。
写真立てに納められた一枚の写真にはまだ10も満たない頃の幼い彼が、たくましき父である秀斗に嬉しそうに体を寄せている姿だ。
「父さん……」
秀斗の姿を見る度、玲也の心は感傷に浸る事を余儀なくされた。
ゲームの腕で父を越える事が彼の使命であるが、現実において、父を越える機会が今の時点では目途が立たない。その事が今、彼の胸中に不安ともどかしさが交錯している原因である。
(……俺はゲームをプレイする父さんの姿が一番カッコいいと憧れた。父さんのようなトップゲーマーを目指すと決めた事が全ての始まりだ)
玲也のゲームに対する執着心は、トップゲーマーである秀斗の姿がきっかけであった。
秀斗は必殺技ともいえる幾多ものゲームテクニックを持ち、観客を沸かせ、画面をハイスコアで飾る。
それだけでなく、技や力に頼らない確かな頭脳を持ち、常日頃強くなるために自分へ妥協しない鉄の意志、あらゆる事から勝利のヒントを見つける自由自在な発想力もあった。そんな父の欠点を探す事が玲也には出来ない。学の言葉ではないが、父は真っ白でキラキラの道を突っ走る、綺羅星と例えても過言ではない輝ける人と見なしているのである。
(父さんが全ての始まりですよ。俺がトップゲーマーを目指す事も、父さんを追い越す事を目標に決めた事も……)
父の戦う姿にまだ幼い玲也が“僕も父さんのようなトップゲーマーを目指す!”と秀斗に言った時、秀斗はこう言った。
『父さんと同じ道をお前が歩むならば、父さんの背中を追うだけでは駄目だ。この父さんの屍も踏み越えていく覚悟を持て』
『父さんの背中を追うだけじゃダメ? 屍を踏み越えていく……って何?』
幼い玲也はきょとんとした顔で首を横に傾けた時、“父さんより上手になれ”と優しい言葉で父から教えられ、“うん!”と屈託のない言葉と笑顔で答えた。この出来事も昨日のように脳裏に刻み込まれている。
「父さんを越える為に俺は父さんの技だって覚えた! てやぁぁぁぁっ!!」
何を思ったのだろうか。
玲也の両手からはすっぽり手の内に収まる程の六面のルービックキューブを二つ、宙へ飛ばす。
そして、ルービックキューブはかまいたちのように真空を切り裂かんと彼の両手の動きに弾かれ続けた。
瞬く間に、両手がぴたりと動かなくなれば、年の割にはゴツゴツした両手に落ちる――六面を各々の色で統一された状態で。
「父さんの必殺テクニック鷹殺し。小さなルービックキューブをそれぞれの手で完成させる程の指先までに及ぶ器用さ、それを一瞬でこなす指の動きの速さ。このテクニックがトップゲーマーには必要不可欠だ!」
この技を秀斗は1年間の武者修行へ出かけた末に習得した。なお、玲也は小学校入学の日から出来る限りルービックキューブをいじり初めて、小学校卒業の日になってようやく彼が出した11.12秒の記録に追いついたのである。
ちなみに、鷹殺しという名称の由来は、ルービックキューブを形成する為に秀斗が動かした両手の動きに巻き込まれた鷹が即死した事に起因するものである。
「でもこの技を手にしても、数多くの必殺技を持つ父さんにはまだ及ばない。まだ、まだ……まだ、“たかが“に過ぎない!!」
六年間に渡って必死になって覚えた鷹殺しのテクニックも、秀斗は1年で習得した。彼からすれば、父・秀斗はあまりにも偉大な父でありながら、絶望するほど雄大にそそり立つ巨壁である。
「父さん。来月の都区トーナメントに勝ってみせます。父さんが優勝した大会に勝って俺が父さんの七光だけに過ぎないと言われない為にです」
せめて、秀斗が勝ちぬいた大会に自分も勝つ事で、一歩だけかもしれないが彼に近づく事が出来る。玲也はそうしたい、いやそうしなければならないとの意志を感じながら握りこぶしを作る。
しかし、玲也が彼に誓った父を越える約束を改めて自分自身へ言い聞かせても、虚しさがこみ上げるばかりだった。理由はただ一つ、秀斗が帰る目途が立たない事にあった。
「…・・・父さん、いやあの事件で多くの人が死んだと見なされていますけど、俺は父さん達が死んだとは思っていませんよ。再び会う時には、父さんを越えて見せますよ」
手にした写真立てを靴棚へ戻して、玲也は物思いにふける事を止めた。ただ父が恋しい感情を振り捨て、何時もの彼として2階の自室へと駆けあがった。
自分の部屋に置かれたデスクトップ型のPCに電源を入れた時、素早くデスクトップ画面表示までプログラムが進行する。
それから程なくして、玲也はメールアイコンが点滅している事に気付き、アイコンをクリックする。
「デビットの奴からメールか……」
玲也が口にしたデビットとは、彼がオンラインゲームで知り合ったネットフレンドの名前だ。
メール内のURLをクリックして、青緑の画面と共に”アトランティック・ハンター”とのタイトルが映る。このゲームこそ玲也が熱中しているオンラインゲームの一つだ。
“レイヤ君! へへへ僕だよ!!“
「デビットの奴、何々”都区トーナメントだったかな? すごいじゃん”なるほど」
丸ゴジックの書体で綴られたメッセージには無機質な文字であっても、何処か画面から飛び出すような元気を与えてくれるような気がした。ひとりでに一文字一文字画面に出力される文字に、玲也はゲーム対決の時の厳しく真剣な表情から一転して不思議な安心感が芽生えて素早くキーボードを打って返事を出した。
“あぁなるほどね……デビット、お前は出ないのか。お前の実力なら多分大丈夫だと思うが”
“ダメダメ、あれはいろんなゲームに精通していないと出場権が与えられないもん”
“あぁそうか。でもお前なら多分他のゲームでも上手く行く気がするが”
“僕は色々忙しいの”
“……まぁ俺は仕方なく学校へ行く以外は、ゲームしかやらない人間だから”
“ははは、レイヤ君らしいね。それよりさ、僕も新しい機体組んでみたんだ”
「ほぅ……」
デビットの新しいメッセージと同時に出現したウィンドウ。液晶内の小窓の内側には新しい機体の3Dグラフィックが映し出され、玲也も感心するように小声を漏らした。
さて、”アトランティック・ハンター”とは、プログラムやパーツでロボットを組み立ててバトルする類のゲームである。デビットが組んだツートンカラーの機体のグラフィックと詳細なデータを目にしながらキーボードを、まるでドラムを打つかのように各々のボタンを叩いていく。
“お前のポスパルド……見た事がないデータだが?”
“違うよ。僕が作ったんだよ。データさえ組んで正常に動くなら使ってもいいしね”
“さすがお前だ。お前のようにプログラムとかが冴えるわけでもないからな”
“ははは。僕はそういう事に親しんできたからね”
“しかし羨ましいものだ。金を使えば強いパーツが手に入るが、俺は裕福ではない。お前のように、無料でパーツを作る事が出来る才能が羨ましい”
“もう、でも結構大変なんだよ。色々考えて、時には徹夜しないといけないし”
“何、“好きなものこそ上手になれ“だ。その為ならば俺は平気で学校をさぼる”
“ははは……レイヤ君らしいね、やっぱり。”
プログラミングの天才と玲也が認めるデビットは彼の数少ない理解者であり、ゲームの実力も伯仲する関係だ。一応、学も彼の理解者に該当するが、実力の点でデビットとは大きな差がつく。そんな彼はチャットで”アトランティック・ハンター”の新システムについて話しかける。
“あの話ならば俺は出るつもりだ。3機1組のチームバトルのことだな“
“あれ? レイヤ君出るの? 数はそろっていたっけ?“
“一応戦利品やお前からのおさがりでなんとか3機は揃う。後は実力でカバーするのみだが、3機という枠が難しい……”
“出来れば4機1チーム欲しい訳なんだね。耐えて殴る、避けて撃つと……”
“避けて殴ると、耐えて撃つの合わせて4タイプ。ただそれ以外にも電子戦用や囮用、可変ギミック……それ以外でも数えれば数えるほどだな“
ディスプレイで展開される玲也とデビットのチャットのような会話は、分単位の積み重なりを経て時間単位での経過を忘れさせた。
省略された会話の内容をまとめると、オンラインゲームの場合、金をつぎ込んで少しでも性能のよいパーツで勝負を挑む相手がいる事が宿命だが、玲也はそのような相手を自分の実力で打ち破る事に一種のカタルシスを感じているのである。そこはゲーマーたる者、自分の頭とテクニックが物を言うと考えているからだろう。
“おっと、そろそろ小腹が空いたことから夕食を作る必要があるからな、これくらいにする“
“へへ、レイヤ君頑張って!”
「さて、母さんが帰ってくる頃にはしっかり作らないとな……なっ!!」
夜7時ごろPCのディスプレイを一度スリープ状態に落としてから玲也が席を立った。
しかしこの瞬間、彼にとって“この時まで“が最後の平穏であった事を当時は知らなかった。
「大きい……凄い揺れだ!!」
平穏の崩壊は、縦から、そして横からの振動共に始まった。空気の振動がまるで激しい波に打たれたかのように、水がないはずの部屋で流される様子で彼の体は倒れ込む。
これは玲也だけではない――少なくとも日本中の誰もが予想しない事であった。彼が事の重大さをまだ知ることはできない。部屋の中を襲う空気の荒波のせいで、もはやそれどころではなかった。
「何が起こったかまでは分からないが、現在危険な事は確かだ!」
この状況、玲也はその場を歩く事も出来ず、かろうじて立つことで精いっぱいだった。
玲也の目の前にはトロフィーや賞状が飾られ、中にはゲーム機関連の機器やバックアップ関連のDVDやメモリが収納された木製の棚が倒れようとしている――空気の振動にこらえ切れず自分の元へ。
「まずい! トップゲーマーとして命に代える事が出来ない宝だけ……のわっ!」
よろけながらも前進を続けた際の足元は千鳥足のようであり、水色のLANケーブルに足を引っ掛けて部屋の中で思いっきり倒れてしまう。
「何くそ……ここで倒れる訳には!!」
しかし前方に綺麗なカーブを描きながら倒れようとした棚を前にして彼は全ての力を無意識に解き放った。
まず、信じられない勢いで立ち上がった。
次に、体中から込み上がる力が必死に棚を支える両手に通じさせた。
そして、重力に逆らわんとするエネルギーを無機質な棚へ流し込みながら持ち上げた。
これらの行動を起こした際、玲也の心中は自分でも分からなかった。ただ1分1秒、そして1コンマでさえも、徐々に10年、100年、1000年。歴史が映り替わるような途方もない長さにも思えただけだった。
その時、視界にはないPCからは奇妙な音とまばゆい光を放ち続けていたが、玲也の眼中にはそのような異変を捉える事は出来なかった、いや余裕がなかった。
「この中には父さんが俺に残してくれた物だってあるんだ! 父さんの子として俺はここで守りきらないとトップゲーマーを目指す者として情けないぞ!!」
だから玲也は叫んだ。
額から冷や汗が流れ、右足による地面への支えが大きく滑った。
――そして、一瞬の時を経て揺れが静かに、確かに収束へとつながる。平穏を崩す最初の事柄が終わった瞬間でもある
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」。
空間だけが平穏を取り戻した事を玲也が気にする余裕などない。ただ倒れようとする標的を両腕に全体重をかけて、思いっきり体勢を立て直して立ち上がる行動の為周囲は見えなかった。
「収まった。まるで火事場の馬鹿力を味わったような気分だ」
棚を持ち上げた時、玲也の体からどっと力が抜けて、意識を取り戻した分だけ付加されてしまった疲弊を隠しきれなかった。
彼は切れ切れになった呼吸を徐々に整えていく。次なる、そして決定的となる彼における平穏が崩壊する瞬間が間近である事も知る由もなく。
ピィィィィィィィィィィィ
甲高い電子音が鳴り響いた時に玲也の意識は高速で覚醒して後ろを振り向く。
すると、白煙を吐いて画面を沈黙させたPCのあるデスクの下で3つの白い袋に包まれた何かが無造作に置かれていた。
「何だ……こんな物を俺は覚えがないのだが」
それぞれの袋の中身はどれも玲也が覚えのないものばかりだ。思いだそうとしても今の慌ただしい事態の後では脳が動いてくれない。
ただ、ふと気になったものは袋に鍵をするようにかけられた藍色のリングだ。何やらブザーが鳴り響いている機器がそれぞれ備え付けられていたので、袋に手を伸ばしてみる事を選んだ。
「やれやれ、ブザーがこうも鳴り響けば近所迷惑にもなるからな。おそらくこれだな」
その時、玲也は生温かい触感を感じたが、今は耳に不快なブザー音を止める事が大事と考えていた。それもあってカチっと白色のボタンに触れるとあっという間にブザー音は鳴りやみ、リングが袋から外れて変形しては、中から8cm程の長さのDVDが取り出された。
「何だ、今更8cmディスクとはドルフィンキューブのソフトだろうか」
「ふう、やっと目が覚めたって感じね」
「そうですね。どうやらPARに到着した感じですよ」
ディスクを手にした瞬間は玲也の平穏が崩壊した瞬間でもある。
リングが外れた袋から少女達の声が聞こえて何やらもそもそと動いている。この時点で玲也は先ほど感じた触感もあり間違いなく何らかの生物が中にいる事は感じたのだ。それよりもどういう経緯で彼女達がやってきたかが分からないのだが。
「あー、すみませーん。服は用意してもらってますかー?ちょっと着替えるから男は外に出してー」
「お願いしまーす」
「何……この部屋は俺の部屋だ。女物の服はない」
「え……?」
袋からもぞもぞと動きながら服を用意してとの頼みに、玲也の対応は明らかに淡々と冷たく、一言でいえば分かっていない対応だ。この的外れなリアクションに対して一人の女の声がピタッと止まり、ファスナーを開けるような音が聞こえてくる。
「ちょっと!?どういうことなのよ!ここはPARじゃないの!?」
「フレイちゃん!私達はいま裸ですよ!!」
フレイという黒髪の少女が物すごい勢いで袋から体を起こしだすが、彼女の桜色の肌を隠すものは何一つそこには存在しない。
彼女はやや切れ長で大きな瞳で睨みつけながら玲也を指さす。その大きな瞳とツインテールの黒髪はまだあどけない少女の可愛らしさを残してはいる。頭一つ分玲也よりも背は高いが同じ年ごろと考えても良いだろう。ただ二房のマスクメロンは年の割には少しばかし成熟はしている大きさだ。
そんなフレイに対して玲也はただぽかんと口をあけていたが、しばらくして落ち着いたように言葉を放つ。
「なんだお前達、本当に服は着ていないのか」
「……あんた!!」
玲也は赤面もせず、口からよだれを垂らす事もなく真顔でそのような事を言うまでに時間はさほどかからなかった。フレイ達からすれば非常時とばかりに焦ってはいるが彼は多少問題はあるものの、時が少し経てば問題はないような雰囲気であった。
勿論、この二人の現状に対する姿勢のズレからフレイはキレた。
その桜色の肌の右腕は人を殴り倒すには不向きかと思いきや、彼女のラリアットは玲也を真後ろに倒すだけの威力は十分にあった。なお、相変わらずあられもない姿をしてはいるが、目の前の分かっていない男に対してそのような事を気にしていられない様子だった。
「いたたた。何故俺がラリアットを受けなければいけない。裸でいきなり家に来たお前達が悪いだろう」
「あぅ、それを言われますと正論かも……ですね、はい」
「ミュウ、何、あんたは彼に納得しちゃっているのよ」
流石にフレアは玲也が就寝用に使う水色のタオルケットで素肌を包んでいた。
恥じらいを隠せないハプニングの上に目の前の相手が分かっていない事にフレアがむしゃくしゃしながらも、玲也の淡々とした意見にもう一人の少女はつい納得しようとしていた。
真後ろの少女は袋に顔と腕を少し出した状態で半身を起している。
彼女の名前はミュウ。若草色の特に手を加えていないロングヘアーが、まるでありのままの草原の自然を感じさせる。丸い瞳とやや下がり気味の眉からも、彼女はフレアとは異なる穏やかな愛しさを醸し出している。フレアよりも白い肌は彼女が触れたらまるで壊れてしまいそうな繊細さを意識させるには十分だ。
「ご、ごめんなさいですフレアちゃん。ただ郷に入れば郷に従えという諺もありまして」
「あぁもう、ミュウは押しに弱いんだから。それよりにしろ何故PARじゃなくこんな奴の所に来ちゃったって……えええ!?」
ミュウとはそれなりに交友関係があるようで、フレアは彼女の穏やかだけれども気弱な性格は承知のようだ。
溜息をついてもそれは仕方がない事と諦めるや否や、リングから排出された3枚のディスクに彼女は素っ頓狂な声を挙げた。
それから間もなくディスクの1枚を手にして全身を震えさせながら彼女は玲也の方へ振り返った。
「あ、あんた……さ、ま、まさかこのディスクがここにあることは、システムに登録させちゃったって訳?」
「そういえば、私達が目覚める時は登録が完了してからと聞きましたが……」
「システム? 登録?それは知らないが、俺はその袋からのブザーを切った途端にディスクが出てきた。近所で騒音は迷惑だからな」
システムや登録などと玲也から良く聞き覚えのない言葉が飛び交うが、彼は本心からそのディスクが何かと首をかしげながら、取り出した経緯を話す。
「……」
「あちゃーフレイちゃん。どうやら既に“してしまった”訳ですね」
この一切脚色のない話はミュウに少なからず無念の表情を浮かべさせ、フレアは顔を俯かせながら小刻みに体を震えさせているままだ。
「なぁ、これはドルフィンキューブのゲームディスクではないのか? 凄く似ているから俺はそれについて何か聞きたいところだが」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
フレイの黄金の左が真上に綺麗な弧を描いた。二度目の必殺技を受ける事は何としても避けたいと玲也はマイペースな様子から一転。上に突きあがろうとする拳を見つめながら真後ろに体を逸らして直撃を避ける。風が顎に当たる感触に少なからずの恐怖を覚えながら。
「あぁ……これからあんたとずっと一緒に戦うって事なの!?」
「フレイちゃん、前を隠してという意味でも危ないです!」
「あぅ……そんな事を気にしている場合じゃないわよ、ったく」
何やら登録とはまずい事のようで、フレイは身を隠すタオルケットの存在を忘れながら崩れ落ちてしまう。ミュウの声で辛うじてタオルケットの存在に気付きながらも、彼女の感情は怒から哀に来てしまっている。
「いやはや女の心理とは分からないものだ。ゲームで次にどの手を使うかは分かるものだが」
「もう、なんですの……うるさいですわね」
その場でアタフタするミュウとは異なり玲也は“何が何でこうなったか“と分からない様子で頭をポリポリと掻く。するともう一人眠っていた少女が目覚めてファスナーを開けて体を出した。
軽くウェーブがかかったブロンドヘアーには他の二人とは異なる高貴さを醸し出す。少し寝ぼけぎみの彼女の表情にしまりはないが、細長い目にすらりと高い鼻筋、またフレアよりもマスクメロンは見事に成熟した物となってはいる。
「エクスちゃん! 気をつけて……」
「へ……そういえば?」
3人の中で大人びたエクスがミュウの言葉で今の状況に気付いた。結論からすれば他の二人と同じ一糸まとわぬ姿で、フレアと同じ上半身を露出させながら結果として玲也の方を目にしている状態だ。
“またか”と玲也は何時もの無表情で見つめていると、エクスは自分の置かれた状況に気付いてすぐさま悲鳴をあげた。ミュウの半ば心配と呆れが混じった表情は今のエクスが知る事もない。
「そ、そこの殿方はこの私にどういう事をするおつもりですの!? 乱暴するおつもりなのかしら!」
「いや、何も俺が気付いた時にお前達の方から来たはずだ。俺の方からどういう経緯で今に至るかを聞きたいものだ」
「……どういうことなのですの」
「エクスちゃん、何やら手違いがあったようでして……」
エクスは暴力に訴えなかったものの、彼女の怒りはフレアと比べても劣るものではないだろう。そこで玲也は3人の中で冷静さを保ち続けているミュウの助けを借りながら、経緯を説明した。その経緯はいろいろあれど結論は"かくかくじかじか”で妥協させるような内容だが
「なるほど、とりあえず“かくかくじかじか“の事で良いのですね」
「はい、いわゆる一つの“かくかくじかじか”です」
「俺は何が何だか知らないが“かくかくじかじか“で納得する方が利口だ」
これ以上“かくかくじかじか”な事を説明する事は虚しい事だと玲也はさすがに着る物のない3人へ服を用意する為、地震の影響で散らかったタンスを探る。
「そ、そこの殿方!」
「何だ。あと俺の名前は羽鳥玲也、殿方と呼ばれる事は好きではない」
「れ、玲也……あのですね」
エクスはバツの悪そうな顔をしながら玲也へ呼び掛ける。相変わらず恥ずかしい様子の彼女だが、何か慣れたのだろうか恥じらいにより激昂したい気持ちはそれなりに平静だ。
「こうも魅力的な姿の私がいるのですよ! 玲也は落ち着いていられるのですか!?」
「……どうして?」
「ですから、私は一糸まとわぬ姿でして! この髪も! この瞳も! この肌も! この胸も!それからそれからでして……!!」
「……何故?」
「で、ですので、その……なんで! 私は絶好の獲物かもしれないんですよ!?」
「……はい?」
エクスは明らかに何か玲也に何か言いたい様子だが悲しい程、玲也が本心を理解してはいない。このままでは余計厄介なことになるとミュウが慌てて二人の間に割って入り、一方でエクスをなだめて、もう一方で玲也に彼女の話したいことを説明した。その内容は若干恥ずかしい様子であり赤らめていたが。
「あぁ、なるほど。つまり空から裸の女が降って落ち着いていられるのが不思議ということだな」
「玲也さん……直球ですね」
「直球なのか……? そうはそうと俺が日頃から鍛えているからだな、落ち着いていられる事も」
「鍛えている……?」
先程から感情を乱すこともなく3人と接している理由はただ玲也が日頃から鍛えているとの答えしかない。二人がキョトンとするが玲也の表情はまっすぐ前を向き隠す所も飾る所も何もない。瞳はしっかりと輝きを宿している。
「そうだ。俺は父さんのようなゲーマーを目指している。だからゲーマーとしては普段から平常心を意識する事が大切。変に感情に走るとミスをするからね」
「な、なるほどです。私からは恥ずかしいのですが……あれ?」
玲也の語り口調はどことなく優しい。彼の真っ直ぐな夢に向けての想いにミュウが首を頷きながら感心していた所、隣のエクスは顔を赤くしながら服を探している玲也の後ろ姿に視線を集中させていた。
「エクスちゃーん、聞いています?」
「ハッ……ミュウさん、大胆で落ち着かれていて夢に向けてひたむきに進む姿勢の殿方。この私は出会った事もありませんでしたのよ」
「……まさか」
「あんた達!どうしてそこまで馴染んじゃってるのよ!!」
――明らかにエクスの声の色が猫なで声のように甘く聞こえる。ミュウはエクスの様子から彼女に何があったかと察し始めていた時、ようやく落ち込みから回復したフレアが会話に割って入ってきた――彼女を支配する感情は再び怒だが。
「言っとくけどね、知らない所のあいつとあたし達これからずっと一緒なのよ! あいつ、まだ子供で頼りにならないでしょ!!」
「でもフレイちゃん。まずこういう所ではどうすれば良いかもありますし、あの人結何か只者ではないような気もしまして……」
玲也に対して心が全く傾いていない人物はフレアだけだ。彼女はこれからの運命を彼とともにする事が不快でならない様子。ミュウからすれば彼との行動も悪くはないとフレイをなだめている時だった。
「そ、そうですわ! フレイさん、あなたは男を知らなさすぎですわ!!」
「はぁ? 何よ、あんたどういう了見のつもりなのよ!」
エクスが立ち上がった。彼女は今から自分が言う事が素晴らしい内容であると自分で意識しながらスッと息を吸って高らかに主張を開始しようとした。
「お前達、これぐらいしかないが」
だが、玲也が明らかに空気を読まずに彼女への着替えを持ってきた。だがその着替えを見るや否やミュウが言葉を失い、エクスはそれだけではなく再び怒りが頭を向いてきたと自覚できていたようだ。
「何バカやってるのよ! あんた!!」
彼女の両手は凶器と言わんばかりに、今度はビンタが玲也の頬を襲おうとする。今度も受けてはならないと彼は背の低さを活かして少し身をかがめてこの人間凶器から我が身を守った。
「仕方がないだろう。俺の父さんの服も母さんの服も着せる訳にはいかないからな」
「だからと言いまして玲也さん……その服は」
ミュウが指摘する通り、彼の持ってきた服とはランニングとトランクスの3組だ。どちらとも明らかに男の下着であり、トランクスをローティーンの少女に穿かせる事を思いつく玲也はよほどの鈍感か確信犯のどちらかしか想像できない。本人が何とも悪びれていない所もどちらが当てはまるかわからない。
「最低! 鈍感にも程があるわよ、あんた!!」
「そうですよ。エクスさん、あなたも……ってええ!?」
「す、凄いですの……」
この時点でエクスの行動だけは常軌を逸脱していた――彼女は目が軽くあらぬ方向でトランクスを両手で広げるように持ちながら、すぐにも顔へと寄せ付けようとしているのだから。
「まさかこうも大胆なお召し物を私に託すなんて……大胆な求愛ですの!!」
「え、えええええ……何かわからない方向に話が傾いてしまっています」
「わからない方は俺だ。俺は別に病気持ちでもないし、別に俺は他人が履こうともな……」
その瞬間、玲也の男を象徴する部位に激痛がほとばしった。無意識だろうが悪意があろうが今の彼は女からすれば屈辱的な行動をしているのだから。この場にいる女性を代表してフレイの蹴りはクリティカルヒット。かくして4戦2勝2敗。
「玲也さん、すみませんがせめて新品の下着で……」
「仕方ない……女というものはこうもうるさいものだろうか」
「玲也様! 私は別に構いませんのよ!!」
「あぁそう……」
エクスの変に偏ったアプローチにレイヤは頭が痛くなるような感じだ。新品のトランクスを探すことにするが、そういえば一人分しかなかったようなと脳裏にふとよぎった事を後ろの3人が知るはずもない。
「ふふふ、玲也様と私はこれからずっと一緒ですからね……おまけに二人がいる訳ですが」
「お前も一緒……ん? そういえばさっきから一緒に戦うようなことを言っていたが、おいフレアどういう意味だ?」
アクシデントのような初対面から核心をつく話が全く出てこなかったが、ここで“一緒に戦う”事について玲也はとうとう聞くこととする。
これに第一人者のフレアが若干苦い表情を浮かべ、それから何をすれば良いかと考えたが良い方法が思い浮かばず肩を落とした。
「……あんた、バレていたのね」
「フレイちゃん、結構大声で話していましたからね」」
「そうですわ! ささ、玲也様折り入って重要な話ですが、私貴方を相手に本心を打ち明ける事が出来そうですの!!」
「……エクス、お前随分と嬉しそうだな」
ここでエクスからどうぞ、どうぞと言わんばかりに自分の椅子へ招かれ、ちょこんと彼が座れば3人が彼の目の前で構えて本題に移ろうとしていた。
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「つまりお前がその、ハードウェイザーであって。俺はお前達3人と一緒にバグロイヤーと戦わないといけないという事なのか……?」
玲也がざっと聞いた話とは、本来フレイ達3人はハードウェイザーとして、PARへと送られるはずだったが、何らかのアクシデントで玲也のインターネット回線と混線を起こして彼の部屋にPCを介して現れてしまった事。
そして3人のブザーを止めた事で玲也は彼女たちのプロテクトを解除してしまいプレイヤー、いわばパートナーとして認識されてしまった事。
「そうよ玲也。あたしフレイ・ステーシアのブレストと」
「勿論!玲也様。この私エクス・フォックスのクロストと」
「そして私ミュウ・リンテッドのウィストを合わせて3機です。玲也さん」
かくして玲也はこの3人のハードウェイザーのプレイヤーとして任命された訳で、学の言っていた宇宙の侵略者バグロイヤーから地球と宇宙の平和を守らなければならなかった事も付け加えなければならない。
「ま、まさか俺が当事者に……さすがに考えてもいなかった」
さすがにこればかりは玲也の平常心にゆらぎが生じた。トップゲーマーを目指す夢を前にハードウェイザーのパイロットとして戦う事は大きな支障となってしまうと判断したからだ。
何が原因でこのような不都合な事が降り注いできたのかと、玲也の姿勢が崩れ落ちようとした瞬間、ふとTVのリモコンに肘が当たり画面が点いた。
「何だと、マグニチュード9.6……?」
TVのニュース番組ではキャスターが血相を変えながら、日本だけではなく世界全体の規模で相次いで発生する地震について報道が行われていた。現地の映像は爆破の連鎖が街を襲い、火炎と白煙と瓦礫の渦を捲き上げる。まるで戦争映画で目にした戦場のような有様だ。
ちょうど先ほど玲也が経験した地震の情報も速報で紹介され、幸い武蔵野地区の震度は3だが、日本では6が発生した場所も存在している。他国を見れば震度8という、半端ない被害を被った地域まで存在した。
「あの地震……これだけの広範囲で起こるとは有り得ないと思うが」
「そうなのですか? 玲也様」
「あぁ。確か日本の地震はユーラシア、北米、フィリピン海、太平洋プレートで構成されているが、世界のプレートは全部で15枚程存在する。」
腑抜けた様子から一転して、ニュースに対し玲也はふと疑問を感じて考える。勉強はしないと先ほど述べたが、彼の口からは理知的な内容が飛び出してきた。この一面を見たミュウが思い出したかのように手をポンと叩く。フレアとエクスは口を明けたままなのだが。
「そうです玲也さん。確か私は地震はプレート同士がひずみを起こして発生するものと聞いたことがあります」
「そうだ。世界規模で地震が起こる事を考えると、その15枚で同時に起こるということになる」
「さ、流石ですわ玲也様!私も理解していましたが!!」
「あんた、本当に知っていたの?」
エクスの知ったかぶりかもしれない発言へフレアが軽くツッコミを入れた頃、玲也が首を傾げる。全てのプレートが相次いでひずみを発生させる現象は有り得ないのではと考えていたからだ。
『どうやらこの連続自信の原因が分かりました。大気圏外に存在する遠隔振動発生装置からの信号によるものです!』
「大気圏外に地震の発生装置があるのか?」
『おや、情報が新たに入りました。只今PARからハードウェイザー5機全て出動したとのことです』
その遠隔振動発生装置はダミーがいくつも用意されている為、素早く探し出すことが求められているとニュースで玲也達は聞いた。この時点で玲也の反応は何もなく、真っ先に立ち上がった人物がフレイだ。
「どうやらバグロイヤーの仕業と見たね!」
フレアは部屋に備えられたベランダの窓を開けて見つめる。すると薄暗い夜を当たりをキョロキョロ見回しながら何やら絶好の場所を見つけた様子で期待の笑みを浮かべる。
「おい、フレア、お前は今から何をするつもりだ、どのような了見だ」
「決まっているじゃない!早速あたし達新型ハードウェイザーの実力を見せる機会よ!!」
「ハードウェイザーだと?そうは言うが、そのロボットはどこにもいないはずだ!!」
「黙ってあたしに従いなさい!!」
フレアの切羽詰った様子もある真剣な表情での叫びには、玲也の平常心は押され気味でただ彼女の言うとおりにする事を選ぶ事が無難と今は判断した。
しかし、学が言っていたとおりハードウェイザーとはいわば巨大ロボットだ。その巨大ロボットと関係がある彼女達だがその巨大ロボットが今どこにあるかわからない。もしかすればどこかから呼ぶのではないかと感じた玲也だが、次の彼女の行動を目にした瞬間、それも違うと彼は直感した。
彼女がベランドをめがけて部屋の一番奥からまっすぐ進み、勢いよく野外へ飛び出した―落ちたのではなく飛んだとの表現が良い。彼女は人間離れした想像以上の跳躍力を見せて落ちる気配を見せない。
「フレアが飛ぶとは俺には良くわからない。何があったと言うのだ……」
「さて、玲也様私たちも飛びますわよ」
「飛ぶとは?」
――飛ぶとは何か。
わからない玲也をよそにエクスが自分より背の低い彼を抱き上げながら――まるで立場が逆なお姫様抱っこの姿勢で勢いよくフレアの後を追う模様だ。
「ごめんなさい玲也さん。ハードウェイザーはプレイヤーが一緒でなければまともに動かないのです」
「ふふふ、私と玲也様の愛の営みが始まる訳ですわね」
「何をドサクサにまぎれて変なことを言う……おわ!」
「フレアさん、今回ばかりは美味しい役を奪われましたがこの先に挽回する機会はいくらでもありましてよ!!」
自分がどうやらハードウェイザーを操るいは必要な存在だが、それでも良くわからない模様。
けれども玲也はエクスに抱えられながらとうとう飛ぶことを味わう。猛烈な勢いで過ぎ去っていく真下の景色には玲也はただ言葉を失い、今はこの未知なる我が身の運命をハードウェイザーと呼ばれる3人の少女に託さなければならないと気づくのだった。
「フレアちゃんもエクスちゃんも行った……私も行かないと」
二人の飛ぶ様子を見送ったミュウだが、彼女も飛ぶ覚悟を示す。部屋の奥まで助走を付ける為に移動した訳だが、それと同時に彼女はふと疑問を気づき、ベランダの窓へ歩いて近づき、鍵を締める事を選ぶ。
「いけません。このどさくさに紛れて窓を開けっ放しにしますと盗難被害に遭うかもしれないです。出来れば窓以外から出たいですからね」
ハードウェイザーで出撃しなければならない事態に、家の防犯を意識する余裕があるのだろうかと疑問に感じるが、少し気弱なミュウは人一倍心配性のようだ。共に戦う玲也のことを考えると家の守りを疎かにすることは失礼だと判断したのであろう。
それから彼女は玲也の財布に備えられたいくつもの鍵を目にしてポンと手を叩く。
「ちょうど良かったです。おそらくこのどれかが玄関への鍵ですね」
彼女は玲也に後でしっかり返しますと心の中で約束しながら鍵を手にして階段を急いで降りる途中だった。この夜にチャイムが鳴って足をピタリと止める。
「……こんな時にお客さん。誰でしょうか」
「おーい!玲也―!! ハードウェイザーが出撃した訳で一緒に最前線の中継へ行こうぜー!!」
ミュウは知らないが、この時点ではおそらく最悪の客が来たと言っても良いだろう。
雑木学。彼はタクシーの中での一件を少なからず意識していたのだろう。玲也にハードウェイザーを知ってもらおうとの友人としての心意気は、友人の事情を知らずに行っている時点ではた迷惑――その事情を知れと他人に言うことは無理があるのだが
「えええ!? タイミングが悪いですよ……」
「嫌でも連れて行きたいぞー!ハードウェイザーは凄いんだよ!!」
「あわわわ、どうしよう、どうしよう」
「よーし、無駄な抵抗はやめなさい羽鳥玲也君!さもなければ鍵を開けるぞー!!」
「えええええ!?」
その事情を知らない友人の忍耐は限界に達しているのだろう。彼の勧告同禅の言葉にミュウはアタフタするが、思い切ることを選び鍵を横から縦に回す。
「おっ、玲也じゃ……ない?」
「玲也さんは只今外出中です! そして私もこれから外出しますから羽鳥家は留守です!!」
ミュウが尋常ではない表情で学へ強く言いつけながら戸締りをして猛烈な勢いで走り出す。彼女のスピードもフレアやエクスの跳躍力に勝るとも劣らぬものがあり、目の当たりにしていた学は“身近で凄いものを見た“と言わんばかりの表情で彼女を見送ることとなった。
「あれ、玲也は留守だが、あんな女の子、家族にも友人にもいたっけなー……おばさんのコスプレにしては少し若すぎるような気もするしなー……」
その後学は並外れた身体能力を持つ彼女に対して見覚えがないと疑問を抱く。
「おっと、それはそうと現場中継へ出発しねーとな。もしかしたらあの子も玲也も先に向かっているかもしれないしなー!!」
だが、学は見当違いの答えを下して彼女の謎を気にすることはやめた。その考えに至るまでの速度はおそらく1ミリ秒だ。
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「しかしお前……どれだけ凄いジャンプ力なんだ!」
「玲也様、私たちハードウェイザーは只者じゃないのですわ」
「そうなのか……何が何か先が見えないが」
「……ごめんなさい玲也様、私たちも使命を背負っているのですわ」
飛びながらエクスはまるで自分の手の内に今は収まった玲也へ相変わらず甘い声をかけるが、その中には必ずしもこれから先が楽しみばかりとは限らない様子も見て取れる。
玲也が彼女の顔を目にしたかどうかわからない。声は聞こえたがそのトーンの変化で彼女たちの背負った秘密をまだ知る事は難しかった。
「それはそうとフレアさんがハードウェイザー・ブレストを電送しますわ。気をつけて」
「電送?フレアの奴がどうなる訳なんだ」
「見れば分かりますわ」
玲也の視点は目の前を飛ぶフレアに向いた。もはや陽が完全に落ちて満月が昇る夜に彼女の体は照射されているのか、不思議と目標場所まで飛ぶ彼女の姿をはっきりと捉える。
「このあたりならギリギリなんとかなりそうね。あの遊具とかはちょっと潰してしまいそうだけど」
小学校の校庭にもはや人は一人だれもいない上、校舎の灯りは完全に消され門には厳重な鍵がされている。
そして遊具は校庭の外に集中して置かれてはいるものの、運動会用のスペースとも言える中央には障害物が存在しない――絶好の場所だ。
「電装ダウンロード完了!」
フレアが自分の胸に目を向けるやいなや胸に円盤状の光が映し出されて激しい回転音が体の中から静かに込み上がっていく。そして徐々に自分の体が地面へ落ちていく事に気づいた瞬間――ハードウェイザー起動へのプロテクトが遂に解除された。
「ハードウェイザー・ブレスト、電装インストール!!」
瞬く間に彼女の体を中心に幾多もの光の線が照射された。
光の線は縦へ、横へと軌道を描き点と点が結びついて線になり、線と線が結びつけば面となる。
やがて、幾多もの面が巨大な人のようなフレームを構成した時、透明の面からはそれぞれ異なる色の面が移り、フレームの中で一つにまとまりながら彩られていき、胸部に存在するフレアの姿も面に彩られる形で完全に密閉される。
「ブレスト、電装インストール、100%! 不要データ、アクション&アンインストール!!」
電装インストールが完了した時点で、フレームの中で彩られた面が一つの像を完成させる。
そして“アクション&アンインストール”との叫びを受けてフレーム内で像が動き出して無職のフレームを突き破った瞬間、遂に大気圏内でハードウェイザー・ブレストが姿を露にした。
「フレアの奴! ロボットに変身した!」
「玲也様気をつけて前が!!」
「なんだと、うわぁぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間、玲夜の意識はばったりと途絶えた。ただブレストの左手の中に包み込まれるような姿がその時の彼が目にした最後の光景だった。
「ど、どうした何が起こったんだ!」
「あいつ、見たこともないハードウェイザーだけど、どうしてこんなところへ!?」
だが休む間もなく、夜中ひょっこり外に出た野次馬たちに眺められながら、全長53m、重量220tのハードウェイザー・ブレストが命を宿す。
彼の瞳は真紅の色を放ち、やがて金色の光に切り替わる――その瞳に宿る光は戦いへ赴く者が込めた怒りか、それとも混沌の大気圏に希望を見出す決意の瞳だろうか。
「最新ハードウェイザー・ブレスト、このデビュー戦は白星で飾ってみせるわ……!!」
漆黒と白銀で構成された全身の鎧に身を固めてもなお、ブレストの有り余る力は金色に光る二本の角に宿ろうとしている。その彼がこの夜空にて赤い稲光と化して野次馬から姿を消した。
そして新たな観客の待つ宇宙に、黄金の角を前面に突き出しながらブレストは、そして玲也達は戦いへと身を投じた……!!
第1話終わり 第2話へ続く
次回のハードウェイザーは……
玲也「俺達の勝利条件は遠隔振動発生装置を破壊することだ!全ては把握していないが何、戦いの中で掴んでいくつもりだ」
フレイ「と余裕だけど玲也、バグロイヤーのエレクロイドが現れて大ピンチなんだよね」
ミュウ「ただ、こちらの方にも援軍が到着するようで、必ずしも不利とはいえないようです」
エクス「何れにせよ玲也様がしっかり活躍してくれるはずです!そうですよね、玲也様?」
玲也「あぁ、その通りだ。次回、電装機攻ハードウェイザー「飛べ玲也、吼えろブレスト!ステージは宇宙だ!!」にさぁ、勝利のフラグを立てろ!!」