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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
砂漠の王国と革命軍
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砂の王国と革命軍 8

  8


 宿は、案外容易に見つかった。

 しかしそれも大輔がこの地域の言葉を自由自在に操れたからで、もし言葉が通じなければ、いまでも町中で右往左往していたにちがいない。


 大輔たち四人は、民家とまったく見分けがつかない宿の部屋をふたつ借り、そのうちの片方に集まっていた。


「さて、さっそく作戦の説明をしようと思う」


 大輔ひとりが立ち、燿、紫、泉の三人は床に座り込んで大輔を見上げている。


「まず、作戦名を発表する。作戦名、ジーニアス。つまりぼくである」

「先生」


 紫がすっと手を上げる。


「作戦名の変更を要求します。その作戦名は絶対に嫌です」

「ではスーパー・ジーニアス」

「普通に作戦アルファでいいんじゃないですか」

「おもしろくないだろ、そんなの。やっぱり作戦名はジーニアスだ。いいか、この作戦の主役は、ほかならぬ生徒諸君だ。先生はとりあえず危険な目には遭いたくないので、この部屋で待機する」

「ええっ、そんな理由で!?」

「七五三、なにか問題でも? いいか、ぼくたちはいま完全に独立したひとつの班だ。班長はもちろん、教師でありそして人類最高の叡智でもあるぼく、大湊大輔である――神小路、そんな顔するなよ。ピーマンを無理やり口に突っ込まれたみたいな顔だぞ」

「まだそのほうが一京倍マシですよ」

「そんなに!? まったく、神小路は冗談が上手だなあ、あっはっは」

「いやマジで冗談とかじゃないんで」

「神小路、目が怖いぞ。先生、びびっちゃうぞ」


 ごほん、と大輔は咳払いする。


「作戦ジーニアスについての説明を続ける。作戦の概要は、配った冊子のとおりだ」

「せんせー、こんな紙、どこで用意したんですか?」

「そういう突っ込みは受け付けない。まず1ページ目を開くように。作戦決行はぼくの時計で一六〇〇。隊員である七五三、神小路、岡久保のいずれか一名が王宮へ潜入する。王宮には各国から国王級の客が集まっているというから、ほぼ間違いなく、夜のうちはパーティーないし懇親会が開かれるはずだ」

「わあ、王族のパーティー!」

「ふふん、魅力的だろう? おまえたちのいずれかはそこに潜入し、パーティー客にまぎれて情報を収集する。そして必要な情報を収集し終わり次第、王宮から脱出して宿に戻ってくる。翌朝、その情報をスルールに伝えた時点で作戦は終了である。ここまででなにか質問は?」

「あの、先生」

「なにかね、岡久保くん」

「わたしたち三人の、いずれか一名って書いてありますけど、これってだれでも構わないってことなんですか?」

「そう、三人のうちのひとりならだれでも構わないが、まあ、冷静さやらなんやらを考えれば、神小路がいちばんかと――」

「先生先生!」

「うるさいぞ、七五三」

「あたし行きたい! あたし、パーティー出たい!」


 あのな、と大輔はため息をつくが、爛々と輝いた燿の目を見ると、無碍に断ることもできなくなる。


「王さまたちのパーティーとか、一回出てみたかったの! もうこんなチャンスないかもしれないし、ね、先生、あたしでもいいでしょ? いいよね?」

「うーん、まあ、別にだれでもいいっちゃだれでもいいけど、七五三はなあ……」


 大輔はううむと腕を組む。

 三人のいずれか、と言いながら、本当ははじめから紫を想定していたのだ。

 紫はこの三人のなかではいちばん魔法や一般教養の成績もよく、冷静に物事を見ることができる。

 成績では泉もほぼ同じだが、やはり引っ込み思案で大胆さに欠けるし、燿に至ってはなにをしでかすかわからないという、指揮官にとってはもっとも扱いづらい人材である。


 しかしどうも、やる気では燿がいちばんらしい。

 大輔はすこし考えたが、結局うなずいて、


「それじゃあ、おまえが行くか、七五三」

「うんっ。やった、パーティーパーティー!」

「仕事だけどな。本気でパーティーを楽しむ余裕はないと思うけど、ま、そんなにやる気ならやってみるのもいいだろう」

「先生、ひとつ質問があるんですけど」


 今度は紫である。


「先生はどうしてそんなに気持ち悪いんですか?」

「え」

「あ、間違えました。パーティーに潜入するっていっても、燿はもちろん、わたしたちはだれもここの言葉を喋れませんよ。どうやって話を合わせたり、情報を聞き出したりするんですか?」

「うん、正しい質問と間違えた質問にまったく共通点を見いだせなかったし、先生ちょっと泣きそうだけど、その点はちゃんと考えてある。三人のうち、ひとりはジーニアス作戦に従って潜入するが、残りのふたりには別の作戦が与えられる。冊子の三ページ目を開くように。王宮に潜入しなかったふたりは、そのままこの宿に残り、引き続き魔法で潜入したメンバーを補佐することになる。ちなみにこの作戦の名はクールである」

「あまりにダサすぎてもはや言葉もありませんけど、魔法で補佐するってどういうことですか?」

「神小路が言ったように、大天才であるところのぼくとちがって、おまえたちはここの言葉がわからないだろう。そのために、ぼくが通訳になるんだ。つまり潜入した側の声をこっちに流し、こっちの声を潜入したメンバーに流すってことだな。その魔法を常に維持し続けることがクール作戦である」

「そんな魔法、あるんですか?」


 泉は首をかしげて、


「わたしたちが持ってる魔術書には、そんな魔法載ってませんけど……」

「おまえたちが持ってる魔術書は基礎だからな。安心したまえ、きみたちはこの超絶ウルトラ級の天才頭脳がついているのだ。現存する魔法、魔術陣のほとんどすべてはぼくが覚えている。ま、天才にかかればそんなことは大したことでもないけどね」

「うわあ、金属バットでフルスイングしたい」

「神小路、そんなことをしたら先生は死んでしまいます。先生が死ぬということはつまり人類最高の知性が失われることであり、これはもう宇宙的大損害といってもよく」

「せんせー、質問!」

「……おまえも結構ぼくを蔑ろにするよなあ、七五三。なんだ、いったい」

「あたし、どうやって王宮のなかに忍び込むの?」

「それはだな、変身の魔法を使おうと思う。本当はぼくが変身して潜入してもいいんだけど、そうなるとこっち側の指揮がなくなるからな」

「おー、変身……あ、あたし美少女になれる?」

「なれるけど、その必要はない」

「えっ、そ、それはあたしがすでに美少女だからってこと? もー先生ったらー!」

「いやまったくそういう意味じゃないし。なんていうか子どもがなに言っちゃってんのちゃんちゃらおかしいってな具合だし」

「う、うう、先生がいじめる……」

「変身のことは、まあいいけど、これはジーニアス作戦とクール作戦が完全に成功しなきゃいけないんだ。危険はジーニアス作戦のほうが高いが、裏で支えるほうも楽じゃないぞ。なにしろできるだけ長時間魔法を維持しなきゃいけないからな」


 大輔は三人の生徒たちを見回した。

 緊張したようにごくりと唾を飲み込んだのは泉だけで、燿と紫はとくに脅しが効いた様子もない。

 本当にこいつらで大丈夫かな、と大輔は首をかしげたが、いまはこの三人を使って乗り切るしかないのだ。


「授業でも習ってるとは思うけど、ダブルOの活動は常に危機がつきまとう。それは、自分の危機とは限らない。自分の失敗で大切な仲間の命が危険に晒されるときもある。今回も、とくにそうだ。宿に残ったふたりが失敗すれば、単身で潜入している七五三の危険はぐんと増す。また七五三がしくじって捕まろうもんなら、ぼくたち三人の身柄も決して安全じゃなくなる。自分を守るというより、仲間の安全を第一に考えるんだ。自分の身は、だれかが考えてくれる」

「先生、大丈夫だよ、そんなこと言わなくたって」


 燿は、この状況でもにっこりと笑ってみせた。


「あたしたち、ずっと三人で授業も実習もやってきたんだもん。このふたりなら命を預けたってぜんぜん平気」

「……ま、そういうことね」


 紫がすこし照れたように呟くと、泉もうなずいた。


「大丈夫、失敗なんか、絶対しない」


 ふむ、と大輔はうなずく。

 どうやら三人のあいだに問題はなさそうだという安心と、燿も見た目ほどはばかではないというふたつの安心が重なって、希望への道筋がすこし歩きやすくなった気がした。


「それじゃあ、もうぼくから言うことはないよ。あとは全力を尽くすのみ、だ。正確にはダブルOの任務ってわけじゃないけど、二年でこの実戦を経験するのはおまえたちがはじめてになる。同級生よりもワンランク上の経験ってやつを楽しんでこい」


 格好いい台詞が決まった。

 大輔はふふんと自慢げな笑みを浮かべたが、燿はなぜかもじもじして、紫の目つきはいよいよ冷たくなり、泉もそっぽを向いている。

 どうしたのかと思えば、燿がぐふふと笑い、


「せんせー、ケイケンだなんて、えっちなんだからー」

「は?」

「セクハラとはほんと勘弁してほしいわ。ただでさえ死ぬほど鬱陶しいのに」

「いや、なにを」

「先生……ちょっと、軽蔑です」

「岡久保まで!? いや、別に変でもなんでもない普通の言葉だっただろ」

「まー、せんせーの気持ちもわかるけどね。美少女三人といっしょでさー」

「いやいやおまえたちにぼくの気持ちはこれっぽっちも理解できないだろうし、ぼくもおまえたちの気持ちはこれっぽっちも理解できないけど」


 いわゆるひとつの思春期というやつなのか、だとしたらそんな面倒はものは消滅してしまえばいいのにと思う大輔だったが、とにかく作戦の方向性は決まり、あとは実行に移すのみになる。

 そのころには、空もゆっくりと暗くなりはじめていた。



  *



 双日とは、ふたつの太陽がともに空にある日を指して言う。

 大小ふたつの太陽は、当然それぞれ距離がちがうため、天球をめぐる速度もちがう。

 だいたい大きい太陽はちいさい太陽が一周するあいだに六周する、つまり大きい太陽のほうが六倍早く動くというわけで、大きい太陽が沈んで夜になっても、ちいさな太陽はまだ空の上で粘っていた。

 そのため、夜とはいっても、まったくの暗闇ではない。

 ようやく空が白んできた早朝のような、曖昧な灰色の光が空を照らしている。

 大輔は窓の外をちらりと見て、そろそろだと考えて、宿の床に魔術陣を書きはじめた。


 白い床に、拾ってきた黒い石でがりがりと筋をつけていく。

 宿の主人に見られたら大目玉を食らうだろうが、いまはそんなことも構っていられない。


 魔術陣は恐ろしい速度で描き上がっていく。

 普段、大輔のことを二、三十階の高さから見下している紫も、こと魔術陣に関しては大輔のことを認めざるを得なかった。


 魔術陣とはそもそも、人間が扱うにはあまりにデリケートなものである。

 ほんの数ミリのずれでも反応せず、ほんのすこしの直線の歪みがまったく別の効果を生み出すこともあり得る。

 正しい魔術陣を描くには、機械のような正確さで線を引かなければならない。

 それでいて機械で描いた線には魔法も反応を示さないから、どうしても人間が描かなければならないのだが、ほとんどの魔法使いは本を片手に時間をかけて魔術陣を描く。

 魔法は、ある意味では万能だが、即効性という意味ではなんの役にも立たないものなのだ。


 しかし大輔はちがう。

 大輔は本も見ず、まるで地面に予め描いている線をなぞるように、一度で的確な魔術陣を、ものの一分程度で描き上げる。

 それは一流と呼ばれる魔法使いたちにもできない、大輔だけが持つある種の才能だった。


「よし、できたぞ」


 宿の床には、あっという間に複雑な魔術陣が出来上がった。

 印刷したように完璧な円や図形は、何度見ても見とれてしまうような美しさがある。

 天才と自称するのにも一応の理由はあるのである。


「これは変身の魔法だ。呪文はぼくが言うのを、そのまま繰り返せばいい。王宮に潜入する燿はこの真ん中に立って、残りのふたりはそれぞれこの位置に立つんだ」


 大輔の指示どおり、三人が動く。

 円でできた魔術陣の中央に燿が立ち、それを紫と泉で挟み込むように陣取って、ふたりは手をつないだ。

 ちょうど紫と泉の腕のなかに燿がいる形である。


「変身できる時間は十分程度だ。変身したら寄り道せずまっすぐ王宮へ向かうこと。わかってるな?」

「うん、大丈夫」

「よし――じゃ、やるぞ」


 大輔は唇を薄く開き、言葉にならない言葉を呟いた。

 すかさず紫と泉がその抑揚を真似する。

 ふたりの体内にある魔力はつないだ手を伝って衝突し、それが発散されて、部屋のなかに満ちていく。


 強い湿気のような、どろりとしたものが空気中に混ざり込む。

 それに反応して魔術陣が淡く輝き、魔力が爆発的に広がった。

 魔術陣の三人を中心にして光が満ち、それが中央にいる燿に集中して、姿が見えなくなる。


 大輔は目を細めながら魔法の成り行きを見守っていた。

 魔術陣を敷いたのも、呪文を教えたのも大輔だが、魔法を発動するのは大輔ではない――自分には達成できないその奇跡を、冷静に観察するような目で見ている。


 やがて、光がぱっと飛び散った。

 眩しさに細めた目を開くと、そこにいたはずの燿の姿がなくなっている。

 代わりに、


「きゃあっ」


 黒い蝙蝠が一匹、室内をぱたぱたと飛び回っていた。

 泉が悲鳴を上げ、紫に抱きつく。

 紫はそれを受け止めながら、けらけらと笑った。


「格好いいじゃん、燿」


 蝙蝠は抗議するように紫のまわりを飛び回った。

 大輔はさっそく描いた魔術陣を消し、その上から新しくまたがりがりと描きはじめる。

 そのあいだも蝙蝠は落ち着かないように飛び回っていたが、魔術陣が描き上がると、その中央に降り立つ。


「よし、次だ」


 泉と紫は再び手をつなぐ。

 先ほどとすこし似た、しかしまったくちがう魔術陣で、呪文もまた大きく異なっている。


 連続した魔法の使用は使用者の負担が大きくなるが、泉と紫は危なげなく成功させる。

 蝙蝠に化けた燿は魔法が終わるとすぐに窓から外へと飛び出していった。

 大輔はそれを見送り、室内に残り、まだ魔法陣のなかで手をつないで目を閉じているふたりを見て、第一段階は成功だと息をつく。


「さあ、ここからが本番だぞ。ふたりとも、頼むぞ」


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