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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
砂漠の王国と革命軍
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砂の王国と革命軍 5

  5


 スルールは、雷を調査しにいって異世界人を連れて帰ってきた三人に驚いたが、同時にこれは神の救いとも感じた。

 異世界人は全部で四人である。

 どれも若く、うち三人は少女で、もうひとりは若い男だ。


 少女のひとりはどうやら体調が優れないらしく、自分で立つこともできずに馬から降ろされ、そのまま涼しいテントのなかへ運ばれた。

 スルールは女たちに指示し、介抱させる。

 そのあいだに四人組の代表者らしい男に近づくと、その男もスルールを指導者と見たらしく、笑みを浮かべて片手を差し出した。


「はじめまして。今回は同行者が助けてもらって、本当にありがとう。感謝してもしきれないくらいだよ」

「――われわれの言葉がしゃべれるのか」


 男はにやりと笑い、スルールの手を強く握った。


「ぼくは天才なんでね、大抵の言葉はしゃべれるんだ」


 それが冗談かどうか、スルールには判断しかねたが、男のほうはどうやら大真面目らしかった。

 スルールはわずかにうなずき、


「女たちが言うには、きみの同行者は軽い症状だそうだ。しばらく涼しい場所で安静にしていれば治る」

「そうか――よかった。それでようやく安心できる」

「水ならたくさんある。好きなだけ飲むといい」

「ありがとう。しかし、不思議だな」


 男は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、スルールを眺めた。


「どうしてそこまで親切にしてくれる? いや、もちろんありがたい話だけどね。裏があると疑っても怒らないだろうね」

「――そう、裏なら、ある」


 スルールは話の主導権を握り損ねたことに気づき、顔をしかめたが、そのあたりはさすがに指導者然として、素早く切り替える。


「きみたちは向こう側の世界からきたと聞いた」

「そうだ。ただ、事情があって、向こう側の世界へ戻れなくなったんだけどね」

「ほう――そうなのか?」

「雷は見たかい?」

「その調査に馬をやったんだが」

「あの雷に、ぼくたちが通る扉をやられてね。こいつは困ったと思って砂漠をさまよってたら、運よく出会うことができた」

「なるほど、そちらにもいろいろ事情があるようだが、こちらも事情を抱えている。まず第一に、きみたちはおれたちがここにいることをだれにも話してはならない」


 男はうなずく前にキャンプを見回した。

 それほど広いキャンプではない。

 テントがいくつかと、荷物があるくらいのものだが、男の視線を追うと、男は的確にスルールが見られたくないと感じている場所――布がかけられた荷物や武器が収められているテントを眺めて、ふむふむとうなずく。


「もちろん、きみたちの指示に従おう。ぼくたちは助けてもらった身分だ。黙っておけというなら、もちろんだれにも話さない。しかし、決行はいつだい?」

「決行? なんの話かな」

「どこかに攻めていくんだろう?」


 平然と、男は言った。

 スルールは信念に裏打ちされた冷徹さで、男の挙動を見守っている。

 男はそれに気づき、危害を加える意志はないというように両腕を上げた。


「踏み込みすぎているかとは思うけど、ぼくたちにとっても重要な問題なんでね。きみたちはどこかへ攻め込もうとしている。それも、ごく近いうちに。ぼくたちはきみたちが行動を起こす前にキャンプから立ち去るべきだと思うんだけど、どうかな」

「――きみは、本当にただの男か?」

「能ある鷹は爪を隠す、という」

「なんだ、それは」

「ぼくの国の言葉さ。天才というのは、その瞬間まで無闇やたらに爪を見せびらかしたりしないという意味だ」

「ふむ、なるほど」

「だが、ぼくに言わせれば、そんなものは二流の天才だね」


 男はふんと鼻を鳴らす。


「人類最高の天才であるぼくからしてみれば、爪を隠す必要なんてまったくない。なにしろ、向こうがこっちの爪を見て警戒していたって、充分に屠れるだけの能力があるんだからね。だからこそぼくは宇宙レベルの超天才なのさ」

「……なにを言っているのかちょっとわからないが、とにかく、きみが優れた知性を持っていることはわかった。すくなくとも、一目見てわれわれの状態に気づく程度には優れているのだということはね」


 そうした視線で見てみれば、キャンプの様子は明らかに戦闘前の独特の緊張に包まれている。

 意味ありげに積まれた荷物に、だれも出入りする様子がないテント、武器は帯びていないが、どこか落ち着かない顔つきでうろついている男たちや、その目つきを見れば、なにか危険な展開を予期していることは明らかだった。


 しかし、スルールは作戦を知っているから、そう感じられるのだ。

 なにも知らず、一目見てその様子に気づいた男は、とても普通の感性ではない。

 鋭い観察力と想像力、なによりも常にそうしたものを働かせている理性を、強く感じさせる。


 もっとも、理性的な男は自分を宇宙レベルの超天才とは呼ばないだろうが。

 なんとなく、掴みどころのない男なのである。


「たしかに、われわれはいま、重大な使命を帯びている。正直に言えば、きみたちの存在はわれわれの行動の邪魔になる」

「わかっているよ。だから、きみたちが行動を起こす前に立ち去ろうと思ってるんだ」

「いや、その必要はない」

「その必要はない?」

「きみは、正義を信じるか?」


 スルールは男をまっすぐ見つめた。

 くだらない巧言を拒むように、瞳の奥を覗き込む。

 スルールの瞳には、強い意志がこもっている。

 仲間たちでさえじっと覗き込まれれば気後れするような視線を、男は平然と受け止め、むしろスルールの真意を探るようにさらに強く見つめてきた。


「正義という定義にもよるけど、重要な概念だとは思うよ」

「概念の話をしているのではない。信念の話をしている。きみは信念というものを信じるか。もっといえば、ある信念、すなわち正義のためには、なにかを犠牲にしても構わないと考えるか」

「――そうだね。まあ、異論はない」

「きみの仲間も同意見だろうか」

「さあ、それはわからない。ぼくたちは共通の思想があって行動を共にしているわけじゃない。意見が一致するところもあるだろうし、一致しないところもあるだろう」

「では、われわれの話を聞くかどうか、きみたちのなかで話し合ってくれ。もし話を聞かないのなら、すぐにでも立ち去ってもらう。もちろん、水や食料は分け与えよう。しかし町へは行かせない。ことが済むまで、砂漠にいてもらう。もしわれわれの話を聞くなら、われわれはきみたちを仲間と同じように迎えるだろう」


 スルールはそれだけ言って、テントのなかに戻った。

 すると話を聞いていたらしい仲間が寄ってきて、あたりの耳をはばかるように囁く。


「スルール、いいのか? あんな得体のしれない連中に作戦のことを教えて」

「まだ教えたわけではない。しかし彼は頭がいい。おそらくは、おれが言いたいことを理解しただろう。もしその上で理解を得られるのであれば、心強い味方になる」

「ふむ――たしかに手が足りない状況ではあるが」

「慎重に、しかし大胆に進まなければならない。失敗は許されないんだ」


 スルールは自分に言い聞かせるように力強く言った。

 砂漠に、乾いた風が吹き抜ける。



  *



 夜になり、異世界人たちは揃ってスルールのテントを訪れた。

 話を聞く、という結論に達したのである。


 スルールは客人として彼らをもてなし、運び込まれる料理を食べ終え、それらの後始末を済ませてから、話をはじめた。


「まず、改めて自己紹介をしておこう。おれはこのキャンプを率いているスルールだ」


 四人いる異邦人のなかで、言葉が通じるのは若い男だけらしい。

 男はほかの三人に通訳したあと、それぞれの名前を伝えた。


「ヒカリ、ユカリ、イズミ、そしてきみが、ダイスケだな――イズミ、体調はもうよくなったのか?」


 軽い熱中症で起こしていた泉は通訳を聞き、慌てた様子でうなずいた。

 まだ食欲はないようだが、顔色は決して悪くない。

 スルールもうなずき、


「普段よりも多めに水を取るといい。砂漠では、無理をしないことがいちばんだ」

「無理をさせたのはぼくの責任だ」


 大輔はぽつりと言って、スルールを見る。


「ところで、スルール、ぼくたちは話を聞くことに決めたんだけど、四人で聞いたほうがいいか、それともぼくひとりで聞いたほうがいいか?」

「四人で聞いてもらったほうがいい。できるだけ正確に、おれの言葉をほかの三人にも伝えてくれ」

「わかった。まあ、通訳の精度は任せろ。なにしろ――」

「きみは天才だからか?」


 スルールが笑うと、大輔はむっと眉をひそめた。


「まあ、そう怒るな。ちょっとした冗談だ」

「わかってるさ」

「ならいいが――さて、どこから話すべきか。まず、おれたちがどうしてこんな砂漠の真ん中でキャンプを張っているか、というところからはじめようか」


 ランプに照らされたテントのなかは、不気味に陰影が舞い踊っている。

 スルールは黒々とした髭を撫でながら、髭も生やしていない、どこか幼い顔つきに見える四人の異世界人を見回した。


「きみたちは知らないかもしれないが、この砂漠のなかに、ザーフィリスという国がある。このあたりではいちばん大きな町がある国だ。われわれはもともと、ザーフィリスの戦士だった」


 スルールの言葉を、その場で大輔が通訳してほかの三人に伝えている。

 その精度はスルールにはわからなかったが、まったく淀みなく話しているところを見るかぎり、心配はないようだった。


「ザーフィリスは、いまから三十年ほど前、大きな戦争を行った。キャンプにいる年長の人間は、みなその戦争に参加していた戦士で、おれたちのような若い人間は父親が戦争に参加していた者だ。ザーフィリスは戦士たちの活躍と神の加護により、戦争に勝利した。そこまでは華やかな話だろう」

「ここから先は華やかでない話になるってことか」

「まさにそうだ――ザーフィリスの国王、ナビールは、高らかに勝利を宣言したその日、戦争に参加していた戦士の一部に死刑を宣告した」


 大輔の通訳を通して、三人の少女たちが息を飲むのがわかる。


「理由はない。そもそも、罪などないのだ。死刑を宣告された戦士たちは、みな国王ナビールから直接の命令を受け、敵国に潜入し、あるいは敵陣のなかへ飛び込み、敵将の暗殺を実行した戦士たちだった。彼らはだれよりも危険な仕事をこなし、だれよりも祖国に貢献した男たちだったが、戦争が終わってしまうと、ナビールはなんの躊躇もなく戦士たちを切り捨てた」


 ランプの炎が揺らめく。

 スルールはランプをすこし閉じてから、話を続けた。


「ナビールが戦士たちを切り捨てた理由は、こうだ――暗殺などというのは野蛮で罪深い所業であり、輝かしい勝利の汚点になる。だから、なかったことにしよう」


 スルールの口から、思わず笑いが洩れる。


「いったい、なにが汚点なのか? 祖国のために命さえ投げ出し働いた男たちのなにが汚点となるのか。いや、過ちを犯したのはわれわれだった。ナビールははじめから、戦士たちを使い捨てるつもりでいたのだ。戦争に勝利した以上、もう勇猛果敢な戦士たちは必要ない。むしろそうした優秀な男たちを消すことで、自らの能力を誇示しようとした。

 われわれは王と仰ぐべき人間を誤った。悲しいのは、それでもなおナビールを信じ、殺されていった戦士たちが大勢いるということだ。いまこのキャンプにいる者は運よくナビールの粛清から逃げ出し、誇り高き戦士でありながら自分の国へも帰れなくなった男たちであり、おれたちは殺された戦士たちの意志を継ぐ者だ」


 スルールはゆっくりと息をついた。

 ぎらぎらと輝く目が、すこしずつ光を失って落ち着いていく。


「われわれはナビールに、そしてザーフィリスに、復讐するつもりだ」


 大輔はほとんど感情を込めず、機械的にスルールの言葉を通訳していた。

 それを済ませてから、大輔はスルールに言った。


「ナビール王の暗殺でもするつもりなのか?」

「ナビールだけではない。いま、首都にある王宮にはいくつかの国の王や代表者が集まっている。戦乱にある東の国へどう対応するかという会議をしているんだ。その会場へ、乗り込む。問題は、ただナビールを暗殺すればいいということじゃない。ザーフィリスに暮らしている人間は、だれもおれたち戦士のことを知らないんだ。戦時中から決して表沙汰にはならない部隊だった。だからこそナビールは、だれにも気づかれないうちに消してしまおうとしたんだ」

「なるほど。自分たちの存在を気づかせるってことか」

「そういうことになる。これは、単なる暗殺じゃない。革命だ」

「革命?」

「ナビールは王にふさわしくない。別のだれか、真の王にふさわしい人間が、その地位につくべきだ」

「真の王にふさわしい人間ね。それがつまりきみってことか、スルール」

「おれである必要はない。ナビール王のように過ちを行わない人間なら、だれでもかまわない」


 大輔はちいさくうなずき、


「それで、ぼくたちにその話をした理由を、そろそろ聞かせてほしいんだけど」

「きみたちは正義を信じる人間だと確信している。ぜひ、われわれの活動に協力してほしいんだ」


 スルールの目には活力があふれ、意志の弱い人間はついそれに巻き込まれてスルールの味方になってしまうようなところがあったが、大輔だけはその視線を受けても決して負けず、冷静に通訳を続けた。


「こっちとしては、危ないところを助けてもらった恩義がある。もちろん、その恩は返したい。ただ、見てのとおりこっちは子ども三人連れでね。危険な仕事なら、申し訳ないけど、断らせてもらいたい」

「危険というほどでもない。なにも、銃をとってだれかを撃てというんじゃない。首都と王宮の状況を見てきてほしい、ただそれだけだ」

「首都と王宮の状況?」

「国際会議が開かれているという話は、さっきしたとおりだ。われわれはそこに乗り込むつもりでいる。しかし細かな日程や場所に関しては、あまり情報がない。広場で会議をしていると思い込んで乗り込んだら、その時間は庭で食事をしていた、なんてことになったら困るだろう」

「たしかに、そいつはあんまりおもしろい状況じゃないね。でも偵察くらいなら、きみたちの仲間でもできるんじゃないか」

「おれもそう思っていたが、甘かった。いままで三人仲間を出したが、いずれも捕まっている。おれたちはいままでにもいくつか事件を起こしているから、向こうでも反逆者、ないし犯罪者の集団としておれたちを警戒しているんだ」

「なるほど――そこへきてぼくたちならだれにも顔を知られていないってことか」

「そう。きみたちには首都と王宮に潜入して、情報を取ってきてほしい。おれたちに恩を感じているというなら、言葉よりもそうした行動で返してくれたほうがありがたい」


 大輔はちいさく笑った。


「きみとは気が合いそうだよ、スルール」


 スルールもにたりと笑う。


「おれは現実的な人間なんだ、ダイスケ。打算できみたちを助けたわけじゃないが、その恩を利用することにはためらいを感じない」

「ぼくでも同じやり方をするだろうな。しかし、きみとは根本的にちがう部分もある。もしぼくがきみの立場なら、きみほどはぼくを信用しないだろう。だって、町へ着いたとたん、きみたちの情報を向こう側へ洩らす可能性もあるんだからね。むしろその確率のほうが高いくらいだ。きみたちは見たところ三、四十人の集団だけど、向こうはそれよりも規模の大きい国だろう。きみたちが成功する見込みより、失敗する見込みのほうがでかい」

「だから、おれは正義の話をしたんだ。どちらが高確率か、という問題ではない。どちらが勝つべきかという問題だよ、ダイスケ」

「わかってるさ。ただ、部外者のぼくたちには、その正義を正確に理解することはできない。正義というものは場所や環境によって異なるものだ」


 大輔とスルールは、性格的にはよく似た男だった。

 ふたりとも一度目的を設定すれば、それを達成するために全力を尽くす。

 目的に関わらないものを無視することにためらいを感じない、ある意味では冷徹な部分がある男である。


 しかし、ふたりが根本的に異なる部分もある。

 それが正義に関してだった。


 スルールにとっての正義は、あくまで実行に関する信念である。

 実践的、現実的な感情としての正義であり、いわばそれは体内で燃えるひとつの炎だった。


 しかし大輔から見た正義は、自分とは切り離された、観念的で冷えきった、ガラスケースに飾られたものだ。

 スルールの正義には、本物も偽物もない。

 自分が正義だと確信するそれが、正義なのだ。

 大輔の正義には真偽がある。

 あらゆる角度から観察し、精査して、どうやらこれは正義と呼ぶに値するようだ、と評価するもの、その厳密な観念が正義だった。


「正義とはなにか、という議論をしたいわけじゃないんだ、ダイスケ」


 スルールは努めて口調を冷静に保ち、辛抱強く言った。


「おれが聞きたいのはひとつだけだ。おれたちの正義を信じるか? それとも、きみたちはおれたちの正義を否定するか」

「否定はしないさ。きみたちの正義は、紛れもなく正義だ。正当性もあるんだろう。ただし、ぼくが、ぼくたちがまったくきみたちに同意することで行動を共にする、と思われるのは困る。きみたちが打算でぼくたちを助けてくれたように、打算的でいいなら、ぼくたちはきみたちに協力しよう。町に潜入して、その情報を流すくらいのことなら、たしかに協力できる。しかしそれ以上の、たとえばいざ戦闘となったとき協力してくれと言われても、ぼくたちは協力できない」


 大輔もまた、言葉を選んで慎重に話していた。


「きみたちの第一の目的は正義の達成だ。それは理解している。だから、ぼくたちの第一の目的も理解してほしい」

「なんだ、第一の目的とは」

「無事にもとの世界へ帰ることだ」

「ふむ――なるほど。向こう側への扉は、ほかにもいくつかあるのか?」

「世界中に一三六個確認されている。そのうち各国の政府が所有して、どちら側からも自由に行き来できないようになっているのが一一三個、残る二十三個の扉はいろいろな組織が管理しているけど、そこからもとの世界へ帰れる可能性はある」

「そうか。わかった、理解しよう」

「ではお互いに、相手の第一目的を邪魔しない範囲でなら協力する、ということにしようか。ぼくたちは町へ到着しても、自分の生存が危うくならないかぎり、きみたちの邪魔はしない」

「自分の生存が危うくならないかぎり、か」


 裏を返せば。

 もし自分の身が危険になり、スルールたちの情報を流すことで無事に生き延びられるとしたら、迷わずそうするだろうという意思表明でもあった。

 それに気づかないスルールではない。

 しかしそれは、本来言う必要のないことだ。

 なにがあってもきみたちの情報は流さない、と言明すればいいだけのことなのである。


 そこで大輔は、あえてはっきりと自分たちの立場をスルールに表明した。

 スルールはその打算的正直さ、つまり正直であることが自分たちの有利に働くのだと理解し、無闇に隠れようとしない堂々とした振る舞いに、すこし目を開かされた気がした。


「――残念だよ、ダイスケ」


 スルールは手を差し伸べた。


「きみのような男が、本当の仲間になってくれればうれしいんだが」

「そうだろうさ」


 大輔はスルールの手を握り、にやりと笑う。


「なにしろぼくは他に類を見ない天才だからね。引く手数多なのは当然だ」

「ふむ、そうか。では、まあ、今夜はお互いに利害もない。酒は飲めるか?」

「もちろん。天才に不可能はないのだ」


 ふたりの男は笑い、それからふたりきりでなにを語るでもなく酒を飲んだ。


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