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万象のアルカディア  作者: 藤崎悠貴
アルカディア
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アルカディア 21

  21


 町を外から眺めれば、グランデルの城下町はまるで神の怒りに触れて地上から消し去られようとしているように見えただろう。


 町の上空には黒い雲が立ち込め、そこから無数の稲妻が走り、切れ間なく城下町のあらゆる場所に落下している。同時に、小型の隕石のような炎を帯びた球体が数十個城下町へ向かって降り注ぎ、城下町はまたたく間に火の海と化した。


 遠く離れた場所からも見える城の尖塔に雷が落ちる。その衝撃で尖塔を作る石材がひび割れ、ぐらりと傾いで、空中に向かって投げ出された。


 雷鳴が鳴り響く。ごうごうと風も鳴る。穏やかな丘陵地帯に剣呑な熱い風が吹き抜ける。家は焼け、思い出は焦がされ、歴史は一掃されていく。


 それは恐ろしい破壊だった。すべてを無に帰すような、過剰なほどの攻撃である。そしてその帆赤いを起こしているのは、たったひとりの魔法使いなのだ。


 ――と、丘を越え、数騎の馬が姿を現した。


 乗っているのは燿、紫、泉の三人に加え、燿の両親、賢治と紗友里もいる。彼らは大急ぎで全軍に待機命令を出し、ここまで駆けてきて、その地獄のような光景を目の当たりにしたのである。


「ひどい――なんで、こんなこと」


 荒れ狂う雷や炎に燿が呟く。彼らが立つ丘にすら、むっと肺を焼くような風が押し寄せていた。


「先生は、まだ町のなかにいるの?」

「わからない――しかし、どうやら住民の多くは避難できたようだ」

 円形の城下町からすこし離れた丘に、黒い人だかりがあった。それはどうやら城下町の住民やほかの町から避難してきた人間たちらしく、被害が及ばないところまでしっかり逃げている。

「きっと大輔くんが避難させたんだろう。こうなることを見越して――」

「だったら先生も避難してるの?」

「いや……彼は町のなかか、城のなかだろう。叶ちゃんがそこにいるのなら、彼も同じ場所にいるはずだ」

「先生――あっ」


 城に、ひときわ巨大な火球が命中する。それはいくつもの尖塔をなぎ倒し、城の側面に大きな風穴を開け、さらに炎の欠片を周囲に振りまいた。城自体がひとつの炎になったように燃え上がる。


「先生!」


 泉が叫んだ。しかしこの場所から大輔に届くはずもない。


 城はそのほとんどが破壊されようとしていた。城だけではない、城下町に櫛比と並んでいた家々も、すでに半分以上が瓦礫と化している。


 グランデル城とその城下町は、いままさに殺されようとしていた。そのなかに大輔はいるのだ。


「――行かなきゃ」


 燿が馬を下りる。同時に、紫と泉も同じ行動を取っていた。


 燿は振り返り、両親を見る。


「あたし、先生を助けに行ってくる!」

「――燿」


 賢治は、とっさには答えられなかった。


 あの町に、娘をやるべきかどうか。もちろん、娘のことを思うなら止めるべきだ。火の海となった城下町に、いまも崩れ続けている城、そのどちらも無事に出入りできるような場所ではない。


 しかしほかならぬ娘がそこへ行くと言っているのだ。危険があることは充分に理解し、それでも行くと――その意志を否定することは、賢治にはできなかった。


 賢治は、この判断を一生悔やむことになるかもしれないと思いながら、笑みを浮かべる。


「行ってきなさい、燿」


 すると、紗友里もほほえみ、こくりとうなずく。


「気をつけていくのよ。あなたたちなら大丈夫。危なくなったら力を合わせて乗り切りなさい」

「うんっ――行こ、ふたりとも!」

「紫ちゃん、泉ちゃん――娘を、よろしく頼む」


 ふたりは振り返り、笑顔でうなずいた。心配など微塵もしていない、というように。


 そして三人は凄まじい魔法攻撃を受ける町へと駆けていく。賢治と紗友里は、もう祈り以外にできることがなかった。


「どうか、あの三人と大輔くんが無事に戻ってきますように――」



  *



「クロノス、逃げろ! 城から出るんだ!」


 城の二階、王の間にいる大輔とクロノスからは、町の惨劇は見えていなかった。ただ揺れ動く地面にしがみつき、落下してくる石材を回避するだけで精いっぱいだったのだ。


 そんななかで、叶だけが平然と立っている。いや、浮いているのだ。


「ほら、大輔、どうしたの。早くしないとなにもかも壊れてしまうわよ」

「う、うるさい――クロノス、大丈夫か」

「なんとか――しかし外まで逃げるのは、無理らしいぞ」


 クロノスは顔を上げ、叶の後ろにある入り口を見た。そこは、落下してきた瓦礫で完全に埋まってしまっていた。


 部屋にはほかに出入り口もない。逃げ場所もなく、瓦礫のなかに埋もれるのを待つだけになってしまっている。しかし大輔は一瞬も諦めず、クロノスを立たせた。


「ぼくが魔法で穴を開ける。きみはそこから逃げろ」

「おれはって――おまえは、どうするんだ」

「ぼくはそいつと決着をつける。たぶん城の外も大変なことになってるから、気を抜いて石に頭をぶつけたりするなよ。きみは王だ、生き延びなきゃいけない」

「外は――そうだ、ほかの人間たちは」

「できるだけはぼくが避難させた。それでちょっと遅くなったんだ。革命軍が攻めてくるって脅したから、みんな怯えてるかもしれないけど、ま、死ぬよりはいいさ」


 大輔はにやりと笑い、懐をあさった。


 取り出したのは白い紙である。クロノスがそれを確認するより早く、大輔は紙に手のひらを押しつけて低くなにかを唱えた。


 あたりの空気がふと変化する。魔法使いではないクロノスにもそれがわかった。同時に、大輔の手のひらから白い柱のようなものが飛び出した。


 クロノスにはそれが柱にしか見えなかったが、真実は風である。風が渦を巻き、太い柱のようになって瓦礫に塞がれた入り口へ向かった。


 弾き飛ばす、という生易しいものではない。白い柱が触れた瞬間、瓦礫ごと周囲の壁がごっそりとなくなり、円形の巨大な穴が開いた。クロノスは驚きながらもその穴へ走り、外の廊下へ出ながら、その向こうにある外壁までも吹き飛ばされているのを見る。


「大輔、死ぬなよ!」


 クロノスは叫び、崩れる天井からかろうじて逃げる。


 部屋に残った大輔は無事に行ったらしいことを確認し、ほっと息をついた。同時に全身から力が抜け、その場にひざまずく。それを叶がじっと見ている。


「無様ね、大輔」

「うるさい――ぼくが望んでやったことだ」

「たったあれだけの魔法で、もう全身が動かないんでしょう? 意識を失うほどじゃないけど、使い物にならない。わたしなら同じ魔法を十回でも二十回でも使えるけれど」

「だから、なんだよ」


 跪いたまま、大輔は叶をにらみつけた。


「たしかにあんたは天才だ。それは認める。でも、ぼくはあんたに憧れたことは一回もない」

「負け惜しみを言うようになったらおしまいね」

「ちがう、ほんとにそう思うんだよ――ぼくは、自分の生き方に満足してるんでね。そこがあんたとはちがうところだ。あんたは自分に生き方には満足してないだろ」


 大輔はにやりと笑った。叶は不愉快そうに眉をひそめる。それだけ大輔の言葉が的を射ていた証拠だった。


「あなたの考えていることがわたしにはわからないわ」


 叶は首を振る。


「あなたはなんのためにこの新世界へやってきたの? 魔法の才能もない、本当なら魔法使いにさえなれないあなたには、この世界はふさわしくない」

「自分にどの場所がふさわしいかは、ぼくが自分で決めることだ。ぼくはあんたと決別するためにここへきた。この新世界へ」

「わたしと決別するため?」

「ぼくは――ぼくの人生は、あんたに対する劣等感でできてた。あんたはたしかに天才だったし、親は出来損ないのぼくよりもあんたをかわいがった。ま、この年になったら別になんてことないんだ――ただ、当時はそれを気にしてて、でもあんたと勝負をしても勝てる可能性なんかまったくなかったから、なにもかもに興味をなくしてた」


 この世界は自分とは関係ない世界なのだと思い込もうとしていた。実際、それは難しいことではなかった。地球の日本では、生きるということを自覚しなくても生きていける。それが容易なことではない、と気づくのはもっと年を取ってからのことで、子どものころはただ毎日を過ごすだけで生きていけた。


 それが不可能になったのは、両親が死んでからだ。


「自分で生きる意志を持たなきゃ生きられないようになって、ようやく気づいたんだ。ぼくは、あんたと同じ人間じゃない。姉弟だけど、あんたと同じように生きる必要ないんだって」

「それなのに、あなたはわたしを追いかけてここへきたんでしょう。関係ないなら、新世界になんてこなければよかった。才能がないなりに普通に生きることくらいはできたでしょうに」

「それじゃあ逃げるっていう関係性であんたとつながるだろ。それも嫌だったんだよ。本当の意味であんたと決別するには、あんたを自分なりの方法で乗り越えるしかなかった」

「それが、魔術?」

「ま、それもひとつだ。本当は精神的な部分だったけどね」


 城は崩れていく。


 ひとを簡単に押し潰せそうな石の塊が大輔と叶のあいだに落ち、砕け散った。


「それで、決別はできたのかしら?」

「ああ、もうあんたのことは気にしない。魔法使いとしてはあんたには一生敵わないけど、それでもいいと思えた――ぼくにはぼくの生き方がある」

「そのわりにはあなたは魔法に固執しているでしょう――自分の命を削ってまで、無理やり魔法を使ってる。あなたには魔法の才能がない。それなのに無理やり魔力を絞り出して魔法を使うから、一回魔法を使うごとにあなたの命はすこしずつ削られていくでしょう。それはあなたもわかっているはずだけど」

「まあ、この魔術陣を考えたのはぼくだからね、そりゃあわかってる。柄にもないことをしてると思うよ」


 大輔は苦笑いを浮かべた。しかしその顔は、どこか清々しささえ感じさせる。


「ぼくは自己犠牲主義者じゃない。とりあえず自分だけは生き残りたいと思うタイプの人間だったはずなのにな」

「――変わったのね、あなたは」

「変えられたのかもしれない。あんたもその要因のひとつだ。いいにせよ、悪いにせよ。さあ、思い出話はもうそろそろやめておこう。あんまり長く話すと、ここが崩れる。まあ、あんたはそれが目的なんだろうけどな」


 グランデルの城下町は、その路地も含め、ひとつの魔術陣になっている。しかしそれだけで魔法は、ナウシカは発動しない。発動させるためには別の要因が必要になるのだ。


 大輔はその要因をすでに推測していた。叶の行動の理由もわかっているつもりだった。叶は無闇にこの城や城下町を破壊しているのではない。そうする必要があったからこそ、徹底的に破壊している。


「大方、ナウシカを発動させるためにはこの城や家が邪魔なんだろう。ここに城や家を作ったのは、たぶん一種の防止機構という役割があったんだ。城や家は魔術陣を塞ぐように作られている。だからそれをすべて排除してしまわないかぎり、この魔術陣は使えない」

「そこまでわかっていて、ここに乗り込んできたってわけね」


 叶は表情を消し、感情のない目つきで大輔を見ていた。しかし不意に、その視線を逸らす。そしてふわりと浮いたまま、大輔が魔法で開けた穴から外へ出ていった。


「おい、どこ行くんだよ」

「興味があるならついてきなさい。ここまできたご褒美に、見せてあげるわ」


 叶は、まるで自分の城かのように廊下を進む。大輔は不本意ながらその後ろをついていった。


 廊下を進み、大広間へ出る。


 そこは本来見えないほど高い天井があるはずだが、すでに尖塔が崩れ、瓦礫で埋め尽くされていて、頭上には空が見えていた。叶は瓦礫の上を飛び、大輔は大きな瓦礫をひとつひとつ飛び越えながら先へと進む。


 大広間を抜けた先はまた廊下だ。一階の廊下は比較的被害がすくない。城のなかで被害が大きいのは上層階で、とくにいくつもある尖塔はすでにすべてが破壊され、瓦礫と化しているようだった。大輔はその様子を眺めながら、不思議と落ち着いた気持ちで歩いている。


「――あっ、先生!」


 不意に叫ぶ声が聞こえた。


 まさか、と大輔が慌ててあたりを見回すと、瓦礫の上によく知った顔がひとつ、いや、ふたつ、三つ、見えている。


「なな、七五三! おまえら、なんでこんなところに」

「先生を探しにきたんだよっ」


 燿はぴょんと瓦礫から飛び降り、ほっと安堵したように息をついた。その後ろから泉も安心した顔で、紫だけはなんとなく残念そうな顔で続く。


「よかったー、ほんと、先生この下で潰れたカエルみたいになってるんじゃないかって心配したんだからー」

「う、恐ろしい想像しながら探してくれたんだな……ま、まあ、とりあえず、ありがとう。岡久保もありがとな。神小路も、なんか納得いかないような顔してるけど、まあありがとう」

「どういたしまして。せっかくなら先生がめちゃくちゃ危ないところに颯爽と登場して助けたかったんですけどね」


 紫は腕を組み、大輔の様子を見て唇をとがらせる。


「心配したのがばからしく思えるくらい元気そうでなによりです」

「もっとこう、素直に喜べないもんか……まあいいや。とりあえずぼくは無事だ。あと、ここと町は危ないから、おまえら早く外へ逃げろ。そもそもよくここまでこられたな」

「先生もいっしょに逃げないと――このお城、もう崩れちゃうよ」

「先生はまだ行くところがあるんだ」


 燿の視線が叶へ向かう。叶はすこしほほえみ、言った。


「なんなら、あなたたちもいっしょにくる? 町のなかを抜けるよりはそのほうが安全かもしれないわよ」

「先生のお姉さん……やっぱり、これってお姉さんがやったことなの?」

「そうよ」

「どうして……」

「七五三、無駄だよ。理由なんて聞いても仕方ない」

「でも、知りたいもん、お姉さんがどうしてこんなことしたのか……だってそのためにあたしたちは戦ったんでしょ?」


 大輔は困ったように腕を組む。たしかに、戦った燿たちには知る権利はあるかもしれない。叶が素直にそれを話すかどうかは別として、町を抜けるより叶と行動を共にしたほうが安全だというのにも一利あった。


 もっとも、いちばん危険な場所に誘い込み、叶だけ姿を消してしまうという可能性も大いに考えられたが、いまは長く悩んでいるひまもない。


「それじゃあ、ま、気をつけながらついてこいよ」

「はーい!」

「こんな状況でも元気ねえ、あなたは」


 叶はくすくすと笑いながら先へ進んだ。


 一階の廊下を、延々と進む。それだけ長い廊下があったこと自体大輔は知らなかった。


「先生」


 足を止めず、紫がそっと耳打ちをする。


「いま、後ろからあの女をさくっとやっちゃうっていうのはどうですか?」

「う、ゆ、紫ちゃん、ちょっと発想が怖いよ……」


 泉は若干身を引いたが、大輔はうんとうなずいて、


「ぼくもそれは考えたんだけど、さすがにあいつもそこまでばかじゃないだろ。たぶんばれるよ」

「そうよ」


 どうやら聞こえていたらしく、叶は振り返らずに言った。


「命の保証はしないけど、試してみたいならどうぞ」


 廊下の突き当りにたどり着く。さらに下、地下へと続く細い階段があった。叶はそのなかへ降りていく。大輔たちも一列になってあとに続いた。


 階段を降りていくうち、上で起こっている衝撃や轟音は聞こえなくなっていく。


 途中で折り返すこともない、ひたすらまっすぐに続く長い階段だった。


「城はそれなりに見てまわったつもりだったけど、こんな階段があったなんてな――」

「一階の廊下は、さっきまで壁に塞がれていてどこからも入れなかったのよ。わたしが壁を壊しただけ」

「なるほど、それで――」


 大輔は足元を見下ろす。照明もないのに、階段の段差がうっすらと青く発光している。蛍光のような発光で、その色合いは魔術陣が魔力を受けて発光するのによく似ていた。


 階段が終わる。扉もなく、唐突にとてつもなく広い空間へ出た。


「わあ――すごい」


 燿が声を上げ、泉はその声も出せずに頭上を見上げた。


 まるでドームのようになった異様に広大な空間である。


 全体的に薄暗く、壁や床、空気中がかすかに青白く発光しているが、それでも天井はどこにあるのかわからないほど高く、左右や奥行きもまた同じようにわからなかった。


 城の真下に、そんな巨大な空間が隠されていたのだ。


 大輔は手を伸ばし、空気中で光る青白いものを掴みとった。手のひらで光っているのは、埃のようなものだった。それが光を帯びている。おそらくは発光するほど強い魔力を帯びているのだろう。この空間には経験したことがないほど濃い魔力が漂っていて、呼吸をするとそれが喉の奥に絡みつくようだった。


「ここが世界の最深部よ」


 叶はくるりと振り返り、言った。


「世界はここからはじまり、ここから終わっていく」

「世界がここからはじまる?」

「あなたはまだ知らないのね。それじゃあ、すこし昔話をしましょう――この世界の、いまではほとんど失われてしまった歴史の話を」


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